イクボス養成の第一人者・安藤哲也さん流! 働きたい環境をつくるために上司を育てる方法

女性活用が叫ばれるようになり、国や企業が何やらいろいろやっているらしいのは分かる。でも、働く女性たち自身の意欲やモチベーションはどこか置いてけぼりではないだろうか。

「管理職になってもらわないと」と思われているけど、「そんなの私にはできない・・・」。「育休後の復職はどうする?」って言われても、「家庭との両立をしたいからゆるめに働きたい・・・」。

世間と自分の意識とのギャップにもやもやを感じている女性は多いのが現実。“活用”という言葉は、「自力で動かないものを他者がうまく使う」という響きに聞こえてしまうもの。

もっと女性たち自身が「働きたい!」と思う社会になるには何が足りないんだろう。その答えを探るべく、さまざまな切り口から識者に聞いてみた。

今回はNPO法人ファザーリング・ジャパン代表の安藤哲也さん。父親育成や管理職養成を手掛けてきたからこそ見える、女性活躍の推進に欠かせないものとは?

ファザーリングジャパン

NPO法人ファザーリング・ジャパン ファウンダー・代表理事
安藤哲也さん

NPO法人タイガーマスク基金・代表理事、にっぽん子育て応援団・共同代表。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年、父親支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。現在、FM西東京で『ファザーリングラジオ』のパーソナリティを務め、NHKラジオ『すっぴん』にもレギュラー出演中。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」、内閣府「男女共同参画推進連携会議」、東京都「子育て応援とうきょう会議」等の委員も務める。著書に『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパになれた理由」』(廣済堂出版)『パパの極意~仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『PaPa’s絵本33』(小学館)など

介護を理由に退職する人は年間10万人以上
フルタイムで働けない社員は男女関係なく増加している

女性たちが「もっと働きたい」と思える社会にするためには、“イクボス”という概念を徹底的に根付かせることが必要充分条件だと考えています。

イクボスとは、部下のキャリアとライフの双方を応援し、子育てや介護等の事情を汲み取った配慮とフォローができる管理職のこと。そして、自分自身も仕事で成果を挙げながら、ワークライフバランスを大事にしている人を指す言葉です。

最近になってイクボスに注目が集まるようになった背景には、子育てや介護によりフルタイムで働けない事情を抱える社員が増加している現状があります。

女性たちからも、「キャリアを伸ばしたくても時短勤務だと重要な仕事から外されてしまいそう」「親の介護が必要になったら仕事と両立するのは難しそう」という不安の声をよく聞きます。

実際に、介護を理由に会社を退職する人は増え続けていて、年間10万人以上。そんな中で、労働市場のコアとなる人材不足が顕著になり、「働き続けたい人が働ける組織」をつくる必要が出てきた。だから、イクボスのニーズも高まっているのです。

ただ、自分から「イクボスになろう!」と行動を起こしてくれる管理職はまれな存在でしょう。

僕は、企業から頼まれて管理職向けに『イクボス養成セミナー』を手掛けることがありますが、そこで感じるのは「40~50代の男性管理職の価値観はなかなか変わらない」ということ。

彼らの多くは、妻が専業主婦で当たり前の時代を過ごしてきた人たち。共働きで育児を経験した男性はそう多くない。だから、子育て中の部下の大変さが理解できない。

また、昔ながらの根性論でマネジメントをして、男性中心で長時間労働が当たり前の職場を作ってしまう人も少なくない。女性側も、こうした上司に対して「何を言ってもムダだろう」と諦めてしまうケースが多いのです。

組織を変える決定権を持つのは上司
イクボスを育てるための秘訣とは

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では、どうしたらイクボスを増やすことができるのか。そして、女性活躍を本当の意味で推進することができるのか。

それには、女性たち自身が上司をイクボスに育てていくことが必要でしょう。お薦めの方法は、会社の社長など、経営者を味方につけて、トップダウンでイクボスを増やすようなムーブメントを起こすこと。

男性管理職は、部下からの言葉にはあまり耳を貸さなかったりしますが、上から言われたことには従う人が多いので。

または、管理職の評価基準そのものを「女性を離職させずに活躍させ、労働時間を短縮して効率アップを図る人を評価する」ものに変えられれば、自然とイクボスが育っていくはず。

今はどこの企業も女性活用に力を入れたいと考えている時期ですから、人事部に掛け合ってみるのも一つの手かもしれません。

そこまでするのが難しければ、「イクボスってかっこいいですよね」「最近、イクボスが流行ってるんですよ」とさりげなく上司に伝えてみるだけでも良いかもしれない。僕自身もそうですが、男性って、けっこう単純なので(笑)、それだけでも効果はあると思います。

それでも理解できないようであれば、40代から50代にとってすぐそこまで来ている介護問題について触れてみてもいいかもしれませんね。老いた両親や配偶者の介護をするために会社を辞めてしまう人の約4割は中年男性ですから、上司自身の問題になるわけです。

職場のメンバー皆で組織の風土を変えていけるのが一番ですが、実際に決定権を持ってルールを変えることができるのは、あくまでもボス。だからこそ、まずは彼らの意識を変化させられるように、周囲の女性たちから刺激を与えていくことが大切です。

時代はどんどん変わっている
若手のうちから仕事を楽しむクセ付けを

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子育てに積極的な30代男性が増え、“イクメン”は日本社会でも定着し始めました。それと時を同じくして、専業主婦に向けた女性誌『すてきな奥さん』が休刊し、NHKでは『おとうさんといっしょ』という育児番組もスタートしました。

今から10年後、こうした30代男性がさらに上の管理職になれば、イクボスも定着し、女性も仕事と家庭を両立しやすい環境へとブレイクスルーするでしょう。

一方で、女性のみなさんの意識も変えていくことが必要です。これからは、多くの家庭で女性が働きたくなくても働かないといけない時代がやってくることが大前提。

男性であっても、長く働けば給料が上がる時代ではないのです。

だからこそ、若手のうちから仕事をしっかり楽しむクセを付けておいてほしい。仕事とは、自分を成長させてくれるものであり、社会とつながることで自分のアイデンティティーを感じさせてくれるもの。

その楽しさや喜びを若いうちに味わった人であれば、おのずと「一生、働き続けていきたい」と思えるようになるはずです。

取材・文/上野 真理子 写真/洞澤 佐智子(CROSSOVER)