1社目で長く働いた女性2名が「他社では通用しないかも…?」な恐怖と無縁だった理由

何を得て、何を失う?
転職時代の「1社で長く働く」を考える

転職してキャリアを築くのが当たり前になった今、同じ会社で長く仕事をする意味って? キャリアの専門家、人事、先輩女性たちの話から「1社で長く働く」を見つめ直そう

1社目で長く働いた女性2名が「他社では通用しないかも…?」な恐怖と無縁だった理由

新卒入社した会社で長く働き続けている中で、「自分の経験は他社では通用しないのでは……」「外の世界でやっていけるだろうか」と不安に駆られることはあるもの。

この不安は勤続年数が長くなるほど膨らみやすく、転職への恐怖心もまた大きくなりやすい。

では実際、新卒入社した会社で長く働いた後に転職した人たちは、一社で積み重ねた経験を外の世界で生かせているのだろうか。

2人の女性の「転職後のリアル」を見てみよう。

広告代理店で7年勤務→マーケターに転職「”何とかできる”自信が財産に」

小木美羽さん(仮名)

小木美羽さん(仮名)

新卒で広告代理店に入社し、広告クリエイターとして7年勤務。その後、人材系企業のマーケターへと転職

新卒入社した広告代理店で、広告クリエイターとして働いていた小木さん。

彼女が7年勤めた後に転職しようと思ったのは、業務にマンネリを感じ始めたことが大きかった。

小木さん

業務の幅は広かったけれど、メイン業務は広告を作ることだったので、次第に新しいことにチャレンジしたいなと思うようになっていったんです。

未経験から新しいことにチャレンジするなら、あんまり遅くなりすぎない方がいいのかなと。

若手社員が多い小木さんの会社では、入社7年目は管理職昇進を意識し始める年次でもあった。

上司からの期待も感じるようになった小木さんは、「管理職ではなく、プレーヤーとして現場で働き続けたい」という思いも後押しとなり、転職を決意した。

小木さん

実は以前にも転職を考えたことはあったんですが、この時は不安が勝ってしまってできなかったんです。自分の実力では外の世界で通用しないような気がしてしまって。

でも今回、不安はほとんど感じなかった。それは7年間仕事をしてきて、「これをできるようになろう」と決めていたことが一通りできるようになり、クリエイターとしてもビジネスパーソンとしても一人前になった感覚が生まれたからだと思います。

周囲からも「小木だったら難しいクライアントも安心して任せられる」と言ってもらえるようになり、実際に難易度の高い案件をしっかり着地させることができた時、「今だったら外でも通用するかもしれない」と思えたという。

小木さん

「たとえ自社で評価されていたとしても、それが他社でも通用するかは分からない」という不安もそんなになかったんですよね。

それは自分のスキルや経験が通用する自信があったわけではなく、「通用しなくても何とかできる」自信があったから

この7年で本業以外にも幅広い仕事にチャレンジさせてもらって実績を残してきました。

知識もスキルもゼロの状態から「何とかできた」経験があったから、転職に踏み切ることができたんだと思います。

小木さんは現在、人材系企業で自社サービスの会員を増やすためのWebマーケティングをメインで担っている。

未経験転職だったこともあり、「もはや何も通用しないだろうという覚悟だった」と振り返るが、新しい業務やツールの使い方を覚え、同僚たちに追い付く苦労があるのは事実だ。

小木さん

もう少し早めに転職していたら違ったかもって思うことはあるけれど、それでも総じて、前職で長く働いていて良かったと思っています。

前に転職を悩んだ時ではなく、このタイミングでの転職がベストだったと思いますね。

そう思える理由は、やはり「自信」にある。

7年間で多様な業界のいろいろな人たちと会い、視野を広げ、なおかつメインの広告制作以外にもたくさんの業務を経験してきた小木さん。

スキルも知識もない状態からできることの幅を広げてきた経験は、未経験の仕事に挑む彼女の支えになっている。

小木さん

未経験の業務と向き合う時も、自分の実力で対応できるか分からない新しい仕事が降ってきた時も、毎回「何とかなるだろう」と思える。

この自信を得られたことは、前職で得た一番の財産かもしれません。

転職して1年がたった小木さん。新卒入社した会社で長く働く上で意識すべきこととして、「今の環境で何かしらの成功体験をつくっておくといいのでは」と答えてくれた。

小木さん

転職していきなり大活躍できるケースはまれだと思うんです。どんなに能力が高くても最初はやりづらいことも多いはず。

そういう時に自分を支えてくれるのは、「できないことができるようになった過去の経験」なんだと思います。

大手銀行で13年勤務→外資系コンサルファームに転職「1社経験が長いことは、有利でしかない」

小林優香さん

小林優香さん

2009年 大手信託銀行に新卒入社。7年営業職に従事した後、商品企画・開発部門に異動。産休・育休を取得後、復職し3年経験を積む。計13年勤務した後、22年4月に外資系コンサルティングファームに転職

大手信託銀行に新卒入社し、営業、商品企画・開発の経験を積んだ後、社会人14年目で初めての転職をした小林さん。

彼女がファーストキャリアに金融業界を選んだのは、「経済の大動脈である金融が変われば、社会が変わるきっかけとなると思ったから」だと話す。

小林さん

金融業界は多くの産業や人に影響を与えるので、さまざまな社会課題の解決につながる仕事ができると思ったんです。

いつか新しい商品・サービスを生み出す仕事がしたいと思っていた小林さんだが、「実際に銀行の商品・サービスを利用する人の気持ちが分からないと、本当に良い商品は作れない」と考え、最初は営業職への配属を希望。

営業として7年間顧客と向き合った後、社内公募制度を利用し、銀行で取り扱う商品・サービスを企画・開発する部署の公募に手を挙げ、異動した。

その後、産休・育休を取得し復帰してからは、プロダクトマネジャーなど責任あるポジションを担いながら、入社当初からやりたかった「新しい商品を生み出す仕事」に従事している。

希望通りの仕事ができて、仕事自体もすごく楽しかったという小林さん。それなのに、なぜ入社14年目のタイミングで転職をしたのだろうか。

小林さん

私がプロダクトマネジャーを務めた新商品がローンチし、その商品が短期間で拡販したことで、自分の中で仕事に一区切りついた気がしたんです。

自分の手掛けた商品の価値を多くの人たちに届ける。簡単なことではありませんでしたが、自分が信念を持って取り組み、ずっと掲げていた目標を達成した時に、「やり切った」という感覚があって

「次は自社の枠を超えて社会全体の課題に向き合う仕事がしたい」「金融業界の変革に貢献したい」と思うようになっていきました。

ビジネススキルを高めて、今よりももっと視野を広げ、社会に貢献するためには、会社の外に出た方がいい。

そう考えた小林さんは、多くの金融機関と関わりがあり、幅広い産業の金融分野にも携われる外資系コンサルティングファームの金融サービス事業部に転職することを決意した。

自分のビジネススキルが他社でも通用するのか。外資系企業のカルチャーになじめるのか。育児と両立できるのか。

そんな不安はあったものの、「ワクワクの方が大きかった」と話す。

小林さん

前職で営業も本部(商品企画・開発)も経験し、それぞれの異なるポジションで自分なりに試行錯誤を重ねながら、結果を出してきました。

だから、きっと新しいフィールドでも頑張れるだろうという自信があったんです。

転職して1年半がたった今、「前職で13年間働いて本当によかった」と笑顔を見せる。

小林さん

同じ金融業界とはいえ、前職と全く同じ仕事をすることはないので、壁にぶつかることはあります。

でも、前職に居た13年間で困難なことにぶつかっても逃げずに、全てを乗り越えながらキャリアを積み重ねてきた。

その過程こそが自信になってるので、頑張れるんです。「今までだって、やってきたじゃん」って。

前職で長く勤めていてよかったと思うことは、それだけではない。

13年も働いていると、上司や後輩の垣根を越えて、いつでも何でも相談できる「信頼できる仲間」ができる。転職時にも温かく送り出してくれた仲間たちの存在は、心の支えになっていると小林さんはしみじみ語る。

小林さん

転職先がコンサルティングファームで、これまで培ってきた金融の知識が求められる部門だったということもありますが、1社経験が長かったことによる弊害は、今のところ一つも思い付きません。有利にしかなっていないですね。

小林さんがそう言い切れるのは、実は前職で1社しか知らない人が陥りがちな「外の世界を知らない」という弊害をつぶしていたことも大きい。

小林さん

前職で商品開発のプロダクトマネジャーを任されていた時、過去の成功体験に自分も社内も縛られ、同じような発想しか出てこないことに危機感があって。

そこで、本当に価値ある商品を作るためには、プロジェクトを推進するリーダーとして何を考え、どのように行動すべきかを学ぶ必要があると考えて、大学院(MBA)に通い始めたんです。

小林さん

商品開発はこれまでとは違う、新しい発想が求められます。

だからこそ、積極的に社外を知ろうとしないと視野が狭くなり、柔軟な発想を起こすことが難しくなる。1社経験しかなく、外の世界を知らない人間であればなおさらです。

大学院で学び、さまざま業界の人たちと交流する中で、自分はすごく視野が狭かったと思い知りました。この時の経験がなかったら、もしかしたら今「弊害は一つもない」なんて言えてなかったかもしれません。

小林優香さん

大学院卒業時の小林さん

1社に長くいる不安を感じているのなら、「その不安を因数分解してあげるといいかもしれない」と小林さんは続ける。

小林さん

不安を漠然と大きくとらえると、何が不安なのか分からなくて怖いけど、不安に思っていることを小さく分解して、具体的に一つ一つ考えてみれば、結構シンプルなんです。

そしてその一つ一つの不安は、私が自発的に社外に目を向けようと思って大学院に通ったように、自分次第で払拭できることもあると思います。

そうやって不安の正体を突き止めて、払拭する方法を考える。それで不安が小さくなるのなら「あせって転職する必要はない」と小林さん。

そうして今の環境でできることを積み重ねていく中で、ビビッときた会社と出会った時にチャンスを逃さなければいい。

小林さん

転職を考え始めた当初は、コンサルティングファームに転職するという考えはありませんでした。

しかし、コンサル出身の恩師からコンサルタントの仕事の話を聞いたことをきっかけに興味を持ち、エージェントからのご紹介で今の会社と出会った時に、ビビッときたんです。

小林さん

ここでなら自分のキャリアを生かしながら、金融業界や社会全体のために貢献できるし、コンサルタントの仕事を通じて、今後の仕事の幅が広がりそうだと思えて。

目の前の仕事と真剣に向き合っていたら、そういう巡り会いもきっとあるんじゃないかな。

新卒入社した会社で長く勤務した後に転職した2人の女性。

「前職で長く働いていてよかった」と話す彼女たちからは、たとえ壁にぶつかってもその環境に留まり、困難を乗り越えてきた自信がにじみ出ていた。

新しい環境に飛び込む不安は誰しもが経験する。初めての転職ともなればなおさらだろう。最初の会社に長くいるほど、住み慣れた実家を出るような心もとない気持ちも湧き上がる。

しかし、2人の女性が1社目で得た自信は、長年同じ会社で働き続けてきたからこそ得られる汎用的かつ普遍的な「武器」だ。

その自信はきっと、この先の長い仕事人生の中で訪れるであろう壁を乗り越える、大きな支えとなり続けるに違いない。

取材・文/光谷麻里(編集部)