【共同親権問題】不平等社会で身を守る盾になるのは「経済力」。変化の過渡期にある日本で、女性たちにできること

離婚後の共同親権

「離婚後の共同親権」の導入への反対署名が23万を超えている(2024年5月12日時点)。

本企画前編では、共同親権の何が問題とされているのか、離婚やジェンダーの問題に詳しい弁護士・太田啓子さんと、日本のU30世代の政治参加を促進する『NO YOUTH NO JAPAN』代表理事の能條桃子さんに話を聞いてきた。

前編で見えてきた、日本の社会の根底に根深く残る男女不平等を変えるために、一体何ができるのか。

世の中がすぐには変わらない中でできるアクションは何か。具体的に考えていこう。

共同親権対談

弁護士
太田啓子さん

2002年弁護士登録(神奈川県弁護士会 湘南合同法律事務所)。日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会委員、神奈川県男女共同参画審議会委員等経験。一般民事事件、家事事件(離婚等)を多く扱う。二児の母。著書に『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店) X

共同親権対談

一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN 代表理事
能條桃子さん

1998年生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科を2023年3月に卒業。20代の投票率が80%を超えるデンマークへの留学をきっかけに、19年7月より政治の情報を分かりやすくまとめたInstagramアカウントを開設。その後、NO YOUTH NO JAPANを一般社団法人化し、「参加型デモクラシー」のある社会をつくっていくために活動中 XInstagramNO YOUTH NO JAPAN

無意味に見える小さな行動が、確実に世の中を変える

編集部

前編では、日本の法律や政治にさまざまな男女不平等があると聞きました。

そうした現状を改善するために、一般の女性たちにできることはありますか?

能條さん

「国籍がある市民ができることは投票である」と強く言われがちですが、投票以外にもできることはたくさんあります。

例えば、共同親権への反対署名に賛同したり、議員の事務所に電話やメールで意見を伝えたり。自分が立候補するのも一つの手ですよね。

太田さん

「投票だけじゃない」というのは、私も講演などで常に伝えていることです。

応援している議員のSNSにいいねを押したり、チラシを受け取ったり、演説に立ち止まったりするだけでもいい。いわば毎日が投票です。

能條さん

みんなが政治家になれるわけではないけど、意見を伝え、政治家を育てることはできる。投票以外にも、現状を変えるさまざまな手段があることを知ってほしいですね。

編集部

「自分一人が動いてもどうせ変わらない」と思ってしまう人も多そうです。

能條さん

意味がないように思える小さなアクションは、絶対にむだにはならないんですよ。

むしろ普段アクションを起こさない人が行動するから広がっていくのであり、それは大きなムーブメントになります。

今回の共同親権だって、23万もの反対署名が集まったのは普段動かない人が行動を起こしたからこそ。

実際、当初の法案より良いものになってきているのを感じていて。これは一人一人の市民の力によるものだと思います。

太田さん

全く同感です。私は共同親権にずっと反対してきて、はじめの頃は世の中の隅っこで声をあげてる気持ちでしたけど、今年3月くらいから追い風を感じるようになりました。

あらゆる運動には理想追求派と現実路線派の対立が起きるものですが、実は共同親権を推進している人たちにも対立があります。理想の法案を通したい派閥と、妥協案で進めようとしている派閥で言い争っていたりする。

その対立が起きたのは、「これはおかしい」と一生懸命追いすがってきた人たちがいて、署名運動やSNSでの地道な発信がその後押しになったからこそです。

能條さん

もしも「どうせ変わらないから」と署名をしなかったら、共同親権の内容はもっと偏っていたかもしれません。

だから、良くなっていることにも目を向けてほしいなと思います。

太田さん

自分たちの社会を、自ら良くすることはできる。それは強く言いたいですね。

小さなことでも、声を上げれば変わることは結構あるんですよ。現に私が弁護士になってからの約20年間で、ジェンダーの問題は確実に良くなっています

編集部

どういった変化があったのでしょう?

太田さん

例えば、2017年、2023年と続いた、刑法の性犯罪規定の改正です。

まだ十分ではないけれど、明治時代のままだった刑法の性犯罪規定の重要な骨格部分が見直され、性被害のリアルを知る人達目線に立った性犯罪規定に変わりました。

編集部

「不同意性交罪」として同意がない性行為が犯罪になり得ることが明確になったり、性行為の同意年齢が13歳から16歳に引き上げられたりしましたね。

太田さん

これらはとても大きな出来事です。こういう前向きな変化があることも知ってほしいですね。

バックラッシュ(※)はつきもので激しいですが、それを乗り越えて少しずつ良くなっていること、それは、休みながらでも、小さな声でも、おかしいと違和感を表明してきた人達の声の積み重ねであるということに、私たちはもっと自信を持った方がいいと思います。

※社会的弱者に対する平等の推進や地位向上などに対し、反発する動き
能條さん

共同親権がこれだけのムーブメントになったのは、市民社会が確実に育っていることを表していると思います。

署名をしたことがある人の総数が増えている実感もありますし、一つずつできることが増えてきているのを感じますね。

女性は経済力を身に付けよう

編集部

とはいえ、不平等な世の中はすぐには変わりません。

女性たちが、自分の身を守るためにできることはありますか?

太田さん

やはり経済力を持つことです。

私は離婚案件を中心に扱っていて、相談者のほとんどは女性ですが、「夫と別れても、自分と子どもの生活がどうにかなる状況なのか」によって離婚の難易度は大きく変わります。

相談者の中には、経済力がなく、身動きが取れない人もいて。子どもに悪影響があると十分分かっているのに、夫から離れられないこともあるんです。

編集部

想像するだけでつらい……。

太田さん

経済力があっても難しいこともありますが、しかし経済力があれば選択肢が増えます

離婚に限らず、最低限の経済力を維持するのは、自分の自由度を高めるために必要なこと。そこはこだわった方がいいと日々痛感しています。

編集部

自身の経済力が自分の身を守る盾になると。

太田さん

ただ、まさにその盾となる経済力を、女性から奪いに来る社会でもあるんですよね。

普段さまざまな状況に置かれている女性たちの話を聞いていると、職場にはさまざまな理不尽が渦巻いていて、どれだけ多くの女性がセクハラで生涯年収を下げているのだろうと思います。神経をすり減らして、転職どころか休職する人もいる。

子育てによって年収を下げざるを得ない人も多いですし、そもそも子どもの有無に関係なく、花形部署や出世ルートに男性ばかりが配置されるなど、経済力を持ちづらい構造になっているのを感じます

能條さん

大学に進学した時、同級生に「結婚相手には専業主婦になってほしい」と言っている人がいて。

太田さん

まだそんなことを言う人がいるんですか……!

能條さん

大学の先生も「女子学生の皆さんは子育てがしやすい会社に就職した方がいい」と話していました。

なぜ男性に同じことを言わないんだろうって不思議に思ったのを覚えています。

編集部

確かに。

能條さん

私たちの世代は「今の社会も男女平等を実現してるじゃん」って教育の段階で思わされてきたし、私もそう思っていました。

でも振り返ってみると、「あれ?」ってことはたくさんあって。

編集部

どんなことですか?

能條さん

例えば、私は高校受験の時、偏差値が高い男子校がたくさんあるのに対し、女子校が少ないことに疑問を持ちました。

兄や弟には「東京の大学に行っていいよ」と言うのに、姉や妹には「地元の学校でいいんじゃない?」と言う家庭だってまだまだありますよね。

編集部

言われてみれば……。

能條さん

日本で生まれ育った人のほとんどは、家父長制を地でいく社会で生きてきたのであり、男女関係なく男女不平等な価値観を内面化してきたのだと思います。

だからこそ、学んだり対話をしたりしながら、男女不平等な価値観を元にした考え方から脱する必要がある

私もまだまだ勉強中なので、ぜひ一緒に学んで、考えていきたいなと思っています。

変革の第一歩は、我慢しないこと

太田さん

男女不平等な社会という現実がある以上、私たちは「不完全な社会で生きているのだ」と腹をくくり、「理不尽と戦う」という気概が必要なのだと思います。

その一つが、黙らないこと。そのためにも仲間を増やしましょう。それが自分を守ることにつながります。

能條さん

現状を変えるには仲間が必要で、小さな社会変革はそれぞれの足元で起こせます。

例えば会社でおかしいと思うことに対し、自分だけで我慢したり対処しようとしたりするのではなく、「どうしたら他の人が同じような目に遭わずに済むか」という視点でみんなで考え、変えていく。

そういう小さな変化が大きな変革につながっていくのだと思います。

太田さん

やっぱり同世代には同世代の声が響くんですよ。だからこそ、身近な人と話をして、仲間をつくるのが大切だと思いますね。

編集部

残念ながら、若い女性が目立った行動をするだけでたたいてくる人もいます。

能條さんは『NO YOUTH NO JAPAN』でU30世代の政治参加を促す活動をしていますが、嫌になることはないですか?

能條さん

実は逆で、活動をしていなかった頃の方が社会に絶望していた気がします。

いざ活動を始めてみたら、小さな成功体験を得やすくて。少しずつではあるけれど、「思った以上に変わるんだな」と感じています。

もちろん全てがうまくいくわけじゃないし、大変だと思うときもあるけど、全体的に見ればやっていた方が楽だなって。

太田さん

分かります。動いている方が世の中に対する恐怖や不安が減る感覚は私もありますね。

能條さん

そうやって実際に小さくても変化が生まれると、「よかった!」ってドーパミンみたいなものが出る。

結果、また次のアクションを起こしたくなるから、沼だなって思います(笑)

編集部

社会活動は沼……!

能條さん

だから何か変えたいことがあるなら、小さいことでもいいので、何かアクションを起こしてみてほしいです。

会社でできることもたくさんあるし、動いていれば「わかる!」って共感してくれる人がたくさんいることが分かって、仲間も増える。

周りの人を見て励まされたり安心したり、「私一人じゃないんだな」と思えれば気持ちも楽になります。「これは変だと思う」と身近な人に伝えるだけでも意味があるんですよ。

共同親権の投稿を作る時は太田さんに内容をチェックしていただきましたが、そうやって同じ思いを持つ人とのつながりも生まれます。

太田さん

この記事を読んでくれた人から講演の依頼があって、その講演を聞いた地元の学校の先生から授業を依頼されて……みたいに、一つのアクションがわらしべ長者みたいに広がっていくことも多いですよね。

男女不平等の解決は長期戦。だけど絶対変えられる

編集部

会社で「変だな」と思うことにアクションを起こす時も、同僚や上司の目線が気になる人もいそうです。

能條さん

口に出していないだけで、同じように「変だな」と感じている人は思っている以上に多いと思いますよ。

というのも、政治分野のジェンダーギャップをなくす『FIFTYS PROJECT』にボランティアで参加している人の中には、実は会社員の女性が多いんです。

編集部

へー!

能條さん

自分が知らないだけで、身近に会社や社会への課題意識を持った人はいるのかもしれません。

そして「変だな」と思うことについて話せる人が一人でもできたり、話せる場が見つかったりした瞬間、ガラッと変わる人は結構いるんです。きっと、これまで機会がなかっただけなんでしょうね。

太田さん

今の社会だって先人たちの奮闘によって確実に良くなっているんですよ。

過去戦ってきた女性たちの話を聞くと、「彼女たちが踏み固めてきた道の延長に自分がいるんだな」と勇気が出ます。

私は最近、朝ドラの『虎に翼』を見ながら毎日のように泣いていて(笑)

能條さん

私も上の世代の闘ってきた人たちに、めちゃめちゃ勇気づけられています。

太田さん

そうやって先人たちに励まされながら、今の社会で自分がより自由に楽しく暮らすために、それぞれの持ち場でできることを着実にやる。

特に男女不平等の問題は、家父長制が完全に世の中から絶滅するまで続く戦いだと思っています。

共同親権の導入がどういう着地になるかはまだ分かりませんが、推進派と反対派の綱引きはこの先も続くでしょう。だから動向に注目し、綱を引っ張り続けなければいけない。

繰り返しますが、私たちが生きている社会は変えられます。地道な長期戦ですが、「社会を良くしたい」と考え、小さくでも行動する人が増えることで、生きやすい社会になっていくのだと思います。

取材・文/天野夏海 編集/光谷麻里(編集部)