「身体能力の差も創意工夫で乗り越えられる」負けず嫌いの女性航空整備士の“甘えない決意”

男職場で活躍する女性たちにフォーカス!
紅一点女子のシゴト流儀

日本の職場の多くは未だに“男性社会”だと言われている。そんな中、職場にどう馴染めばいいのか悩んだり、働きにくさを感じている女性も少なくないのでは? そこでこの連載では、圧倒的に男性が多い職場でいきいきと働いている女性たちにフォーカス。彼女たちの仕事観や仕事への取り組み方をヒントに、自分自身の働き方を見つめ直すきっかけにしてみよう!

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株式会社JALエンジニアリング 機体点検整備部
安藤香菜美さん(27歳)

高等専門学校にて情報工学を専攻し、IT系の知識を学ぶ。2008年、株式会社JALエンジニアリングに入社し、航空整備士となる。エンジン、フライトコントロールシステムなどの整備を主に手掛ける。現在、航空整備士資格の最難関の一つとされる『ライン確認主任者』になるための資格取得に向けて勉強中

初配属は15名のチーム。女性はたった1人だった

落ち着きある笑顔に、理知的な空気が漂う。長い髪を1つに束ね、作業着に身を包んだその女性は、驚くほど小柄だ。飛行機の“整備士”と聞けば、力仕事であることは想像に難くない。男性の仕事というイメージが強い職種だが、安藤さんはJALエンジニアリングの航空整備士として活躍している。安藤さんの職場である羽田空港では、約1,500名の航空整備士が働いているが、そのうち女性は28名。一般的に見ても、男性の比率が非常に高い職場と言えるだろう。

いわゆるリケジョ(理系女子)の安藤さんは、高等専門学校で情報工学を専攻していた。だが、在学当時は飛行機の整備はもちろん、ものづくりや機械工学の分野にもあまり関心は持っていなかったそうだ。しかし、学校推薦の就職先の1つとして、JALエンジニアリングが航空整備士を募集していることを知り、興味が湧いた。

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「『こんな面白そうな仕事があるならぜひやってみたい!』と直感が働きました。就職先を見つけたのは偶然でしたが、実家の近くに空港があったので、もともと飛行機が好きだったことも思い出しました。機械工学の知識はないけれど、難しく考えずに思いのままチャレンジしてみようと思いました。

最初に配属されたチームは、15名のうち、女性は私1人のみ。ですが、高専でも男子生徒の比率が9割以上という環境で過ごしてきましたから、全く抵抗はなかった。むしろ、『職場全体で見れば、思っていたより女性が多いな』と感じました」
そう語る安藤さんだが、仕事を始めてからは「女性もここまでやるか」と衝撃を受けたこともあったそうだ。

「女性が少ない職場だからといって、甘やかされるようなことはなかったですね。あくまで新人の1人として、一人前の仕事
ができるよう周囲の先輩たちはフォローしてくれました。ただ、機体の清掃では想定以上に機体に付いた汚れやオイルなどで全身汚れることがあるので、初めは衝撃を受けました(笑)。でも、それも大切な仕事。すぐに慣れてしまいました」

負けず嫌いな自分の気持ちよりも、チームの効率を優先する

また、男女でどうしても差が出てしまう力仕事では、割り切って考えた上で、自分なりの工夫をするようにしてきたという。

「朝の準備では、チームで使う工具箱を運ぶ作業があります。それは、男女に関係なく持ち回りで担当していますが、これが重くて20㎏弱あるんです。また、機体の太いボルトを緩めるような作業をする時も、やはり男性と比べて腕力の差を感じてしまいます。どうにもならないことですが、最初はやっぱり悔しかった(笑)

でも、それはもう仕方ない。自分なりに挑戦し、その上で、どうしても難しい場合には、少し時間が掛かっても、素直に人の力を借りたり、違う道具を使って工夫してみたりして、自分の役目を全うできるようにするだけです。本当は負けず嫌いだから、自分一人でやり遂げたい気持ちはある。でも、それは私個人の問題なので、チーム全体の効率を意識して仕事を進めるようにしています」

一方、「小柄な体格だからこそできる仕事も多い」と安藤さんは話す。

「私は今、エンジンやフライトコントロールシステムなどの整備を手掛けていますが、部品と部品の間の細い隙間は狭いので、小柄な体の整備士の方が作業しやすいんですよね。こういうのは適材適所、チームで協力して作業を分担すれば効率も上がっていきます」

目指すのは、フライトに「GOサイン」を出せる整備の責任者

いきいきと自分の仕事について語る安藤さんは、「整備士という職業に、『男女の差』は全く関係ない」と断言する。

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「お互いが、お互いの足りていない部分を埋め合うことができれば、支障はありません。それどころか、全く違う個性を持った人たちがいればいるほど、チームワーク次第で職場の生産性がどんどん向上していくと思います。

ただ、女性がマイノリティーであることは確か。そんな中でも男女平等に仕事をしていくためには、女性側が『女性であること』に甘えないことが大切なんじゃないかと思っています。男性の先輩の中には、親切心から『その仕事大変でしょ? オレがやるよ』と言ってくれる人もいます。

でも、一回でも甘えてしまえば、それだけ自分のできる仕事の幅を狭めてしまうことになります。そこは自分自身が男性と対等だという意識を持って仕事に取り組まなければ、将来後悔することになると思うんですよね。先ほども言いましたが、私は負けず嫌いな性格なので(笑)。『やらなくていいよ』と言われる前に、どんどん作業を任せてくださいって自分から言うようにしています」

自分の仕事にプライドを持って取り組む安藤さんが次に見据えているのは、整備士の中でも機体の安全性を最終的に判断する『ライン確認主任者』になるための資格取得。この資格を持つ整備士だけが、飛行機を空に送り出す「GOサイン」を出すことができるのだ。

「飛行機の整備は多くの人の命を預かる非常に重要な仕事。限られた時間で正確な作業ができるよう、チーム一丸となって整備をします。ちょっとしたミスが大事故につながることもありますから、常に緊張感がありますね。夜勤もありますし、肉体的に楽とは言えないときもあります。でも、無事に整備を終えた飛行機を格納庫から送り出す瞬間には、『今日もやりきった!』という何ものにも代え難い大きな達成感があるんです!」

毎回、作業の後には、必ずその日の自分の仕事を見直しているという安藤さん。性差にこだわることなく、自分なりに創意工夫を重ねる柔軟性と、自分を甘やかさずに努力を続ける姿勢が、これからもさらに彼女を輝かせる。

取材・文/上野真理子 撮影/柴田ひろあき