04 OCT/2021

DeNA南場智子「キャリアの寄り道」安心してできる社会へ。“優等生をやめる時”がきている

一社に長く勤めれば安泰という時代は終わり、これからは主体的にキャリアを築かなければいけない時代。そう分かってはいても、一度乗ったレールを降りるのは怖いし、何となく現状維持を選択している人も多いかもしれない。

そんな悩める若手に対し、女性として、起業家として、初の経団連副会長に就任した株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)会長の南場智子さんは、「もっとわがままに、安心して寄り道をしてほしい」とエールを送る。その真意を聞いた。

南場智子

株式会社ディー・エヌ・エー
代表取締役会長
南場智子さん

1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。90年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、96年、マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。99年に株式会社ディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長を務める。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。著書に『不格好経営』(日本経済新聞出版)

レールを外れた人こそ、プレミア人材に

日本の教育は「レール上で誰が一番はやく、上手に走れるか」を競争させる教育です。勉学で評価されてきた人ほどレールに沿ってきていますから、いわゆる優等生ほどそこから外れることを恐れてしまう。

就職もそうです。多くの大企業や官庁では、新卒で入ることが幹部候補になるほぼ唯一の道。チャンスを逃さないように、新卒一括採用の仕組みに乗っかって、みんなが同じように就職活動をしてきました。

私は、新卒一括採用は最悪のシステムだと思っています。背負うものがなくて、一番ハチャメチャにやれて、好奇心も吸収力もある時期に、幅を広げさせない仕組みが日本の社会にはでき上がってしまっている。

一方で、企業が成長してイノベーションを起こすには、文字通りのトランスフォーメーションが必要です。同じ組織に何十年もいる人たちだけでそれができるとは思えません。

生物がみずみずしく生きられるのは分子が入れ替わるからであり、よどみが悪影響なのは会社も一緒。それは世界で競争力を失い続けている日本企業が、皮肉にも過去30年間で証明してきたことでもあります。

私は今年6月に経団連の副会長に就任しましたが、まず変えたいのは新卒一括採用の仕組み。同時に、若い人たちには経営メンバーの半数以上を中途入社者が占める会社を選ぶことを勧めます。

これからは寄り道をしている人を、企業がプレミアを付けてでも探すようにならなければいけません。絶対にそうしていきますから、若い皆さんはぜひ安心して寄り道していただきたいですね。

居場所ではなく「成長できる場所」を選んで

南場智子

個人よりも組織が輝くことを目指す大企業は多いですが、今は個人が輝く時代。組織は個人が輝くためのステージの一つです。

プロジェクトをベースに志とスキルがある人が集まり、達成したら対価を分かち合って解散する。そんな働き方が主軸になるでしょう。

だからこそ、どんな船でもこげて、船が沈んでも海を泳げるように、若い時に自分へ投資をすることが重要です。

大企業は研修制度が充実していると言われますけど、それは決して“角度をつけた成長”をうながすものではないと私は思います。

むしろ自社に適した人材になるような育成をしますから、その会社でしか通用しない人材になるリスクも大きい。一度乗ったレールはずっと続いていくし、乗り続けやすい仕組みにもなっています。

そして、どの会社においても「絶対に安泰」なんてことはあり得ません。もしもその組織でしか泳げない人になってしまったなら、外の世界に放り出されたら溺れてしまう。

それに、大企業の守られた環境でヒリヒリするような成長痛を得ることは難しい。心身ともに自分の力を充実させることを主軸に考えて、自分の居場所を見つけるのではなく、自分が成長できる場所を選んでください。

これは我田引水ですけど、DeNAは本当にいいですよ。練習のノックではなく、最初から本物の打席にガンガン立たせてもらえますから。

そして、優秀な人の起業を本気で後押しするために、デライト・ベンチャーズというベンチャーキャピタルをつくりました。

数年前までは優秀な社員を囲い込みたい気持ちもありましたが、DeNAはみんな優秀だから、大黒柱がいなくなっても次の大黒柱が必ず現れる。

本物の打席に立って仕事ができる環境とセットでデライト・ベンチャーズがあることで、私は心からDeNAを推薦できます。

人間には「貢献本能」がある。働く楽しさを手に入れて

これからのDeNAでは、エンターテインメント事業でつちかったノウハウを社会課題の解決に生かしていこうとしています。

南場智子

サステナビリティーを辛気臭く、リスク回避的に考えるのではなく、志として張り切るか、あるいはハックしてゲームのように取り組む。やるんだったら面白がって、楽しくやりたいものね。

私はこれまで懸命に勉強して知力を蓄えた、努力を知っている若者にこそ、働く楽しさを手に入れてほしいと思っています。

仕事は仕方がなくやるものではなく、プライベートのどんなことと比べても遜色がないくらいに、楽しくなれるもの。仲間と一緒に共通のゴールをつくって、工夫しながら全力で頑張って達成を目指すのは、普通に考えて楽しいことだと思いませんか?

悩んだり、誤解されて辛い思いをしたりすることもあるでしょう。でも、そこからまたはい上がって信頼を獲得したり、成果を出したり……。

ジェットコースターみたいな刹那的な楽しさとは異なる、人生に大きなインパクトを与えるような奥深い喜びがそこにはあります。

失敗しても「次はこう工夫しよう」と紆余曲折するのが面白いし、達成したらおいしいビールが飲める。

たとえ一人でプロダクトを作ったとしても、ユーザーが増えればうれしいし、そのプロダクトによって暗い顔をしていた人が笑ってくれたら最高ですよ。

短期的な利益を出すことは簡単ですが、中長期的に事業を伸ばすには、世の中に誠実に貢献することが不可欠です。そして、人間には貢献本能がある。

何かに貢献することが、奥深いところから湧き上がる喜びにつながります。それを皆さんに味わってほしいと思います。

「コト」にエキサイトする人もいれば、「人」のためなら頑張れるという人もいますよね。どちらも貢献本能が満たされるのは間違いありません。自分を理解し、頑張り続けられる環境を常に選んでください。

そろそろ「自分の尺度」で生き始めましょう

南場智子

そして働くことの究極の意味は、次の世代に何かを残して、世の中を発展させていくことです。

子どもの頃から社会に育んでもらった若者が社会人になるというのは、世の中をベターなものにして、次の世代に渡す責任を負うということ。

そのプロセスは充実感に満ちていますから、既存のレールにとらわれるのではなく、ぜひ自ら味わおうとしてほしい。

世の中から高く評価されている会社で働くことは、そんなに大事でしょうか?

「任天堂のゲームが大好きで、作った人たちを見てみたい」といった自分の内からくる動機は素晴らしいけれど、自らの優秀さを証明したい、親が大企業に就職することを望んでいる、などの動機は他人の尺度でしかありません。

それに、会社に偏差値のようなものがあると誤解しているならば、その偏差値はおそらく間違っています。

皆さんが名前を知っていて「偏差値が高い」と思っている会社は、世界市場で見れば衰退している会社です。

会社名は、所詮ラベルに過ぎません。他人の尺度が変われば、自分の選択は無意味になってしまいます。

とにかく広い世界を見て、自分の価値観の狭さに気付きましょう。コロナ禍でもオンラインを活用すれば、できることはいくらでもあります。

偏差値をはじめ、他人が決めた尺度に従わせるのが日本の教育ですから、周りを気にしてしまうのは仕方がない面もあります。

でも、もう社会人です。そろそろ自分の尺度で生き始めましょう。もっとわがままになっていいと、私は思います。

もう一つ、可処分時間がたくさんあるタイミングですから、何か一つをとことん深める経験も、今のうちにやっておきましょう。

モテたい、麻雀、ザリガニの目玉の研究……何でも構いません。「ここまで掘るのか」という深いところまで探求した経験がある人とそうでない人では、力の差が出ます。

表層的な仕事と、しっかりした仕事の差が分かるようになるからです。

目標は未達成でも、挑戦のプロセスは無意味じゃない

南場智子

最後に、一つお伝えしたいことがあります。それは「うまくいくことだけが全てではない」ということ。

私はずっと目標達成にこだわって仕事をしてきましたし、それは今も変わりません。ただ、それと同じくらい、プロセスそのもので後世に良い影響を残せるのではないかと、ここ数年で思うようになりました。

達成には運の要素が大きく影響します。この間の東京オリンピックもそうですよね。全てをかけて準備をしてきても、風向きや体調など、コントロールし切れない要因でうまくいかないことはあるものです。

特に私は、金メダル候補と言われていながら予選落ちとなってしまった、トランポリン選手の森ひかるさんの今後に注目したいと思っていて。再度メダルを目指すのか、後輩の育成に尽くすのか。

いずれにせよ、失意からはい上がるのは本当に難しいこと。でも、挫折を乗り越えて目標に向かって歩み始めたら、そのプロセスそのものが価値になる。立ちはだかる壁を前にして逃げずに立ち向かう姿は、私にとってヒーローそのものです。

そう考えると、仕事とは生きざまを見せることだとも言えます。

例えば、やるべきことを全てやったとしても、お店の開店日に土砂崩れが起きて潰れてしまうことだってあるかもしれません。

でも、開業という目標に向けて工夫をして、困難に立ち向かったこと自体が自分にとっての充実であり、その姿を見た仲間や周囲の人には、何か大切なものが残るはずです。

たとえ目標は未達成でも、本気で挑んだのなら、そのプロセスは決して無意味なものではない。それは皆さんにも、頭の片隅に置いておいてもらえるといいなと思います。

取材・文/天野夏海  撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 企画・編集/栗原千明(編集部)