28 NOV/2017

「ワークライフアンバランスでいいじゃない」OECD東京センター長が語った“日本の働き方改革”の大間違い/村上由美子さん

「ワークライフバランス」って何だろう。言葉の意味は、もちろん知っている。「働き方改革」だって、「プレミアムフライデー」だって、散々耳にしている。だけど、なぜだろう。これだけ世の中で「ワークライフバランス」って叫ばれているのに、ちっとも上手くいっていないような気がするのは。業務量は全然減っていないのに時間ばっかり追い立てられて、ますます心も体も疲れているような気さえする。

私たちを本当に幸せにしてくれる「ワークライフバランス」とは?
今、本当に推進すべき「働き方改革」って何?

そんな問いに、答えをくれる人がほしくて、この人に会いに行ってみた。経済協力開発機構(OECD)東京センター長の村上由美子さん。

村上由美子さん

経済協力開発機構(OECD)東京センター長
村上由美子(むらかみ・ゆみこ)さん

上智大学外国語学部スタンフォード大学大学院で国際関係学修士課程を修了した後、国際連合に就職。バルバトス、ニューヨーク、カンボジアで勤務した後ハーバード大学大学院でMBAを取得その後、ゴールドマン・サックス証券に入社し、ニューヨーク、ロンドン,東京で、マネージング・ディレクターとして活躍。13年9月から現職

2013年、これまで外務省出身者の指定席だった同ポストに、初の民間出身者として就任。3人の子どもを育てながら、国際社会のために辣腕を振るっている。20代の頃は国連職員として国際舞台の前線で働き、その後、ゴールドマン・サックス、クレディ・スイス証券と外資系金融機関で活躍。世界の労働市場をよく知る村上さんだからこそ言える、真の「ワークライフバランス」とは。

労働時間短縮は、分かりやすいけど本質じゃない。
議論すべきは「生産性」に関すること

そもそも日本の労働市場って、世界の経済先進国の水準から見ると何かと異常。だから、ようやく「働き方」についての議論が国を挙げて行われるようになったこと自体は、評価したいなと思っています。

だけど、問題なのはその中身。今、「働き方改革」の議論の中心となっているのは、時短とか、長時間労働の削減とか、そんなことばかり。やたらと労働時間にばかりフォーカスが当たっていることに違和感を覚えます。

そもそもなぜ今「働き方改革」が必要なのか、議論の原点に立ち返ってみると、それは日本人の所得が増えず、人口減少という難題にも直面し、社会経済システムが上手く回らなくなっているから。日本企業が世界的に競争力を失い、国民の経済力も低下の一途。その主因の一つは、先進国の中では極端に低い日本人の労働生産性がある。

まず「働き方改革」において最もメスを入れるべきは、この労働生産性をいかに改善し、国際競争力を回復させるか。だけど、それは痛みを伴う構造改革を意味しているので実行が難しい。なので、結局分かりやすくて表面的に対処しやすい労働時間の話にばかり議論が集中しているんだと思います。

でも、それって本末転倒もいいところ。だって、どれだけ長時間労働をやめたところで、それで労働生産性が上がって、企業も私たちも潤うかと言ったら、そこはクエスチョンマークでしょう? だから「働き方改革」だなんだと国が旗を振っても、ちっとも幸せになれない。

まず解消すべきは、時間の問題ではなく、生産性の問題なんです。そこがテコ入れされない限り、本当の意味での「働き方改革」はできません。

年功序列がなくならないのは、成果を図るものさしが曖昧だから。

日本の労働市場で雇用の流動性がないことが労働生産性を向上しにくい一因にもなっています。いまだもって年功序列がこれだけこびりついている社会って、国際的にも極めてレア。年齢や勤続年数にとらわれず、成果に基づいた実力主義が定着しないと、優秀な人材の正当な市場価値が図れず、伸びしろのある人達の潜在能力を社会が無駄にしてしまう。

村上由美子さん

ではどうして日本で成果主義が広まらないのか。一つの理由は成果を公平に図るシステムが脆弱だからではないでしょうか。労働時間や年齢、勤続年数、あるいは成果……。社員の評価を定める物差しはさまざまです。きちんとその人の実力を潜在成長性も踏まえ測ろうとすると、管理する側にも相応の見る目が必要になる。それよりは、労働時間だ年次だって目に見える分かりやすいものでシステマチックに測定した方がよっぽど楽。それだと「見る目」も必要ありませんから。結局、そういう管理側の怠慢と実力不足が、旧態依然とした年功序列社会からの脱却を阻んでいるわけです。

もちろん欧米的な実力主義が、日本人の文化や気質に100%馴染むものでないのも確か。でもどこかでシフトチェンジしなければ、ますます国際社会から取り残されていくことになります。

私が働いていたゴールドマン・サックスは、それこそ「ワークライフバランス」なんて言葉とは無縁。「24時間働けますか?」という世界で生きるハードワーカーがたくさんいました。でも、日本と違うのは、どれだけ長く働いても、それ自体がプラスの評価になることは一切ない。あくまで、評価の対象は労働時間ではなく、アウトプット。大きなアウトプットを出した者が、それにふさわしい報酬とポストを手に入れられる。そういうシンプルでフェアな社会でした。そこに年齢や性別なんて関係ない。だから優秀な若い人材が、どんどん集まってくるわけです。

日本がこのままガラパゴス的な年功序列社会を維持し続ける限り、本当に優秀な人材は今後ますます海外に流出していくでしょうね。いかに優秀な人材を獲得するかは、日本企業の生命線です。そういった意味でも、ちゃんと実力主義を導入している企業ほど、これから世界的にも生き残っていくはず。「働き方改革」において、まずなすべきは優れたアウトプットを残した者がちゃんと評価される、実力主義の徹底だと思います。

仕事も家庭も、「A+」の成績じゃなくていい。「B-」な自分を許してあげて

そして「ワークライフバランス」という言葉だけど、結論から言って私はバランスなんて取れないと思っています。むしろ「ワークライフアンバランス」の方が自然じゃないかな。自分のこれまでを振り返ってみても、まったくバランスなんてとれていない(笑)。合格点ギリギリというのが正直なところです。

村上由美子さん

人生は1回、1日は24時間だけ。限られたリソースの中で、仕事の充実感も子どもとの時間も両方完璧にこなそうなんて明らかにできないんですよ。だから重要なのは、「A+(エープラス)でなくてもOK」という心構え。「とりあえずB-(ビーマイナス)でもいいんだ」って思ったら、楽になる。ちょっとアンバランスでも許せる気持ちのゆとりが重要なんです。

これは、日本人の独自の気質が起因している部分もあると思います。例えば、アメリカなんて法的に産休もない国。公的な保育園だってありません。なのに、北欧と比べればまだまだでも、日本よりは遥かに女性の社会進出が進んでいる。なぜ日本より制度的に整っていないにもかかわらず、女性が活躍できているのかと言うと、一番の理由はアウトソース文化があるからです。日本のワーキングマザーの多くは、しっかり仕事をして、同じくらいしっかり家事も育児もやらなければいけないと、宿命みたいに思っている。その考えが、自分たちの首を絞めているんですよね。一方、アメリカの働く母親は、アウトソースすることへの罪悪感が日本人に比べて薄いんです。覚えておくべきなのは、「苦労すること」は必ずしも重要ではないということ。

私は掃除も洗濯も掃除もほとんど家政婦さんにお願いしています。このやり方について批判されたこともあるけれど、1日は24時間しかないんだから、その中で何にどれだけ時間を使うかプライオリティーをつけていくことは、とても重要なこと。洗濯や料理の時間があるなら、それよりも今日学校でどんなことがあったか子どもの話を聞いてあげたいし、宿題を見てあげたいし、絵本の読み聞かせをしてあげたい。そもそも私は料理が上手じゃありません(笑)。私より百倍料理の上手な方がいらっしゃるんだから、無理して私のマズい御飯を食べさせるより、その方の美味しくて栄養バランスの整った御飯を食べさせた方が子どもにとっても絶対いい。こう言うと、どこかのお節介な人が「お袋の味を知らずに育つなんて可哀相」なんて口を出してくるけれど、そんな小言は無視してオッケー。気にせず、あなたの時間をあなたの使いたいように使いましょう。

結局、バランスを求めると行きづまってしまう。アンバランスさこそが自分の個性だと思って、自分を許してあげなさい。お行儀よく、正しく生きる必要なんてない。人生、「ワークライフアンバランス」で行きましょうよ。

取材・文/横川良明 撮影/栗原千明(編集部)