『源氏物語』に魅せられ、約20年かけて70代で現代語訳サイトを完成。「気分転換にのめり込めるものを見つけただけ」
人生100年時代。年齢や常識に縛られず、チャレンジを続ける先輩女性たちの姿から、自分らしく働き続ける秘訣を学ぼう

紫式部を主人公にした大河ドラマ『光る君へ』のスタートと同時に、『源氏物語』を分かりやすい言葉で訳した『WAKOGENJI-和子/源氏物語』(以下、「和子源氏」)というWebサイトが話題となった。
作者は現在81歳の小川和子さん。子育てが一段落した50代で『源氏物語』を学び直し、現代語訳をWebサイトに掲載。その活動は20年におよんだ。画像編集ソフトのPhotoshopを独学し、挿絵も自ら描いている。
大河ドラマの初回放送に合わせて、娘の志津子さんがXにこのサイトを「母の偉業」として投稿したところ、表示回数92万、1.2万いいねを獲得。偉業をたたえる反響が続々と寄せられた。
#光る君へ のスタートに際して、私のハハ(現在81歳)の偉業を広めたいんだがどーしたらよいものか。ほぼ平成期をまるっと費やし、#源氏物語 を全編現代語訳して、Photoshopで挿絵も描いて、自分でホームページ作って載せておるのです。みんな観て。#和子源氏https://t.co/J4PUoKh1Ky
— 小川志津子 (@shibe_tweet) January 7, 2024
50代でイチからスキルを習得し、20年以上にわたってWebサイトで発信するまでに和子さんを突き動かした原動力とは。
仕事のつらさを忘れるには、のめり込めるものが必要だった
『源氏物語』との最初の出会いは学生時代です。授業で習ったけれど難しく感じて、でもなんとなく、「いつか自分で読めるようになれたらいいな」と思っていました。
短大で教職を取って英語教諭の免許を取得しましたが、教壇に立つことはなく、卒業後は大手生命保険会社に入社。秘書課に配属されて、猛烈な緊張感と忙しさに追われていました。
正直、つらかった~(笑)。ですが、「人生ってこういうものなんだ」と思っていたんです。
そんな日々のつらさを忘れるために、「何かにのめり込む」という気分転換方法を覚えたのがこの頃。テレビドラマに夢中になったり、すてきな野球選手に憧れたり。今の若い人たちと何も変わらなかったと思います。
そこで5年ぐらい勤めた後、家庭の事情で会社を辞めることに。その後、今度は特許法律事務所に就職。通訳の養成所に通っていた時期もありました。
何もしないでじっとしているのが苦手で。今でもそう。とにかく動いて、何でもいいからやってみてはのめり込む。20代のころはそんなことを繰り返していました。

Webサイト「和子源氏」の作者・小川和子さん(左)と娘の志津子さん(右)
「先生の教えを残しておきたい」という素朴な思いが原点
時が流れ、子育てが終わって一人で過ごす時間が長くなってきた50代半ばのころ。地元の地区センターで何か勉強するのもいいなと思い、静かに自分のペースで取り組めそうな、保田晴男先生の「古典を読む」という講座に通い始めました。それが『源氏物語』との再会です。
講座は月2回で各2時間。平成9年に始まって最終回は平成30年の春だったので、20年以上も通い続けました。
保田先生の日本語はとてもきれいでうっとりするほど。講座で習った内容を忘れてしまうのが惜しくて、家に帰ってからパソコンに打ち込み始めたんです。
「先生に教わったことを残しておきたい」という素朴な思いが「和子源氏」の原動力。『源氏物語』に対する強い熱意とか、私個人の創作意欲とかパッションとか、そういう大それたことはまったくありません。
主婦業優先で、そちらが手薄にならないよう、余った時間があればパソコンに向かう日々でした。
パソコンに向かっているうちに、「もっとパソコンを勉強したい」と思うようになり、同じ地区センターにあった「パソコン横丁」という、昔IT関係に携わっていた方々がボランティアで指導してくれる、PC・スマホ等の相談窓口に相談したんです。
その方々と雑談しながら、拙い手つきで作ったWebサイトが「和子源氏」。プロが見たら笑っちゃうくらいのレベルのサイトですが。
好きなことを続けていたら世界が広がった

和子さんが独学でPhotoshopを習得して描いたイラスト(左・第8帖「花の宴」より朧月夜、右・第41帖「幻」より蓮の池)
『源氏物語』を学び直したり、Webサイトを開設したりすることで、「何かに打ち込むことで元気が出た」という感覚はありました。
かといって、人に広く知らしめたいとか、人に見せて褒められたいとか、そういうことでもなかったんです。ただ静かに、好きなことをじっくりやっていたかった。
最初は現代語訳をパソコンに打ち込むだけで、特に発表するつもりはなくて。ただ、パソコンはどうしても横書きになってしまいますよね。和歌がたくさんある『源氏物語』を、横書きであらわすことにとても抵抗がありました。
そこで、ワープロソフトとPhotoshopを使って縦書きの文章と挿絵をレイアウトして、冊子を手作りしてみたんです。『源氏物語』には女君を花に例えた物語がたくさんあります。その花の模様の友禅和紙を探してきて、物語に合わせた表紙も作りました。

和子さんが手作りした冊子(現在は販売終了)
せっかく作ったので、日本和紙協会の公募展に応募してみたら賞をいただくことができて。マレーシア在住の兄に送ったら日本人会で展示されて、日本を離れて暮らす人たちにも喜んでいただけました。
絵を描くことが好きだったので挿絵も描いてみましたが、まったくの素人。「和子源氏」の挿絵も、実はいくらかPhotoshopで細工をしています。よく見ると同じ姿勢の人物が幾人もいたりします。だから、あまりよく見ないでくださいね(笑)
何かを始めるときに、「やりぬこう」なんて覚悟はいらない

「和子源氏」のTOPページ。インターネット黎明期を思わせるようなシンプルなデザイン
今回、娘がSNSで私のことを投稿してくれたことで大きな反響をいただいて……。本当にビックリです。
それは、娘がXで発信したタイミングとか文面、ちょうど大河ドラマが紫式部の物語だったこととか、そういう要素が大きかったように思います。
長い時間かけて自分の思いのままに仕上げたサイトを今になって評価していただいて。後からついてきた結果ですが、これまで関わってくださった人々に感謝です。
私が50代で新しいことを始めて、70代まで継続できたのは、専業主婦に満足していなかったから。「自分の人生、これだけで終わりたくない!」って思っていたんです。
人の役に立とうとか、最後までやりぬこうとか、そんな気持ちは全くなくて。こうして取材していただくのはちょっと気恥ずかしいくらい(笑)
でも、人生って、こんな感じでいいんじゃないかなとも思います。何も気負う必要はないんですよね。80年も生きてたら、何かしら残りますよ、きっとみんな。
「ああ、そういえば今日は嫌なことを考えなかったな」ってふと気付くとき、「こんなに幸せなことはないな」と思います。
だから、嫌なことやつらいことを強く感じている人ほど、何かに一生懸命取り組めるんじゃないでしょうか。思い悩むそのエネルギーを別のところに傾ければいいんです。気分転換に、打ち込めるものをぜひ見つけてください。
「打ち込めるものがなかなか見つからない」というのは娘の言い分なのですが、私は娘に、「とにかく手当たり次第、何でもやってみちゃいなさいよ!」といつも言っています。だって、自分が何に本気になれるか分からないですから。
人生は案外長い。これから出会うこともたくさんある

お仕事をしていると、今のことでいっぱいいっぱいになっちゃいますよね。苦しくて悔しいことがあるとその瞬間、胸がいっぱいになってしまう。
でもね、人生は案外長いんです。今が苦しくても、それは人生のほんの一部分でずっとは続かない、絶対に。一点集中で「つらーーーい!!」って思う必要は全然ないんですよ。
今はせわしない中にいても、この先どんなふうになるのかは分かりません。今、自分にできることをやる。できないなら、いつかまた前に進めばいい。結果は後からついてくるから……。私のサイトが今、皆さんに見ていただいて、褒めていただけたことがまさにそうですよね。
そして、やっぱりいつまでも現役でいたい。80歳を超えた今も、何かをやっていたい。
私は『プレバト』というテレビ番組が好きなんですけど、たまに水彩画の回があるじゃないですか。あれを必ず観るんです。やっぱり絵を描くことは好きなので、今は水彩色鉛筆を駆使して花を描きたいなと思っています。
これからも自分の楽しみのために、できる範囲でできることを、自分のペースでやっていきたいです。
取材・文・編集/石本真樹(編集部) 編集協力/小川志津子
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