14 MAR/2018

女優・北乃きいが辿り着いた“自立した生き方”「自己犠牲や我慢は美徳じゃない。私たちはもっと好きに生きていい」

NO残業デーは劇場で“非日常”な体験を。
ふらり~女の夕べ

プレミアムフライデーに、NO残業デー。働き方改革が進み、プライベートタイムは増えたけど、一体その時間に何をする……? 会社を追われ、行き場をなくし街を彷徨うふらり~女たちへ、演劇コンシェルジュ横川良明がいま旬の演目をご紹介します。奥深き、演劇の世界に一歩足を踏み入れてみませんか?

横川良明

演劇ライター・演劇コンシェルジュ 横川良明
1983年生まれ。関西大学社会学部卒業。ダメ営業マンを経て、2011年、フリーライターに転身。取材対象は上場企業の会長からごく普通の会社員、小劇場の俳優にYouTuberまで多種多彩。年間観劇数はおよそ120本。『ゲキオシ!』編集長


今から遡ること139年前、「女性解放運動の象徴」として世界に多大なインパクトをもたらした作品が発表された。それが、イプセンの『人形の家』だ。男たちに「人形」のように慈しまれた主人公・ノラが、「妻」や「母」という立場を捨て、「自分」として生きる道を選ぶ。その自由と自立のシナリオは、19世紀の封建的な価値観に風穴を開けた。そんな記念碑的傑作がこの5月に舞台として上演される。

平成28年版男女共同参画白書によると、男性雇用者と無業の妻から成る世帯数は687世帯。全体の約38%にとどまった。夫に囲われるようにして生きていたノラの生き方は、働くことが当たり前となった現代女性からは時代錯誤に見えるかもしれない。

けれど、「女性の社会進出が進む今こそ、ノラの獲得した生き方に勇気づけられるものがある」。そう語るのは、主人公・ノラ役を演じる女優の北乃きいさんだ。

北乃きい

北乃 きい(きたの・きい)
1991年3月15日生まれ。神奈川県出身。2007年、初主演映画『幸福な食卓』で第31回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。同年、ドラマ『ライフ』で連続ドラマ初主演を務めた。以降、数々の映画・ドラマに出演。また、14年から2年間、『ZIP!』で総合司会を務め、朝の顔としてもおなじみに。近作に映画『TAP THE LAST SHOW』、ドラマ『社長室の冬』『橋ものがたり-小ぬか雨-』『銀魂-ミツバ篇-』などがある。

07年、ドラマ『ライフ』で注目を浴び、以来、Woman type世代と共に年齢を重ねてきた北乃さんが、女性の自立をテーマに、ノラと自らの生き方について語ってくれた。

誰かのためじゃなく、自分のために働こう。
そう決めたらもう迷わなくなった

13歳で芸能界デビューをした北乃さん。まだ一人で電車の乗り換えもしたことがない年齢だったが、当時から「仕事という意識はあった」と振り返る。社会人の自覚と責任を教えてくれたのは、敬愛する祖母だ。父子家庭だった北乃さんは、小さい頃から祖父母に愛情こめて育てられた。

「祖母は、私の理想の女性。仕事を始めたときから、よくお赤飯をつくって、現場に持たせてくれましたね。『美味しいものは皆で分けなさい』というのが祖母の考え。当時の私はそれが恥ずかしかったんですけど、『自分の分は残らなくてもいいから、人に分け与えなさい』という祖母の教えは、今はすごく素敵だなと見習うようになりました」

北乃さんが雑誌に載ると、祖母は嬉しそうに近所に配って回った。祖母に喜んでもらうことが、北乃さんのモチベーションにもなっていた。だからこそ、17歳で祖母を亡くしたときは、ぽきりと心が折れたようだったと語る。

「ずっと祖母のためにこの仕事を続けてきました。だから、祖母がいなくなった途端、何のために仕事をしているのか分からなくなってしまって。これ以上続けていても仕方ないかなと考えるようになったんです」

北乃きい

見失った働くことの意味。空っぽの日々はしばらく続いた。そんな中、北乃さんはある現場に臨んだ。それが小林武史さん監督の映画『BANDAGE バンデイジ』。メジャーデビューを目指すバンドの光と影を描いた青春映画だ。

「本当はその映画を撮ったら、もうこのお仕事はおしまいにしようと思っていました。でも、撮影を進めていく中で気づいたんです。じゃあ他に私にできることは何があるんだって。私にはこれしかない。そう自分で気づいたとき、この仕事を一生続けていこうという覚悟が決まりました」

自分の頑張りを一番に見てほしい人は、もういない。モチベーションロスに苦しんでいた北乃さんは、そこから仕事のスタンスを一新した。

「これからは自分のためにお仕事をしようって。誰かのためにしていると、その人がいなくなったとき、抜け殻になっちゃう。自分のために頑張れたら、働く意味や意欲を見失うことはない。だったら、これからは自分のためにやっていこう。そう決めてからは、もう迷うことがなくなりました」

もちろん仕事をする上で、人との関わりは大切だ。上司、先輩、同僚、後輩。この人のために頑張りたいという人と出会うことで、人は何倍も成長できる。けれど、人間関係は絶えず変化する。自分の意思が及ばないものにモチベーションを置いてしまうと、何かあったときに自分で自分をコントロールできなくなってしまう。ハンドルは、いつも自分の手に。それが、北乃さんの自立した生き方だ。

嫌なことに縛られないで。
捨てる勇気を持てたら、私たちはもっと自由になれる

女性活躍社会だと言われて久しい。確かに以前に比べたら、重要なポストに女性が登用される機会は増えたし、「結婚したら女性は家庭に入るべき」なんて無言の強要は前時代的な価値観だと広く社会に認識されるようにはなった。けれど、本当の意味で女性の自立のためのシステムが社会的に整備されているかと言われたら、素直に「YES」とは言えない。まだ私たちは、いろいろな古いしきたりや不寛容な視線の中で、犠牲や我慢を強いられている。そんな現代女性の目に、139年前に書かれた『人形の家』はどう映るのだろうか。

「たぶん清々しい気持ちになると思います」

北乃さんはそうにっこりと笑顔を浮かべた。

「今の女性たちはそれこそ社会進出も進んでいて、ドラマなんかに登場する女性もバリバリのキャリアウーマンがほとんど。『人形の家』のような女性が家を出る話って、今の時代ではなかなか描かれないテーマですよね。でもその分、私たちにとっては逆に新鮮に映る気がします」

それは決して結婚して家庭に入る女性を否定しているわけではない。価値観も生き方が多様化する現代だからこそ、どう生きるのかを自分で選び取ることが大切なのだと、ノラが教えてくれる。

「たぶん観終わった後は、自分の新しい扉を開けたくなるんじゃないかなって。どんな道に進みたいと思うかは、人それぞれ。家庭を築こうと思う人もいれば、仕事でもっとステップアップしたいと思う人もいると思う。でも少なくともみんなが今この場所から何か動き出してみようという気持ちになれる。そんな勇気を与えてくれる作品です」

北乃きい

どれだけ自由で平等な社会になったと言われても、私たちが抱えている閉塞感は一向に解決しない。ノラのように、今の自分が持っているものをすべて捨てて、新しい生き方を選択したいと思っても、将来の保障や生活のリスクを考えると、行動に移せない人がほとんどだろう。

「何をしていても不満や悩みはつきものだと思います。でも、本当に嫌だったら、全部やめちゃってもいいんじゃないかなって。私たちはもっと好きに生きていいと思う。特に仕事って辞めたらその先どうなるか分からないし、不安になっちゃうと思うんですけど、でもそんなときこそ『本当にそこまでしてしがみつく価値のある場所なのかな』って冷静になって考えてみることが大事。せっかくここまで勤めてきたのにもったいないって感じるかもしれないけど、長い目で見れば、その会社にいた期間なんてほんのわずか。その短い何年かに固執して、せっかくの大事な20代を好きでもない場所で嫌々過ごすなんて、その方がもったいないと思うんです」

北乃さんは91年生まれ。いわゆるミレニアル世代の一人だ。古い価値観に縛られることなく、選択はフラットかつスマート。嘘のない等身大の言葉が溢れてくる。

「もし仕事を辞めて次の職場がすぐに見つからなかったとしても、どうするかはそのときにまた考えればいい。例えばバックパックに出てもいいと思うし、しばらく実家に帰って考える時間をつくってもいいと思うんです。全然恥ずかしいことじゃないですし、周りの人がどう言うかなんて気にする必要はない。大切なのは、自分がどうしたいか。それだけだと思います」

誰かのための人生じゃない。私は、私のために生きていく。その潔い姿勢が、ノラに重なる。平坦ではない道を、自分でハンドルを切りながら進む北乃さん。きっとその運転席から見える景色は、助手席からの眺めより何倍も刺激的で、美しいはずだ。


取材・文/横川良明
撮影/岩田えり
ヘアメイク/大野彰宏 OHNO AKIHIRO
スタイリング/ゴウダアツコ GOUDA ATSUKO
衣装クレジット/ワンピース(¥32,400)bread n butter( L’HOTEL )

<お問い合わせ先>
L’HOTEL
〒135-0064 東京都江東区青海1-3-15 ヴィーナスフォート2階(Tel:03-6455-3400)

<公演詳細>
りゅーとぴあプロデュース「人形の家」

北乃きい 人形の家

■あらすじ
弁護士ヘルメル(佐藤アツヒロ)の妻ノラ(北乃きい)は、純粋で無垢な女性だった。若くして結婚し三人の子供も授かり、夫に守られ生きている。ある日、リンデ夫人(大空ゆうひ)が訪れるところから幸せだったはずの生活に歪みが生じ始める。ヘルメルの部下クロクスタ(松田賢二)との秘め事やヘルメルの友人であり医師てであるランク(淵上泰史)のノラへの純粋な恋もそれと同時に思わぬ方向へと動き始める…。決断を迫られたノラが最後に選んだものとは。

■作
ヘンリック・イプセン

■訳
楠山正雄

■上演台本
笹部博司

■演出
一色隆司

■出演
北乃きい、大空ゆうひ、松田賢二、淵上泰史、大浦千佳、佐藤アツヒロ

<新潟公演>
■日程

2018年5月10日(木)

■会場
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

<東京公演>
■日程

2018年5月14日(月)~20日(日)

■会場
東京芸術劇場 シアターウエスト

<兵庫公演>
■日程

2018年5月23日(水)・24日(木)

■会場

兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

お問合せ:りゅーとぴあチケット専用ダイヤル(025-224-5521)
http://www.ryutopia.or.jp