【英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル高田茜インタビュー】26歳で世界最高峰の舞台へ。彼女を突き動かす原動力とは

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。

プリンシパル――それは、そのバレエ団において最高位のダンサーに贈られる栄光の称号だ。

世界最高峰と名高い英国ロイヤル・バレエ団で、2016年、約20年ぶりに二人の日本人プリンシパルが誕生した。そのうちの一人が、現在26歳の高田茜さん。

3歳でバレエをはじめ、08年に若手ダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエ・コンクールで入賞。18歳で英国ロイヤル・バレエ団へ入団した。

10代の頃から世界のトップシーンで踊り続けた高田さん。彼女を突き動かすものはいったい何か。しなやかな四肢に宿した情熱の根源に迫る。

高田茜

高田 茜(たかだ・あかね)
1990年生まれ、東京都出身。2006年にロシアの名門バレエ学校、ボリショイ・バレエ・アカデミーに留学する。08年2月、ローザンヌ国際バレエ・コンクールでプロ研修賞と観客賞を受賞。同年9月からロイヤル・バレエ団研修生、翌09年にアーティストとして正式入団。10年にファースト・アーティスト、11年にソリスト、14年にファースト・ソリストに昇格。16年6月、最高位のプリンシパルに任命される

失意の降板が教えてくれたトレーニングの重要性

熊川哲也さん、吉田都さんなど日本を代表するダンサーが在籍した名門、ロイヤル・バレエ団。世界中のダンサーが憧れる夢舞台で、高田さんは現在、プリンシパルの一人として名を連ねている。

キャリアの転機となったのは、16年3月に上演された『ジゼル』。薄幸のヒロイン、ジゼルをドラマチックに踊り、同団の芸術監督、ケヴィン・オヘア氏の心を掴んだ。

高田さんがプリンシパルに昇格したのも、この『ジゼル』が最大の決め手。だが実は、ケヴィン・オヘア氏が高田さんを選んだのには、もう1つ大きな理由があった。

「ケヴィンの言葉を借りると、私のバレエへの姿勢が他のダンサーにいい影響を与えているそうなんです。その評価に値するだけのことができているのか、私自身はよく分からないのですが……。

とにかく自分の体を大切にすること、そして常にもっと上手くなりたいという気持ちだけは忘れずにやってきたつもりです」

謙虚なその言葉に、プロとしての覚悟が垣間見える。

バレエは究極の芸術。舞台上を軽やかに舞う肉体は、それだけで芸術品としての価値がある。その均質のとれた美しき肉体と、世界の頂点に座するだけの技術をキープするには、日々のトレーニングが欠かせない。

高田さんもその華奢な肉体からは想像できないが、40キロのウエイトを持って5回5セットのスクワットをこなすなど、常人が驚くような鍛錬を積んでいる。その裏側には、かつて怪我を負い、失意を味わった過去があった。

「2011・12シーズンの初めに『眠れる森の美女』のオーロラ姫に選んでいただいたんです。私にとっては大きなチャンス。すごく気持ちも入っていたのですが、その時に左膝が骨挫傷を起こしてしまい、降板せざるを得なくなりました。

大きな役だっただけに、すごくショックで。自分の体の弱さ、筋力のなさに苛立ったし、しばらくは心にぽっかり穴があいたような気持ちになりました」

高田茜

『眠れる森の美女』のオーロラ姫を演じる高田さん

だが、そんな挫折を経て、高田さんは「あの時、怪我をしておいて良かったのかもしれない」と明るく振り返る。

「あの頃の私はまだ若くて経験も足りなかった。きっと、オーロラ姫を踊るにはまだ少し早かったんだと思います。怪我をしたことで改めて体をケアすることの大切さも分かったし、バレエに必要なものは何かを考えることもできた。

そして2年後にはもう一度チャンスをいただき、オーロラ姫として自信を持ってデビューすることができました。私にとっては、あの怪我も必要な経験だったんだと思います」

怪我をして以降、体のマネジメントは一層入念に行うようになった。

「膝を痛めないようにするには、太股の筋力強化が最善策。太股の筋力がしっかりしていると、膝が安定して痛みなく動かせるようになるんです。

ロイヤル・バレエ団にはカンパニー内にジムがあるので、そこでスポーツサイエンティストの先生と相談しながら、必要な筋肉を鍛えるためのメニューを実践しています。

あとは体のコアを強くするために、腹筋を鍛えたり、ピラティスに通ったり、片足立ちでボールをキャッチするトレーニングをしたり。

ダンサーにとっては体が資本。年間160もの公演があるので、毎ステージ、最高の踊りを見せるには、怪我をしない体づくりが欠かせません」

ケヴィン・オヘア氏の語る「バレエへの姿勢」とはこうした真摯な努力を差すのだろう。世界ではばたくプリンシパルを支えるのは、高いプロ意識と地道な鍛錬だ。

真のプロフェッショナルはいつ何時も、決して手を抜かない

高校1年生でロシアのボリショイ・バレエ学校に留学。そして18歳でイギリスと、人生の大半を海外で過ごしてきた。

ロイヤル・バレエ団に入団した当初は言葉の壁にぶち当たり、ホームシックで泣いたこともあるという。だが、高田さんは決して自分の弱さに屈することはなかった。

一握りの才能だけが生き残ることのできる厳しい競争の世界で、高田さんを突き動かすもの、それは「好き」というシンプルな気持ちだ。

「幼い頃からバレエが心底大好き。ここまで頑張ってこられたのも、本当にその気持ちだけが原動力です。語弊があるかもしれませんが、バレエを『仕事』だと思ったことはありません。

バレエがない生活なんて考えられません。私からバレエを取ったら、それはもう私ではないんです」

幼い頃から夢見た英国ロイヤル・バレエ団。これまでも数々のスターと舞台を共にし、刺激を受けてきた。17年1月に再演された同団常任振付家、ウェイン・マクレガーによる『ウルフ・ワークス』も、その一つ。

「バレエ界のマリア・カラス」と謳われた伝説のダンサー、アレッサンドラ・フェリと共演を果たしたのだ。07年に引退したアレッサンドラ・フェリは、この『ウルフ・ワークス』を踊るために50代にして異例のカムバックを遂げた。

高田茜

「彼女の踊りは、とてもナチュラル。どうして舞台の上であんなにもナチュラルでいられるんだろうと不思議に思っていたのですが、彼女と同じ舞台に立つことで、その秘密が分かりました。

彼女はリハーサルのときから100%なんです。決して手を抜かない。お客さまがいないところでも全力のパフォーマンスをしているから、本番では力まずナチュラルでいられる。プロとはこうあるべきなんだと、彼女から教えてもらいました」

不確かな未来を案じるより、目の前にあることに全力で取り組むこと

世界中のバレエファンを魅了する高田さん。日本が誇る若き逸材は、どんなことを意識して日々のステージに立っているのか。

「リハーサル前に、体を温めるためのウォーミングアップクラスという時間があるのですが、この1時間15分が私にとっては大切な時間。今日の自分のコンディションはどうか。

今日はどんなことに気を付けてステージに立つか。自分の体と対話をすることで、その日のステージでやるべきことが見えてくるんです」

高田茜

仕事が始まる前のコンディショニングタイムの重要性は、私たちの仕事も同じ。1日1日の目標を明確化し、実践することが、日々の充実度を上げていく。

「One Day at a Time ――未来のことを考えるより、今の自分にできることに全力を尽くす。それが、私の座右の銘です。私も周囲のダンサーと自分を比べて落ち込んだり、未来のことばかり考えて大事なものを見失うことはあります。

でも不確かなことにとらわれていても仕方ない。それよりも、今の自分だからできることを見つけて、チャレンジした方が絶対にいい。その日できることに全力で取り組むことが、不確かな未来を確かなものに変えていくんだと思います」

高田茜

作品情報『ウルフ・ワークス』
【振付】ウェイン・マグレガー
【音楽】マックス・リヒター
【指揮】クン・ケッセルス
【出演】アレッサンドラ・フェリ/サラ・ラム/ナタリア・オシポワ/高田茜/スティーヴン・マックレー
【上映時間】3時間8分
http://tohotowa.co.jp/roh/movie/woolf_works.html
(c)Tristram Kenton (c)Andrej Uspenski (c)ROH 2016.

取材・文/横川良明