結婚・出産・キャリア…「足並み」が揃わなくなったアラサー女子に、漫画『33歳という日々』が教えてくれること【鈴木みろ】
学生時代は、みんな同じ制服を着て、同じ授業を受け、同じように進級してきた。
けれど30歳を過ぎる頃から、その「足並み」は残酷なほど揃わなくなる。
仕事、結婚、出産、子育て。周りのライフステージが変わるたびに、昔からの友達に悩みを口にしづらくなり、気付けば、静かに距離が生まれていく──。
そんなアラサー女性の“言葉にできない孤独”を、驚くほどリアルに描き、共感を集めているのが漫画『33歳という日々』(KADOKAWA)だ。
物語では、高校の同級生3人が33歳を迎え、それぞれ異なる悩みを抱えながらも、簡単には共有できない「切なくてもどかしい日々」が描かれている。
作者・鈴木みろさんへのインタビューを通して、私たちがこの「アラサーの孤独感」と、どう向き合っていけばいいのかを考えてみたい。
33歳、かつての「当たり前」が崩れる分岐点
漫画『33歳という日々』には、ライフステージの異なる3人の主人公が登場する。 子どもを持たない既婚女性の「エリ」、独身で彼氏のいない「このみ」、そしてシングルマザーの「ゆみ」。
互いを思いやる友人同士でありながら、年齢を重ねるにつれて、かつてのように気軽に悩みを共有できなくなる。そんな瞬間に、身に覚えのある女性は少なくないだろう。
その理由について、作者の鈴木みろさんは、33歳前後という年齢そのものが持つ「変化」を挙げる。
学生時代は足並みが当然のように揃っていて(半ば強制的に揃えられていて?)、そこからそれぞれの立場や状況でみんなが違う方向に進んでいく。
30歳前後で結婚する人が増え、出産したり出世したり、家のローンの話が出てきたり。進路の違いが如実になるのが33歳くらいなのかなと思います。
足並みが揃っていた時間が終わり、それぞれの人生が別の方向へ進み始める。そんなタイミングで、多くの人が感じ始めるのが「孤独」だ。
『33歳という日々 独身彼なし、このみの場合』から引用
さらに鈴木さんは、悩みを打ち明けにくくなる背景には、大人ならではの「優しさ」があるのではないかと語る。
先日、ポッドキャスト番組の『ねおたわ※』で本作を紹介いただいた際に、パーソナリティのお二人が「共有することによって、相手を傷つけるかもしれない状況になっているからでは」と言ってくださって。本当に、そうだなと思いました。
※ねおたわ…都内で働くOL(かりん・ほのか)によるトークユニット「ゆとたわ」のポッドキャスト番組『寝落ちる前のたわごとじゃない話』。
結婚、出産、キャリア。立場が変わるにつれ、相手を思いやる気持ちが強くなる。その優しさが、結果的に“距離”という形で表れてしまうこともあるのだ。
優しい人だからこそ気遣い合ったり、自分が相手を傷つけるかもしれないと思ったり。状況や立場は変わっても、思い合っているからこそ、少し距離を置いて遠くから見つめることで、自分と相手を守っているのかもしれないなと。
学生時代であればその後の軌道修正もできるし、「それってちょっと違うでしょ!」と笑い合えていたから、何でも話せていたのかも。そう考えると、大人になるって、少し寂しいことなのかもしれませんね。
33歳前後で生まれる孤独とは、決して友情の終わりではなく、それぞれが自分の道を歩き始めたときにそっと立ち上がってくる感情なのかもしれない。
『33歳という日々 シングルマザー、ゆみの場合』から引用
誰かをうらやんで落ち込むのは、本気で頑張ってきたから
周囲と自分は「違う」と頭では分かっている。なのに、誰かと比べては心がざわつく。 作中では、そんな剥き出しの感情も繰り返し描かれている。
『33歳という日々 独身彼なし、このみの場合』から引用
2冊目の主人公、独身で働く「このみ」もその一人。 職場や飲み会では「若い子」扱いされなくなり、かといって家庭という別の居場所があるわけでもない。 周囲のライフイベントに触れるたび、「自分だけが一歩も進んでいないような感覚」に襲われていく。
「私、20代じゃなくなるんだ……」と思いながら30歳になって、気付けば33歳。結婚した人は名前も変わり、鏡を見れば肌も変わる。先輩ばかりだった職場でも後輩が増え、会える友達も減っていく。
そんな中で、周りは結婚や出産で分かりやすくステージが変わっていく。進んでいく人たちが上に登っているように見えて、自分は下にいるような、取り残されたような気持ちになることもありますよね。
そこへ追い打ちをかけるように聞こえてくるのが、年齢にまつわる言葉だ。
特別、子どもを望んでいなかったとしても、周りから「35歳になったら高齢出産だ」なんて言葉を聞く。そんな環境にいたら、常に何かに追われて、満たされない気持ちになるよね……と思います。
『33歳という日々 独身彼なし、このみの場合』から引用
周囲と比べてしまうのは、決して弱さのせいではない。鈴木さん自身も、同じ感情を抱くことがあると率直に語ってくれた。
比べない方がいいと思っていても、比べて落ち込んでしまう気持ち、とても分かります。
私も、出版できるだけでも十分ありがたいことだと分かっているのに、本屋さんに行けば平積みされている作家さんがうらやましくて落ち込むこともあります。
でもそんな時、自分にこう言い聞かせるんです。「落ち込むくらい本気なんだ。本気で頑張ってきたんだよね」って。
『33歳という日々 子なし夫婦、エリの場合』より引用
『33歳という日々』が教えてくれるのは、「比べない強さ」ではなく、比べてしまう自分を、必要以上に責めない視点なのかもしれない。
孤独は、なくさなくてもいいのかも
周囲と比べて落ち込み、焦りを感じてしまう自分。そんな不安と戦う姿も、本作の大きなテーマだ。鈴木さんも、そんな感情に覚えがあるという。
何かを持っていないと、何かを成し遂げていないと、頑張っていないと……自分には価値がない。そんな風に自分を追い詰めてしまうこと、私もあります。でも、そんな時は「生きているだけで立派だ」と思うようにしています。
どこかで私の「重版出来!」のポストに傷ついている人がいるかもしれないし、その前の「出版することになりました」という言葉にだって傷ついている人もいるかもしれない。どっち側にもなりえるんだよなと思ったりします。
『33歳という日々 子なし夫婦、エリの場合』より引用
枠の決まっているオーディションならそうではないかもしれませんが、「商店街の福引じゃあるまいし、誰かの結果が私の結果に影響を及ぼすわけじゃない」と思って私は私で頑張ろう。そう思うようにしています。
元気な時は「うらやましい!私も頑張る!」と張り切るキッカケになることもあるので、比べてしまうことより、比べて落ち込んで自分を責めることがないようにしたいと思います。
とはいえ、SNSで他人の輝きが可視化される時代。「見なきゃいい」と分かっていても、仕事や繋がりのために完全に離れることは難しいのが現実だ。 だからこそ鈴木さんは、「見えている世界」がすべてではないと話す。
『33歳という日々』の中で、自分とは違う状況の主人公の作品を読んで下さった方から、「うらやましいと思っていた友達にもいろいろあるのかもしれない」「自分に見えていたのは、ほんの一部だったんだと思うようになりました」という感想をもらうことがあります。
苦しくて悩んでいるとメッセージをくれる方のSNSが、案外華やかだったりすることもあって。見えてる部分って、本当にその人の一部でしかないんですよね。
誰かの人生の「表側」と、自分の「裏側」を比べて絶望する必要はない。そう気付けるだけで、心は少しだけ、軽くなるのかもしれない。 最後に、鈴木さんはこんな言葉を残してくれた。
私もまだまだ未熟なので、かっこいいことは言えません。でも、自分に期待できることを探しながら、無理しないで、自分らしく頑張ってみようかなと思っています。
孤独をなくすことが、ゴールではない。 孤独を感じる自分を、必要以上に責めず、雑に扱わないこと。 『33歳という日々』がそっと差し出してくれるのは、そんな気付きなのかもしれない。
文/大室倫子(編集部)
【作品紹介】 『33歳という日々』(鈴木みろ/KADOKAWA)
高校の同級生だったエリ、このみ、ゆみの3人。33歳になった彼女たちの、混じり合わないけれど地続きな日常を描く。現在1〜3巻が好評発売中。
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