「年収、幸福度最低の1年」なくして天職との出会いはあり得なかった【10X中澤理香さんのベストバランス】
仕事が楽しければ、収入が低くても幸せ? 収入が高ければ、忙しくても幸せ? 幸せに働く「ベストバランス」は、意外と分からないもの。そこで、さまざまなキャリアの転機を経験してきた女性たちにインタビュー。仕事・収入・幸福度の相関関係について調べてみました!
中澤理香さんは現在、小売企業のEC立ち上げをサポートするIT企業・株式会社10Xで広報・人事として活躍する一方、副業で広報支援などの仕事も行う。まさに現代的なキャリアを地で行く人だ。
mixi、Yelp日本支社、メルカリというメガベンチャーを経て順調にキャリアを重ねているように見える中澤さんだが、その初期には「自分の専門性が分からない」という悩みから一度目の退職を選択。年収、幸福度とも「生涯最低の1年」を過ごしている。
しかし、その期間を挟んだことが、後に広報という「天職」との幸運な出会いを引き寄せ、彼女の幸福度の曲線を右肩上がりのものにした。その後、2度目の無職期間、フリーランスを経て、現在の「ベストバランス」を築くに至る。
2度の無職期間は、彼女のキャリアに何をもたらしたのだろうか。
「楽しいこと」と「周囲の評価」が合致した幸運
――大学卒業後、mixiにご入社されています。mixiでのお仕事は、いかがでしたか?
とても刺激的で楽しかったですね。若手でも裁量を持たせる文化でしたし、自由でユニークな先輩方ばかりで、社員同士の仲もすごく良かったです。
ただ、3年半ほど働く中で、任せてもらった新規サービスが中々うまく行かなくて、「このままでは事業を成長させられないな」と行き詰まりを感じたんです。
――その時は転職ではなく、退職をされたんですね。
もともと海外で働いてみたいという気持ちがあったので、直近のキャリアのことは一旦置いておいて、一度リセットしようと思ったんです。
それでフィリピンで語学留学やインターンをしたり、サンフランシスコで起業家が集まるシェアハウスに滞在したりしながら、次に何をしようかと模索していました。
周りからは「アクティブだね」「エンジョイしているね」と言われることもありましたが、周囲は起業を目指す人や留学・出向中などパッションあふれる人が多い中、「自分だけモラトリアムだな……」と不安になることもありました。
そのモヤモヤ感で、一番幸福度が下がった時期でした。
――Yelpに入社してから徐々に幸福度が上がっています。
Yelpはレビューサイトを運営するアメリカの企業なのですが、ご縁があって知り合いから紹介してもらい入社しました。
日本支社の立ち上げメンバーだったこともあり、コミュニティマネージャーという役割でかなり裁量を持って仕事をさせてもらっていました。
「グローバル企業で働きたい」という希望が叶い、仕事内容はもちろん、多国籍メンバーが働く組織の運営・カルチャー面など、多くのことを学びました。
一方で、リモートワークがメインの働き方が徐々に自分に合わないと感じるようになり、1年半でメルカリに転職を決めました。
メルカリへの転職は、会社のフェーズ的にも仕事的にも、自分にマッチしていて幸運な転機になったと思います。
――幸運?
私はメルカリには一人目の広報として入社したのですが、当時私は広報職は未経験。でも、当時私に声を掛けてくれたメルカリ現会長の小泉さんは「広報をやってみない?」と誘ってくれて、チャレンジを決めました。
いざ広報の仕事に取り組むと、元からメディアを読んだり情報発信をしたりすることが好きだったのもあり、とても楽しくて。毎月大きなニュースがあったので無我夢中で楽しく仕事をしていたら、入社半年でMVPをいただくこともできました。
それまで自分の居場所というか、やるべきこと、専門性が曖昧なことに不安があったのですが、広報の仕事は自分の中で「やっていて楽しいこと」と「周囲から評価してもらえること」が初めて合致した感覚があったんです。
そんな仕事に出会えたことで、幸福度が上がったのだと思います。
――グラフを見てみると、メルカリ時代に年収も伸びていますね。
事業・組織が急成長していたこともあり、評価していただけることが増えて非常にラッキーだったと思います。また、会社の方針で、ストックオプションなどのインセンティブ制度もありました。
――年収も幸福度も右肩上がり、という良い状態だったわけですね。
本当に幸運だったと思います。ただ、数年経つとまた状況が変わり、悩むことも増えました。
初期はプレーヤーとして自分が率先して動く立場だったのですが、チームの拡大に合わせてマネージャーを務めるようになると、業務のアサインや評価・育成、他部門とのやり取りなど新たなスキルが必要に。頭を上手く切り替えられず、苦労しました。
また、入社してから4年ちょっとの間に、会社は大きく成長し、社員は約10倍に。仕事の進め方や求める人材、マインドセットなども徐々に変化があり、自分が今ここにいるべきなのか? と、自問自答することもありました。
あえての空白期間に問い直した「本当にやりたいこと」
――そこで二度目のリセットを選ばれたのですね。Yelpに入社する前の無職期間が幸福度の「生涯最低」だったのに、同じ状況に陥る怖さはなかったのでしょうか?
たしかに最初の無職期間は、不安が大きかったです。ただ、今振り返ると、その期間がなかったら私はYelpには入社できていなかったと思うんです。
なぜかというと、普通に転職活動をしていたらアメリカのスタートアップであるYelpが、海外大卒でも外資系でもないベンチャー 卒の若手を雇う理由はないはず。
でも知り合いに紹介してもらえたのは、当時私が身一つで海外に行って語学の勉強をしたり、スタートアップでインターンとして働いたりしていて、周囲からすれば「行動力のある子だな」「面白そうだな」と思ってもらえたのかなと思うんです。
その瞬間は不安でもがいていたけれど、すぐ転職せずに「モラトリアム期間」を挟んだことで、周囲の人から声をかけてもらえるチャンスが増えた。
その影響を考えれば、結果的には良い期間になったと今は思います。だから二回目の退職でも、そこまで不安はありませんでした。
――とは言え、なぜ転職ではなく退職を選ばれたのでしょう?
一般的には、退職する際には次の就職先を決めておく人が多いと思いますが、私は「一回休み」をいれてもいいのではと思っています。
なぜかと言うと、辞める前に次の会社を決める場合、今の職場に対する反動で会社を選びがちだと思うからです。
特に現職に不満がある場合、大企業は疲れたから小さい会社に行こうとか、マネジメントはもう嫌だからプレーヤーになろうとか、「今ある不満がなくなるところ」という思考になりがちだと思います。
ただ、その基準は、長期的に見たら正しくないかもしれない。
なので私自身は、疲弊している状態ではなく、一度まっさらな状態になってから「本当に自分がやりたいことは何なのか」を問い直したかった。
自分にとって一番良い選択をするためには、そういうやり方もアリだと思うんです。
――なるほど。
加えて、一度空白期間がある方が、出会いのチャンスが広がるとも言えます。「退職しました」「次はこんなことをしたいと思っています」と発信するのは、フリーエージェント宣言のようなもの。
自ら探すだけでなく、「自分のスキル・経験を買ってくれる誰か」から声を掛けられる可能性を考えると出会いの機会は増えますし、自分が他者からどのように見えて、評価されているのか、というのも分かります。
「自分のこのスキル・経験は、こんな人にニーズがあるんだな」という新たな気づきは、選択肢の広がりに繋がりますよね。
――ちょっと意地悪な質問ですが、「周りの人が見てくれる」というのは、広報ならではのSNS発信力があるからでは?
小学校時代からインターネットにハマっていたのもあり、昔から日々考えていることや取り組んでいることを、FacebookやTwitterなどに何気なく書いていました。
SNSを使って自分を売り込もうとか、仕事をとろうとか、気負っていたわけではなく、日々なんとなく続けていたという感じですが(笑)
特別な努力ではないからこそ長く続いてたのかなと思いますが、それが結果的にご縁につながることが多いのは、幸運だったと思います。
――発信することに不慣れな人にとってはハードルが高そうです。
頑張ろう! と思ってもなかなか続かないので、あまり難しく考えず、自分が興味あることや取り組んでいることを書くだけでもいいと思います。
あと、私は、自分が調べて知った知識や、「これは誰かの役に立つかもしれない」と思ったことを書いてきました。
例えば、メルカリ時代には『mercan』というオウンドメディアに、広報チームの日々の仕事や体制、イベント・カンファレンスの運営ノウハウなどを書きました。
それらは、自分がやってきた仕事の記録でもあり、同じような境遇にある他の人にとっては参考になると思ったから書き切ることができたんだと思います。
偽ったり、無理して発信したりするのでは意味がありません。本当に自分が興味あることや取り組んでいることを書くことが大事。
それが結果的に履歴書代わりになって、今の仕事につながっているように思います。
年収を理由に仕事の選択肢が減るのは本末転倒では?
――ちなみに、年収を手放すことにも不安はなかったのでしょうか?
まったく不安がないということはありませんが、困ったときは仕事を選ばなければどうにかなるかな、と楽観的に考えていました。
それまでも、収入面の良し悪しは自分にとっては仕事選びの基準ではなかったので、あまり幸福度に影響はないと考えていました。
それと……仕事選びの幅を年収によって狭めるのは、本末転倒になることもあると思うんです。
――「本末転倒」というと?
私は「お金は自由を得るために使うもの」だと思っています。好きな場所に住みたいとか、家族にこんな機会を提供したいとか、お金があることで多くの選択肢から自由に選べることは多くあります。
一方で、好きな仕事ややりたいことがあっても、「現職よりも年収が下がるから」という理由でチャレンジできないケースも世の中にはありますよね。
もちろん生活の維持に必要な年収は人によって違いますが、本来お金は「自由を得る」ために使えるものなのに、「年収が高いから次の仕事を自由に選べない」という状態は、逆に選択肢を減らしてしまっているかもしれない。
それが「本末転倒になることもある」という意味です。
私自身は、自分が楽しくやりがいがありチームや会社にも貢献できる、という状態で働いていれば、評価や報酬は後からついてくるものだと思っているので、退職や転職の決断の際の第一条件には考えないようにしています。
――現在は、副業も続けつつ、企業に属して仕事をされていますよね。
そうですね。先ほど「退職しても幸福度は下がらない」と言いましたが、グラフをよく見ていただくと、フリーランスになったことで実はちょっと幸福度が下がっています。
理由は明らかに一つあって、「チームで働く」という要素が欠けていたからなんです。
外部の人としてただプレスリリースを書くなどの作業をするより、中に入って、一緒に喜びを分かち合うところまでやりたい。私、会社の忘年会とか大好きなタイプなんです(笑)
あと、フリーランスだと、「この案件の金額だと、ここまで作業を請け負ったら割に合わないな」とか考える必要があるのも苦手で……。
やっぱり、お金のことはあまり気にせず、自分がやりたくて周りにも必要とされることを精一杯やっていると、立場や報酬は後からついてくる、というのが私にとってのベストバランスなんだと思います。
取材・文/太田 冴
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