「女に年齢を聞くのは失礼」それこそセクハラだ――82歳アプリ開発者が捨てた“押し付け”の価値観/若宮正子さん
新入社員の頃は“カワイイ”で済まされたことも、社歴が長くなったらお局さま扱い。誕生日を迎えるたびに言われる「何歳に“なっちゃったね”」という言葉。
未だに根強い「女は若い方が良い」という固定観念に触れると、何だか年齢を重ねるごとに、女性としての魅力や価値が減っていくような気さえしてしまう。
そんな世の中の価値観はすぐには変わらないけれど、若宮正子さんを見ていると、歳を重ねることは素直に素敵だと思える。
60歳でインターネットに初めて触れ、81歳でプログラミングをスタート。iPhoneアプリ『hinadan』を開発し、6月にはアメリカで行われた世界開発者会議『WWDC2017』にAppleのCEOであるティム・クックから招待を受けた女性だ。
「もうこんな歳だから」と卑下することなく、溢れんばかりの好奇心を原動力に、人生を軽やかに楽しむ若宮さん。彼女はなぜ、年齢に捉われることなく輝いていられるのだろうか。

若宮正子さん
1935年東京生まれ。高校卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に勤務。定年をきっかけに、パソコンを独自に習得する。99年にシニア世代のサイト『メロウ倶楽部』の創設に参画。2016年秋からiPhoneアプリの開発を始め、17年6月には米国Appleによる世界開発者会議『WWDC 2017』に特別招待される。『人生100年時代構想会議』の最年長有識者メンバー。著書に『明日のために、心にたくさん木を育てましょう』(ぴあ)
政府の会議に参加、国連で講演……アプリ1つ作ったら、人生ががらっと変わった
私が4歳の頃に第二次世界大戦が始まり、日本が本当に貧しい時代に学生時代を過ごしました。そして私は高校を卒業してすぐに銀行に入社して、40年以上ずっと働き詰めだったから、自分の時間というものがなかったんですよ。
定年後は自宅で母の介護をしていましたが、家の中では自由な時間が増えました。60歳でインターネット、75歳でピアノ、そして81歳でプログラミングを始めたんです。チャレンジしているという感覚は全くないんですよ。面白そうだからやりたいことをやる、というだけ。好奇心が旺盛なんですね、きっと。
何もできない期間が何十年もあったんです。その時にできなかったことを、今やっているという感じ。ちょっと長い空白ですけどね(笑)。
そして去年、82歳で『hinadan』というiPhoneアプリを作りました。アプリを作ってからの1年で、生活はすごく変わって、もう一回りも二回りも忙しい人になっちゃった。

若宮さんが開発したiOSアプリ『hinadan』。
「80過ぎのオババが作った、ハイシニアが楽しめる雛壇飾りアプリです」(アプリ説明より)
「82歳のコンピュータおばあちゃん」なんて言われて、メディアの方がうちに来てくださったり、日本政府の「人生100年時代構想会議」に呼んでいただいたり。来年の2月にはニューヨークで国連の基調講演をするんですって。最初に連絡が来た時は、ガセメールじゃないかと思ったんですよ(笑)。
世界的な講演会であるTEDにも出たけど、終わりの方にスタンディングオベーションがあったんです。講演なんてほとんどやったこともなかったけれど、とってもエキサイティングな体験でしたね。
私自身は特別なことをしている感覚は全くないけれど、この歳にして日々新しい世界が広がっています。
「今日は普段行かないスーパーに行ってみよう」が人生を変えるきっかけになるかもしれない
私は「やってみないと分からないことはあるから、まずはやってみる」ことを大事にしています。上手にできなくてもいいから、自分がやりたいことはやるべき。
私のピアノだって本当に聞くに堪えないくらいの腕前で、モーツアルトが聞いたらカンカンに怒ってしまうんじゃないかしら(笑)。
プログラミングだって思うようにいかないことも多いですけど、そういう時は一旦作業するのをやめて、他のことをするんです。何しろ趣味が多いから、やることはたくさんあるの。そうして嫌な気持ちを忘れた頃にまた始めれば、楽しく作業ができるでしょう。
いろいろなものに好奇心を持ってやってみることは、物事を続けていく上で不可欠だと思うんです。私は会社を辞めて自由の身ですから、普段の生活でもいろいろなことを考えちゃう。買い物に行くだけでもたくさんのことを思いつくので、いつでもやりたいことがあるんですよ。

よく考えてみて。赤ん坊の時は好奇心の塊で、その辺のものを拾って舐めてみたりするでしょう。でもそれはすぐに親に取り上げられちゃうのよね。学校に行ったら先生が「余計なことを考えるな」なんて子供の好奇心を殺して、会社に入ったらもっと好奇心は削がれていく。
ここらでもう一度、好奇心の息を吹き返してみてもいいんじゃないかしら。
いつもの表通りをやめて裏通りを歩いて帰るとか、いつもはイオンに行くけどたまにはヨーカドーに行ってみるとか。ささやかでもいいから、日常とちょっと違うことをしてみたら、そこに新しい発見がある。その発見が、あなたの好奇心を蘇らせると思うんです。
あとは、誰かが決めた価値観に捉われ過ぎないことも大事ね。日本人は安全牌を大事にし過ぎちゃうから、テレビの流行り物に皆で飛びつくでしょう。テレビ番組で「レンコンにはホクホクしたところとシャキシャキしたところがあって、ホクホクが美味しいんです」と言ったからといって、皆がホクホクしなくていいと思うんですよ。シャキシャキ感を楽しめるような料理を考えればいいし、そこに新しい味があるかも分からないのにね。そうするとまた、新しい発見が見つかって面白くなるでしょう?
女性が歳を取ることは、資産償却なんかじゃない
日本は女性が歳を取ることがマイナスだって風潮があるけれど、それっておかしいですよね。「女性に年齢を聞くのは失礼だ」なんて、そんなこと言う人こそセクハラだと思います。
それって、「若くて美しいという資産が減価償却していくのは気の毒」だから聞かないってことでしょう? 男性だってシワが寄ったり毛が薄くなったりするけど、男性の場合は歳を取るに連れて内面が充実するから、年齢を聞いてもいいんですって。
女性でも7歳以下と77歳以上は歳を聞いてもいいみたい。七五三とか、瀬戸内寂聴さんが92歳だとか、そういうのは失礼じゃないのはなぜなんでしょうね。
年齢を重ねれば男女関係なく、脳みその中にはそれなりのものが入っているはずです。30歳でも40歳でもそれを活かせばいいし、これまで蓄えてきたいろいろな知識や経験をフルに活用して、別の世界に出ていってもいい。歳を取ることって、キャリアにおいても全然マイナスではないと思うんです。

それと、自分たちの親世代を見ていてあまり将来に対する展望が開けない人もいるかもしれないけれど、親世代はそんなに長生きすると思って人生設計をしていなかったんですよ。
でも今は人生100年時代と言われていますから、若い世代は自分が100歳まで生きるという前提で人生設計をしなければいけないと思います。今までなら若い頃は仕事一筋で60歳になったら引退、でもよかったかもしれませんが、これからAIが発達したら今まで10時間かけていた仕事が3時間で済むかもしれません。では、残りの21時間はどういうふうに使いましょうね。
今はインターネットを通じてお友達もできるし、いろいろなことを自分で発信できる時代。私自身も、これからたくさんの情報をインターネットで発信していきたいと思います。だって自分の脳みそは、お墓に持っていけないでしょう? だからいっぱいモノづくりや情報発信を楽しんで、好奇心で満たしていく人生を送りたいの。
私はまだ「エイティーズ(80代)の冒険」の途中。足りないものは「時間」、持て余しているものは「好奇心」ですもの!

若宮正子さんの新著『明日のために、心にたくさん木を育てましょう』(ぴあ)
若宮さんから「人生を楽しくするためのメッセージ」が到着!自由な発想で生み出された言葉の数々は、人生に悩み、将来に不安を抱える方たちの心にきっと届くはず。
取材・文/天野夏海 撮影/赤松洋太