steAm代表・中島さち子が語る、“逆風の万博”でもプロデューサーを務める意義「娘の誕生が仕事観が変わる転機に」

中島さち子
~「頑張る」をサステナブルに~
わたしたちのリスタート

Woman type4月の特集では、転職、起業、出産など、キャリアの転機を経てリスタートをきった女性たちにフォーカス。再出発を経験した彼女たちの事例から、サステナブルに仕事を頑張り成果を上げていくための「良いスタートダッシュ」の切り方を提案します!

ついに「2025年大阪・関西万博」が開幕する(2025年4月12日に開会式、13日より開幕)。

万博のシグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」のプロデューサーを務めたのは、中島さち子さん。

大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」

大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」ⓒKURAGE Project & Dai Nippon Printing Co., Ltd. (DNP) All Rights Reserved

ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM教育者(※)と、さまざまな顔を持つ中島さんは、その時々の「やりたい」に従い、多様な経験を積んできた。

そんな彼女にとって最も大きなリスタートは、28歳で娘が産まれたこと。そこで新たに見えた景色が、今も彼女を突き動かし続けている。

※科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Art)、数学(Mathematics)の頭文字を取った教育概念

中島さち子

株式会社steAm
代表取締役/一般社団法人steAm BAND 代表理事
中島さち子さん

1979年大阪生まれ。高校2年生のとき国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダルを獲得。 東京大学理学部で数学を専攻、現代数学の学び場「K会」(河合塾)の創立に参加。大学卒業後は一転、ジャズピアニストとしても活動を開始する。2017年に株式会社steAmを設立、18年よりNY大学芸術学部修士課程に留学。現在、内閣府 STEM Girls Ambassadorをはじめ、経済産業省や文部科学省の教育変革に関わる委員会に多数所属する

大事なのは、根っこ

数学、音楽、教育。

この三つを中心に、ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM教育者、国や自治体の委員会、プロデューサー業務……と、簡単にはまとめられないくらい、たくさんのことを仕事にしてきました。

全てに共通するのは「やりたい」という気持ちだと思います。自分の心が動くことをする方が、自分なりの価値が描ける。そこに素直でいたい気持ちはずっとあります。

「いのちの遊び場 クラゲ館」2025年3月23日開催「初構え」(全館メディア初公開プレスプレビュ―)での演奏の様子@いのちパーク

「いのちの遊び場 クラゲ館」2025年3月23日開催「初構え」(全館メディア初公開プレスプレビュ―)での演奏の様子@いのちパーク

今の私がやりたいことは、多様な人たちがイキイキできる社会をつくること。

大変なことは毎日あるし、「何でこんなことしているんだろう」と思うことも山ほどある。だけど、それら全てがより良い社会につながっていくと思えるから頑張れています。

それは山登りに近い感覚かもしれません。山が大きいほど大変だけど、それが面白いし、意味があるというか。

その分巻き込む人も増えるので、「やりたい」と言い出した私にはある種の覚悟と責任が伴うけれど、そこは引き受けるべきところで、その立場だからできることもあると思っています。

大事なのは、根っこです。「やりたい」という気持ちや「何のために」を見失ってしまうと、ただつらいだけの仕事になってしまいますから。

そして、「やりたい」が自分だけのことではないのも重要です。たくさんの人を巻き込んで何かをする時は、自分ではなく、みんなのため

多様な人がイキイキできる社会づくりもまた、私だけのことではなく、一人でできることでもありません。

今回の万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」にも、私は必ず「多様な」を付け加えています。

これは別の言い方をすると、「創造性の民主化」。私が立ち上げた会社、steAmのミッションでもあります。

私は何かをつくるのが大好きです。音楽も数学も、永遠に終わりはありません。

そういうつくる喜びを、全ての人に持ってほしい。みんなの中にある創造性を開いたものにしていきたい。

鍵盤

でも、今は障害や病気、性格、人種、性別など、さまざまな違いがマイナスに働くことで、マイノリティーが表現をしづらくなっている。そこを変えていきたいんです。

結局、全ては「創造性の民主化」という根っこに突き動かされているなと思います。

多様な人たちがイキイキできる社会」だなんて綺麗事に聞こえるかもしれませんが、そういう社会の方が私は楽しい。だから、自分の手でつくりたい。

その思いがある限り、楽しく仕事をすることができる気がしています。

出産後、世の中を見る目はがらりと変わった

「世の中のために仕事をする」という大きな視点が芽生えたのは、出産を経験してからです。

娘が産まれたことは、私のキャリアにとって一番のリスタートだったと思います。

学生時代は「数学が好き」「音楽が好き」と、その時々で真剣に生きてきました。

社会に出てからもジャズピアニストとして演奏ツアーで世界を飛び回りながら、現代数学の面白さを子どもたちに伝える活動をしていて。

ピアノの前で笑顔の中島さち子さん

そうやって自分の「好き」を信じて、その可能性を広げてきたのが20代だったと思います。

でも28歳で娘が産まれて、世の中を見る目は圧倒的に変わりました。

子育てを通じてようやく社会に目が向き、一人一人が持つ「私」を開く場をつくることに関心を抱くようになったんです。

世の中には性別やジェンダー、性格、人種、立場などを理由とした、いづらいシチュエーションがあります。悪気なくハラスメントに近いことをされることもまだまだある。

私自身、わが道を進んだ10〜20代で、傷ついたこともたくさんありました。若さゆえに世界が見えていなくて、悪気なく周囲を傷つけたこともあったと思います。

自分の弱さを見つめざる得ないのが20代だったとすると、弱さの価値を開きたいと思うようになったのが30代。

できないこと、苦手なこと、ずるさ、嫉妬心。そういう弱さを価値に転換できる場を生み出す。そして、弱い自分をちゃんと受け止められる人が増えたらいいなと思ったんです。

日本では強いことが重視され、有名人には強気なもの言いの人も多いけれど、たとえ弱々しくても「これが好き」と発信する人の存在が大事かもしれない。

そこで、まずは私自身がそういう立場から発信をしていかなければと思うようにもなりました。

母娘

私はシングルマザーで、母あっての子育て。だからあまり一般的とはいえないかもしれませんが、やっぱりこの社会はまだまだ難しいと思います。

子どもは生身のいのちで、産まれてきて初めて分かることはいっぱいある。ずっと自分の好きなことばかりやってきた人にとっては、立ち止まる勇気が求められるなと思います。

見える景色は間違いなく変わるので、立ち止まる意味は絶対にある。だけど、立ち止まるのは女性なんですよね。

「子どもにとってお母さんは大事」
「キャリアは後から挽回できるから、今は育児に時間をかけたら?」

そんな言葉をプレッシャーに感じている女性はたくさんいて、私の周りにもキャリアを断念した優秀な女性が何人もいる。

一方、男性は子どもが生まれてもほぼ変化がないのが日本の現状。それはやっぱり変だから、会社などでも新しいルールや社会文化づくりが必要なのだと思います。

多分、今はルールがそろっていない状況なんですよ。みんなで試行錯誤しながら新しいルールや社会文化を作って、より良い社会にしていけるといいなと思っています。

家族

意味付けをすれば、全てのことは未来につながる

最近では2018年からの2年間、娘と一緒にアメリカへ渡り、ニューヨーク大学の大学院に留学したのもリスタートだったと思います。

芸術学部でメディアアートを学びましたが、アートとテクノロジーが絡み合う、まさにSTEAMを体現するような場所でした。

NY

世界中の人と一緒に、「この技術で何をしたい?」を起点に発想を膨らませていく。そうすれば心が喜び、いくらでも学ぶ意欲が湧いてくるのだと身を持って体験できましたね。

娘もまた、アメリカの2年間でものすごく成長しました。

実は留学を決めた理由には、娘に世界を見せたいというのもあったんです。当時の彼女は小学6年生。日本の小学校は楽しそうでしたが、多様とは言えない環境ではあって。

もう少しで皆勤賞だったのでちょっとかわいそうでしたけど、アメリカでの生活で、国籍や言語などさまざまな人々と接する機会は格段に増えました。

多国籍 子ども

全てのものには良い面と悪い面があり、失敗やトラブルを超えるから分かることもある。そういう意味でも、多様な角度から物事を見る体験になったのはよかったなと思います。

大事なのは、意味付けです。起きた出来事はストーリー次第で、未来につなげることができるんですよ。

振り返りを次に生かすには、「やってよかった/やらなくてよかった」と白黒をつけるよりも、ストーリーを付けていくことが重要

たとえやりたくない仕事でも、それをやることで別の何かにつながると意味付け、「今の自分にこう役立っている」と振り返ってストーリー付けていくことで、自分にとって価値が生まれます。

そして、「もっとこうしたらいいんじゃないか」という反省は素直にして、直せるものは直していく。直せないところは受け止める。

私の場合、おそらく脳内多動の傾向があり、よく物を忘れたりなくしたりしてしまうんです。

若い頃は自分の人間性そのものを否定するような気持ちになることもありましたが、そういう特性だと受け止められるようになって、自分も周りも楽になりました。

人間性とは切り離して「事(こと)」として捉えるのは大事だなと思います。

「クラゲ館」はゆらぎある遊びの場

万博プロデューサーのお話をいただいたのも、ニューヨークに留学していた頃です。

万博を開催することについてはさまざまな意見があり、反対されている方もいらっしゃいます。これまでもさまざまな逆風がありました。

ただ、私なりに「なぜ自分が万博のプロデューサーをやるのか」を言語化するなら、「いのち」についてみんなで考えるきっかけづくりをする仕事に大きな意義を感じたから。

160近い国や国際組織が集まり、多様な人たちがいのちについて考えるのは、万博という場でなければできないこと。

例えば、1970年万博の「太陽の塔」には、ぐわっとした生命のエネルギーというか、原始的ないのちの強さがあります。「あなたそのものが美しい」というメッセージを伝える存在であり、それができるのが万博です。

今回の私たちのパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」では、そうしたメッセージやぐわっとした生命のエネルギーを届けると共に、社会をかき混ぜたいと思っています。

プレマウンテン「いのちのゆらぎ場」の大きなクラゲの傘の下には、拡張現実やセンサーなどのテクノロジーから、楽器やごみまでもが融合した仕掛けがたくさん。ここは、予約なしで遊ぶことができる

プレマウンテン「いのちのゆらぎ場」の大きなクラゲの傘の下には、拡張現実やセンサーなどのテクノロジーから、楽器やごみまでもが融合した仕掛けがたくさん。ここは、予約なしで遊ぶことができる
ⓒKURAGE Project & Dai Nippon Printing Co., Ltd. (DNP) All Rights Reserved

「万博って何だろう」「いのちが高まるときって?」と、毎週のようにチームで話し合ってきた中で見えてきたのは、いのちにとって大事なものはゆらぎの遊びだということ。

そこにある缶をひとまず蹴ってみるところから何かが始まるような、そんな遊びです。

同じ人でも「今日はどうしても働きたくない」といったゆらぎがあるように、個別のいのちもまた、それぞれバラバラ。

でも、同じじゃないからいいわけです。早寝早起きな人、遅寝遅起きな人がいて、違うからこそ災害などの不測の事態にも対応できる人が出てくる。

そういうゆらぎや、そこから生じる遊びが大事だと考えました。

予約スペースの「いのちの根っこ」には「わたしを聴く」「わたしを祝う」の二つの場所があり、「わたしを聴く」は自分と向き合える場に、「わたしを祝う」では国内外17箇所の祭りや郷土芸能のうち5種類がランダムで表示される場になっている。最後には参加者が祭りの一員となる仕掛けも

予約スペースの「いのちの根っこ」には「わたしを聴く」「わたしを祝う」の二つの場所があり、「わたしを聴く」は自分と向き合える場に、「わたしを祝う」では国内外17箇所の祭りや郷土芸能のうち5種類がランダムで表示される場になっている。最後には参加者が祭りの一員となる仕掛けも
ⓒKURAGE Project & Dai Nippon Printing Co., Ltd. (DNP) All Rights Reserved

もう一つ、明確なキーワードとして出てきたのが「身体性」です。技術の時代であり、万博は「技術博」とも言われますが、本当に大事なのは身体なのではないか。

そうした議論から出てきたのが、クラゲというモチーフです。

「クラゲ館」は何が起こるか分からないことも含めて設計し、五感や体を使って楽しめるパビリオンになっています。

また、国籍や人種、障害、性別など、多様な面白い人たちと共創していて、ほぼ毎日ワークショップを開催する予定です。

多様な人たちとみんなで一緒に遊んで、楽しんでいるうちに、思わず何かやりたくなっちゃうような、テクノロジーも身体性も一体となった多様ないのちが関わり合うパビリオンになったと思います。

そこで生まれた気持ちを根っこに、「いろいろな人と重なり合って、協奏して、未来の欠片を作っていけるんだ」という感覚になってもらえたらいいなと願っています。

シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」2025年3月23日開催「初構え」(全館メディア初公開プレスプレビュ―)でのクラゲ館アテンダント・ボランティア衣装の仲間たちと共に@クラゲ館

シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」2025年3月23日開催「初構え」(全館メディア初公開プレスプレビュ―)でのクラゲ館アテンダント・ボランティア衣装の仲間たちと共に@クラゲ館

取材・文/天野夏海  本人画像提供/中島さち子さん 

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