【大木亜希子✕深川麻衣】作家・俳優に転身した二人が“元アイドル”のレッテルから解放されるまで
「女の子は愛嬌で勝負できるから、お客さまを相手にする仕事では得だよね」「若いんだからチヤホヤしてもらいなよ」
そんな言葉に触れた経験を持つ女性は少なくないだろう。
どんなに努力をしても、成果を出しても、「女性」「若い子」といった属性によるものとして片付けられてしまう悔しさ。
今回取材した二人もまた、同じような悔しさを経験してきた。
小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社文庫)の作者である元『SDN48』の大木亜希子さんと、2023年11月3日に公開される同作の実写映画で主演を務める元『乃木坂46』の深川麻衣さん。
現在はそれぞれ作家、俳優としての活躍が目覚ましい二人だが、過去には“元アイドル”の属性により固定観念を持たれることも多く、複雑な思いもあったという。
そんな彼女たちのエピソードから、周囲からの「〇〇だから」にまどわされることなく、「私は私」の働き方をしていくヒントを探っていこう。
「“元アイドル”だから適役」ではない、俳優・深川麻衣の力
映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』は、大木さんによる同名の実録私小説が原作だ。
主人公である元アイドルの安希子は、仕事なし、男なし、貯金なしと、29歳で人生に詰んだと考えながらも、つい張ってしまう見栄と本来の自分のギャップに苦しむ。
しかし、赤の他人のおっさんであるササポンとの奇妙な同居生活をへて、自分らしさを取り戻していくというのが、本作の物語だ。
自身の実体験をもとにした思い入れの強い作品の映像化を「まるで夢のようだった」と大木さんは振り返る。
SNSなどで作品への反響は肌で感じていましたし、映像化してくれたらうれしいなという思いはありました。
それが実現して、こんなすてきなキャストの方々に演じていただけるなんて、話を聞いた時は本当に驚きました。
安希子を演じてくれる深川さんは私と似た境遇なので、どんな化学反応が起きるのかも楽しみでしたね。
大木さんの言葉を受け、深川さんも「原作を夢中になって読んだ」とほほ笑む。
元アイドルのその後を描いた本作に、自身に重ね合わせたシーンも多かったのでは? そう尋ねると、「もちろん共感する部分はあった」と前置きした上で、こう続けた。
アラサー女性が直面する仕事や恋愛、人間関係への焦りや葛藤、人間くささが生々しいほどリアルに描かれていて。
元アイドルだからというより、同世代の女性として深く共感しました。だからこの役を自分が演じられると聞いてすごくうれしかったし、ワクワクしました。
6畳1間の安いアパートに住み、昼間はがむしゃらに働き、夜はせっせと婚活にいそしむ。
泥酔して化粧を落とさず寝てしまったり、結婚して幸せそうな友人に対しては素直に祝福できず、「先を越された」という思いから複雑な心境になったり。そんな崖っぷちヒロインの姿を、深川さんは体当たりで演じた。
完成した映画を観た大木さんは、深川さんが演じることに対して当初抱いていた期待が「良い意味で裏切られた」と明かす。
彼女はまぎれもなく『安希子』としてスクリーンの中に存在していました。
そのリアリティーは、“元アイドル”だからではなく“俳優・深川麻衣”としての職人の仕事によるもの。感激しましたし、私自身も刺激をもらいましたね。
「元アイドルだからね」と言われてしまう悔しさ
作家、俳優として順風満帆なセカンドキャリアを歩む彼女たちだが、良くも悪くもイメージが固定されがちなアイドルという職業からの転身は、決して平たんな道のりではなかったはずだ。
乃木坂46の中心的存在として人気を博していた2016年、俳優業に専念するため、惜しまれながらグループを卒業した深川さん。「元アイドル」という属性は、彼女にとってどんな意味を持つのだろうか。
アイドルだったことは私の大切な過去。あの経験がなければ今の私はないと思っています。
ですが、卒業して7年経った今でも、『元乃木坂46の深川麻衣』と紹介されることも多く、少し複雑な気持ちもあります。それはまだまだ私の知名度が足りないからなのかなって。
深川麻衣という一人の人間として多くの人に認知してもらうためにはもっと頑張らないとダメなんだ、と焦った時期はありました。
属性は、時に重い荷物にもなる。深川さんの言葉を受け、大木さんも過去を振り返りながら率直な思いを明かした。
ライターや作家としてどんなに努力を重ねたとしても、『元アイドルだからね』という色眼鏡で見られて成果を認めてもらえない。
少しでもできないことがあれば、また『元アイドルだから』と言われてしまう……。正直、悔しい思いをたくさんしてきました。
もちろん、アイドル経験があったからこそ社交性も身につき、一般企業で記者として働いていた時は「笑顔がいいね」と取引先の方に褒めていただいたこともあります。
ただ、それは私のことを「ひとりの人間」として褒めてくれているのか、「元アイドル」というフィルターを通して見ているのか、分からなくなる瞬間もあって……。
周りから何か言われるたびに傷ついて、「私は何者なんだろう」と。周囲が自分に対して抱く先入観により本当の自分を見失うようになっていったんです。
しかし、大木さんは「悩み抜いたからこそ、気付いたこともある」と前を見据えて言葉を続ける。
「元アイドル」と言われることに過剰に反応していたのは、自分だったことに気付いたんです。
それからは、過去にとらわれてしまう自分と決別し、ゼロから再出発しようと覚悟を決めました。
他者は変えられないから、自分とだけ向き合えばいい
劇中では「こうあるべき」という既成概念や社会規範にしばられた安希子の心を、恋人でも家族でもない、赤の他人であるササポンの言葉が優しく溶かしていく様子が丁寧に描かれている。
年齢を重ねることにネガティブになり、「私、来週29歳になるんですよ」と自虐的に言う安希子に、ササポンが「必要以上に自分を年寄りだと思わないほうがいいよ」って返すんです。
そのセリフは、私自身にもすごく刺さりました。
深川さん自身も、人生の先輩からの一言がきっかけで自分の思い込みに気付いた経験があったと語る。
30代になったら少し落ち着いた方がいいのかなと思っていた時、60代の先輩が「まだまだ何でもできるじゃん!」って明るく言ってくれて。
ああそうか、自分にレッテルを貼っていたのは私自身だったんだ、って分かったんです。自分の可能性を決めつけてしまうのはすごくもったいないと気付きました。
そこからは、肩の力が抜けて楽になりましたね。自分自身に今までよりもフラットな視線を向けてあげられるようになりました。
とはいえ、世間や他人の評価によって、つい自分にレッテルを貼ってしまいそうになることもある。
そんなとき、二人はどう向き合っているのだろうか。
向き合うべきなのは他者ではなく、私自身だと思うようにしています。自分で自分に「よく頑張ったね」ってはなまるをあげられることが一番大切なんです。
それに、他者を変えることはできない。状況を変えたいのであれば自分が変わるしかない。そう割り切ってから楽になりました。
すがすがしい表情で語る大木さんに、深川さんも同意する。
今は「元アイドル」も私の大切な属性の一つだと思えるようになりました。それに自分がどんなに「こう見られたい」と願ったとしても、どう見るかは相手次第じゃないですか。
だからもう、見られ方は相手に任せちゃってもいいのかな、って。その代わり私自身は、過去に甘んじずに一人の俳優として認めてもらえるように努力を続けていけばいい。
時折聞こえてくる意地悪な声に耳を傾け過ぎないで、自分の『好き』とか『やりたい』って心の声にピントを合わせて生きていけば、どんな選択をしても自分らしくいられると思っています。
葛藤や悩みを乗り越えて、30代を迎えた元アイドルの二人。
「こうあるべき」は手放して、自分の「こうありたい」に素直に従う。今、彼女たちの「元アイドル」という属性への向き合い方は、至ってフラットだ。
本作の主人公は紛れもなく過去の大木さん自身だが、同じように「こうあるべき」にしばられて苦しんだ経験を持つ全てのアラサー女性への処方箋のような物語でもある。
「あなたはそのままでいい」——。映画内でササポンのセリフを通して発信されるメッセージは、多くのアラサー女性たちに、前へ進む活力を与えてくれるに違いない。
作品情報
『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』
11月3日(金)全国ロードショー
キャスト:深川麻衣 松浦りょう 柳ゆり菜 猪塚健太 三宅亮輔 森高愛 / 河井青葉 柳憂怜 井浦新
監督:穐山茉由
脚本:坪田文
音楽:Babi
原作:大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(祥伝社刊)
主題歌:ねぐせ。「サンデイモーニング」
© 2023映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」製作委員会
■公式サイト/公式X(Twitter)/公式Instagram
取材・文/安心院 彩 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 企画/光谷麻里(編集部) 編集/秋元 祐香里(編集部)