なぜ保険営業が“加害者”になってしまうのか。InsurTech(インシュアテック)の注目企業が語る「サステナブルな組織」の真実
昨今、大手保険会社をめぐる不祥事が報道され、世間の関心を集めている。性別に捉われず活躍でき、安定した収入を得られるとして女性にも人気の保険業界で、なぜこのような問題が起きてしまうのだろうか。
そこで今回お話を伺ったのは、デジタル保険代理店『コのほけん!』などを手掛けるSasuke Financial Lab代表の松井清隆さん。自分に合った保険をオンライン上で検討できるプラットフォームを展開する、InsurTech(インシュアテック:保険×テクノロジー)領域で急成長中の企業だ。
新卒でリーマンブラザーズ証券に入社して以降、金融界の最前線を渡り歩いてきた松井さんは、現在の保険業界の状況をどのように見ているのか。保険業界の構造的課題や、転職先として保険業界を見極めるためのポイントについて伺った。
Sasuke Financial Lab株式会社 代表取締役
松井清隆さん
UCLA経済学部卒業後、新卒でリーマンブラザーズ証券に入社。同社破綻に伴い野村證券に転籍。主に金融機関に対し、M&A、資金調達、事業再編、IPOなど多岐にわたる戦略的アドバイス・投資銀行業務に従事。その後、資産運用会社ウエリントン・マネージメントにおいて、株式、債券の運用・助言業務に携わる。2016年3月にSasuke Financial Lab設立。広島県出身。趣味は、釣り、野球観戦。
保険業界の相次ぐ不祥事を生んだ「組織の歪み」
保険業界において、顧客利益を損なうような無理な営業活動やコンプライアンス違反が報じられることは、残念ながら過去にも繰り返されている。
その原因の一端が「過度な成果主義」にあるという報道もあるが、Sasuke Financial Lab代表の松井さんは「保険業界の一部には共通する構造的な課題がある」と指摘する。
「金融業界の中でも、保険会社の社員はフルコミッション制(完全歩合制)がとられているケースがよく見られます。営業成績と収入が完全に連動する報酬体系では、極端な場合には収入がゼロにもなり得ることから、社員に『顧客にとって不必要な商品も売らざるを得ない』という心理が生まれやすくなるのです。
さらにこうした企業は、優秀な営業人材を獲得するために、多額の利益を営業に還元する傾向も少なくありません。すると、コンプライアンス体制の整備に対して十分な投資が行われず、結果として不正が起きやすい企業が出てきてしまうわけです」
優秀だったはずの社員を過度に追い込む「組織の歪み」には、報酬体系の土台となる評価制度も関係していると、松井さんは続ける。
「本来優秀な人材とは、営業成績が高いだけではなく、法令遵守意識が備わった人物です。ところが『たくさん売れる人=優秀な人』というように、優秀な人材の定義が偏っている場合、ガバナンスの効いたバランス感のある人材はなかなか育たないでしょう」
そもそも、保険の販売が「担当者の人間力」に依存している状況も、不正の温床となっているのではないだろうか。
「よく言われているように、日本人の多くは金融リテラシーが高くはありません。そのため、営業担当者とお客さまとの間には大きな情報格差があり、そこに不適切な営業を行う余地が生じてしまっています。
このような情勢を受けて、業界内では十年以上前から規制の強化が進められており、昨年末には金融庁から新たな監督指針も出されました。いかに旧体制を刷新し、コンプライアンスを遵守する体制を整えていけるかどうかが、今保険業界全体に問われています」
健全な企業風土を形成する、サステナブルな組織づくり
人生の「いざ」というときを支える保険は、信頼できる人から納得して購入したいと考える人が多い。そのような消費者の価値観もあって、昔から生命保険は対人を中心に販売されてきた。
しかし、担当者の人間力に依存した保険販売のモデルは、過度な営業活動を招きやすく、顧客にとっても企業にとってもリスクが大きい。
こうした状況下、Sasuke Financial Labは、インターネットを通じた属人的ではないコンサルティングサービスを提供していることで、業界内の高い注目を集めている。
「2016年の創業時には、保険分野でテクノロジーやAIの活用がまだ進んでいませんでした。一人ひとりが本当に必要な保険を選べている状況とは言い難い状況だったため、テクノロジーの力を活用して、自分で自分の保険をしっかりと選べる世界を実現したいと思ったことが起業のきっかけです。
その後、保険と消費者の接点はインターネットに徐々に移ってきましたが、専門知識を持たない一般の方が、複雑な保険商品を比較検討することのハードルは高いままです。
一方、私たちが提供するデジタル保険代理店『コのほけん!』では、お客さまは複数の保険会社が扱うさまざまな保険商品を比較し、自分に合った最適な保険を選ぶことができます」
松井さんの展開するデジタル保険代理店では、オンラインで保険契約まで完結させることもできるが、複雑なライフプランニングや、対面での契約が必要な保険商品を販売する際には、オンラインでのコンサルティングやコールセンターでのサポートを受けられる。
人とテクノロジーが適切に役割分担をすることで、お客さまが必要な時に必要な情報を得られる体制が整えられているのだ。
テクノロジーが重要な役割を果たしているとはいえ、人が販売に関わる以上、不正のリスクはゼロではないはずだ。同社ではどのように保険販売の透明性を確保しているのだろうか。
「当社の報酬体系はフルコミッション制ではなく、固定給とインセンティブの二段構えとなっています。たとえ売り上げが振るわなかったとしても、常に一定の給料が入るため、担当者が追い詰められることはありません。
そもそも、インセンティブを最大のモチベーションとするような人は採用していないので、過度な競争心を煽られることなく業務に集中できます」
同社ならではのカルチャーも、健全な組織づくりに貢献している。社名の「Sasuke」と「サステナブル」を掛け合わせて作られた「サスケナブル」というキーワードは、持続可能な働き方を象徴する造語として生まれたものだ。
「本来保険とは相互扶助の仕組みです。私たちも社内では『助け合い支え合いの精神』を重視しています。
例えばお客さまとの会話で困ったことがあれば、すぐに周囲に相談できますし、相談された人はきちんと手を止めて丁寧にサポートをする風土がある。経験や職種にかかわらず、誰とでもお互いに支え合えるカルチャーは、創業時から意識して形成してきました」
同社では毎朝、全社員での朝会が開かれており、各部の実績の報告とメンバー持ち回りのLT(5~10分程度のプレゼン)が行われている。
LTの内容は必ずしも業務に関連している必要はなく、最新のデジタルマーケティング業界のトピックや、旅行や温泉など趣味に関する情報でも構わない。 他部門や普段関わりの少ないメンバーのことを知ることもできる貴重な機会となっているそうだ。
保険という商品が本来持つ「助け合い」という原点に立ち返った組織運営は、その中で働く従業員にとっても安心感のある環境につながっている。
AI時代に求められる「人の役割」と、後悔しない会社選びの基準
AIをはじめとするテクノロジーの発達により、保険業界も変化を迫られている。この業界における「人の役割」は、今後どのように変わっていくのだろうか。
「保険の契約だけならばインターネットで完結できるケースもありますが、その前段階には、家族の状況や人生設計を踏まえてライフプランを検討するステップがあります。AIはこの作業を適切にサポートできるほどには進化していないため、ライフコンサルタントには引き続き需要があると見ています」
松井さんによると、AI時代でも活躍できるライフコンサルタントになるためには、意識するべき三つのポイントがあるという。
「まず一つは、保険商品や金融に対する専門知識。二つ目は、お客さまに寄り添える人間力。そして三つ目は、コンプライアンスを守る意識です。
今はもう『売れさえすれば良い』という時代ではありません。これらの要素を欠けることなく備えていることが、優秀なライフコンサルタントの条件になっていくと思います」
女性コンサルタントの場合、不適切な営業活動が行われている企業を選んでしまうと、ワークライフバランスや今後のキャリアにも悪影響を及ぼしかねない。どのようなポイントを意識すれば、クリーンな会社を見極められるだろうか。
「最初に確認するべきなのは『自分に合った給与体系』です。先述したように、フルコミッション制で成績が悪いときに収入が下がってしまうことに耐えられない方は、そのような会社はお勧めできません。
加えて、過度な競争に巻き込まれることが不安であれば、社員同士の助け合うカルチャーが定着した企業を選ぶといいと思います。
保険会社の営業職員の場合、その会社の保険商品だけを扱うことが一般的だと思いますが、弊社では80社超の保険会社の商品を扱っているため、さまざまな保険商品に対する知識に加えて、お客さまに応じた最適な提案するスキルが身に付きます。
自分が将来どうなりたいかを考え、それに近づけるビジネスを展開している企業を選ぶのが良いでしょう」
「誠実であること」が、今何よりも強く求められている保険業界。その中で、Sasuke Financial Labが目指す「新しい金融の誠実さ」のカタチとは何なのか。
「私たちは保険業界に、三方良しの状況を作っていきたいと考えています。
まず第一は、お客さまにきちんと納得感を持ってご契約いただくこと。第二は、営業社員が高い専門知識を身に付けながら安定した給与体系の中で活動できる環境を整えること。そして第三は、社会に対して、きちんとコンプライアンスを遵守する企業であり続けることです。
私たちがこれら三つのバランスをしっかりと取りながら成長していくことは、業界全体の健全化にもつながると信じています」
健全な企業風土を土台に急成長を遂げているSasuke Financial Labの取り組みは、保険業界の未来に新しい風を吹き込んでくれるはずだ。
取材・文/一本麻衣 撮影/赤松洋太


