大木亜希子「一人で強く生きることが自立じゃない」新作小説『マイ・ディア・キッチン』執筆を通して見いだした現代女性の自立
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「いつか作家として、一人の女性が他者への依存から抜け出し、再生していく姿を描きたかったんです」
優しくも力強い眼差しでそう話すのは、元SDN48の小説家・大木亜希子さん。
自身も「職なし・貯金なし」の状況で“ハイスぺ男子との結婚”を夢見ていた過去を持つ彼女は今年、長年温めてきた「女性が自分で自分を幸せにする」小説として、『マイ・ディア・キッチン』(文藝春秋)を上梓した。
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「女性の自立」をテーマの一つに据えながらも、主人公が独りで力強く生きていくのではなく、出会った人たちと甘え合ったり、支え合ったりする姿が描かれているのが印象的な本作。
大木さんが『マイ・ディア・キッチン』を通して伝えたいメッセージを聞くと、「現代女性が目指したい、新しい自立のかたち」が見えてきた。
過去の自分を、成仏させたかった
『マイ・ディア・キッチン』の主人公・白石 葉(しらいし・よう)は、夫から財布のひも、交友関係、食事、体型まで徹底的に管理される日々から抜け出し、得意の料理を武器に、小さなレストランで自分の人生を取り戻していく──。
本作は、「食」と「自立」の二つのテーマを通して、「女性の幸せとは何か」を問い掛けてくる。
今回大木さんが「食」と「自立」をテーマに据えた作品を描くことになったきっかけは、自身のアイドル時代にさかのぼる。
芸能界で、すごくきれいで何不自由ないように見える女性でも、男性に依存してしまっている人をたくさん見てきました。
「お化粧をしているとパートナーは優しいけれど、スッピンだと当たりが強くなる」とか、「毎日ウエスト周りのサイズのチェックがある」「GPSをかばんに付けられている」なんていう話を聞くこともあって。
そういう女性たちは寂しげで、「『偽りの自分』を演じ続けることになったとしても、誰かに幸せにしてもらった方が幸せに決まっている」と自らに言い聞かせているように見えました。
私自身、「ハイスぺ男子との結婚」こそが幸せでありゴールだと思っていた過去もあります。
でも本当は、みんな自分で幸せになれる力がある。それは私自身が女優やアイドル、会社員、数々のアルバイト、フリーランスライター、作家とさまざまな職業を歩む中で、七転八起をしながらも実感してきたことです。
「つらいこともあるけれど、自分で自分を幸せにしていけたらいいですよね」っていうメッセージを伝えられたらと思い、この作品を執筆しました。
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「女性の幸せ」について考える手段として「食」というテーマと掛け合わせた背景にも、大木さん自身の苦い経験がある。
10代や20代の前半、女優やアイドル活動をしていた頃はグラビアもやっていたので、過度に体重や体型を気にして生きていました。
定期的に体重測定が入る時期もあったので、そういう時は1日にブロッコリーの塩ゆで1株しか食べず、生理が一時的にとまったこともあります。
芸能界引退後はその反動で、暴食することもしばしばあって……。カマンベールチーズをホールでむさぼりながら、柿の種も一緒に食べるみたいなめちゃくちゃな食生活をしていた時期もありました。
そんな両極端の経験をしたからこそ、「生き方」も「食」も、他人に管理されるのではなく、「自分で自分を満たす」ことが幸せへの第一歩になるんじゃないかと思ってるんです。
アイドル卒業後、25歳で会社員になるまでは、アルバイトをしながら地下アイドル活動をするなど、その日暮らしで生き延びてきた大木さん。
もともと本を読むことも、文章を書くことも好きだったけれど、「文章を職業にしてお金を稼ぎながら生きていくなんて思い付きもしなかった」と、当時を振り返る。
主人公の葉も料理人として働いていた経験があって、誰が見ても料理のスキルは高いのに、最初は自分の料理でお金を稼ぐことができるなんて全く考えられないんです。
モラハラ夫と長い時間を過ごしてきたために、自分のことを過小評価してしまっているんですよね。
そういう女性が再生していく様子を描くことで、自分のことを認めてあげられずに生きづらさを抱えていた過去の自分を成仏させたかった。
そういう意味では、この作品は私にとって一つの集大成でもあります。
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他人の力を借りることと、依存することは違う
葉が一歩一歩、自立した女性への階段を上がっていく過程で描かれるのは、決して強くたくましい女性像ではない。
弱さを開示し、誰かに頼ったり、甘えたりしながら少しずつ成長していく葉の姿は、「自立」という言葉のイメージに新しい視点を与えてくれる。
また、物語の中で葉は、自らの人生を自由に選び取るさまざまな人たちと出会うが、彼らもまた弱さを抱えているのが印象的だ。
葉とともにレストランを営むことになる天堂拓郎、志村那津の二人も、自分の人生を生きる姿が魅力的でありながらも、決して強くたくましいだけの人間ではない。
みんなさまざまな痛みを抱えながら生きていて、足りないところもある。それを周囲の人たちと補い合いながら、立ち上がっていく。そういうかたちの「自立」でもいいと思うんです。
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「誰かと支え合う」というのは、一歩間違えると「依存」になってしまうこともある。その線引きについて、「縁を自分で選択すること」が重要だと、大木さんは続ける。
自立って「必要のない縁を断ち切る」ことから始まると思うんです。
20代半ばで記者になった時に、1人の男性を好きになったんですが、どうしても関係がうまくいかずにお互いを傷つけ合うようになった時に、断腸の思いでその人との縁を断ち切ったんです。
連絡先を全て消去して、全神経を原稿を書くことに注いで、書き上げた資料を出版社に持ち込んで「本を書かせて下さい」と自ら営業しました。
そうして生まれたのが、初めて出版した書籍『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)です。
彼との縁は悪縁というわけではなかったけれど、執着してはいけない縁だったんですよね。
執着が切れるまでは毎日号泣し、何度も発作的に彼に連絡をしたくなり、街中を徘徊して、本当に何度も自分を見失いそうになりました。
でも結果的に、彼との縁を切ってから作家の道が開け、出版社から執筆の依頼が来るようになり、新しい扉が開いた。
自立と一言で言っても、「仕事を得てお金を稼ぐこと」だったり、「誰かに依存しないで1人で立つこと」だったり、いろいろな側面があると思います。
でも私は、「いらなくなった縁を断ち切り、自分で新しい縁を選択すること」こそが自立への一歩だと思っていて。
28歳から30歳くらいの間に、この“人生の交通整理”をしておけてよかったと、いま心から思っています。
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自分の目の前にある縁が、自立を遠ざけるものなのか、自分の人生を豊かにするものなのか。
執着したくなる感情はいったん脇に置いておいて、冷静に「縁」を見極めることが自立への道を開いていく。
そして良縁であれば、甘えたり頼ったりしてもいい。他人の力を借りることと、依存することは違うのだと、葉は私たちに語り掛けてくれる。
「さっさと経済力のある男性と結婚しなさい」の言葉で吹っ切れた
かつて「ハイスぺ男子との結婚」に向けて必死に自分磨きをしていた大木さんはいま、ずっと好きだった「文章を書くこと」を仕事にしながら自らの足で自分の人生を歩んでいる。
彼女が自立する道へと舵を切ったのには、あるきっかけがあった。
作家としての仕事が増え始めた数年前、ある男性作家さんと食事をした時に、こう言われたんです。
「僕は何年も前からこの業界にいるから分かるんだけど、女の人が一人で文芸界に殴り込みして活動していくのは、君が思ってる以上に大変だよ。さっさと社会的立場のある男性と結婚して、経済的に豊かにしてもらった方がいい」
その言葉がすごくショッキングで。これから作家として頑張っていこうと思っていたタイミングだったのに、信頼していた人からそんなことを言われたので、すごく迷ってしまったんですよね。
業界をよく知っている人の言葉だからこそ、戸惑ってしまったという大木さん。
「結婚して男性に幸せにしてもらう」道も選択肢に入れ、経済力のある男性と食事に行ったり、デートをしてみたり……ということもしてみたという。
しかし導き出した結論は、「これは自分にとっての幸せではない」というものだった。
最初から「養ってもらいたい、幸せにしてもらいたい」前提でそういう人と出会って結婚したとしても、「私がたどり着きたいのはそこじゃないな」と思ったんです。
誰かと結婚するにしても、私自身が自分の目標をかなえられるようになって、なりたい自分に少しでも近づかないと、尊敬できる人とは出会えない。
実際に行動してみてそう実感したのが、ターニングポイントでした。
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実際に行動してみたことで「自分にとって何が幸せか」を確認でき、自分の進むべき道を見いだせた大木さん。「私にとっての“幸せチェック”の機会をいただけて、感謝している」と笑顔を見せる。
信頼してる人がそう言うなら、「社会的立場のある男性とちょっとご飯に行ってみるか」と実際に試してみて「やっぱり違ったな」と感じたので、これが私の答えなんだなって確信できました。
もししっくりくるのなら、それはその人の幸せだと思うし、それはそれでいいですよね。まずは一度試してみて、打算抜きに「自分は幸せを感じるかどうか」に目を向ける。
そうすることで、切るべき縁・大切にすべき縁を見極めることができると思います。
小説家として大成することを目指して走り続けてきた大木さんは、今後について「女性としての自分を大切に生きていきたい」と話す。
キャリアを築くことだけを考えて、35歳まで走り続けてきました。もちろん、今後も一側面として全力で執筆活動を続けていくけれど、ただただつらくてハードな山を登り続けるのではなく、小休止しながらおいしいものを食べたり、旅に出たりするのもいいなと。
そこで縁があった人たちとケアし合ったり、支え合ったりする中で新しい自分に出会えるかもしれない。今はそんなことを考えています。
自分にとって大切な「縁」をつむぎながら、自らの進むべき道を見いだしてきた彼女は、これからも出会った人たちと甘え合い、支え合いながら、自分らしい人生をつかみ取り、歩んでいくのだろう。
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大木 亜希子さん
15歳、女優デビュー。20歳で『SDN48』加入。解散後はWEBメディアで営業担当および会社員記者として3年間働く。編集者も兼任。 現在は作家として独立。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)、『シナプス』(講談社)。最新小説として2025年2月、『マイ・ディア・キッチン』(文藝春秋/料理監修 今井真実先生)を発売■X/Instagram
取材・文/光谷麻里(編集部) 撮影/赤松洋太
書籍情報
『マイ・ディア・キッチン』(文藝春秋)
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「ずっと、人に振り回されてきた。私さ、心が空っぽなの。これからはもっと、自分のために生きたい」
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