女性やマイノリティの立場の人たちが「自分らしく生きる」が世の中を良くする理由/JobRainbow代表・星賢人
時代が変わる過渡期の今、より良い未来をつくろうと活動する人たちにフォーカス。前例や常識を超えて前に進む彼女ら・彼らの姿を見てみよう
LGBTの就職への課題意識から起業し、求人サイト『JobRainbow』を立ち上げた星賢人さん。創業から8年がたち、現在はLGBTのみならず、ダイバーシティを推進すべく事業を展開している。
ずっとマイノリティーの課題に向き合い続けてきた星さんは、「一人一人が我慢せず、自分のために生きることが世の中を良くする」と語る。一体どういうことだろうか。

株式会社JobRainbow 代表取締役CEO
星 賢人さん
東京大学大学院情報学環教育部修了。2016年株式会社JobRainbowを起業。自身もLGBT(ゲイ)の当事者として、最大月間66万人がアクセスするNo.1ダイバーシティ採用広報サイト『JobRainbow』を立ち上げる。『Forbes 30 UNDER 30 in ASIA / JAPAN』選出。御茶の水美術専門学校 関係者評価委員。孫正義育英財団1期生。板橋区男女平等参画審議会委員。『LGBTの就活・転職の不安が解消する本』(翔泳社)を出版。これまでに上場企業を中心とし、500社以上のダイバーシティによる経営改革を実施 ウェブサイト/X
学生時代に直面した「LGBTの就職」の現実
私は男性として生まれ、自分を男性と自認していますが、好きになる相手は同性。つまりゲイ当事者であり、セクシャルマイノリティーです。
自分がゲイであることは思春期を迎える頃に気付いたのですが、当時「LGBT」という言葉はなく、テレビをつけると「オカマ」「オネエ」「ホモ」といった言葉が使われていて。中学時代には、いじめられて不登校になった時期もあります。
転機は大学のLGBTサークルに入ったこと。自分と同じように悩んでいる人もいるのではと思って参加したところ、就職活動や転職活動に困っている先輩たちの姿を目の当たりにしました。
学校から配られる履歴書の性別欄には「男・女」しかなく、どちらに丸をつけたらいいのか分からない。
この会社なら大丈夫だと思ってカミングアウトしたら、「あなたみたいな人、うちの会社では無理です」と面接官から言われてしまう。
入社した会社でカミングアウトをしたら、ハラスメントを受けてしまった。
本来LGBTであることと仕事の能力は無関係なのに、LGBTが理由でスタートラインにさえ立てず、就活を諦めたり、大学を辞めてしまったりする人もいて。
私自身も就活には不安を感じていたので、いきなり面接して入社するのはリスキーだと考え、大学時代は積極的にインターンに参加していました。
その1社がマイクロソフト。社内にLBGTサークルがあることを知り、「こういう会社もあるんだな」と思うと同時に、LGBTを理由に企業から拒絶されてしまった先輩たちも、こういう会社の情報を知っていれば違ったかもしれないなと思いました。
当時からLGBTへの取り組みを行う企業の機運は高まりつつあったけど、その情報は当事者まで届いていない。それなら、この情報の非対称性を解消すればいい。

それに、少子高齢化で労働人口が減っていく社会でLGBTを含む多様な人々が活躍できないのは、単純に企業にとって大きな損失です。
そう考えれば、双方がWin-Winな関係性をつくる橋渡しができるはず。そうしてJobRainbowの起業に至りました。
2023年、D&Iに対する企業の温度感が変わった
創業から8年。LGBTの課題解決のために始めた事業ですが、起業当初はそもそも企業側が課題を認識していない状況でした。LGBTという言葉も今ほど浸透しておらず、ニーズがあることから伝えなければいけなかった。
それが今では「LGBTって知っていますか?」と企業で聞けば、ほとんどの人の手が上がる。時代が変わってきたのを実感します。
また、事業を行う中でLGBT以外にもさまざまな働きにくさを抱える人の存在が見えてきました。そうしたマイノリティーの課題は、実はLGBTの取り組みを進めていくことで解決できるものも多い。
そこで今はLGBTにとどまらず、「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)」の枠組みで事業を行っています。
誰もがさまざまな違いを持っていますが、それを必ずしも強みにする必要はなく、自分の愛すべき特性の一つと捉えられるような時代をつくりたい。
そんな思いを込めて、「差異を彩に」というビジョンを掲げています。
LGBT当事者とLGBTフレンドリーな企業をつなぐ求人サイトとして立ち上げた『JobRainbow』も、今はダイバーシティ求人サイトとして運営していて、LGBT以外の登録者も多くいます。
登録者約40万人のうち、LGBTではない女性の方も増えていますね。ダイバーシティの意識が高い企業はジェンダーギャップにも向き合っていることが多いので、女性にとっての試金石にもなっているようです。

JobRainbowのウェブサイトより引用
ただ、実は正直、これまではD&Iが本当に日本社会のスタンダードになるのか、自信が持てないところもあったんです。
もちろん以前から企業のD&Iへの関心の高まりは感じていましたが、「重要だけど今すぐやらなくていい」という雰囲気もまだまだあった。
そこから「重要だし、緊急度も高い」という切羽詰まったムードが一気に高まったのが2023年だったように感じています。
なぜならば、人手不足がいよいよ深刻になったから。
リクルートワークス研究所の調査によると、労働需給バランスは23年からマイナスに転じています。これは働きたい人が全員仕事に就いたとしても、それでも企業の人手不足が解消されない状態です。
そして、この状況は日本が移民を積極的に受け入れない限り、この先の20年間変わりません。
こうした状況を受け、国も雇用に関する法整備を進めています。
ここ数年でも、育児・介護休業法の改正、女性活躍推進法の改正、障害者差別解消法の改正、パワハラ防止対策義務化、外国人労働者に関する法規制の整備などがありました。
この動きは今後も加速度的に高まっていくでしょう。人が足りないのであれば、今いる人の生産性を上げるしか活路はないからです。
一方、企業と個人の視点で考えると、「人手不足=労働者のパワーが強い」ことを意味します。雇用の流動性は上がり、転職もよりハードルが下がっていく。
そのような状況で企業が優秀な人を自社にとどめ、新たに採用するには、D&Iの観点が不可欠です。
他にも人的資本の情報開示義務など、さまざまな要因が重なり合い、23年はD&Iに関する問い合わせが前年の3倍ほどに増えました。
あらゆる人が活躍できる環境を整備し、労働者の人権を配慮する企業のモチベーションは確実に強まっている。23年は「D&Iの重要性は不可逆的に高まっていく」と確信した年でしたね。
すでに頑張っている人を、これ以上エンパワーメントしたくない
私たちはこれまで社会的なムーブメントをつくろうとしてきましたが、D&Iの波は何もせずとも拡大していくでしょう。
その時に私たちができることは、変化の速さを後押しすること。10年後に訪れる未来を5年後に実現できたら、何千万もの人へインパクトを与えられます。
具体的には、会社のかたちに個人をはめるのではなく、それぞれ違うユニークなかたちを持つ個人に対して、会社がフィットする世の中を実現したい。これからの5年の大きな目標です。

だから、私は個人をエンパワーメントしたくないんです。特にマイノリティーの立場にある人たちは、もうすでに頑張っているじゃないですか。
ダイバーシティの視点で見れば、今はマジョリティ性の強い男性がつくった仕組みに、女性をはじめその他のマイノリティーがフィットするように強いているのが今のフェーズだと思います。
例えば、低用量ピルの費用を会社が負担する。すばらしい取り組みだけれど、その目的が「男性と同じように働けるようにするため」なのであれば本質的ではないですよね。
もし世の中が女性を中心とした働き方になっていたら、ピルで生理をコントロールするのではなく、生理休暇を取るのが当たり前になっていたかもしれません。
また、女性は女性ホルモンによって感情の起伏があると言われるけれど、男性もまた刺激が強いものを見るとテストステロンが上がり、感情の起伏が激しくなる。そう考えれば、女性ばかりが女性ホルモンのコントロールを強いられるのは非対称的です。
マイノリティーが男性の働き方に合わせることは、過渡期において一時的に必要だとは思いますが、そこで終わらず、その先をこれからつくるのが重要だと思いますね。
自責だけでなく「組織や社会が悪いかも?」の視点も必要
一方、世の中を見渡せば、テクノロジーの進化によって多様な働き方が実現できるようになりました。
今はまだテクノロジーの進化に人間のマインドの変化が追いついていないですが、いずれさまざまな事情を抱えた個人に対し、よりフィットした労働環境を提供できるようになるはず。今はその過渡期だと思います。
最近は週休3日制を取り入れようという話も出ていますが、人類史で見れば現代の人間の労働時間はめちゃくちゃ減っていて、今後は週休4日制になってもおかしくない。
そう考えれば、この先「自分らしく働く」ための選択肢はどんどん増えていくのだと思います。

そもそも働く理由も変化していますよね。
従来の人間は「生きるため」「食べるため」に働いていたけれど、世の中が豊かになった今の時代、働くのは「豊かな人生を送るため」という色が濃くなりつつある。
売り手市場ですから、我慢して同じ会社で働く必要もありません。D&Iに力を入れる企業は増えていますから、自分らしく働ける場所を選びやすくもなりました。
そうやって一人一人が自分にとって最適な会社を選ぶことが、良い会社を増やすことにもつながるのだと思います。「従業員が自分らしく働ける会社になれば人が集まる」という企業の成功体験によって、市場全体が変わりますから。
つまり企業の努力と、自分らしく働ける企業を選ぶ個人の努力、その両方があって世の中は変わっていくのだと思います。
だからこそ、皆さんには我慢しないでほしいなと思います。我慢が必要な場面はもちろんあるけれど、そうでないときに無理してしまうと、組織は「それでいいんだ」と認識してしまう。
特に女性の皆さんを見ていると、自責志向が強く、「自分が悪い」と思ってしまう人が多いのを感じます。インポスター症候群と言って、女性の方が自身を過小評価しやすいことも分かっています。
何でも周りのせいにするのはよくないけれど、「組織や社会に原因があるかもしれない」「自分は十分頑張っているんだ」という視点を持つのも大切なことです。
私は、マイノリティーの立場にいる人たちがもう少し自分勝手に、自分を優先して生きることが、結果としてみんなにとって優しい社会をつくる一助となるのだと思っています。
「なりたい自分になるために適した場所を選ぶ」という視点を持って、みんなのためではなく自分のために、もっとわがままに生きてみるのもいいのではないでしょうか。
取材・文・編集/天野夏海
『常識を超えていけ! 未来を照らす人たち』の過去記事一覧はこちら
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