【山﨑おしるこ】「若手芸人はお笑いに集中すべき」に縛られない生き方を見つけるまで
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
「副業したい」
「新しいプロジェクトにチャレンジしたい」
「新しいスキルを身に付けたい」
社会人経験の浅い若手がそんなことを口にすると「まずは本業に集中しなさい」なんて言われてしまうことも。
自分自身もまた、「あれこれ手を出すと全部中途半端になるかもしれないしな……」と一歩を踏み出せない。やりたい気持ちとのはざまでモヤモヤしてしまうことはあるだろう。
そんな迷いを吹き飛ばすように、20代のうちからやりたいことにがんがんチャレンジしているのが、お笑い芸人の山﨑おしるこさんだ。

山﨑おしるこさん
1994年、福岡県生まれ。大阪芸術大学卒業。吉本興業所属のお笑いコンビ「ムームー大陸」として活動。イラストや似顔絵制作を得意とし、お絵描き芸人としても活躍。だんごむし愛好家でもあり、自宅で数種類のだんごむしを飼育している。また、人気バンド「ジュースごくごく倶楽部」では、ボーカルを務めるほか、ハンドメイド作家としても活動するなど、多方面で才能を発揮。2024年3月、デビュー作の絵本『だんごむしまつり』を発売。同年11月、コンビ解散を発表 ■X
本業の芸人活動に加え、イラストレーターやバンドのボーカル、ハンドメイド作家などマルチに活動する彼女は今年、念願の絵本作家デビューまで果たした。
「絵も歌も、芸人としての武器になってる」と笑顔を見せる山﨑さんだが、「若手だし、本業のお笑いに集中すべきなんじゃないかと迷うことは何度もあった」と語る。
彼女はどのような葛藤をへて、自分らしい生き方を手にしたのだろう。
企業からの内定を蹴って、吉本の養成所に入学
実は、大学を卒業する直前まで芸人になるつもりはなかったんです。だから大学生の頃は、他の同級生と同じように就職活動をしてました。
歌舞伎の大道具を製作する会社に行きたくて大阪芸術大学に入ったんですけど、いざ就活を始めたら、新卒を募集してなくて。違う企業から内定をもらったものの、卒業が近づくにつれて「ここで働きたいわけじゃないな」という思いが膨らんでいきました。
自分は何をしたいのか。改めてじっくり考えた時に「そういえば、お笑いをやりたいな」ってふと思ったんです。

小さい頃からお笑いが好きで、小学生のときはクラスメートの前で漫才をしたり、ふざけたりするような子どもでした。大学でよさこいのサークルに入って、人前でパフォーマンスするのも好きだった。
ただ、せっかくもらった内定を蹴ってまで芸人になろうと思ったのには、きっかけがあって。
当時付き合っていた人に「芸人になりたかったな」って言ったら「俺、彼女が女芸人はちょっと……」って言われて傷ついたんですよね。「ナニクソ、やってやる!」ってとがっちゃったというか(笑)
それからは、どんどん気持ちが膨らんでいく一方。申し訳なかったけれどいただいた内定は辞退して、親には「就職活動をやり直すから」ってうそついて、大阪にあった吉本興業のタレント養成所(NSC)に入学しました。
「芸人は、役者でも歌手でも何にでもなれる」
振り返ってみると、NSCに入ってから芸人になるまで、結構順調だったんです。ライブにもテレビにも早いうちから出させてもらって、卒業前には若手芸人の登竜門の一つである『オールザッツ漫才』にも出演して。
でも、NSCに入学してから3年目の時にコロナ禍になり、劇場が縮小されたり、閉館になったりし始めました。思うようにネタができない現状への不満とか、将来への不安が一気にあふれ出してかなり落ち込んじゃったんですよね。「この先、私は大丈夫か」って。
もう芸人は辞めようって思うくらい、追い込まれてた。

そんな日々を送ってたある日、楽屋で先輩芸人の田津原理音さんに「もう辞めようか、迷ってます」って打ち明けたんです。田津原さんはめっちゃ長い時間かけて励ましてくれたんですけど、そのときの言葉が私の考え方をガラッと変えてくれて。
「お笑い芸人は、役者でも、アイドルでも、歌手でも、何にでもなれるから、めっちゃおトクやで。芸人やりながら歌手を仕事にすることもできるねん。
あんたは絵も得意やし、めっちゃ歌もうまいし、なんでもやっちゃえばいい。別にお笑いだけ頑張らんでもええで」
その言葉が、すごい腑に落ちたんですよね。
当時の私は「まだまだ若手だし、ネタを頑張らなきゃ」って頭の中がいっぱいになってました。だから、この一言をきっかけに「いろいろやっていいのか」って思えるようになったのは、私にとって大きな転機でしたね。
“趣味たち”がつながって、新たな仕事を生む
コロナ禍で時間もあったので、まずはずっとやってみたかったアクセサリーのハンドメイドや、イラストを始めてみました。
この時点では仕事にしようとは思ってなくて、あくまで「時間はあるし、自分の心がちょっとでもワクワクする趣味を増やして心を健康にしよう」って思ってたくらい。
今思うと、趣味感覚だったからこそ気軽に始められたのかも。
「仕事として成果を出さなきゃ」って思うと、新しいことを始めるハードルは高くなっちゃうから。

趣味感覚だったとはいえ、手を広げすぎると一つ一つのクオリティーが下がって、全部が中途半端になっちゃうんじゃないかっていう不安はありました。でも実際にやってみたら、逆で。
一つのことに集中できないときに、他のことをやってみるとすごく集中できる、なんてことがよくあるんです。もともと関連のなかった“私の趣味たち”が少しずつつながりを持ち始めて、新たな仕事を生んでいったのもうれしい驚きでした。
例えば、お笑いでやってたフリップネタがきっかけで「絵がうまいんだ」と認知してもらえて、漫画を描く仕事や、ライブのフライヤーデザインの依頼をいただいたり。
小6から高校生まで合唱団に所属していて、そのときの経験を元に歌ネタをやってたこともそう。それがきっかけで『ジュースごくごく倶楽部』っていうバンドにボーカルで入れてもらえました。
何がどうつながるかなんて分からないですよね。だからこそ、私はなるべく好きなことやできることを発信するのがいいなって思ってます。きっと誰かの目に留まって、チャンスが巡ってくるはずだから。
私の場合は、SNSで発信することが多いです。誰かに見てもらえたり、反応をいただいたりするとやっぱりうれしいし、モチベーションにもなる。だから、なるべく多くの人の目に触れる場所に出すことを意識しています。

M-1で優勝する芸人もすごいけど、絵本を出せる芸人だってすごい
芸人をやりながらイラストのお仕事やバンドのボーカルもできている今は、本当に楽しくて仕方がないです。
もしも「芸人を辞めよう」と思っていたあの頃に、「若手は本業だけに集中すべき」っていう固定観念を捨てられてなかったら、夢だった絵本を出版することもなかったんじゃないかな。
やることを抱えすぎて「あー」ってなるときもありますよ。でも、そういう日を含めても、落ち込んでた頃と比べて今の方が心が健康だし、自分らしく生きられてるなって感じてます。
だから、もしも今、自分の本業以外にもやりたいことや挑戦したいことがある人は、まずは1回やってみてほしい。本当に“やったもん勝ち”だなと思います。
新しいことを始めるのって不安にもなると思うんです。でも、想像したときにちょっとでもワクワクするなら、絶対にやってみた方がいい。心が躍ることの方が、成功する確率は高いと思うから。

出るくいを打ってくる人もいるかもしれないけど、そういう人って、大抵は自分がやりたいのにやれていない人なので、気にしなくて大丈夫。
そしてやってみたことは、なるべく多くの人に見てもらう。私は今年で30歳になるけど、20代のうちに歌や絵など、自分ができることを発信してたから、それを見た人たちから声を掛けてもらえた。
それが漫画やデザイン、絵本、バンドなど、自分が楽しいと思える仕事につながってる。だから今自分らしく生きられているのかなって思います。
もちろん、私も不安がゼロなわけじゃないですよ。
周りの芸人が賞レースで結果を出してるとあせりますし、「ネタと向き合う時間が少なかったからだめだったのかな」「お笑い以外のことばかりしてていいのかな」って感じてしまうこともあります。
そういう時は、なるべく周りと比べず、自分ができることだけに目を向けるようにしてます。
例えば、同期の『令和ロマン』が『M-1』で優勝したとき。「彼らが絵本を描いて出せるかって言ったら、そうじゃないな。お互いできること、できないことがあるから大丈夫」と思うようにしてました。
今後も、芸人の仕事は辞めたくないです。今、いろんなことが楽しくできてるのは、芸人としての軸があるからなので。
今は芸人になって6年目。賞レースで結果を残して、もう少し大きい規模でライブをしながら、これからも常に新しいこと、ワクワクすることにも挑戦していきたいなって思ってます。

書籍情報

『だんごむしまつり』(KADOKAWA)
誰もが一度は遊んだことのある“おともだち”だんごむしの世界を覗ける絵本
人気クリエイター芸人、山崎おしるこ待望の絵本デビュー作!
誰もが一度は遊んだことのある“おともだち”、だんごむしの不思議でやさしい世界―。
すやすやすや。みんなが眠ったよるのじかん。
かさかさかさ。かれ葉のいえからでておいて。
こっそりわらわらだんごむし。
あつまれあつまれだんごむし。
こんやはみんなでおまつりだ!
だんごむしたちのおまつりだ!
取材・文/於ありさ 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/光谷麻里(編集部)
『「私の未来」の見つけ方』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/mirai/をクリック