大手脱毛サロンの“中の人”が明かす給与未払い・突然の解雇…もし直面したらどう対応する?【専門家解説】

脱毛サロンの倒産や経営破綻が相次いでいる。
給与未払いや突然の解雇などを巡るトラブルが報じられてる大手脱毛サロンで働いてるAさんは、「未払い分の賃金をどうしたらいいのか、今後の仕事はどうしたらいいのか……今は何も考えられない。ただただ絶望しています」と心の内を明かす。
Aさんによると、初めて違和感を抱いたのはちょうど1年前の2024年3月のことだという。
「2、3日ですが、給与の支払い遅延がありました」(Aさん)
同社で一体何が起きたのか。社員の目から見た給与未払い・突然の解雇までを聞くとともに、いざ自分の働く企業で同じようなことが起きた時に取るべき行動を、法律の専門家・キャリアの専門家に聞いてみた。
今思えば、あれは前兆だったのか……
店長を務めていたAさん。やりがいのある仕事で、キャリアアップも実現し、充実した毎日を送っていたという。しかし、異変は突如起こった。
「最初に『あれ?』と思ったのは、ちょうど1年前くらいに給与の支払い遅延があった時です。経営層の人事もバタバタし始めて、『なんかヤバくない……?』という不安を抱いていました」
給与の支払い遅延が起こる前にも、広告費の削減や、安価なサービス提供による売上施策の実施など、「今思えば前兆はあった」とAさんは振り返る。
「今思えばあれは前兆だったのかもしれませんが、当時は『きっと画期的な施策なんだろうな』としか思っていませんでしたね」

給与の支払い遅延があった後、ボーナスの金額が極端に減ったり、店舗からウォーターサーバーや販売用のコスメが消えたりと、少しずつ経営状況の悪さを感じさせる変化があったと言うAさん。
経営層より「資金調達して立て直していく」という社員向けの説明があった数か月後に、給与未払い、従業員解雇のトラブルに見舞われた。
解雇については突如、社員向けの説明会がオンラインで実施され、その場で告げられたとAさんは続ける。
「急遽Zoomで店舗スタッフたちが集められて、『全員解雇します』と。『え? どういうこと?』って混乱しかありませんでした」
一年前に違和感を抱いたものの、ここまで辞めずに続けてきた理由について「私たちを信頼して通ってくださっているお客さまがいるのに自分だけ辞めることはできないし、『自分が抜けたら若いスタッフたちはどうなっちゃうんだろう』という思いもありました」と胸の内を明かす。

何カ月も給与未払いが続いた後に、突然の解雇に見舞われたAさん。今どんな毎日を過ごしているのだろうか。
「カードの引き落としなどで貯金が底を突きそうで、とにかく目の前の生活のことで頭がいっぱいです。
転勤していたスタッフたちは、転居費用の立て替えも求められていると聞いていて、『お昼ごはんが買えない』という若いスタッフに、お金を送っている店長もいます」
給与未払いが起きた場合、「未払い賃金立て替え制度」など国が保障する制度もあるが、Aさんの会社の場合、まだ倒産認定されていないために適用されるかどうかは難しいところだ。
また、本社社員も解雇されていることにより、離職票の発行が遅延し、失業保険の申請ができずに困っているスタッフも多い。
「未払い賃金立て替え制度は、開業一年未満の事業所は使えないらしいのですが、私たちの会社は昨年法人が変わっているので、そもそも『開業一年未満』にあたる可能性もあって。とにかく混乱しかありません」
もともと「大手企業だし、安定して長く働けそう」という安心感があり、同社に入社したと話すAさん。会社が大手だろうと、決して安心ではないと身につまされたと語る。
「脱毛に通っていた友人からも『この会社は安心だと思うよ』と、太鼓判を押されて入社した会社だったんです。
自分よりも年上の女性もたくさん活躍されてましたし、実際入社した後も働きやすい環境でした。
キャリアアップもできてやりがいも大きく、ここなら長く働けそうだなと思っていたからこそ、今は絶望しかありません」
【弁護士が解説】給与未払い、突然解雇…ベストな法的対処法は?
勤務先の企業が経営危機に見舞われた場合、支払われていない給与を保障してもらうことは可能なのか。
今回のようなケースで労働者が取るべきベストな対処法について、労働法を専門とする弁護士の鈴木悠太さんに聞いてみた。
Aさんたちが困っている「給与未払い」についてですが、会社が倒産していない場合だと「未払い賃金立て替え制度」は対象外になってしまうのでしょうか?
おっしゃる通り、未払賃金立替払制度の要件として、事業主(使用者)が「倒産したこと」が必要になります。
ただ、ここでいう「倒産」には、事業主について正式な破産手続き等が開始している「法律上の倒産」だけでなく、一定の中小企業事業主について、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、賃金支払能力がない「事実上の倒産」も含まれます。
ちなみに、「事実上の倒産」は、労働基準監督署長が認定します。
したがって、事業主について法律上は倒産していない場合であっても、労働基準監督署に申請して「事実上の倒産」の認定を受けることで未払賃金立替払制度を利用できることがあります。
なるほど。未払い賃金の立て替えは、どのような手順で申請すればよいのでしょうか。
所定の「立替払請求書」や、退職日および未払賃金額を証明する資料を準備して、労基署に申請することになります。
「法律上の倒産」の場合には、破産管財人(破産者の財産を管理・処分する弁護士)が必要な資料を揃えてくれることが多いので、破産管財人に問い合わせてみるのがよいでしょう。
「事実上の倒産」の場合には、労基署に事実上の倒産認定の申請をし、認定を受ける必要があるのと、退職日および未払賃金額を証明する資料も、できる限り自分で集める必要があります。
事業主が証明書等の発行に協力してくれればよいですが、協力してもらえない場合には給与明細や給与振込口座の履歴等、思いつく限りの資料を集めましょう。
いずれにせよ、まずは職場を管轄する労基署に問い合わせて、担当者と相談しながら進めるのがよいと思います。
Aさんのように、突然給与未払いや解雇といった状況に陥る可能性は、全ての働く女性たちにもないこととは言えません。
このような状況に直面した場合、まずどのような行動を取れば良いのでしょうか。
なるべく早い段階で、労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
給与未払いが生じた場合、放っておくと会社の財産状況がどんどん悪化し、給与の回収が難しくなってしまうおそれがあります。
また、労働者が「解雇された」と思っていても、実際には退職勧奨を受けているだけというケースもあるので、うっかり退職届などの書類にサインしてしまうと、「自己都合退職」として処理されてしまいます。
労働問題に直面した場合、自分が置かれている状況を正確に把握し、適切な時期に適切な対応をしていくことが大切になりますが、その判断は労働問題に詳しい弁護士でないと難しいでしょう。
職場に労働組合がある場合には、労働組合に相談してみてもよいかもしれません。
「弁護士費用を出す余裕がない…」というケースが多いと思うのですが、気軽に相談できるのでしょうか。
弁護士の相談料の相場は30分で5000円程度ですが、どうしても金銭的に余裕がない場合には、日本労働弁護団の無料ホットラインなどで相談することもできると思います。
いざという時に路頭に迷わないために、会社で働く人たちが普段からしておくと良いことがありましたら、教えてください。
労働問題で会社と対立した場合、労働者の手元にどれだけの証拠が残っているかがものを言います。
普段から、雇用契約書、就業規則、給与明細などの会社関係資料をしっかり保管しておくくせをつけましょう。
これらの書類が発行・交付されていない場合には、会社に発行・交付するよう請求してみてください。
会社とトラブルになった後は、口頭だけでやり取りしていると、後から言った言わないの争いになり、証拠がないと会社が言ったことを立証することができません。
大事なやり取りはメールなど証拠が残る方法で行うか、口頭のやり取りはこっそり録音しておけるとより安心です。
一番よいのは職場の労働組合に加入しておくことです。
事業主(使用者)には、労働組合から団体交渉を求められたら誠実に交渉しなければならない法律上の義務があるので、労働組合があれば早い段階で会社と交渉し、会社の状況を知ることができます。
職場に労働組合がない場合には、職場の仲間と労働組合を結成することも考えられます。外部の労働組合の力を借りてもよいでしょう。
【キャリアアドバイザーが解説】会社に残る・残らないはどう判断する?
次に、今回のケースのように突然退職を余儀なくされた場合、私たちはどのように自分のキャリアと向き合えばいいのか。キャリアアドバイザーのえさきまりなさんに聞いてみた。

えさきまりなさん
1986年生まれ。2007年短大卒業後、事務職、美容カウンセラーを経て株式会社キャリアデザインセンターへ入社。キャリアアドバイザーとして実績を残し、2020年退職。その後、HR、教育関連のスタートアップで女性向けキャリア支援を行いながら、個人でもキャリアアドバイザーとして転職支援を行う。23年よりアマゾンジャパン合同会社にて労働力調整や労務・採用・研修等HR関連業務を幅広く担当。プライベートでは二児の母 X / LitLink / LINE公式アカウント
Aさんは一年前に違和感を覚えた際、会社に残る判断をしています。
会社の経営が深刻なペースで傾いていくことを感じた時、「残る・残らない」はどのように判断したら良いのでしょうか。
前提として、どのような会社に所属したとしても「一生安泰な会社はない」「自分のキャリアの責任を取れるのは自分だけ」という価値観をしっかり持つことが大切だと思います。
その上で、「残る・残らない」を判断していく必要があります。
実家に帰りサポートを得られるとか、向こう数ヶ月分の生活に困らないだけの貯蓄がある場合は、「それでもこの仕事をしていきたい」という思いがある限り、会社に残って様子を見る判断をして良いと思います。
経営が深刻な状態に陥る中で、それでも今の職場やお客さまを大切にしていきたいと最後まで向き合った経験は長いキャリア形成において貴重な体験です。
仮に会社が倒産して転職することになったとしても、その経験自体が評価されることもあり、人生の糧となり財産になることがあります。
一方、身内も頼れず、給与が止まったら生活に困窮してしまう、という状況の場合や、この仕事に対する未練が少ない場合、他にやりたいことがある場合など、情に流されて現状維持をしている場合は、自分の生活やキャリアを守るために舵を切ることも必要なのではないでしょうか。
最終的には、「自分のキャリアの責任を取れるのは自分だけ」という考えを持ち、信用できない状況が続く場合は、身を守るために潔く転職に踏み切って良いと思います。
「会社に残る」と決めた場合、どんなことを覚悟して過ごしたら良いでしょうか。また、残る場合のメリット・デメリットを教えてください。
脱毛業界では競合の倒産が相次ぐなど、業界としても決して安泰とは言えない状況でしたので、まず、倒産する会社で起きる、経営状況の悪化、従業員の退職、給与支払いの遅延、賞与の減額などを想定しておく。
その上で「会社の危機をどのように乗り越えるか」を一緒に考えながら仕事をすることが大切です。これは会社のためだけではなく、自分のキャリアを今後より良いものにするためです。
「業績UPに貢献する」「顧客の不安を取り除き満足度を高めるためのサービス向上をする」「従業員の士気を高めるための職場づくりをする」など、いつもの仕事をしながらも、より会社存続のために自分に何ができるか?を考えて仕事をしていきましょう。
小さなことでも良いので何か実績を作ったり、改善業務に取り組んだ成果を出せると良いです。
同時進行で忘れずにやって欲しいことは「職務経歴書」を作成し、「転職サービスに登録」しておくこと。
退職の危機に面しながらも会社の利益や存続のために立ち回った経験というのは、転職先においても高く評価されるポイントの一つです。
業績貢献や改善業務など、通常業務に加えて具体的に個人の実績が作れるチャンスでもあります。
これまで会社での功績をしっかり言語化・数値化しておくことで、いざ会社が危ないとなった場合にすぐにエントリーできる状態にしておけば転職先をスムーズに探すことができます。
「転職する」と決めた場合、Aさんのようにお客さまや仲間たちを残して転職することに罪悪感を覚える人もいると思います。転職する際はどのようなマインドを持てば良いでしょうか。
特にサービス業や営業出身の方は、会社だけでなく同僚やお客様を想い転職を決断できない、という方が多いように思います。
どんな会社でも退職をする時に意地の悪いことをいう人がいますが、上司や同僚は会社に何かあっても個人のキャリアの責任を取ってくれるわけではありません。
「会社を辞めるなら半年前に言ってね」などと言う上司もいますが(実際に私も言われていました)、上司は部下が辞めることで自分の評価が下がることを気にしているだけであって、会社に留まって給与が未払いになったとしても生活を補償してくれる訳ではありません。
法律上は2週間前に申し出れば退職できますので、必要以上に会社からの圧力に応じる必要もありません。
そして、会社の経営危機で経営陣が責められることがあっても、いちスタッフを責める人は少ないはず。お客さまも、矢面に立たされたスタッフが悪いと思う人はいません。伝えることができる窓口が店舗だからそこでクレームを言う人はいるはずですが、いちスタッフではなく経営陣に責任があることは分かっています。
今回SNSでも多くの声があがっていますが、現場で第一線で働いてきたスタッフさんに対しては皆さん「かわいそう」というコメントが多数みられます。
これまで築いてきたお客さまを想う信頼関係はすてきなことですが、たとえ転職したとしても、責められることではありません。
ただし、退職を自己都合とした場合は失業手当の給付を受けるための制限期間がありますので、感情的になって突然退職を申し出るのではなく、経済面や転職先を探す等、身の回りを整理して計画的に実行しましょう。
取材・文・編集/光谷麻里(編集部)