職場や家庭の“いらない当たり前”、さっさと捨てちゃいましょ?「思い込み」から脱するためのシンプルな方法【犬山紙子・井上高志・高橋朗・滝川麻衣子】

私たちはつい、「当たり前」にとらわれてしまう。「ずっとやってきたことだから」「皆がやってるから」……「だから私も、やらなくちゃ」。家庭や会社、あらゆる場所で“あるべき姿”に縛られて、息苦しさを感じてしまう。

2019年9月、Twitterで「#しなきゃなんてない」という株式会社LIFULLが仕掛けたキャンペーンのハッシュタグが話題になった。その中でも、イラストエッセイストの犬山紙子さんが投稿したツイートには1.2万以上の「いいね」が付けられ、議論を巻き起こしている。

2019年11月8日、東京・渋谷トランクホテルで開催された『MASHING UP』カンファレンスに登壇した犬山さんは、「このツイートに同意を表明してくれる人も多かった一方で、『自己犠牲なしに子育てなんてできない』『母親になる上での覚悟が足りない』などの批判的なコメントも目立った」と明かした。

犬山紙子

「『子育ては母親が自己犠牲の上でするもの』という思い込みが、いかに根強いものなのかを痛感しました。犠牲ではなく助けを求める事が先に来てほしい、社会や周りの人との助け合い。犠牲の先にあるものは孤立なので」(犬山さん)

テクノロジーの発達とともに、社会環境は刻一刻と変化している。にも関わらず、「あるべき姿」というものは、まだまだ各所でアップデートされていない。では、どうすれば私たちは「思い込み」を外すことができるのだろうか?

イラストエッセイストの犬山紙子さん、LIFULL代表取締役社長の井上 高志さん、アダストリア イノベーションラボ 部長の高橋朗さん、Business Insider Japan 副編集長の滝川 麻衣子さんによる講演に、その答えを求めた。

犬山紙子

写真左から、Business Insider Japan 副編集長 滝川 麻衣子さん/LIFULL代表取締役社長 井上 高志さん/イラストエッセイスト 犬山紙子さん/アダストリア イノベーションラボ 部長 高橋朗さん

子育てに“母親の自己犠牲”ってマストなの?

滝川:犬山さんは、児童虐待の解決にも積極的に取り組まれていますよね?

犬山:はい。児童虐待がなぜ起こるのかを紐解いていくと、いつもその背景には「親の孤立」という問題があるんです。日本のお母さんたちって、孤独を感じている人がすごく多くて。それは一人親だからというわけではなく、夫がいても孤独な人がいっぱいいる。仕事も子育ても一人で頑張ってしまい、誰にも頼れない、相談できないという人たちが大勢いるのが現状です。

滝川:児童虐待のような問題の裏にはこうした母親たちの孤立があり、孤立を生むのは「母親とはこうあるべき」という思い込みによるというご指摘ですよね。

犬山:そうです。児童虐待にはさまざまな要因が絡み合っていますが、そういう面もあると思っています。

滝川:また、母親本人が「人には頼っちゃだめだ」と思っているケースと、周囲が「母親なんだからちゃんとしろ」って完璧を求めるケース、両方あるような気がしますね。一方、「男とはこうあるべき」という思い込みもあるように感じます。

犬山紙子

犬山:そうなんです。うちの夫は自立できるくらいは稼いでいますけど、家で育児とか子育てをやっているというだけで、「ヒモ」ってネガティブなトーンで言われちゃうんです。逆に、女性が家のことをしていても、そんなことってないじゃないですか。「男なんだから弱音を吐くな」とか「父親なら経済的に一家の大黒柱であれ」みたいな、「男だから」「女だから」で語るのってもうやめたいですよね。

あと、「自立」って言葉の意味も変えた方がいいっていうのも強く感じているところでして。

滝川:というと?

犬山:「自立」って、日本だと「他人に迷惑をかけないこと」って認識されてませんか?「自分のことは自分でやる」という意味合いが強いというか。これまで私たちは「大人なら他人に迷惑をかけるな」っていう教育をされてきてしまったので、何だか簡単にSOSが出せなくなっているような気がするんです。それが、親の孤立、母親の産後鬱、児童虐待にまでつながっているように思えてなりません。

子ども服、こんなに作らなくてよくない?

滝川:では、ビジネスの面ではいかがでしょうか?それこそ、会社の中には「
しなきゃいけない」がたくさんあると思いますが、これまでの当たり前に縛られていては、イノベーションは起きませんよね。

アダストリア 高橋

高橋:そう思います。私はいまアダストリアというアパレルメーカーの中で、新規事業を創造する部署にいるんですが、『KIDSROBE(キッズローブ)』という子ども服のシェアリングサービスを今年始めて、なかなか好評でして。

キッズローブ

『KIDSROBE』は、サイズアウトして着られなくなった服や、たくさんの思い出が詰まった服を、クローゼットに眠らせておくのではなく、ユーザー同士でそれらをシェアしながら、皆でひとつのクローゼットをつくりあげる子ども服のシェアリングプラットフォーム。月額980円で好きな子ども用のファッションアイテムを8着レンタルすることができる。汚れたり破れたりしたものは返却不要

犬山:これ、素晴らしいサービスですよね!うちにも娘がいますが、成長がはやいので新しい服を買ってもすぐに着れなくなってしまうからもったいないな、とは思っていて。

高橋:まさに僕もそう思ったんですよ。アパレルメーカーの人なのに「子ども服なんて、買わなくていいし、こんなに作らなくてよくない?」って思ってしまった。だって、一瞬しか着られないわけですから。

滝川麻衣子

滝川:仰る通りなんですが、よく、アパレルメーカーさんがこのサービスのスタートにGOサインを出しましたよね。だって、服が売れなくなっちゃうじゃないですか!

高橋:会社としては、違う業界に新しいことされちゃうよりは、どこよりも先に自社で新しいカスタマーとの接点を持っておいた方がいいと判断してくれた感じです。僕自身は、「いっぱい作って、いっぱい売って、いっぱい余らせる」という、これまでアパレルメーカーがやってきた当たり前から脱却したいという思いもあります。

井上:まさに経営上の思い込みを外したわけですよね。ちなみに、僕の好きな経済学の理論で、「すべての需要と供給が一致すると利潤が0になる」っていうのがあるんですけど、もうこれからの時代はそれでよくないですか? 企業が利益をひたすら追求していくより、シェアをもっと浸透させて、全体調和で皆がハッピーになれる方がいい。そうじゃないと、地球ももう持たないでしょうしね。

「家賃のために働く」本当にそれでいいの?

井上:先程、シェアのお話が出ましたが、僕が理事を務める一般社団法人LivingAnywhereでは、今年の7月から本格的にオフィスと居住の機能が一体となったコミュニティー施設を地方で展開しています。要はこれ、好きなときに、好きな場所に、安く住みたい人向けのサービス。月額25,000円(水道光熱費・通信費込み)で、すべての拠点が使い放題です。

現在稼働しているのは伊豆下田、会津磐梯の2カ所。子どもと一緒に居住することも可能。「2023年までに全国100カ所まで増やすのが目標」と井上さん(写真提供:LIFULL)

現在稼働しているのは伊豆下田、会津磐梯の2カ所。子どもと一緒に居住することも可能。「2023年までに全国100カ所まで増やすのが目標」と井上さん(写真提供:LIFULL)

犬山:えっ、すごい安い……! 住宅費用って大きな出費ですから、そこを一人あたり年間30万まで下げられるってことですよね。

井上:そうです。今って、賃貸で暮らすといっても敷金・礼金だってあるし、保証人がいないとダメだし、「シングルマザーには貸せない」とか、住居にはいろんな制約があることがほとんどでしょ? そういうの全部すっ飛ばして、好きなところに住もうよっていう思いがあって。

世の中には「家賃のために働いています」みたいな人も多いじゃないですか。でも、リビングコストを最小限まで下げることができたら、働く意味がきっと変わっていく。もっと好きなこと、もっとやりたいことをやろうって、一歩踏み出せるようになると思いませんか?

犬山:確かにそうですね!「生きてくために稼がなきゃ」っていう制約が一個外されるだけで、とても大きな変化だと思います。

井上:それにね、LivingAnywhere Commonsで使っている施設はもともと廃校だったんですけど、日本には何にも使われていない廃校が今およそ5000校もあるんです。しかも、年間500ずつ廃校って増えているそうですよ。

LIFULL

犬山:めちゃくちゃ多いですね。そういう施設を活用して、住む人の側はリビングコストを減らしつつ、いろいろな人と交流しながら暮らせるっていうのはすごく魅力的ですね。

井上:住宅ローンもね、これまで多くの大人たちを苦しめてきたと思うんです。住宅ローンがあるから働かなきゃ、会社に勤め続けなきゃって。ありとあらゆる理不尽なことを我慢して。それってすごくつらいことだし、逃げ場がないっていうのはストレスですよ。

それに、最近はAIの発達が目覚ましいじゃないですか。テクノロジーが発達すると、「人間の仕事が奪われる」って悲観論を唱える人もいるけれど、結果的に今のような労働が減って、収入が多少減っても、その分生活コストが今の10分の1くらいになっていたらどうでしょう? それこそ、新しい人生の始まりじゃないですか?

我慢は禁物。言っちゃったもん勝ち

滝川:いろいろなお話を伺ってきましたが、改めて、私たちが「思い込み」を外すためにできることって、皆さんは何だと思いますか?

高橋:やっぱり、まずは違和感を口に出すことからではないでしょうか。私も、「服作り過ぎじゃないですか?」って、会社にいながら思っていたことを、口に出したところ「僕も思ってました」「私もそう思う」って、仲間がどんどんできたんですよ。同じ意志を持つ仲間が集まると、環境を変えるためのアクションも起こしやすくなりますし、言っちゃったもん勝ちだなっていうのは思いましたね。

アダストリア 高橋

井上:そうなんですよね。僕も35歳のときに「俺の人生のテーマは世界平和だ」って宣言したら、こちらから何かしなくても、思いを同じくする人が自然と近づいてきてくれるようになって。結果、『PEACE DAY』というイベントが開催できるようになり、今年のイベントには約7000人が集まりました。

犬山:私の活動もそうですね。SNSで自分の問題意識を発信したら、「私も一緒に何かできないか」って名乗りを上げてくれる人が出てきてくれて。

井上:あとは、口にしたことを思い切ってやっちゃうこと。僕の友人に、サラリーマンで旅行家の男がいるんですけど、彼は「会社勤めの人は滅多に海外旅行になんていけない」っていう思い込みを外して、週末に必ず弾丸旅行に出掛けているんですよ。案外、やってみたらできちゃうわけです。

それと、僕には全盲のカメラマンの友人がいるんですけど、彼は本当にすごい。「どうやって被写体を見ているの?」って聞いたら、「心の目で」って答えるんです。自分の心で「今、目の前の被写体が良い顔してる」て分かったときだけ、パシャリとシャッターを切るんだそうです。目が見えないのに写真なんて撮れるわけないって、普通は思ってしまうもの。でも、自分の心の障壁さえ取ってしまえば、やっぱり案外できるものなんですよ。

滝川:確かにそうかもしれません。自分の可能性を狭めているのは、自分の思い込みなのかもしれない。

滝川麻衣子

井上:私たちは普段、あらゆる制約に縛られて生きています。特に、場所、時間、お金の3つに。でも、その制約が無くなったとしたら……?

少し時間をつくって空想してみるといいですよ。もし、急に2~3カ月会社を休んでいいよって言われたら自分が何をするか。もし明日、100億円が手に入ったら何に使うか。いつでも、どこでも、何してもいいよってなったら、皆さんは何をしますか? そこで思い浮かんだものを、少しずつでもいいから、今すぐやってみるといいと思います。

滝川:少しずつやるっていうのもポイントかもしれませんね。小さな目標をクリアしていく。

井上:はい。ちょっと試してみて、「うわ、これは楽しいな」ってなったら、それが2日、3日と自然と増えて、一生ものの趣味やライフワークになったりするかもしれない。思い込みを外してアクションを起こせると、私たちの人生はより自由で豊かになるのではないでしょうか?

>>MASHING UP

取材・文・撮影/栗原千明(編集部)


イラストエッセイスト
犬山 紙子さん

仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職し上京。東京で6年間のニート生活を送ることに。 そこで飲み歩くうちに出会った女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書き始めるとネット上で話題になり、マガジンハウスからブログ本を出版しデビュー。現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで活動中

株式会社LIFULL 代表取締役社長
井上 高志さん

1968年神奈川県生まれ。LIFULL代表取締役社長。一般社団法人「Living Anywhere」理事。青山学院大学卒業後、リクルートコスモス(現コスモスイニシア)入社。リクルート(現リクルートホールディングス)を経て、97年にネクスト(現LIFULL)設立。2010年東証一部上場。現在、新経済連盟理事、一般財団法人「NEXT WISDOM FOUNDATION」代表理事、公益財団法人Well-being for Planet Earth評議員などを兼任

アダストリア イノベーションラボ 部長
高橋 朗さん

学生アルバイトとしてポイント(現アダストリア)入社。店長、EC担当、マーケティング部門を経て、経営統合を機にアダストリアHD経営戦略部へ転籍。事業統合後、CRM部門の立ち上げを経験後一度退職。イノベーションラボの立上げを機に2017年7月に再入社し現在に至る。オープンイノベーションを通じ新規事業開発を担う

Business Insider Japan 副編集長
滝川 麻衣子さん

大学卒業後、産経新聞社入社。広島支局、大阪本社を経て2006年から東京本社経済記者。ファッション、流行、金融、製造業、省庁、働き方の変革など経済ニュースを幅広く取材。 2017年4月からBusiness Insider Japanで働き方や生き方をテーマに取材