「自分のことは信じない」入野自由が30年のキャリアで貫いてきた信条
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
4歳で児童劇団に入団。13歳にして『千と千尋の神隠し』のオーディションに合格。ハクという大役を射止め、注目を集めた入野自由さん。
36歳ですでに30年以上のキャリアを誇る入野さんは、まさに生きるプロフェッショナルだ。

前章・後章の2部作で上映されるアニメーション映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション(以下デデデデ)』でも、キーパーソン・大葉圭太を演じている。
長きにわたって一線を走り続けられる理由は何か。入野さんのプロ論に迫る。
いい仕事は自分ありきではなく、相手ありき
プロとは何ですか。そんな直球の質問に「何なんですかね……」と少し照れたような笑みを浮かべた入野さん。
じっくり時間をとったのち、まるで自分自身に言い聞かせるようにうなずいて、こう答えてくれた。
「責任を持って仕事すること」ですかね。声優は免許があるわけじゃないから、「私は声優です」と名乗ったら、その瞬間からなれてしまう職業です。
しかも、今はいろんな発信手段があって、プロやアマの境目なく、誰でも何でも表現できる時代。そんな中でプロを名乗るには、自分の言ったことに対してどれだけ責任を持って行動できるかが重要だと思います。
責任の持ち方は、職業によってそれぞれだ。声優という職業において、入野さんが果たすべき責任とは何だろうか。
作品の一部になることです。
役を演じるにあたって、僕がどうしたいかはあまり重要ではなくて。それよりも大事なのは、作品としてどうあるべきか。
この作品はこういうテーマがあって、テーマを表現する上で自分の与えられた役が持つ役割は何かを考える。俯瞰の目を持つことも大切だと思います。
作品の一部になるには、入念に役を練り上げなければならない。入野さんも、もちろん準備は怠らない。原作のある作品の場合、しっかり作品を読み込み、役の理解を深める。だが、そういった事前研究以上に大切なものがあるという。
一番大事なのは、相手と一緒に作品を作っていくこと。
僕たちの仕事は“会話”なので、相手と呼吸をしっかり合わせられないと、いいものは生まれない。このせりふをこう言おうとか、この役はこう考えているからこうするんだとか、そういうことにとらわれてしまうと良い方向には進まない。
相手のキャラクターがどういう感覚で話しているか感性を研ぎ澄まして、そこに自分の役を合わせていく。それができた時に初めて作品の一部になれるんだと思います。
『デデデデ』では、中川凰蘭(通称:おんたん)役のあのさんとアフレコを共にした。その唯一無二の演技は、経験豊富な入野さんにも大きなインパクトをもたらしたという。

©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
おんたんみたいに個性が爆発しているキャラクターに、どんな個性を当てるのか。
そう考えたらあのさんが適任だと思ったし、一度あのさんのおんたんを聞いてしまうと、原作の漫画を読んでもあのさんの声で再生されるんです。
他の人には表現できないものが、あのさんのおんたんにはありましたね。
あのさんにとっては、本作が声優初挑戦。長いキャリアを誇る入野さんからすると、声優としては後輩だ。
だが、キャリアの長さは関係なく、入野さんはどんな人に対しても深いリスペクトを持って向き合っている。
あのさんは初めての声の仕事で、分からないことも多かったと思いますし、不安もいっぱいあったはずです。
だけど、あの個性に勝るものなんてない。思い切りやることがあのさんの武器になると感じたので、アフレコの時も「やっちゃえ! やっちゃえ!」と言っていました(笑)
特におんたんは「知るか、ボケー!」というような、破天荒なキャラクター。だからこそ、頭で考えてやるんじゃなく、迷いながらでも思い切りやった瞬間に生まれるものにおんたんらしさを感じたし、横で聴いていて刺激を受けました。
ファンだからこそ大事にしたかった、浅野いにおの空気感
『デデデデ』の原作者は、繊細な感受性で時代を切り取る漫画家・浅野いにおさん。本作は浅野さん初のアニメーション作品だ。
浅野作品の大ファンである入野さんは「このチャンスを絶対に逃したくなかった」と自ら出演を熱望し、オーディションの末、出演を勝ち取った。

ファンだからこそ、声を吹き込む時には浅野作品の世界観を大切に演じたという。
心地のいい日常だけでなく、その中にある痛みや苦しみ、切なさも全部まるっと正直に描かれているのが、浅野作品の好きなところです。キレイな言葉ではなく、時には辛辣に語ることで、かえって優しく、温かく読者の心に届く。
アニメでもそこは大事にしたかった。痛みを感じるシーンも、優しさを感じるシーンも、過剰に感情的に演じずに、シンプルに言おうと心掛けていたかな。
特に、僕が演じた大葉くんはゆるっとしたキャラクターだったので、マイクの前でも力を入れず、できるだけフラットな状態でいるようにしていました。

©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
入野さんが演じる大葉圭太
信じるものは自分自身でも周囲の評価でもない
入野さんの仕事は、収録したものが「作品」として永遠に残る。後々やり直したいと思っても、当然それは許されない。大きなプレッシャーが、表現する仕事にはつきものだ。
そこはもう慣れですね。
達観したような笑みをたたえ、柔らかく、でもきっぱりと入野さんは言う。

もちろん昔は怖かったです。何も分からない中、手探りでやっていたので、自分の表現がどう評価されてどんなふうに残るのかを考えると怖くて仕方がなかった。
でも、その怖さを超えられたから今の自分があるんだと思います。
恐怖を乗り越えるには、自分の中に揺るぎないものが必要だ。入野さんは何を信じて前に進んできたのだろう。
少なくとも自分自身のことは信じていないです。自分のことは見えないですから。
もちろん人から『良かったよ』と言ってもらえると自信にはなります。ただ、言い方は難しいですが、それも100%信じないようにしていて。
かつては周囲の評価をモチベーションにしていた自分もいたからこそ、他人に褒められて舞い上がっちゃう危うさは分かっているつもりです。
褒めてもらえたらうれしいし、温かい言葉はありがたく受け取るけど、それをよりどころにしすぎないようにはしています。
では、入野自由が信じるものは何か。再び問うと、「何を信じているんだろう……」とまた考えたのち、こう答えた。
やっぱりそれも相手かもしれない。自分が一緒にお芝居をする相手を信じる。
相手のことを愛し、もらったものを取りこぼすことなく受け止めて、その瞬間に生まれたものを信じる。僕のやっている仕事は、その繰り返しなんです。
どんな仕事も、一人でできるものではない。だからこそ、共に仕事をする相手と誠実に向き合い、対話を重ね、より良いパフォーマンスを探っていく。
その信条を貫いてきたから、入野さんは競争の激しい世界で常に求められる存在であり続けているのだ。
ただ、信じるだけでなく、時には疑うことも必要なんですよね。信じては疑って、疑っては信じて。
キャリアというのは、行きつ戻りつしながら、少しずつ進んでいくものなんだと実感しています。
30年の経験を積み重ねてもなお、前進と後退を繰り返す。その不器用で誠実な歩みが、入野自由の今を作っている。
私たちも同じだろう。キャリアを重ねていく上で悩まない人はいない。むしろ危険なのは、何も悩まなくなった時。自問自答を繰り返す日々が、自分を磨く研磨剤となるのだ。

入野自由(いりの・みゆ)さん
1988年2月19日生まれ。東京都出身。4歳で劇団に入団し、子役として活動を開始。2001年、『千と千尋の神隠し』においてハク役に抜てきされる。以降、声優として『機動戦士ガンダム00』シリーズ、『ハイキュー!!』、『おそ松さん』、『深夜!天才バカボン』、『言の葉の庭』、『聲の形』など数々の人気作に出演。また、ドラマ『元彼の遺言状』、PARCO PRODUCE 2024『リア王』など、映像・舞台でも活躍する一方、09年に歌手デビューを果たし、音楽活動にも精力的に取り組んでいる。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 編集/石本真樹(編集部)
ヘアメーク/浅津陽介 スタイリスト/村田友哉
作品情報
映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』後章:5月24日(金)公開

©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
東京でハイテンション女子高生ライフを送る、小山門出(こやま・かどで)と“おんたん”こと中川凰蘭(なかがわ・おうらん)。
学校や受験勉強に追われつつも毎晩オンラインゲームで盛り上がる2人が暮らす街の上空には、3年前の8月31日、突如宇宙から出現し未曽有の事態を引き起こした巨大な〈母艦〉が浮かんでいた。
非日常が日常に溶け込んでしまった東京で、ある夜、悲劇は起こった。2人と世界は加速度的に破滅へと向かっていく……。
そして、物語は衝撃の後章へ!
出演:幾田りら、あの
種﨑敦美、島袋美由利、大木咲絵子、和氣あず未、白石涼子
入野自由、内山昂輝、坂 泰斗、諏訪部順一、津田健次郎 / 竹中直人
原作:浅野いにお「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」(小学館「ビッグスピリッツコミックス」刊)
アニメーションディレクター:黒川智之
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東伸高
美術監督:西村美香
音楽:梅林太郎
アニメーション制作:Production +h.
製作:DeDeDeDe Committee
配給:ギャガ
©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
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