「部下が次々に離れていった」帰ってきたクックパッド初代編集長が“完璧なリーダー像”を捨てた日/小竹貴子さん

初期メンバーの一人として、『クックパッド』を日本最大の料理レシピサービスに育て上げた小竹貴子さん。現在は『クックパッド』のブランディング・広報を統括する本部長としてマネジメントに従事しながら、多方面で活躍している。

小竹貴子さん

クックパッド株式会社
ブランディング・広報 担当VP
小竹貴子さん

1972年生まれ。石川県出身。関西学院大学社会学部卒業後、博報堂アイ・スタジオでWebプロデューサーを経て、2003年、有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)に入社。06年5月編集部門長、08年7月から約3年半、執行役を務める。2012年に同社を退職し独立。フリーランスのフードエディターとして活躍後、16年4月、クックパッドに復帰し、ブランディング・広報担当本部長就任

子育てとの両立、フリーランスとしての活動など、多様な働き方を経験しながら軽やかにキャリアを積んできた小竹さんが目指す“一人で頑張らない”リーダー像とは。

「とにかく私について来て!」無我夢中で駆け抜けた新米マネジャー時代

「いずれはリーダーとして活躍してほしい」と周囲から期待されるのはうれしいけれど、実際にメンバーをまとめてチームを率いていくのは、決して簡単なことではない。本音を言えば、「リーダーになる自信がない」「管理職に就いてまで責任の重い仕事をするのは割に合わない」と思っている女性も少なくないのではないだろうか。

小竹さんは、「私自身は、役職に就くということを全く意識していませんでしたね」と話す。31歳でクックパッドに入社し、2年後には編集部門長に、その2年後には執行役に就任した。経歴だけを見れば、一気にポジションを駆け上ってきたようにも思えるが、実は「意識する暇もなかった」ということらしい。小竹さんが入社したとき、同社の社員はわずか3人。そこから会社が急成長を遂げていくことになる。

「当時、『編集長になった』と言っても、実は私以外誰もいない編集部だったんです(笑)。とにかくお客さまの信頼を得ることだけを考えて、一人で編集部を作って編集長と名乗り始めました。会社の成長とともにメンバーが増え、気が付けば部下ができていた、というのが実態です」
 
やがて5人、10人とメンバーは増えていったが、それ以上に事業が拡大するスピードの方が速かった。やるべきことは山のようにあり、夢中で走り続ける日々だった。

小竹貴子さん

「今振り返ると、当時は私が真っ先に走り出して『皆、とにかくついて来て!』と無理やり引っ張っていくことが多かったですね。もともとマネジャーを目指していたわけでもなく、ロールモデルがいたわけでもないので、毎日が必死でした」

その甲斐あって、事業の面では一定の成果を収めることができた。提案した企画が次々と実現し、ビジネスは順調に成長していく。

2012年には新しいチャレンジを求めて独立。今度はフリーランスのフードエディターとして個人の力で勝負することに。独立して組織から抜けた当初は、内心「ああ、一人は楽だ!としみじみ思った(笑)」と言うから、リーダーの気苦労もさぞや多かったのだろう。

「間違いなく何かを誤っている……」メンバーが次々に退職して気づいたこと

しかし、いざ一人で活動を始めてみると、改めてチームの力の大きさも分かるようになった。チームとして力を発揮できると、一人でやるときの何倍もの達成感を得られるのだ。次第にもう一度、組織の中で勝負してみたいという気持ちが強くなっていく。目標達成を、一人でなく仲間と一緒に喜べることも魅力だった。

就職先を探す中で、たまたまクックパッドから声が掛かり、2016年に復帰を果たす。マネジメントの仕事は、10年前からたっぷり経験を積んできたはずだった。

ところが、なぜか思ったようにチームの力を引き出すことができない。メンバーと話をしようとしても、コミュニケーションが深まらない。チーム内に、仲間としての一体感がなかなか醸成されない。それどころか、メンバーが何人も立て続けに会社を辞めてしまったのだ。

「もちろん自分のキャリアを考えて転職したのかもしれませんし、私が原因であるかどうかは分かりません。でも、うまくいっていないなかで退職者が出てしまうのは、やはりショックが大きくて。中には『小竹さんは最後まで本音で話してくれなかった』と言って去っていった子も。これは、間違いなく私のマネジメントが何か根本的に誤っているのだと痛感しました」

直属の部下である部長に、悩んでいることを全部吐き出して、そして気が付いた。自分は無意識のうちに、あるべきリーダー像に縛られているのではないか。強く、正しく、有能なリーダーになりたくて、つい背伸びをしているのではないだろうか。友人にも相談した。そして、過去の成功体験にもとらわれていると気がついた。

小竹貴子さん

「仕事も育児も軽々と両立し、料理に詳しくて、判断に迷うこともない。“完璧なリーダー”であろうとすれば、その分周囲も期待しますし、そこでまた期待に応えられない自分にストレスを感じていました」

よくよく考えてみると、10年前とは会社の環境も全く違っていた。会社がまだ小さく急成長期にあった当時は、スピード感を持って変化に対応しチャンスを掴み取るために、リーダーが率先して動くことが成果に直結していた。一方、社会変化に対して素早く対応し、多様なニーズに応えなければいけない新たな成長フェーズを迎えた今は、一人の力でチームを強引に率いていくよりも、メンバーの力を引き出す方が有効だ。

しかも、今の若手メンバーから見れば、会社の基盤づくりを担った小竹さんは「雲の上の存在」に見えるに違いない。“完璧なリーダー”であろうと小竹さん自身が背伸びすればするほど、ますますメンバーとの心の距離が開いていったのだ。

弱みも素直に伝える。リーダーだってチームに頼っていい

小竹貴子さん

「だから、格好つけるのをやめました。できるふりや背伸びはしない。できないことはできないと言う。ありのままの自分でいるようになりましたね」

“大失敗”の経験を経て、今では一人で抱え込まず、どんどんメンバーに頼るマネジメントにシフトし始めた。特に、直属の部下であるリーダー達は頼りにしている。一人で完璧を目指すのではなく、信頼できるビジネスパートナーと足りないところを補い合いながら、ゴールに向かってチームの力を伸ばしていければと考えている。

「どちらかというと私は目標に向かって全力疾走してしまうタイプで、気をつけていてもまだまだメンバーに対して目配りしきれないことが多い。その点、例えば、部長でいうと一人ひとりに寄り添えるタイプで、きめ細かくフォローしてくれるので、本当に助けられています。逆に、マーケティング案件など彼の専門領域で活躍してもらいたいときは、私が後方支援に回るなど、うまくバランスが取れればいいなと考えています」

弱みも素直に見せることを恥じらわず、一人でできないことは皆に協力を仰ぐ。常に感謝を忘れない。日頃の振る舞いを変えてみたら、チームの雰囲気も徐々に変わってきた。最近では、「小竹さん、また格好つけてますよ」、また今まで言われたことがなかった「小竹さん、それ知らないんですか?」などと、メンバーから突っ込みが入ることもある。今後は、さらにメンバーが率先して動き、のびのびとそして思いっきり活躍できるような場をつくっていくことが目標だ。

小竹貴子さん

「肩書きが付いたからリーダーになる、というわけではないと思っています。まずはリーダーシップを持つこと。つまり”自ら課題を見つけに行くこと”そして。“主体的に動ける”ということが大切なのではないでしょうか。誰もが役職に就いていてもいなくても、例えば、自分の目標を達成するために上司のおしりを叩いて動かす。これもとても大切なリーダーシップの能力の一つですよね。常にその意識で動いていれば、『私にリーダーなんて無理』と弱気になる必要はないはず。戸惑うことなく活躍できると思いますよ」

リーダーシップは常に磨き続けていくもの。小竹さん自身も今まさに「頼ること」を覚えている最中だ。

若手にとっては“つらいこと”ばかりが目についてしまうリーダーの仕事だが、できることが広がっていく面白みや、チームの力を伸ばし、成果が出たときの喜びはひとしおだ。肩の力は抜いていい。一人で頑張ろうとしなくていい。頼れる仲間と一緒に、一つ上の“仕事の醍醐味”を感じてほしい。

小竹貴子さん

取材・文/瀬戸友子 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)