バリキャリ女性ほど育休後に辞めてしまう? 「『育休世代』のジレンマ」著者に聞く男性的競争社会の落とし穴
『「育休世代」のジレンマ』という一冊の本が話題を集めている。背景にあるのは、産休・育休を始めとする両立支援制度が整った今でも、女性の多くが出産後、あるいは育休復帰後ほどなくして会社を辞めているという現実だ。
しかもその中には、高学歴で就職後も仕事を意欲的にこなしてきた「バリキャリ」の女性が多く含まれる。
そこでこの本では、実質的に制度が整った2000年代に総合職として入社し、出産と復職を経験した女性を「育休世代」と呼び、彼女たちのインタビューを通して、女性が辞めてしまう社会構造の問題に鋭く迫っている。著者は自身も「育休世代」である中野円佳さん。
26歳で第一子を妊娠した際に感じたジレンマが、本書を執筆するきっかけになった。
「結局、女の幸せが大事になっちゃうんだね」
結婚・出産した女性へ向けられる男性の目

株式会社チェンジウェーブ 女性活用ジャーナリスト/研究者 中野円佳さん
東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に通い、提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書)として出版。育休復帰後に働き方、女性活躍推進、ダイバーシティーなどの取材を経て、15年4月よりチェンジウェーブに参画
「私も就職して3年ほどは、仕事にひた走っていました。
新聞社の記者だったので、朝早くから取材に走り、仕事が終われば深夜まで同僚や取材先とお酒を飲みながら語り合い、翌日はまた早朝から取材に出る。そんな毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
男性の多い環境でしたが、自分は彼らと同等に評価されていると思っていたし、理解し合えていると信じていましたね。
一方で社会人になって、社内外の男性たちから女性の先輩社員への悪口めいたものを聞く機会は非常に多かったです。
特に結婚・出産を経た女性に対し、『女は結婚するとああなるよな』『あいつも結局、女の幸せが大事になっちゃったのね』という言い方がよくされていたように思います」
“ああなる”というのは、家庭が最優先になって仕事へのモチベーションが下がり、社内の第一線から退くことを意味する。そして中には、そのまま出産後に辞めてしまう人も出てくる。
若い世代の女性の中にも、そんな先輩女性を見て「私はこうはならない」と思ったことがある人もいるのではないだろうか。
「今思えば男性たちの言い分は好き勝手なものですが、当時独身だった私は特に違和感を覚えなかった。むしろ『自分はそうはならない』という根拠のない自信を持っていたと思います。
『結婚しても仕事をバリバリこなし、家庭との両立も何とかなる』と。ところが入社4年目で結婚し、5年目で妊娠すると状況は一変しました。まずはつわりが始まり、物理的に走れなくなった。
しばらくすると、ニュースの最前線を追う部署から、別の部署へ異動になりました。異動と妊娠の時期が重なったのはたまたまでしたが、周囲はそう見てくれない。
仲の良かった男友達でさえ、『お前も家庭重視に舵を切ったんだ』『ゆるい部署に移れてよかったね』といった言葉をかけてくる。
一生懸命働いても周囲から認めてもらえず、『自分も男性から好き勝手言われる側になっていくのだ』と感じ、そこで初めて先輩女性たちがぶつかってきた壁に気が付いたのです」
やりがいを取り上げられた女性は
意欲を冷却しないとやっていけない

出産後の女性を仕事の責任や範囲が限定される部署へ異動させたり、出世や昇進とは縁遠いキャリアコースに転換させたりするケースは多い。
いわゆる「マミートラック」だ。会社側は「仕事と育児が両立しやすいように」と配慮しているつもりなのだが、女性側にすればやりがいを失うことにつながりやすい。
「意欲の冷却」と呼ばれるこの現象を、中野さんも体験したと話す。
「部署を移ってからは、新聞を読むのがつらかったんです。異動前の担当分野の記事に対して『私だったらこう書いたのに』『自分ならもっと早く書けたかもしれない』と思ってしまって。
だから必死に『いやいや、きっと私が取材しても、それほど変わらなかったはず』と自分に言い聞かせました。つまり自分で意欲を冷却させていたわけです。
そうでもしないと、もっとその分野で取材をしたいという気持ちの矛先がなかった。仕事より家庭を選んだと思っていた先輩女性たちも、会社に残るにはモチベーションを低下させざるを得なかったのかもしれないと思いました。
一方で、意欲を冷却できない女性の中には辞めてしまう人も多い。やる気やプライドのある人ほど、『やりがいを感じられない仕事で低評価に甘んじているくらいなら、いっそのことこの試合から降りてしまおう』と考えるからです」
高学歴で厳しい就職戦線を勝ち抜き、入社してからもバリバリ働いて成果もやりがいも手にしてきた。
そんな女性ほど、母であることと競争社会で根付いてしまったバリキャリ志向との狭間で“ジレンマ”にハマってしまう危険性が高いことがよく分かる。
「独身時代の私がそうだったように、ジレンマに陥る女性たちは、結局“男性社会で男性と変わりなく働ける女性”を目指しているんですよ。
男性と同じように長時間労働ができない人は、組織の第一線から外れるか、辞めるしかない。そう考えるのは、男性社会の価値観に染まっている証拠です。
私はもともと自分が女であることをあまり意識したことがなく、子どものころから男の子たちとサッカーをして遊んでいたようなタイプだったので、男性的な価値観に染まってしまったのは自分が特別だからだと思っていました。
ところがインタビューをしてみると、服装や振る舞いも非常に女性的で、女として魅力的だと思うタイプの人でも、『私も男性化した時期があります』と言うんですね。
そこで私も『男性中心主義の競争システムの中で生き延びる手段として、女らしさを切り捨ててきた女性はかなり多いんじゃないか』と気付くことができた。
でも妊娠・出産をすれば、嫌でも自分が女であることと向き合うことになる。そこに生きづらさが生じてしまうのです」
社会の枠を変えるのは難しくても
自分の「枠」を外すだけでジレンマから解き放たれる

読者の中には、かつての中野さんと同様、「私は出産後もバリバリ働けるから大丈夫」と自信がある人も多いかもしれない。
だがその自信こそが、男性社会の価値観や企業の論理に染まっている証拠であり、いざその時になると“育休世代のジレンマ”に陥りやすいという危険サインなのだ。
陥らないようにするためには、まずは女性たちが「男性社会の価値観」から抜け出す必要がある。
「若い女性は『仕事も家庭も完璧にこなすロールモデルがいない』とよく言いますが、それも男性社会の物差しでしか見ていない証拠かもしれません。
働き方に多様性を認め、いろいろな選択肢が自分に存在していることに気付いてほしい。私自身、現在の会社に転職してみて、いかに自分が前職の企業倫理にがんじがらめになっていたかを痛感しました。
周囲でも『営業だと育児との両立は難しいから、内勤への異動希望が通ったら出産しようと計画している』『夫の転勤についていく制度がないので、あわせて妊娠をして育休中だけでも一緒に住めるようにする』といった話も耳にしますが、そもそも自社の制度に合わせて子どもを産む時期を調整しないといけないなんておかしいわけです。
たとえ、自分の会社が長時間労働を前提とするカルチャーだったとしても、両立支援が進んでいる企業の事例を見聞きすれば、そのルールや仕組みを変えるヒントが見つかるかもしれない。
既存の枠から自分をはみ出させることが、満足のいくキャリアへの一歩となるはずです」
少しでも早く自分の中にある競争社会で作られた価値観を自覚し、その枠から離れて自由に物事を見ること。今からその準備をしておくことが、いつか妊娠・出産を迎えた時に、ジレンマを乗り越える力になるはずだ。

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?
著・中野 円佳/光文社新書/価格:(本体880円+税)
昔に比べれば、産休・育休や育児支援の制度が整ったかに見える今、それでも総合職に就職した女性の多くが、出産もしくは育休後の復帰を経て、会社を辞めている。出産後の就業継続の意欲もあった女性たちでさえ、そのような選択に至るのはなぜなのか、また会社に残ったとしても、意欲が低下したように捉えられてしまうのはなぜなのか。実質的に制度が整った2000年代に総合職として入社し、その後出産をした女性にインタビューを実施。それぞれの環境やライフヒストリーの分析と、選択結果との関連を見ていく中で、予測外の展開にさまざまな思いを抱えて悩む女性たちの姿と、その至らしめた社会の構造を明らかにする>>Amazon
取材・文/塚田有香 撮影/赤松洋太