転職5回、47歳で起業、55歳で社会福祉士の資格取得…『スナックひきだし』木下紫乃さんに聞く、チャレンジのコツ

人生100年時代はチャレンジの連続!
『教えて、先輩。』

人生100年時代。年齢や常識に縛られず、チャレンジを続ける先輩女性たちの姿から、自分らしく働き続ける秘訣を学ぼう

赤坂で週1回、昼だけオープンする『スナックひきだし』の紫乃ママこと木下紫乃さんの人生には、転機がたくさんある。

20〜30代で5回転職し、2度の結婚・離婚を経験。40代で3度目の結婚をし、45歳で大学院へ行き、47歳で40〜50代のキャリア再構築支援を行うヒキダシを起業、『スナックひきだし』をオープンした。

そして今年、1年半の大学生活をへて、55歳で社会福祉士の資格を取得。木下さんはなぜこれほど次々と新たなチャレンジができるのだろう。

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教えて先輩!

株式会社ヒキダシ代表/「スナックひきだし」ママ
木下紫乃さん

1968年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学卒業後、リクルートに入社。その後、転職を繰り返し、2006年よりベンチャー系人材開発企業にて次世代経営者リーダー育成研修や、ダイバーシティ推進研修、管理職研修の設計など、大手企業を中心に数百の企業研修の設計、運営に携わる。13年 、45歳で慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科へ入学。女性活躍、新しい働き方、テクノロジーと新しい教育について等を研究。16年、中高年のキャリアデザイン支援を目的として人材育成会社、株式会社ヒキダシを起業。活動の一環として、コミュニティーづくりのための『スナックひきだし』を17年より開店。週1日、昼間の開店で延べ1000人以上の来店を迎える。プライベートでは3度の結婚など紆余曲折、盛りだくさん。著書に『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』(日経BP) WebサイトXスナックひきだし

お守りの言葉「いざとなったら辞めればいい」

社会福祉士の資格を取ろうと思ったきっかけは、「興味が湧いたから」の一言です。

私がママを務める『スナックひきだし』には福祉関係のお客さんも来るから、以前から福祉への興味はあって。

一方、お客さんの中には福祉サービスを必要としている人もいるけれど、私にはそこへの知見がない。そんなはがゆさもあって、それなら勉強してみようと思いました。

ただ、目標がないと勉強は続かないじゃないですか。だから広く福祉について学べそうな社会福祉士の資格を目指すことにして、大学に1年半通いました。

そんな感じだったので、資格を取った後のことは全然考えなかった(笑)。資格を取るにあたって、悩んだり躊躇したりすることもなかったです。

もちろん仕事との両立やお金のことは考えたけど、算段がついたら迷っている時間がもったいない。大学の募集は年1回しかないしね。

それに、誰かに強制されているわけじゃないから、「違うな」と思ったら辞めたらいいだけ。それは学生時代との大きな違いです。

「いざとなったら辞めればいい」は、私にとってお守りの言葉。それがあったから、何の躊躇もなかったのだと思います。

スナック

「45歳で大学院に行った時はもうちょっと悩んだけど、『試験に受からないと行けないんだから、取りあえず受験しなよ。受かってから考えればいいじゃん』って先輩から言われて。そうやって『大学院に行くかどうか』から現実逃避をして、ひとまず試験勉強に専念しました。で、受かったら行きたいじゃない? そんな感じで進学を決めました」(木下さん)

仮に違ったとしても、その経験が無駄になることは絶対ないんですよ。「違う」と思った理由には、やらないと気付けない。それが分かっただけで収穫だし、掛けたお金も勉強代です。

そもそも「役に立つかな」「無駄になったらどうしよう」なんて、やる前に考えていたら何もできないですよ。そんなの分からないですもん。

「キャリアにプラスになる」とか「もうかる」っていうのも大事だけど、それだけで選んじゃうとどこかで行き詰まる気がして。

だから私は「自分が面白いと思えるか」を大切に、今回も「何かしら自分がやれることが増えるかな」くらいに考えていました。

「自分のために使える時間」は意外と少ない

資格の勉強は思っていたより大変だったけど、とにかく楽しかったですよ。

学生時代にやらされる勉強は好きじゃなかったけど、大人になって自発的にやる勉強って楽しいんです。嫌になったら辞められるしね。

それに、新しい学びや人との出会いは私にとって生きる糧。自分の世界を広げる一つの方法であり、55年生きてきた中で、自分がそこにインスパイアされることも分かっています。

勉強し始めれば関心のアンテナが立つから、情報が勝手に集まってきて、より興味が湧くし、関係も広がっていく。応援してもらえるし、なんと勉強するだけで尊敬もされる(笑)

教えて先輩!

スナックひきだし営業中の様子

何より1年半もの間、勉強せざるを得ない状況に置かれて、誰に頼まれたわけでもない勉強をするのは、ぜいたくな時間だったなと思います。

人生の中で自分のために使える時間って、実はそんなに多くはないんですよ。子育てや介護などライフステージの変化もあるし、自分が病気になるかも分からない。

だから、やりたいことが見つかって、やれる状態にあるのなら、すぐにやるのはとても大事だと思っているんです。

あとはね、50代になると目がダメになるんですよ。書き物は午前中しかできないし、集中力も続かない。物覚えなんかろくでもない(笑)

そういう意味でも、勉強したいことがあるなら若いうちにやった方がいいなと思います。特に勉強と旅行に関しては、「定年後に……」なんて絶対やめた方がいいですよ。

「上手に意見を言う」試行錯誤もチャレンジ

私は20〜30代で5回転職しているし、2回離婚もしています。40代で大学院に行ったり、今回50代で資格を取ったりと、振り返れば「変える」ことをしてきました。

変化が怖い人は、チャレンジを重く考えすぎなんだと思います。「嫌なら辞めたらいい」「うまくいかなければネタにしよう」くらいに、軽く考えた方がいいですよ。

教えて先輩!

同時に、いきなり大きなことをするとダメだった時のダメージも大きいから、小さなチャレンジを重ねて、階段を少しずつ上っていくイメージを持つといいんじゃないかな。

例えば、「今の仕事が嫌だから転職しよう」の前に、異動のチャンスがないか考える。

辞めたいと思っているぐらいなら、思い切って上司に自分の意見や希望を伝えたっていいじゃないですか。要望が通ったらラッキーなわけで、何のアクションも起こさないまま辞めるなんてもったいない

会社で働きながら大学に行くことだって、相談すれば調整してくれる可能性は高いはず。この先組織が人手不足におちいるのは目に見えているわけで、退職される方が困るのは明白ですよね。

契約社員や派遣社員に切り替える方法もあるし、片足を今の会社に置いたままピポットする方法はいくらでもあります。もっと打算的に考えたらいいと思いますよ。

スナック

でも実際は、勝手に我慢して諦めている人がすごく多い。自分の気持ちを言わずにため込んで機嫌が悪くなったり、ストレスを抱えたりしている。

いろいろな人と話していて思うけれど、うまくいっている人は要望をちゃんと口に出しているんですよ。

それはいきなりできることではなく、練習が必要です。特に会社であれば、相手のメリットを意識した伝え方も重要。ボキャブラリーを増やし、上手に意見を言うためには、試行錯誤が必要です。

そして、その試行錯誤こそがチャレンジ。「挑戦」と聞くと大きなことを想像するかもしれないけれど、小さな試行錯誤の積み重ねの先に、気がついたら大きなチャレンジができるだけの自分があるのだと思います。

だからこそ、まずはささいなことから、自分の気持ちを人に伝えましょう。そうやって現状の不満を解決する動きを取れるようになれば、どんな環境でもやっていけるようになります。

できないことをやる過程には失敗が付きものなので、失敗を深刻に捉えず、「この言い方はダメなんだ」「次は別の言い方をしよう」って、学びに変換できるといいですね。

失敗に慣れないうちは傷つきやすいけど、慣れると引きずらなくなります。自分のためだと思って、失敗に対するずうずうしさを持っていきましょう。

自分を大事にするには、わがままも必要

私は先のことが考えられないタイプで、特に20〜30代は仕事を転々としていたし、2度も離婚しているし、不安しかありませんでした。

教えて先輩!

でも振り返ると、どこかで「なんとかなる」って思っていたような気がします。仕事は選ばなければいくらでもあるし、お金だって生活レベルを変えればどうにかなる。

われながら「よくやったな」って思うのは、2回目の結婚の時。仕事を辞めて相手の海外赴任に帯同したけど、「この生活は耐えられない」と3年後に家出し、一人で帰国したんです。

そのまま東京の友達の家に転がり込んで、「仕事はありませんか?」ってこれまで出会った人たちに聞き回って。結果的に知り合いから仕事を紹介してもらって再就職しました。

私はそれぐらい嫌なことを我慢できないんですよ。そういう意味では、わがままをすることに慣れているのかもしれません。

西野さん

「やりたくないことを辞める勇気を出すヒントはこちらの書籍をどうぞ!(笑)」(木下さん)

自分勝手かもしれないけれど、自分を大事にしてあげられるのは自分しかいない。嫌なことをしてもうまくはいかないし、そこは我慢しない方がいいんじゃないかな。

結果的に、「あの時に我慢していれば」と思うことはほとんどありません。素晴らしい選択だったとまでは思わないけど、そうするしかなかったし、そのおかげで嫌なことを避けられるようにもなった。

あとは、周りの人にうまく頼れたのもよかったと思いますね。

そういう厚かましさは元々の性格もあるかもしれないけど、頼るのもまた練習だと思うんですよ。

私は最初にリクルートに入社して、メンタルをやられて辞めちゃって。その時も周りの人に「仕事紹介してくれない?」ってお願いして転職しました。

そうやって頼る経験をしたから、「人って助けてくれるんだ」と思えた。その分、自分も人を助けようって思ったし、ギブアンドテークの練習は無意識にしていたのかもしれませんね。

今、仕事をする上で嫌なことはほとんどありません。というか、「仕事」っていう感覚はどんどん薄れています。

この年になってくると、お金よりも時間の方が圧倒的に大事。自分が健やかにいられることが何より重要だから、時間の切り売りだと感じる仕事はしなくなりました。

今後はビジネスや人材教育、スナックなど、私がこれまで経験してきたパーツと福祉を組み合わせて何かできないかなと思っています。

そうすれば福祉の世界に対して、私らしいアプローチができるんじゃないかなって。これから福祉の世界に本格的に入るには時間が足りないから、手持ちのパーツを組み合わせて、新たなものを生み出せたらいいなと思います。

教えて先輩!

私はパーツを組み合わせるのが好きなんですよ。

スナックでもたくさんの人と会っているから、私の手元には日々パーツが集まっています。それらを組み合わせたら、今までにないものができるんじゃないか。そういう気持ちは常にありますね。

私は人にものを教えることはできないけれど、縁があった人たちに関係がありそうな情報をヒントとして渡したり、人とつなげたりすることはできる。

そうやって相手の視野が広がったり、楽しい時間を過ごせたり、相手と私の双方に何かしら良いことがあるといいなって思っています。

>>こちらも併せてどうぞ!
働く女性たちの悩みを聞くスナックママが思う、キャリアにモヤる人に欠けている視点/スナックひきだし・木下紫乃

取材・文・編集・撮影/天野夏海(写真は一部ご本人提供)