パリ五輪・体操補欠の杉原愛子「試合に出られる可能性は低い」中でのモチベ維持法

カメラ目線で微笑む杉原愛子さん

どんなに頑張っても成果が出るとは限らない。努力してもなかなか評価されない。

そんな中で仕事を頑張り続けるのはしんどい。モチベーションを保つのが難しいと感じることもあるだろう。

そんな人に、体操・杉原愛子選手のマインドセットを紹介しよう。

杉原選手は2016年リオ、21年東京と体操競技で2度のオリンピックに出場した後、22年6月に競技生活に一区切り。

しかし昨年11月、SNSでパリオリンピックを目指すことを宣言し、本格的に競技に復帰した。3大会連続の五輪代表には届かなかったものの、パリオリンピックには補欠として帯同している。

杉原さん

試合に出られる可能性は決して高くない補欠という立場。

それでも、何があるか分からないから、コンディションは万全に整えています。

出番があるか分からない中でモチベーションを維持する難しさから、補欠を辞退するアスリートもいる。

ところが杉原さんは「辞退の選択肢は全くなかった。むしろ補欠に選んでもらえて感謝してる」と明るく笑う。

>>杉原愛子さんが、ハイレグのレオタードに変わる新しいユニホームを生み出すまでのストーリーはこちら

一度競技から離れたことで、湧いてきた自信

編集部

パリ五輪では団体の補欠に選出されましたね。

杉原さん

全力で挑戦したけど、結果としては代表選手になれませんでした。正直、めっちゃ悔しかった

でも、その過程で応援してくれた人たちに挑戦する姿を見せられたし、一度競技から離れても代表レベルまで行けることを証明できたんちゃうかなと思ってます。

だから悔いはないです。

編集部

約1年半のブランクがある中での現役復帰に、不安はなかったですか?

杉原さん

「いけるかも」っていう気持ちがあったので、そんなに不安はなかったです。

編集部

そう思えたのはなぜでしょう?

杉原さん

引退してからコーチとして中学生の指導をしたんですが、この時に基礎を改めて学び直したんです。中学生の時期は、基礎を固めることがめっちゃ大事なので。

そしたら、以前の自分よりも基礎がうまくできてる感覚があって。

杉原愛子さん インタビュー
編集部

「基礎の質が上がった」ということでしょうか?

杉原さん

そんな感じです。

だから、「もしかしたら、パリも目指せるんちゃうかな」って気持ちになったんですよね。

編集部

実際に補欠としてパリ五輪代表に選出されたわけで、その感覚は間違っていなかったということですね。

ただ、アスリートの中には、モチベーション維持の難しさから補欠を辞退する選手もいると聞いたことがあります。

杉原さんにそういう選択肢はありましたか?

杉原さん

全くなかったです。むしろ、補欠にしていただいたことに感謝してるくらい。

代表メンバーに何もアクシデントがないことが一番だけど、何かあったときのためにしっかり準備しとかなあかんなと思ってます。

モチベーションを保つためにやっている、3つのこと

編集部

出番があるとは限らない中で厳しいトレーニングを続けるのは、精神的なしんどさがありそうだなと思います。気持ちが追いつかなくなることはないですか?

杉原さん

補欠は初めての経験なので、正直、モチベーションを保つのが難しいなって感じることはあります。

編集部

そういう時は、どうしているのでしょうか?

杉原さん

モチベーションを保つために心掛けていることは3つあって。
1つ目は、自分だからこそできる役割を見つけること

編集部

役割?

杉原さん

今回の女子選手団の中でオリンピック経験者は私しかいないんです。

なので、経験にもとづいたアドバイスをすることで、チームに貢献することを意識してしています。

編集部

例えば、どんなアドバイスですか?

杉原さん

オリンピックは特別な舞台であり、チームの雰囲気づくりがすごく重要です。だからキャプテンに「とにかく、チームの雰囲気づくりを大切にした方がいい」とくり返し伝えました。

実際、合宿を重ねるごとに雰囲気がどんどん良くなっているのを感じて。

自分ができることをしてチームの調子が右肩上がりになっていくのは、私自身のモチベーションにもなります

杉原愛子さん インタビュー
編集部

オリンピックを経験している杉原さんだからこそできることですね。

杉原さん

ムードメーカーとして声掛けをしたり、選手たちと練習以外の話をして心をほぐしたりと、安心感も与えられてるかなと思います。これも私だからこそできることかなって。

編集部

たしかに会社で働いていても、「元気良くあいさつするだけで、雰囲気が良くなってチームの士気が高まる」なんてこともある気がします。

杉原さん

そうですね。チームで成果を上げることがゴールなら、そんな風に自分にできるチームへの貢献方法を考えてもいいと思います。

編集部

2つ目は何でしょう?

杉原さん

2つ目は、意識的にオン・オフを切り替えること。やっぱり補欠は微妙な立場ではあるので、ずっとオンの状態だとしんどくて。

同じ補欠の立場の選手とご飯を食べに行ったり、地元に戻ったときに家族と買い物したりして、リフレッシュするようにしてます

編集部

心を休める時間を作ってるんですね。3つ目は?

杉原さん

3つ目は、物事の「プラスの側面」に目を向けるようにしてます

編集部

プラスの側面とは?

杉原さん

一見、ネガティブに見えることでも、自分にとってメリットになる側面も必ずあると思うんです。

例えば、補欠の選手も代表選手と一緒に合宿するんですけど、そこで行われる試技会は大会を想定して本番と同じ形式で行います。

その場で、高い得点を出したり良い演技ができたりすると、アピールになりますよね

もし今回のオリンピックで出場の機会がなかったとしても、「杉原は頼れるな」という印象を残すことは次のチャンスを引き寄せるはず。

編集部

評価されなかったり成果が出にくかったりする仕事に着実に取り組んでいる姿を誰かが見ていて、それが後に高く評価される、なんてこともありますもんね。

杉原さん

そうですよ。補欠の経験は絶対に今後の人生につながってくると信じて、最後まで気持ちを切らさずに挑みたいと思ってます。

杉原愛子さん インタビュー

足をけがした事で、苦手な種目を好きになれた

編集部

杉原さんはもともとポジティブなタイプなんですか?

杉原さん

そうですね。つらいときこそ楽しいことを見つけるようにしてます。

例えば、けがをした時は練習したくてもできないじゃないですか。でも、ライバルたちはその間に、練習してうまくなってる。

編集部

あせっちゃいそうですね……。

杉原さん

あせるし、リハビリも「しんどいな」「やりたくないな」とついネガティブにもなります。

でも、それをやらなかったら復帰も遅れるし、またけがをする可能性も高まる。

だから、なるべく自分が「楽しいな」と思えるやり方を見つけて取り組むようにしていて

編集部

例えば?

杉原さん

足をけがした時は、上半身のトレーニングをしたり、体の使い方を勉強したりするようにしてました。

「上半身を集中して鍛えるチャンス」と思って取り組んだ結果、苦手だった段違い平行棒(腕を使う種目)も好きになったんですよ。ラッキーですよね(笑)

編集部

ポジティブ……!

杉原さん

そうやって「いかに自分のモチベーションにつなげるか」を意識しながら目の前の状況を捉え直すと、見え方は変わってきますよ。

他にも、私が現役復帰した理由の一つには「体操をメジャースポーツにしたい」という思いもあったんですが、パリオリンピックに補欠として参加すること自体がこの目的につながります。

そう考えると、さらにモチベーションは上がりますね。

こんな風に、自分なりにもう一つ目的を作ってみるといいかもしれません。

杉原愛子さん インタビュー
編集部

しんどい時ほど「なぜこれをやるのか」という目的に意識を向けるといいんですね。

杉原さん

そう思います。そしてやっぱり、目の前の状況の中から「自分にとって楽しいこと」を見つけられるといいですよね。

すぐに結果は出ないかもしれないけど、地道に「楽しくできること」を積み重ねていけば、思わぬかたちで成果につながることもありますから。

体操選手・杉原愛子さんのプロフィール写真

杉原愛子さん

4歳で体操を始め、小学校4年生の時に本格的に体操競技に取り組む。2015年、日本代表として第6回アジア体操競技選手権大会に出場し、日本女子団体総合で金メダル。個人総合でも金メダルを獲得。16年リオデジャネイロ、20年東京、2大会連続オリンピック出場。17年10月、モントリオールで開催された世界体操競技選手権大会では個人総合決勝の平均台で披露した「足持ち2回ターン」が、新技「SUGIHARA」と命名された。22年に選手として「一区切り」し、第一線から退くことを発表。翌年、全日本種目別選手権で1年ぶりに競技復帰し、床で2年ぶりの優勝(2回目)を果たした。24年のパリオリンピックでは団体補欠として帯同。現在は株式会社TRyASの代表として、体操競技の普及活動に力を注いでいる。 その他にエキシビションや講演、リポーター兼解説者などその活動は多岐に渡る
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