伊藤春香(はあちゅう)のコンプレックスを救った林真理子さんの著書【特集:秋の「必読」推薦図書】
大学時代からカリスマブロガー『はあちゅう』として注目を集め、大手広告代理店を経て、現在は女性向けサイトの編集長として活躍中の伊藤春香さん。誰もがうらやむ華やかなキャリアを積んできたように見えるが、本人はもともとコンプレックスが強く、常に漠然とした不安を抱えているという――。そんな伊藤さんには、不安から抜け出し、前へ進むきっかけをくれた、今でも大きな存在となっている作家がいる。その本との出会いに迫った。
どこにいても不安だから
それを解消するために行動する
私も一人の働く女性として、人並みに悩んできました。就職活動では、どの業界や企業を選べばよいかと悩みましたし、広告代理店に入社してクリエイティブ試験に合格し、憧れだったコピーライターになってからも「この仕事を一生やっていけるのだろうか」と不安を抱えていましたね。昨年転職して、現在は美容専門クーポンサイトの編集長をしていますが、今でも日々悩んでいますよ。現時点では、「自分が将来どんな人生を歩んでいくのか」という将来のビジョンが全然見えていないんです。
結局、私はどこにいても不安なんです。学生時代は社会人としての未来が見えなくて不安だったし、広告代理店時代も「このご時世だし、いつか会社がつぶれたらどうしよう」と不安でした。現在の会社はもっと小さいし、編集長として社長の経営を間近で見られるようになったので、「アルバイトを1人雇うのにも、こんなにお金がかかるんだ」といったことが分かってきて、やっぱり危機感を抱いている。つまり、自分が今いる場所に関わらず、この不安定な社会の中で生きていくこと自体に不安があるんでしょうね。
大学生の頃から、『はあちゅう』の名前でブログを書いたり、本を執筆してきましたが、それも今思えば「この不安を解消するには、何か行動しなきゃ」という強迫観念みたいなものがあったからかもしれません。私はもともとコンプレックスが強く、自信がないタイプだったので、『はあちゅう』というキャラクターを作ることで、自分が何者かになれる気がしたんです。
「たいしたことのない自分」を受け入れることが
前へ進むための第一歩になる
『はあちゅう』の顔を持ったことで、伊藤春香としての私はラクになれたし、色々なことを割り切れるようになりました。『はあちゅう』は、いわば営業用の自分なので、私は彼女を少し引いた場所から冷静に見ている感じ。前向きなメッセージを発信しているのを見ると、「はあちゅう、いいこと言ってるなー」なんて思ったり(笑)。
とはいえ、『はあちゅう』も「伊藤春香」の一部であることに変わりはありません。1人の人間が、場面ごとに2つの顔を使い分けているだけのこと。皆さんもきっと、上司に見せる顔と友だちに見せる顔は違うはず。誰だって、相手によって顔を使い分けていると思います。それは別に悪いことでも何でもないし、どれも自分であることに変わりはないのです。
よく“本当の自分探し”をしている人がいますが、それって少し甘えた考えのように思えます。今の等身大の姿が自分であるはずなのに、「自分にはもっとすごい才能が眠っていて、誰かがそれを見つけてくれるんじゃないか」と考えているように見えるのです。自分を変えたいならなおさら、「自分なんてたいした人間じゃないんだ」ということを受け入れるところから始めないといけないと思うんです。それで初めて、「だったら、自分はどうすべきなのか」が見えてくるんじゃないでしょうか。
私が早い時期から「たいしたことのない自分」を受け入れられるようになったのは、読書好きだったことが影響しています。本を読み終えると、「なぜ自分はこの主人公みたいになれないんだろう?」と現実の自分と向き合う必要があるわけですよね。そこで、自分を客観視する目が養われたような気がします。
9歳の時からの大ファン
林真理子さんの本が自分を支えてくれた
中でも私にとって大きな存在が林真理子さん。9歳の時に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を読んで大ファンになって以来、「林さんの本を読んで生き延びてきた」と言ってもいいほどです。
私は小さい頃から劣等感が強く、「大人になってもいいことなんてないんじゃないか」と思っていましたが、林さんも劣等感の塊だったと色々なエッセイで書かれています。それでも、ものすごい努力の末に作家として成功した体験を通して、「大人の世界には、こんなに面白いことがあるんだよ」と私に教えてくれたのです。
林さんの本はどれもオススメですが、今の気分で1冊選ぶなら『ワンス・ア・イヤー』。林さんが20代から30代までの体験をもとに描いた自伝的小説です。林さんの魅力は、誰かに嫉妬したり、ライバルの失敗を願ったりといった、人には言えない感情もすべて描いてくれること。きれいごとばかりではないからこそ、読者も自分を重ね合わせることができるし、「私も頑張ろう」と気合いが入ります。
林さんにかかれば、コンプレックスさえ自分への贈り物だと思えてくるから不思議です。結局、コンプレックスを乗り越えて成長できる人とそうでない人の違いは、自分の人生を本気で変えようと思えるかどうか。口では「今の状況を変えたい」と言っていても、そのために努力をしたり、行動を起こせない人は、心の底では今の自分に満足しているのではないでしょうか。
私が大企業を辞めて転職した一番大きな理由は、「5年後も同じ机に座って同じことをやっているのかな」と思ったからです。年功序列の大企業だからこそ、5年後にはどんな仕事をして、どれくらいのお給料をもらっているかが想像できてしまう。その人生でも、もちろん楽しいとは思ったけれど、その想像の枠を超えたところに、もっと楽しいことやワクワクすることがあるんじゃないかと考えたんです。自分を変えるのは自分しかいない。その当たり前の事実に、気づくことが、自分が変われる第一歩になるのだと思います。
伊藤春香(はあちゅう)さんお薦めの本
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取材・文/塚田有香 撮影/竹井俊晴