ご祝儀貧乏を失くすために起業して分かったこと「会社にいるからこそ知れる自分は絶対ある」/アンドユー代表・松田愛里
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
自分らしさってなんだろう。
パーティードレスのレンタルサービス『ANDYOU DRESSING ROOM』を立ち上げた松田愛里さんは、かつてそんなモヤモヤを抱える一人だった。
彼女の転機は、勤務先の新事業提案制度に応募し、大賞を取ったこと。そこから起業して3年が経ち、胸を張って「今の自分が好き」と言えるようになった。
起業と聞くと遠い世界のように感じてしまうけれど、松田さんが自分らしく、ハッピーな日々を生きられるようになった過程には、「会社員だからできる」ヒントがあった。
「ご祝儀貧乏」という言葉がある現状を、容認したくなかった
私はノバレーゼというブライダル事業を行う会社に新卒で入って、約5年間広報を担当していました。
営業経験もなければ、ドレスを扱っていたわけでもない。そんな私がアンドユーを起業したきっかけは、ノバレーゼの新事業提案制度です。
毎年1回、誰でも自由に事業提案ができる制度で、私も毎年2〜3案を応募していて。毎年200案くらい応募があって、割とカジュアルに参加できる制度だったので、お祭り感覚で参加していました。
パーティードレスのレンタルサービス『ANDYOU DRESSING ROOM』の元となる提案をしたのは、入社4年目。自分が結婚式に参列する機会が増えたことで、女性特有の悩みに直面するようになったんです。
それが「着るもの」と「お金」の問題です。
SNSに写真を上げることも多いから、毎回同じものは着られないじゃないですか。
私自身、兄の結婚式で着たワンピースを同期の結婚式にも着て行ったら、「そのワンピース、お兄さんの結婚式の時も着てたよね」と言われたことがあって。相手は何気なく言ったことでしたけど、「やっぱりみんな見てるんだな」と痛感しました。
同時に、なんだか新郎新婦に申し訳ないような気もしてしまったんですよね。そんなつもりは一切ないのに、同じものを着たことで手を抜いたような感覚になってしまって。
ご祝儀もあるのでドレスにお金はかけられないけれど、あまりチープなものも着ていけない。100%の気持ちで祝福したいのに、心配事が先に立ってしまう。
同じような思いを同世代の女性たちも絶対にしているだろうなと思いました。
そもそも、「ご祝儀貧乏」という言葉がある現状を私は容認したくなかったんです。新郎新婦が「結婚式に友達を呼ぶのは申し訳ない」と思うような状態では、結婚式市場は盛り上がりません。
パーティードレスのレンタルサービスのニーズは絶対あるし、会社としてやった方がいい。そう思い、新規事業として提案したんです。
結局、その年は最終審査で落選してしまいましたが、諦められずに翌年再応募。資料1枚で提出できるところ、熱意を詰め込んだパワーポイント約40枚の資料を提出しました。
その結果、大賞を受賞してしまって。
「今回こそ大賞を取るぞ!」と思ってはいたんですけど、とはいえこの制度で大賞が出たのは私が初めて。正直、私も周りも、大賞が出たことには驚きました。
だから「優勝しちゃった、どうしよう」と、戸惑いも大きかったですね。
コロナ禍で予約はほぼキャンセルに。それでも「最高に楽しかった」
およそ半年の準備期間を経て、2019年4月に『ANDYOU DRESSING ROOM』をローンチ。何かしら自分好みのドレスが見つかるサービスにしたかったので、最初に600着のドレスを用意し、黒字化は2年目以降を想定していました。
ところが、ブライダル業界の繁忙期である春シーズン目前の2020年3月、新型コロナウイルス感染症の影響で結婚式は軒並み延期に。ドレスの予約もほぼ全てキャンセルになりました。
「なんて運がないんだろう」と落ち込みましたが、「また結婚式ができる日に向けて、今できることを考えよう」と切り替えてからは、サイト管理のためにプログラミングを勉強したり、コラムを書いたりと、できることを粛々とやりました。
サービスの立ち上げが決まってから休む間もなく走り続けていたので、「先のことをゆっくり考える良いタイミングだった」と思うようにしています。
結局、その後1年半ほど苦しい時期が続きましたが、2021年秋の挙式数はほぼ回復。当社も11月には過去最高売上となりました。
また、SDGsへの関心の高まりも追い風になっています。結婚式用のドレスは数回しか着ないので、普段着のレンタルサービスよりも利用しやすいようですね。
「自分ができる範囲」が分かったから、より頑張れる
この3年間はコロナ禍の影響もあったし、時間が足りなくて体力的にきつい時期もありました。でも、それを差し置いても楽しさが上回ったなと思います。
社員は私一人なので、「私の成長=会社の成長」です。「今日はこれができた」「予約数が増えた」と、前に進んでいる感覚が毎日あって。事業と自分の成長が日々見えるのは、大きなモチベーションになっています。
私にとっての自分らしさは、「日々、自分を好きだと思えること」。
今は自分がやっていることを誇りに思えていて、それが原動力となり、良いモチベーションで仕事ができる。良いサイクルができている感覚があります。
そうなれたのは、自分自身をちゃんと知れたから。というのも、会社をつくるチャレンジをする中で、「自分ができる範囲」が明確になったんです。
例えば、私は意外とがまん強いことが分かりました。部活や習い事は続けられたことがなくて、コツコツ努力なんて絶対無理だと思っていたんです。
でも、起業したら思ったより根性があったし、努力もできた。「やらなきゃいけないことは真面目にやれるんじゃん。そういう自分、好きだな」と思えました。
一方で、細かいことはどうしても苦手。だから自分の得意なことに100%力を注げるように、私の苦手な業務はアルバイトの子にお願いしています。
個人的には、苦手なことは無理してやらなくてもいいと思ってるんですよ。
だって、苦手なことってやりたくないじゃないですか。どれだけ時間をかけてもギリギリ平均くらいまでしかできないし、それなら自分が楽しいこと、得意なことを伸ばす方に視点を向けたい。
だから私生活の細々したことも、ほぼ全部諦めました(笑)。夫もそれでいいと言ってくれているので、料理もしないし、片付けもしません。
できないことはできないと認められるようになって、得意なことに集中できるようになった。だからこそ、今をハッピーに、楽しめているのかなと思います。
そういう意味では、起業してからの3年間は自己理解の期間でもありましたね。
自分ができる範囲が分かったから、より頑張れる。精神をすり減らすような無理をしなくなりました。
「会社にいるからこそ知れる自分」はたくさんある
振り返ると、20代の時は背伸びをしていたなと思います。できないことを「できる」と思いたがっていたし、「何者かにならなければいけない」という焦りもずっとあって。
特に入社してから4~5年目の頃は、自分がノバレーゼのスタッフでしかないことに引け目を感じていました。ノバレーゼの広報だからメディアにお声がけをいただいているだけだなって。
当時は「広報に配属されたんだから、広報で生きる以外の道はない」と思い込んでいて、「広報として突出しなければ」という思いもすごく強かったです。
凝り固まった頭で、「私の存在価値ってなんだろう」「自分らしさとは?」など、無駄なことばかり考えていたなと思います。
「それ、考えていても分からないよ!」って、5年前の私に言ってあげたいです。
自分を知るには、やっぱり一歩踏み出すしかないんですよね。そして、その背中を押してくれるのは、周りの人たちだと思います。
私が起業という大きな一歩を踏み出す決心ができたのも、尊敬する上司の存在が大きかったんです。
広報チームから私が抜けるマイナスもあったと思うけど、私が大賞を取った時、「愛里だったら絶対できるよ。頑張って」と快く送り出してくれて。
私は大きく人生を変えるようなチャレンジを、進んでやる勇気がある人間ではないんです。だから応援してくれる人がいなければ、多分アンドユーはやっていなかったと思います。
何より、そういう人たちの言葉って偉大なんですよ。同じアドバイスでも、よく知らない人から言われるのとは全然違う。すごく染みるんです。
起業して一人で事業をやる中で、尊敬できる上司や同僚が身近にいる環境はとても大切で、ありがたいことだったのだと痛感しました。
私がお祭り感覚で新事業提案制度に毎年応募していたように、会社の中にも、小さくチャレンジできることは意外と散らばっていると思います。
そうやって新しいチャレンジをした時は、上司や先輩に「私ができていないのはどこですか?」「逆に何ができていますか?」と率直に聞くこともしていました。
小さくでもチャレンジするからこそ、評価やフィードバックがもらえる。「会社にいるからこそ知れる自分」はたくさんあるなと思います。
「今日も私の人生、すごく好きだった」と思える日々を重ねたい
これからの会社の目標は、「結婚式全体の価値を高める」こと。
結婚式に参列する人が心から「最高だな」と思えることが、今後のブライダル業界の価値につながる。そう信じているので、まずは「参列者から結婚式を盛り上げる」ことをしていきたいと思っています。
今の結婚式が悪いわけではないけれど、参列者の視点に立ってみると、窮屈なことが多いのも確かです。
例えば「ストッキングを履くのがマナー」「オープントゥやサンダルは NG」と言われるけれど、今は花嫁がスニーカーを履く時代です。海やガーデンなど、可愛らしい結婚式場もたくさんあるのに、参列者の服装はほとんど変わっていません。
本当の意味で自由にオシャレを楽しんで、ハッピーな空間になってるかというと、そうは言い切れない事実があるんですよね。私はそこを変えたいと思っています。
最近は「ご祝儀袋がバッグに入らない場合はどうしたらいい?」といったご相談をいただくことも増えていて。ドレスにとどまらず、参列者の皆さまの悩みの拠り所になれたらうれしいですね。
一方の私個人はというと、5年後、10年後も、今の自分でいられたらいいなと思います。
代表になった最初の年は、「今日の自分は微妙だったな」と思うこともあったけど、最近は一日が終わった時に「今日も私の人生、すごく好きだった」と思える。そういう生き方を重ねるのが理想ですね。
今の私がそう思えるのは、周りの人や環境のありがたさを自覚したから。20代は視野が狭くて、それを感じ取ることができなかったけど、今は違う。だからこそ、この幸せな感覚があるのだと思います。
取材・文・編集/天野夏海 撮影/赤松洋太
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