業界初のオタク女性専門パーソナルジム『Clara』創業者に聞く“一人目”ならではの勝ち筋【SAKU】

~進め、わが道。拓け、道筋~
先駆けの女性たち

国際女性デー記念特集「先駆けの女性たち」では、各分野で「初」を成し遂げた女性たちにインタビュー。前例や常識に縛られず、新たな道を開拓してきた先駆者たちのチャレンジマインドを紹介していきます!

いま、池袋・秋葉原に店舗を構えるオタク女性専門のパーソナルジムが話題を呼んでいる。

「推しに恥じない身体を目指したい」「3時間ペンライトを振り続けられる、推し活に必要な体力をつけたい」など、オタク女性の悩みに徹底的に応える業界初のパーソナルジム『Clara』を立ち上げたのが、作田 耀子(SAKU)さんだ。

SAKU

株式会社クララボ
代表取締役CEO
作田 耀子(SAKU)さん

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の修士課程を修了し、株式会社Faber Companyに就職。SEO・コンテンツマーケティングツールのコンサルティング営業、マーケティングディレクター職を経験。2020年、株式会社クララボを設立。Webサービスの企画・開発、コンサルティング、IT系法人営業代行、女性オタク向けに友人、同行者作りに特化したマッチングアプリの開発。21年、オタク女性専門パーソナルジム『Clara』を立ち上げ、現在に至る X

大手企業が運営するジムがひしめくダイエット・トレーニング業界に彗星のごとく表れた『Clara』は、立ち上げから約1ヶ月で予約殺到の人気ジムへと成長。

トレーナー全員がオタクという徹底した人材採用のこだわりに加え、著名な声優陣とコラボしたイケボトレーニングなどの企画が支持されている。

「私自身がガチオタで、オタクを幸せにする仕事がしたいとずっと考えていたんです」(SAKUさん)

SAKUさんが業界初のビジネスにチャレンジした理由や、誰もやったことのないことに挑む“一人目”になったからこそ得られたものについて聞いた。

「まだ誰も通っていない道は、ないか。」

オタクじゃなかった時の記憶がないっていうくらい、ずっとオタクとして生きてきました。

幼少期から漫画やアニメが大好きで、初恋の相手はドラゴンボールの孫悟飯。「私はオタクなんだ」ってちゃんと自覚したのは、小学校6年生の時でした。

当時は『シャーマンキング』が好き過ぎて、シャーマンになることを目指して人生修行モードで生きていたくらいです(笑)

SAKU

『テニスの王子様』(以下、テニプリ)も大好きで、中学では「私も憧れの世界に入りたい」と思ってテニス部に入部しました。

でも、運動は苦手だし体育会系のノリにもついていけなくて、1年で辞めてしまいました。これが、今の事業につながる原体験でもあります。

その後も「テニプリ」は私の人生に無くてはならない作品。好きな理由は語りつくせません。

ですが、あえて一つ挙げるなら、作者の許斐 剛先生の仕事に対する姿勢がファン思いで本当にすばらしいんですよ。

許斐先生はいつもホスピタリティーにあふれていて、読者をどう楽しませようか、まだやっていないことは何かっていうことを考え抜いてくださっている。

そのプロフェッショナルとしての姿勢に圧倒されて、「ずっとついていきたい」って思わされるんです。

まだ誰も通っていない道は、ないか。」っていう先生の名言があるんですけど、これは私の人生訓にもなっていて。

私が『Clara』を業界初というかたちで立ち上げてここまで来られたのも、許斐先生から刺激を受けたからという面もあるんです。

SAKU

取材当日、SAKUさんが着用していたTシャツ。「テニプリ」の推しキャラ、南健太郎さんのお気に入りのセリフ

今では2.5次元も一般的になりましたけど、そうじゃなかった時代に「テニプリ」がその道を切り開いていったし、キャラクターのファンブックなんかも情報量が本当にすさまじくて、私たちオタクに常に新しい驚きをくれるんです。

生きるヒントも、ビジネスのヒントも、全部「テニプリ」につまっています

社畜生活で体重増加、コスプレ衣装がムチムチに…

もともと「オタクのためになる仕事がしたい」という思いはあって、大学院ではサブカル研究をしていました。

ただ、研究したことを世に還元して「オタクを幸せにする」ことに役立てる難しさも感じていて。

キャリアに悩んだ末、いろいろな仕事を見てみようと思って26歳で初めて就職することにしたんです。

就職先として選んだのは、SEOコンサルなどを提供するWeb系のマーケティング企業。そこで約3年間、法人営業をしていました。

新規の顧客開拓も含め、泥臭い営業活動をごりごりやっていましたが、仕事はやりがいがあって楽しかった。どんどんのめり込んでいき、寝食を忘れて仕事するような生活でした。

お昼も「5分で中華丼をかきこんで終わり」みたいな食べ方をしたり、朝昼抜いて夜ごはんだけがっつり食べたり、そんな生活を続けていたらじわじわと太ってきちゃって(笑)

SAKU

ある時、週末にコスプレイベントに『Fate/stay night』のランサーの姿で行こうとしたら、衣装がきつくなっていることに気付きました。ランサーは細身で筋肉質な体系が美しいキャラだから、ムチムチな自分の姿がすごくショックで……。

ちょうどその時、会社の先輩から「パーソナルジムこれから始める知り合いがモニター探してるから、行ってみたら?」と誘っていただいて。

普通のトレーニングジムだと絶対に続かないのは分かっていたので、パーソナルならちゃんと痩せられるかも? と思って人生初のパーソナルジムに行ってみたんですよ。

それから1年くらいは何とか通いましたけど、正直すごくストレスがたまりました。トレーナーさんが体育会系の陽キャだったので、価値観や話が合わなくて(笑)

オタク文化に馴染みがないトレーナーさんに対してだと、「男装で腹筋を割りたい」とか「ダイエット中でも行きたいコラボカフェがある」などの正直な目的や悩みも言い出しづらかったんです。

パーソナルジム自体はすごく良くて10カ月で12キロ減量して、コスプレ衣装もカッコ良く着こなせるようになりましたが、居心地の悪さがぬぐえず1年くらいで辞めてしまいました。

29歳で起業、構想から2カ月で『Clara』プレオープンを実現

私が会社員を辞めて起業をすることにしたのは、その直後。29歳になった時でした。

就職した後も「オタクを幸せにする仕事がしたい」という思いを胸に秘めていたんですけど、具体的に何をやればいいのか、自分がやりたいことは何なのかが分からなくてすごくモヤモヤしていた時期でした。

SAKU

転職しようか、部署異動しようか……ずっと迷っていたけれど、「29歳」でチャレンジしなくてどうする! という気持ちで、起業を選びました。

29歳は私にとって特別な年齢だったんです。

『鋼の錬金術師』のロイ・マスタングが大好きなんですけど、彼は29歳で連載に初登場して大総統を目指すんですけど、それがすごくかっこよくて憧れていて(笑)

他にも29歳で大きなことに挑戦する好きなアニメキャラが何人かいたもので、「私もここでやらないと」って後押しされました。

SAKU

『Clara』池袋店のエントランス。SAKUさんやトレーナーさん、お客さまのお気に入りキャラクターがずらり

起業したての頃は、オタク同士が友達を作るためのマッチングアプリの開発から始めました。ただ、早々にマネタイズがうまくいかなくなり、リリースから1年くらいで撤退することに。

その時にアプリ開発と同時並行で始めていたのが、オタク女性専門のパーソナルジム『Clara』の企画でした。

自分の過去の経験から、もっとオタクが通いやすく楽しめるジムがあるべきなんじゃないかと考えていたことが、『Clara』の出発点になっています。

SAKU

『Clara』池袋店のトレーニングスペース。アニメのキャラクターイラストなどが飾られている

構想からプレオープンするまでの時間はたったの2カ月。投資家さんとも相談し、「完璧じゃなくてもいいから、とにかくやってみよう」ということで池袋に拠点を構え、スモールスタートしてみました。

スピード重視でのオープンでしたが、「ここだけは譲れない」と思っていたのはトレーナーさんの採用です。

パーソナルトレーニングがしっかりできるだけのスキルや経験があり「オタクであること」というのを必須条件にして転職サイトに求人を載せたりSNSでスカウトしてみたところ、ぴったりな方が3人も採用できました。

SAKU

『Clara』池袋店のエントランスには、推しキャラグッズが日々増えていく

『Clara』池袋店は2021年5月にプレオープンして7月に本オープンしたのですが、そのタイミングでWebメディアで記事化してもらえたことをきっかけに、Xでトレンド入りするくらいバズったんですよ。

その勢いに乗って予約が殺到。全てを受け入れられない状況になってしまいました。うれしい悲鳴と言いますが、この反響を受けてすぐに池袋に2号店を出店し、22年に秋葉原店をオープンしています。

現在では、大阪の心斎橋、福岡の天神にもオープンし、今後も各地への店舗拡大を考えているところです。

「一人でやる」「こだわりすぎる」姿勢が招いた負のスパイラル

ありがたいことに『Clara』は幸先の良いスタートを切ることができ、ユーザーさんからは「こういうものを待っていた」と仰っていただけて、すごくうれしかったです。

その分、仕事はすごく忙しくて、創業から2年がたつくらいまでは自分の時間がほとんど持てないくらいでした。

SAKU

当時は「起業したんだから頑張らなきゃ」っていう気持ちで、パーソナルトレーニングを現場でする以外の企画・事務・マーケティング的な仕事は全部一人でやっていたんです。

経営の面でも「もっと完璧にやりたい」「こだわりたい」というオタク気質が爆発。トレーナーさんたちに求めるものも増えてしまい、だんだん心の距離が開いていってしまいました。

一方、ユーザーさんからの引き合いは絶えず、問い合わせは増加。それに対応できるだけのチームが育たず、私もトレーナーさんも元気をなくしていって「このままじゃいけない」と思い直しました。

そこで、昔からの友人でもある当社の役員に意見を求めたのです。その時に言われたのは、「一人で抱えすぎるな」ということと、「こだわりが強すぎる自分を自覚すること」でした。

いつも忌憚のない意見をくれる人なんですけど、その言葉をもらって、オタクならではのこだわりの強さが悪い方に行っていたなと反省して。

その後は人を信じて任せることを意識して、トレーナーさんたちをまとめる立場の方を採用し、私自身も推し活に割く時間を取り戻すことができました。

すると、自分自身も心が元気になり、活力を取り戻していくのを実感しました。やっぱり推し活って人生に必要なものですね。

オタクを楽しませる仕事をしているのに、自分がオタクの心を失ってしまっていちゃダメじゃないか……! って改めて気づくきっかけにもなりました。

SAKU

今では『Clara』には20名弱(2025年3月現在)のトレーナーさんがいて、みんなそれぞれ違った推しを持つオタクばかりです。

任せられる部分はちゃんと人に任せること、自分が楽しめるだけの心の余裕を持つことーー。どんなに好きな仕事をやっていても、サステナブルに働き続けていくためには、この二つが大事なんだと学びました。

ビジネスで「一人目」になれば、必ずメリットがある

「誰も通っていない道をいく」のは、不安もあるし、難しいことだと感じる人も多いかもしれません。でも、「一人目」になることのメリットってすごく大きいですよ。

SAKU

以前、『Clara』のコンセプトに似たような別のジムがオープンしたんです。でも、二番手以降はどうしても「真似した」って言われちゃうじゃないですか。

マーケティングの世界に「先行者優位」っていう言葉がありますが、まさにそれを実感しています。

まだまだ私たち『Clara』だって完璧じゃないし、手探りしながら進んでいる部分はあるけれど、絶対に「真似」「二番煎じ」とは言われません。

「また新しいことをやってくれそうだ」っていう期待値を持って皆さんが見ていてくださると思いますし、自分たちにとってもそれが良いプレッシャーになっています。

私自身は大好きな許斐先生のように、この先も「まだ誰も通っていない道」を歩んでいきたいし、世界中のオタクを健康にしていくことが今後の野望です。

SAKU

以前の私はずっとキャリアに悩んでいましたけど、いまは自分にしかできない仕事ができていると感じられて、すごく充実しています。

思い返せば、悩んでいた頃の私はいま以上に、他人からどうみられるかを気にしながら生きていました。要するに、他人の意思の上で生きていたんです。

でも、とあるドラマを観ていた時に、最終的に自分の人生は自分で認めてあげるしかないんだから、好きなことを何でもやってみようと吹っ切れたことがあったんです。

起業してからはいろいろと苦しいこともあったし、失敗したこともあったけど、それも含めて自分の人生を生きている感覚があります。

他の人がまだ誰もやっていないからとか、女性のロールモデルがいないからとかそんなことは気にせずに、「楽しそう」と思えることは全部やっちゃおう! くらいの気持ちで挑戦していくことが自分らしく働き続けていく上では大事なのかなと思いますね。

SAKU

取材・文/栗原千明(編集部) 撮影/赤松洋太