43歳・元居酒屋店員の女性が介護の仕事を始めて知った“非効率”の大切さ「マニュアルやルールばかりの職場は人の心を貧しくする」
高齢化が進む中、今後ますます需要が増していくであろう介護サービス。ニーズの拡大とともに、人材採用も業界全体で活発化している。しかし、求職者視点に立つと、介護の仕事には「忙しそう」「心身ともにきつそう」といったイメージがつきまとう。一生モノの手に職が付く仕事であることは確かだが、ワークライフバランスの面では不安がよぎるものだ。
そこで今回Woman type編集部は、複合型介護施設『ありすの杜』を訪れた。同施設を運営する社会福祉法人新生寿会では、未経験から介護の仕事にチャレンジした女性たちが、伸び伸びとマイペースに働いているという。
2017年末に同法人で介護職デビューを果たした宇野朱里さんは、「ここで働き始めてからは、心がすごく豊かになったんです」と朗らかに笑う。介護の現場ですこやかに働き続けられる秘訣は、一体何なのだろうか。宇野さんに聞いてみた。

社会福祉法人新生寿会
宇野朱里さん
43歳で始めた就職活動
接客経験が介護の仕事で生かせると思った
『ありすの杜』で働き始める前までは、いろいろな仕事を経験してきました。実家が居酒屋を経営していたので、夜は家業の手伝い。昼間はアルバイトとして、ケーキ屋、コンビニ、宝くじ売り場、レストラン、ネイリストなどの仕事を転々として。経験職種はさまざまだったけれど、昔から接客の仕事が好きだったように思います。
私が43歳になった時、両親がお店をたたむことになりました。それで、私もフルタイムで働ける職場を求めて就職活動を始めたんです。最初は「医療事務の仕事なんて安定していそうでいいな」なんて思って転職サイトを見ていたんですが、ふと目に入ったのが『ありすの杜』の求人でした。福祉の仕事には資格や実務経験が必要なイメージがあったけれど、そこには「未経験OK」「飲食経験のある方、大歓迎」と書いてあって。ホームページを見てみたらとてもアットホームそうな雰囲気だったので、これは私にぴったりだと思い応募してみました。

キャリアチェンジに全く不安がなかったかといえば、嘘になると思います。でも、知人に介護士として働いている素敵な女性がいて、その方の人柄や生き方に憧れていたことも、私の背中を押すきっかけになりました。
実際に『ありすの杜』で働き始めてみると、入居者のお年寄りの皆さんとのコミュニケーションが楽しくて。時には忙しい日もありますが、やりがいが大きく気持ちにもゆとりがあるので、つらいと感じることはありません。趣味の観劇に出掛ける頻度も、前職の頃と比べたら増えて、プライベートも充実しています。
異業種出身だからこそ、発揮できる価値がある
『ありすの杜』の魅力は、入居している方々が心地よく暮らせるように、さまざまな選択肢を用意しているところ。例えば、食後にお出しする飲み物一つとっても、「今日は何が飲みたい?」と一人一人にお聞きして、ご要望に合ったものを出せるように工夫しているんです。だけど一般的な介護施設では、お茶や牛乳など決められた飲み物を全員に一律で出すところが少なくないと聞きます。でも、食事の時間が楽しみな方にとってはそれではストレスになってしまうはず。全員に心地よく過ごしていただける施設にしようと思うと仕事は複雑になるのですが、工夫する余地がたくさんあるからこそ、働く側のモチベーションが上がります。

食事面以外でも、「観たい」とご要望をいただいた映画のDVDを取り寄せてさしあげたり、絵画好きな入居者の方を美術館へお連れしたりすることも。ルールやマニュアルに沿って、流れ作業のように仕事をすることはありません。日々の会話の中から一人一人の方が「してほしいこと」を汲み取って、できる限り実現できるようにしています。
介護の仕事は未経験だった私が、やってみたいことをこうやってどんどん実現できているのは、経験豊富な先輩のサポートがあったから。「異業種で働いてきた人の方が、良いアイデアを出せることも多いものだよ」と言って、提案を聞き入れてくれる環境があるんです。専門的な知識が必要なシーンでは、資格を持った栄養士や介護士がフォローに入ってくれるので、私もたくさんのことを学ばせてもらっています。
「ありがとう」という言葉で、
ずっと無表情だったおばあちゃんが笑顔に
1年半、『ありすの杜』の入居者の方と触れ合ってきた中で、人として、とても大事なことに気付かされた場面がありました。それは、「ありがとう」という言葉が持つ力です。
ある日、ちょっとした作業を手伝ってくれた入居者さんに、「ありがとう」と言ったんですね。そうしたら、それまでどんなに声掛けをしても無表情だったおばあちゃんが、とても優しい笑顔を浮かべてくれたんです。

介護施設に入居していても、洗濯物をたたんだり、食べた食器を片付けたり、ちょっとした作業なら自分でできるという方はたくさんいらっしゃいます。施設を効率的にまわそうと思えば、介護職の人が何でもやってあげる方が楽なんですが、そうやって「できること」を全部取り上げてしまうのは、人の自尊心を傷つけることにもつながります。
感謝されたいのは誰でも一緒。非効率だったとしても、「自分のことは自分でやりたい」という意思を尊重してさしあげたり、「手伝ってくれてありがとう」と感謝の気持ちをちゃんと伝えてあげたり、そういうゆとりを私たち自身が持つことが大切なんじゃないかと思うようになったんです。
ここで介護の仕事を始めるまでは、マニュアルやルールに沿って働くことがほとんどでした。「仕事は仕事」ってどこか割り切っている自分もいたし。でも、今は自分の工夫次第で仕事はもっと楽しくなると思えるし、仕事をより良くしていきたいという気持ちも芽生えています。

介護の世界で働き続けていくのであれば、いつかは資格を取って、介護福祉士や介護支援専門員などのポジションを目指すのもいいのかもしれない。今はまだ目の前の仕事に一生懸命だから、資格試験の勉強のことまでは考えられないんですけどね(笑)。
いずれにしても、目の前の入居者の方の気持ちにしっかり寄り添って、皆さんが心地良く過ごせる環境づくりに貢献していけたら。そして、いっぱいいっぱい、「ありがとう」って言ってあげたいなって思っています。
取材・文/菅原さくら 撮影/吉永和久 編集/栗原千明(編集部)