日本人が働き過ぎてしまう2つの理由とは? “すり減らない働き方”のヒント

ドイツ ベルリン

「労働時間の短縮」「生産性向上」、働き方改革を国や企業が進めようとしている。NO残業デーやプレミアムフライデーなどを導入する企業も増えてきたが、過労死にまつわるニュースは後を絶たないし、深夜になっても都心のビルの明かりは未だ煌々と照り続けている。

過労死は、“Karoshi”として英語辞書にも載った。
世界から見ても日本人の働き方は異常だと散々言われてきた。

なのに、私たちはいつまでたっても長時間“働き過ぎる”ことをやめられずにいる――。それはなぜか。

日本人と比べて労働に費やす時間が圧倒的に少なく、それでいて生産性も圧倒的に高い国・ドイツの事例に学ぶべく、ドイツ在住27年のジャーナリスト・熊谷徹さんに話を聞いた。

「短時間で成果を出す人を評価する」徹底した効率・成果主義を貫くドイツ人

熊谷徹

熊谷 徹さん
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。最新著『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人 ドイツに27年住んでわかった 定時に帰る仕事術』 (熊谷 徹/SB新書)
ホームページ: http://www.tkumagai.de

日本で長時間労働が減らない原因は大きく分けて2つ。まずは、法律による規制や労働基準監督署による監視が徹底していないことです。

ドイツの企業では、1日あたり10時間を超える労働や、休日や日曜日の労働は、法律で禁止されています。また、企業は社員に最低24日間の有給休暇を与えることを法律で義務付けられていて、大半の会社では30日間の有給休暇を付与します。

管理職以外の社員なら、100%有給を消化するのが普通です。というのも、監督官庁による抜き打ち検査が時々あるので、大半の企業は法律順守に神経質になっています。労働時間法に違反した企業の経営者には、罰金刑や禁固刑が科される可能性もあるのです。

今、ドイツは景気が良くて人手不足の企業が多いので、長時間労働による法律違反などがメディアに報じられると、優秀な人材が集まらなくなるリスクが高まってしまう。なので、労働環境の整備に対する経営層の意識も非常に高いのです。一方で、日本はドイツに比べると法律の規制がまだまだ緩いと思います。

もう1つは、時短勤務に関する社会の合意が日本にはないことが挙げられます。ドイツでは、取引先も30日間の有給休暇を取るので、自分の担当者が2週間休んでいても、他の人が自分の問い合わせをきちんと処理してくれれば、苦情は言いません。つまり取引先も含めた社会全体で、「休暇を取ることは働く者の当然の権利だ」という合意があるのです。

お客さまの都合は勿論重要ですが、ドイツでは法律の枠内での対処を求められます。「重要なお得意さまの依頼だから、毎日深夜まで働いてでも何とか対応しろ」という管理職はいません。物を売る側と買う側の目線は比較的同じで、日本のようにお客さまの立場が格段に高いということはありません。ドイツの企業では、常にお客さまの依頼に対応するためにかかるコストと、そこから得られる見返りを比較衡量します。つまり、圧倒的に効率性を重視する社会なのです。

また、ドイツは徹底した成果主義の社会でもあります。短時間で成果を出す人が最も高く評価され、労働時間ばかり長くて成果が出なければ「無能な社員」の烙印を押されます。

人間の健康や安全、家族との時間を、何よりも重視する社会的な風土もあるので、健康を害してまで長時間働くことを許容するドイツ人は少ないと思います。

社員が育児休暇を取った場合、その人のポストを別の人で穴埋めすることは禁止

ドイツの女性に目を向けてみると、結婚したり、子どもができてからも働き続ける女性がほとんど。その割合は、日本よりも多いです。その理由の1つは、ドイツは社会保険料や税金が高いので、日本よりも可処分所得が低く、夫も妻も働かないと家計が苦しくなるという事実があるからです。

また、ドイツでは出生率が英国やフランスに比べて低いので、政府が数年前から託児所の増設に予算を投じています。託児所や育児休暇の制度も拡充が進んでいるところで、育児休暇を取る男性も増えています。夫が2カ月~3カ月仕事を休むことも珍しくありませんよ。

ちなみに、ドイツ企業では社員が育児休暇を取った場合、その人のポストを別の人で穴埋めすることは禁止されています。つまりその課は欠員になるのですが、仕事は通常通り回るように調整されているのです。大手企業や金融業界では、在宅勤務も進んでいます。

さらに、ドイツでは管理職クラスの仕事に就いている女性が日本に比べて多く、彼女たちの多くが「職業上の成功と、家庭での幸福」の両方を重視しています。ドイツにおいてもこの2つを両立させるのは簡単なことではありませんが、企業や政府のサポートがあるので、日本よりも両立はしやすいと思います。1日の労働時間が10時間に限られているので、会社での仕事に区切りをつけやすいということもありますね。ミュンヘンで働いていたある日本人女性は、「女性にとってはドイツの方が日本よりも働きやすい」と語っていました。

日本人は自分で自分を律するべし。ドイツ人に学ぶ「働き過ぎない」ヒント

ドイツ

ここまでドイツの事例をお話してきましたが、ドイツのやり方が100%正しいわけではないし、100%コピーする必要もありません。でも、ドイツ人の働き方や考え方に学ぶべきことはたくさんあります。なにせ、日本より労働時間も休みも多いのに、経済パフォーマンスが上回っているのですから。

そこで、日本で働く女性たちが個人レベルでできることは何かお話したいと思います。まずは、「割り切る」スキルと断る勇気を持つことについて。重要ではない付き合いに何となく「義理だから」と足を運んでいないか、疲れているのに無理して何でも仕事を引き受けていないか、今一度考えてみましょう。人生で最も重要なものは、健康です。

日本では「木を見て森を見ず」という考え方に陥って、仕事という細部(木)にこだわり余り、健康という「森」を見落としてしまう人が多いと思います。一方、ドイツ人には、「森を見て木を見ず」という人が多い。ドイツ人が健康と安全を重視して、原発の全廃を決めたのも、同じ理由です。日本人も、人生の中で何が最も大切であるかを、常に意識する必要があるのではないでしょうか。

もう一つは、会社での仕事以外に、趣味や人間関係などで自分の世界を築き上げることが大切です。職場の外での生活を充実させましょう。そうすれば、自然とメリハリのついた働き方ができるようになるのではないでしょうか。

ドイツのように法律で労働時間が厳しく制限されていない以上、日本では働く人たち一人一人がきちんと自己管理をしていかないと、心身の不調をきたすリスクが高いと思います。

あなたの仕事は「会社のもの」。個人で抱えこまないようにしよう

ドイツ人

日本では、仕事は「人」につく傾向が強いですが、ドイツでは仕事は人ではなく「会社」についていると考えます。つまり、仕事を個人で抱え込まないということ。そうすることで、仕事の属人化を防ぎ、社員が長期間不在にしても仕事が回る体制をつくっています。

例えば、自分が2週間休んでも他の同僚が対応できるように、仕事の内容を電子ファイルとして共有化するようにするのは、組織の生産性を高めるための第一歩。共通ファイルが整備されていないと、社員が2週間もまとまった休みを取ることは不可能です。

その他、
・仕事の優先順位をしっかり決めて、明日でもいいことは「明日でいい」と割り切る
・メールの本数を最小限に減らしてメールを返すために使っている時間を減らす
・会議の長さは、最高でも1時間と提案する
・不要な打ち合わせはしない……etc

日々の仕事の中で、「これって本当に必要?」と思うことは検討を加え、改めて整理してみましょう。

日本独自の労働文化やしきたりが根強い以上、海外の働き方モデルをそのままトレースすることは難しい。しかしながら、こうした作業は個人レベルでもできるはずです。日本人は「自分で自分を律する」意識を持つことから始めていかないといけませんね。

取材・文/栗原千明(編集部)


ドイツ

『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人 ドイツに27年住んでわかった 定時に帰る仕事術』 (熊谷 徹/SB新書)
ヨーロッパの経済大国として、経済を引っ張るドイツ。日本より労働時間が短く、生産性は高い。なぜ、これが可能になったのか。「この国のサラリーマンたちの労働時間の短さと、休暇の長さには驚嘆させられる」という在独ジャーナリストの著者が、その秘密を解き明かします
>>Amazonで購入する