20 OCT/2022

「絵本は大人の心の処方箋」仕事に悩める女性にお薦めの良書5冊を絵本セラピストが紹介

いま、絵本を楽しむ大人が増えている。

出版不況が続く中、絵本市場は拡大(出典:KDDI総合研究所)。人気の絵本作家による展覧会や絵本のキャラクターグッズなどを扱う専門店では、子連れに限らず20~30代の女性客が目立つ。

絵本セラピー

絵本の世界をモチーフにしたグッズの企画・販売を行う店舗『EHONS TOKYO(エホンズトーキョー)』が、2021年10月東京・丸の内、22年6月に大阪・梅田にオープン。自分用の絵本や、絵本グッズを購入する大人たちの姿も

さらに、「絵本セラピー(R)」と呼ばれる大人向けのワークショップも働く女性に人気だ。

絵本セラピーの発案者であり絵本セラピスト協会代表の岡田達信さんによると、絵本セラピーとは大人のためのワークショップで、絵本の読み聞かせを通して感じたことを参加者同士で共有することによって、自分の思考パターンや本当に大事にしているものに気付くきっかけになるものだという。

絵本セラピー

大人向けに絵本の読み聞かせを行う岡田さん。「子どもに絵本を読み聞かせているうちに、絵本の魅力に気付き、絵本セラピーに興味を持つ女性が多いですね」(岡田さん)

また、絵本セラピーで自分自身の考え方やあり方を見つめ直すことで、「仕事・キャリアに関する悩みや不安を解消する糸口を見つけられることもある」と岡田さんは言う。

なぜ、絵本が仕事の悩み解消に効くのだろうか? 自宅で絵本を読むことを薦める理由とあわせて、働く女性に読んでほしい絵本を五冊紹介してもらった。

<プロフィール>
絵本セラピスト協会代表
岡田達信(おかだ・たつのぶ)さん

大手ハウスメーカーに新卒で入社し、建築技術者から管理職を経て人材育成業務に携わる。社員教育のために学んでいた心理学や自己啓発と、子どもに読み聞かせていた絵本との共通点を発見し、2007年ワークショップ「大人のための絵本セラピー®」を考案。09年に絵本セラピスト協会を設立。著書に『絵本はこころの架け橋』、『新・絵本はこころの処方箋』(ともに瑞雲舎)などがある

絵本セラピーで知る「同じものを見ても感じ方は人ぞれぞれ」という“当たり前”の事実

絵本が仕事の悩み解決につながる原理を、岡田さんは『りんごがたべたいねずみくん』(ポプラ社)を例に説明してくれた。

絵本セラピー

『りんごがたべたいねずみくん』では、高いところにあるりんごが取れずにいるねずみくんの横で、木登りのうまいサル、空を飛べるトリ、力が強いサイなどの動物たちが次々にりんごを取っていってしまうが、最後にやってきたアシカが鼻先でねずみくんを木の上に飛ばしてりんごを取らせてくれる。

「このとてもシンプルな絵本でも、いろいろな読み方をする人がいるんですよ。『他の動物に頼んで取ってもらえばいいのに』とじれったく思う人もいれば、『自分で何とかしようと努力するから実力も付くし、達成感もあるんだ』と解釈する人もいます。

絵本は、読み手が想像力で補う余地が大きいので、大人は自分の価値観や知識で自由に解釈するのでしょう」(岡田さん)

絵本セラピーのワークショップでは、「同じ絵本を読んだのに、人それぞれこんなに違う感じ方をしているんですね」と驚く人も多いという。

「仕事も同じですよね。一緒に仕事をしている人たちが、自分と同じような知識と考えを持っているとは限らない。でも、ついそれを期待してしまう。『違うのが普通』だと思っていれば、他者に対して『なぜ分かってくれないのか』と憤らずに済みます。

絵本セラピーで『みんなこんなに違うのか』と学ぶことで、職場の人間関係などでストレスを感じにくくなるかもしれません」(岡田さん)

また、ワークショップ形式ではなく大人が一人で絵本を読むことで得られる効果もある。例えば、同じ絵本を何度も繰り返し読むと、気になるポイントが変わっていくこともあると岡田さんは言う。

絵本は自分の心の写し鏡。絵本に書いてあることは変わってないのに、感じることは変わっていきます。

夜寝る前などに同じ絵本を繰り返し読んでみると、今の自分の意識が何に向いているのかを知る手掛かりになるかもしれません」(岡田さん)

仕事の悩み解消に効く絵本5選

続けて、仕事に悩める女性にお薦めしたい絵本について聞くと、岡田さんは次の5冊を紹介してくれた。

いずれも、仕事の本質や、働くことのすばらしさを、さまざまな角度から考えるきっかけになる一冊だ。

【1】つい相手の考えを否定して対立しがちな人へ。『くらやみのゾウ』

絵本セラピー
概要とあらすじ

『くらやみのゾウ』(絵: ユージン・イェルチン 訳: 山口 文生 出版社: 評論社)

ペルシャの詩人、ルーミーの詩をもとにつくられた絵本。大商人のアフマドが、インドから連れてきたゾウを誰にも見られないよう暗い蔵の中に入れる。村人たちは、暗闇の中でゾウの体の一部を触り、「ヘビのような生き物だ」「木の幹みたいな生き物だ」「扇のような生き物だ」とそれぞれ主張して言い争う。でも実際は……?

岡田さん:
「物事の全体像を知らずに、一部分だけを見て『こういうものだ』と決めつけてしまうことって、仕事の中でもありがちですね。

この絵本に登場する村人たちは、自分が正しくて相手が間違っていると主張し合います。確かにそれぞれの情報は間違っていないのですが、それだけですべて分かった気になってしまっています。

仕事でも、自分から見えているのは一部なのです。

違う部分を見ている人は、違う意見を持っているはずですから、自分が正しいと主張するより、お互いに見えているものを出し合って全体像(ゾウ)をとらえるために協力した方が良いと思いませんか?」

【2】「何をしてもダメ?」仕事が長続きしなくてモヤモヤする人へ。『ぐるんぱのようちえん』

絵本セラピー
概要とあらすじ

『ぐるんぱのようちえん』(作: 西内 ミナミ 絵: 堀内 誠一 出版社: 福音館書店)

1965年の発行以来、50年以上たった今でも多くの人に愛され続けている名作絵本。「ぐるんぱ」という名のゾウは、ビスケット屋さん、靴屋さんなど、いろいろな職場で一生懸命に働くものの、どこに行っても大きすぎるものを作ってしまい、職場を転々としていた。そんなある日、子どもたちの相手を頼まれて今まで作った大きな道具で遊んであげると、あちこちから子どもたちが集まってきて、幼稚園を開くことになる

岡田さん:「ぐるんぱのように、自分の特性や特技を生かせる仕事に出会えずにいる人は多いのではないかと思います。

そして、雇い主の期待に応えられずクビになってしょんぼりするぐるんぱと同じく、『またダメだった』と落ち込む人もいるでしょう。

でも、ぐるんぱは以前の職場で作った大きな靴を幼稚園の遊具にしたり、ビスケットを子どもたちのおやつにしたりすることで、彼らを笑顔にできました。過去の仕事で、何一つ無駄なものはなかったのです。

だから、いま仕事が上手くいかなかったとしても、その経験はきっと未来の自分へのプレゼントになっていると思いますよ」

【3】仕事の楽しさがいまいち分からない人へ。『いちにちパンダ』

絵本セラピー
概要とあらすじ

『いちにちパンダ』(作: 大塚 健太 絵: くさかみなこ 出版社: 小学館)

動物を主人公にしたユーモラスな絵本を数々手掛ける絵本作家、大塚健太さんによる人気絵本。ある日、動物園一の人気者のパンダが風邪をひいてしまう。そこで飼育員が目を付けたのがトラだった。飼育員からパンダのきぐるみを渡されたトラは、渋々パンダの代役を務めるが、ポロっと着ぐるみの頭がとれてバレてしまう。お客さんにがっかりされて、悔しいトラが着ぐるみの頭を蹴っ飛ばすと、それが奇跡を起こし、お客さんは大喜び!

岡田さん:「組織で働いていると、『なんで自分がやらなければいけないの?』と思うような仕事を依頼されることってありますよね。飼育員から『パンダになってほしい』とむちゃぶりされたトラも、まさに同じことを思いました。

でもトラは、渋々ではありますが『パンダになる』ことをやってみた。すると、『着ぐるみの頭を蹴っ飛ばすと、お客さんが喜んでくれる』ということを、初めて知ることができたのです。

自分が役に立てることや評価される能力は、自分では気付きにくいもの

仕事でのむちゃぶりを『これは自分の仕事じゃない』『なんで自分がやる必要があるのか』と嫌々こなすより、とにかく思い切って挑戦してみると、意外な楽しみや新しい発見があるかもしれません」

【4】「好きなことを仕事にしたい」けど自信がない人へ。『かさの女王さま』

絵本セラピー
概要とあらすじ

『かさの女王さま』(作: シリン・イム・ブリッジズ 絵: ユ・テウン 訳: 松井るり子 出版社: らんか社)

本作の舞台はタイの山あいの村。そこには女の人が傘に絵付けをするという伝統があり、毎年お正月には、村で一番の絵付けをした人が「かさの女王さま」として選ばれ、その人を先頭に傘行列が行われていた。主人公のヌットも、そんな姿に憧れている女の子。

しかし、傘には「花とチョウ」を描かなければいけないのに、自分が好きなゾウの絵ばかり描いてしまい、お母さんから注意を受ける。仕事中はゾウの絵を描くのをやめたヌット。でも、仕事が終わってから、小さな傘にゾウを描き続け、窓辺に飾っていたところ、それが王さまの目に止まり……。

岡田さん:
「ヌットの家は家業として傘の絵付けをしているため、絵を描くのは楽しみではなく仕事です。傘には『花とチョウ』を描くという村のルールがあるため、お母さんはヌットにもそれに従うよう求めました。

それでヌットは仕事中にはゾウを描かなくなったのですが、プライベートでは大好きなゾウを描き続けたんですね。するとそれが高く評価されたというお話です。

『好きなことを仕事にしよう』と言われますが、それを両立させるのはなかなか難しいもの。それでも、何らかの形で続けていると意外なところで評価されるのです

もし今好きなことを仕事にできずに落ち込んでいても、その必要はありません。今の時代はネットやSNSが誰でも使えますから、あきらめずに気長に世界に発信していれば、いつか誰かの目にとまるかもしれませんよ」

【5】「この仕事で何を得られるの?」というモヤモヤを抱えている人へ。『おたからパン』

絵本セラピー
概要とあらすじ

『おたからパン』(作・絵: 真珠 まりこ 出版社: ひさかたチャイルド)

『もったいないばあさん』(講談社)シリーズで有名な真珠まりこの人気絵本。おたからパンというパン屋さんに忍び込んだどろぼうは、お店の親方に見つかり、「たからが ほしいなら ここで はたらけばいい。どろぼうなんか、もうやめろ」と言われ、パン屋で働くことに。宝がもらえるならと働き始めた若い男は、親方について修行するうちに本当の「おたから」を手に入れていく

岡田さん:
「お宝を盗もうと店に忍び込んだ男は、親方のパン屋でしばらく働いた後、故郷に戻って自分のパン屋を開きます。そして、おいしいパンでお客さんを笑顔にするのです。

この男が修行を通して得た『おたから』とは、おいしいパンを焼く技術だけでしょうか?

私は、それだけではなく親方の生き方や価値観を学んだことも『おたから』だと思います。身に付けた技術や人間性は目に見えないけれど、誰も盗むことができない大切なものですよね。

いまの職場にすばらしい成果を出している先輩や、人間として尊敬できる人はいませんか? 仕事で得られるものはお金だけではないのではないので、その人からたくさん学んでみてくださいね」

絵本セラピー

また、今回紹介した絵本のほかにも、「仕事・働くことに対するヒントをもらえるような絵本はまだまだありますよ」と岡田さんは言う。

「絵本を読んだ感想が人それぞれ違うように、どんな絵本が心に響くかも人それぞれです。『絵のテイストが好き』『ストーリーが面白い』など選ぶ基準は何でもOKなので、書店に足を運んで、ぜひ自分のお気に入りの一冊を見つけて繰り返し読んでみてください」

あなたの特別な一冊が、仕事の悩みや不安にそっと寄り添ってくれる強い味方になりそうだ。

取材・文/柴田捺美(編集部)