なぜメルカリのD&Iは“名ばかり”にならないのか「現場からの反対意見は最高のギフト」
「D&I推進企業」を名乗る企業は数あれど、外からだとその実態は見えづらい。会社の取り組みが現場に根付いている企業には、一体どのような特徴があるのだろう? そんな企業で働くことで、私たちのキャリアはどのように変わっていくのだろうか?
日本で初めてジェンダー平等に関するグローバル認証『EDGE Assess(エッジ・アセス)』を取得した「メルカリ」の事例をもとに、真のD&I先進企業の「現場のリアル」を見てみよう。

自分らしく働き続けていきたいと考えた時に、女性管理職比率や育休取得率向上などの女性活躍推進に積極的に取り組む企業は魅力的に映るだろう。
しかし、実際に働いてみないと現場の実態は見えてこないのが現実。「D&Iの指標となる数値が高い=女性が活躍できる」とは言い切れないかもしれない。
そこで注目したいのが、D&Iのトップランナーとして存在感を増し続けるメルカリだ。
メルカリは2022年12月、ジェンダー平等に関するグローバル認証である『EDGE Assess』を日本で初めて取得。23年には「男女間賃金格差」に関するレポートを公表するなど、「D&I先進企業」としての存在感を高めている。
今回は、メルカリのD&I推進担当者であるガルシア フアンさんとメルカリのESGをリードするサステナビリティチームの山下 真智子さんの2名にインタビューを実施。
国籍やジェンダーなどの属性にかかわらず多様なメンバーが在籍するメルカリの事例から、D&Iの考え方が現場に根付いている企業の特徴をひも解いていこう。

ガルシア フアン(Juan D. Garcia MP.)さん
アルゼンチン共和国出身。美術修士卒業後、フリーランス翻訳者として活動する傍ら、美術大学でも助教授として教鞭をとる。2012年に大学院へ入学するため文部科学省国費留学生として来日。19年にメルカリに入社以来、翻訳通訳チームを担当しながら、「Pride@Mercari」コミュニティーのLeadとしても活動。22年5月にD&Iチームに異動し、D&I課題解決、インクルーシブな社内環境づくりに携わる

山下 真智子さん
2015年メルカリ入社。Culture & Communicaions Teamのマネージャー、2度の育休を経て21年よりESGプロジェクトに参画。サステナビリティレポートの発行や教育プログラムの開発、GHG算出のプロジェクトオーナーを務めたのち、22年10月よりESG経営を推進する経営戦略室サステナビリティチームのマネージャーに就任
D&Iなくして、良いサービスは生まれない
——メルカリではD&I推進企業としてさまざまな取り組みを行っているとのことですが、最近のトピックスを教えてください。
山下さん:大きな動きとしては、今年D&IチームがHR組織から全社戦略を司る経営戦略室へと配置転換されたことが挙げられます。
当社は今年で創業10年を迎え、グループミッションを新たに策定しました。「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」という自分たちの存在意義を言語化したものです。
このミッションに紐づく形で、マテリアリティという会社の重要課題を5つ掲げているのですが、その中の一つに「世界中の多様なタレントの可能性を解き放つ組織の体現」があります。

新しいグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を実現するために、メルカリが掲げる5つのマテリアリティ
●個人と社会のエンパワーメント
●あらゆる価値が循環する社会の実現
●テクノロジーを活用した新しいお客さま体験の創造
●中長期にわたる社会的な信頼の構築
●世界中の多様なタレントの可能性を解き放つ組織の体現
「世界中の多様なタレント」は、まさにD&Iのことであり、D&I推進はグループミッションを達成するために欠かせない要素であるため、経営戦略室に位置付けられることになりました。
——新ミッションを達成していく上で、なぜD&I推進が重要だと考えたのでしょうか。
フアンさん:メルカリのサービスは製造業のように、特定の「モノ」があるわけではありません。
メンバーのアイデアや創造性によって成り立っているサービスだからこそ、「人」への投資が重要なんです。
世界のプロフェッショナルな人材たちを迎え入れることで創造力が生まれる。D&Iが推進されないと、メルカリのサービスはそもそも成り立たないと考えています。
現在、東京オフィスで働く社員の国籍数は50カ国以上で、日本のフリマアプリ事業のエンジニアリング組織の約半数が外国籍なんですよ。

——会社全体でD&Iを重要視しているんですね。
フアンさん:そうですね。さらに言うと、目の前の施策だけでなく、ゆるぎないカルチャーとして長く現場に根付かせていくことを大切にしています。
22年に取得したジェンダー平等に関するグローバル認証である『EDGE Assess』の認証プロセスでも、現状だけでなく、将来に対する継続的なコミットメントが評価対象になっています。D&Iは明確なゴールがなく、終わりなき取り組みが必要なので。
メルカリでは、アクションプランの実現可能性の考慮や、それを踏まえたネクストアクションまで検討しています。メルカリが創業以来、地道に取り組んできたことが客観的に評価された結果の認証取得だと考えています。
現在は、策定したアクションプランを具体的な施策に落とし込み、実行に向けて動き出しているところです。
——今はどんなアクションに取り組んでいるのでしょうか。
フアンさん:最も力を入れているのは、男女間賃金格差の是正です。
今年、平均賃金に男女間で37.5%の格差があったこと、また同じ職種・等級の男女でも7%の差が生じていたことを公表しました。
その後、女性社員の報酬調整をし、この差を2.5%まで縮めています。この取り組みについては、今後も継続していく予定です。
山下さん:社内の賃金格差是正を行うだけでなく、社会に対して「開示」していくことも私たちが重要視しているアクションの一つ。
今回の開示は国内でも前例がなく、一歩踏み込んだアクションができたと感じています。

——ポジションや業務内容の違いでは説明できない男女差にまで踏み込んだのは「勇気ある公表」だと世間で大きな反響を呼びましたよね。なぜ、「開示」することも重要視しているのでしょうか。
フアンさん:「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というメルカリのミッションを実現するためには、メルカリの中だけでD&Iが推進されても十分でないと考えているからです。
社会全体のD&Iを前に進めなければ、このミッションは達成できませんから。
どこまでインパクトレポートに開示するかについては社内でもいろんな意見がありましたし、D&Iチームでも議論を重ねました。開示に向けては全社員にも事前に背景・アクションを共有し理解してもらった上で、社外への公表に踏み切ったんです。
山下さん:取り組みは国会答弁でも取り上げられましたし、社会に一石を投じることができたのではと思っています。
意思決定プロセスを「全員に共有」するから、D&Iが根づく
——メルカリでここまでD&Iの意識が高まったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
山下さん:先ほどの話にもあった通り、グローバルで競争力のある企業になるためには、国内にとどまらず世界中のプロフェッショナル人材を確保する必要があります。
17年頃から外国籍エンジニアの採用を加速させたんですが、組織内で「言語、文化の壁」という課題が生まれて。
この問題を解決するために、有志のメンバーを中心に「D&I部」という部活動が組成されたのが、当社のD&Iの取り組みのスタート地点。
現場から生まれた取り組みで、経営層に向けて地道にD&Iの重要性を訴え続けていきました。
フアンさん:経営層は、最初はあんまりピンときてなかったよね(笑)
でも次第にD&I推進の重要さが認識されるようになっていって、19年に正式な組織として「D&Iチーム」が設置されました。

——メルカリのD&Iの取り組みは現場発信でのスタートだったんですね。当時は経営層への啓蒙が課題だったとのことですが、会社規模が大きくなった今は、逆に現場に浸透させる難しさがありそうです。
山下さん:そうですね。ただ、D&Iチームが経営戦略室直下に配置されたことは、一つ会社の姿勢を示すアクションだったと思います。
フアンさん:それは大きいよね。もう一つ、メルカリでD&Iの意識が現場の隅々にまで行き渡っているのには、意思決定プロセスの「共有の仕方」が大きく影響していると思います。
——「共有の仕方」と言うと?
フアンさん:当社が大切にしているカルチャーの1つに「Trust & Openness」があります。メルカリでは相互の信頼関係を大切にしていて、信頼を前提にしているからこそ、情報の透明性が保たれ、組織もフラットに構築できると考えています。
ですから、意思決定プロセスでも透明性を重要視しています。経営層から一方的に「決定しました」というかたちで施策をメンバーに共有することはあまりありません。
会社として、今はどんな課題に対しどのような議論を重ねているのか。その過程を全社員に伝え、メンバーの意見にも耳を傾けながら、議論を重ねて施策を決めていくスタイルです。
山下さん:経営陣と全社員でコミュニケーションを取りながら方向性を決めていくのは、メルカリの文化だよね。
定期的に議論の場を設けたり、情報へのアクセスの機会が平等に与えられていたりするので、決定した施策に納得感が生まれやすいと思うんです。
——施策を決定する前に全社員で議論をすると、反対意見が出てまとまらなくなる……なんてことはないですか?
フアンさん:もちろん反対意見も出ます。
でも議論の過程で寄せられる反対意見は「ギフト」として受け止めています。経営層が持っていなかった現場の視点を与えてもらえるのは、見落とし防止につながりますし、ありがたいですよね。
山下さん:こういった多様な視点を取り入れながら議論を重ねて、施策に反映させていくのがメルカリのスタイルです。

自分と会社の「Why(なぜやるのか)」が合致する環境を選ぼう
——こうした取り組みを経て、D&Iの浸透や社員の働き方の変化を実感する場面はありますか。
山下さん:働き方に大きな変化はないですが、「意識」の変化は感じます。
フアンさん:D&Iの精神が「カルチャー」として社員たちに根付いた感覚はありますね。
創業から10年目を迎えて、いろいろな制度の活用例が蓄積されていくにつれて、「制度活用は決して特別なことではないんだ」と周囲の社員が当たり前に受け入れるようになったと思います。
山下さん:制度を作っても形骸化してしまったら意味はないですからね。
例えば、当社では男性役員も率先して育休を取得しており、男性育休取得率は91.4%、平均取得日数は80.5日に及びます。
これも、現場が「当たり前」のこととして受け入れているからじゃないかなと。
——山下さんは、ご自身も入社以降2度の産育休を取得されていますが、メルカリのカルチャーの変化は感じますか。
山下さん:私は2017年に出産しているのですが、この時はまだ社内の産休取得者としては2人目で。
「子どもが風邪をひいたので休みます」と言うのも最初はとても勇気がいりましたが、今は当たり前のこととして受け入れられるようになりました。

——いろいろな事情を抱える人がいることが、当たり前になっているんですね。
山下さん:そうですね。メルカリでは女性に限らず「どんなバックグラウンドの人が、どんな働き方を選択しても活躍できる」環境をつくることを大切にしています。
誰しも仕事に集中したい時間帯・プライベートを大切にしたい時間帯があるじゃないですか。そうしたメンバー一人一人の意思を尊重できるよう、柔軟にワークスタイルを選択できる「YOUR CHOICE」という制度も、しっかり活用されています。
——「自分らしく働きたい」と考える女性が、誰もが平等に活躍し、キャリアを築ける環境を選ぶために着目した方が良いポイントがあれば教えてください。
フアンさん:D&Iの取り組みが形骸化していない環境を選ぶためには、「What(どんな取り組みをしているか)」よりも「Why(なぜやるのか)」に着目するといいのではないでしょうか。
事業戦略としての取り組みなのか、組織として真に必要だと信じて取り組んでいるのか、「その会社がD&Iを推進する理由」に目を向けてみる。そこにD&Iの本質が詰まっていると思います。
山下さん:それは大事ですね。
ただ、一つ気を付けたいのは、D&I推進に取り組んでいる会社に入ったからといって、自分らしくキャリアを築けるわけではないということ。
私が自分らしく働き続けていく上で一番大切だと思うのは、「会社が掲げるミッションへの共感」です。どれだけ働きやすい制度や環境が整っていても、会社が目指す方向性に共感できなかったら、長く働き続けるのは難しいと思うんですよね。
だから、転職などを検討するのであれば、まずは自分がキャリアや人生において何を大切にしたいのか——つまり、「Why(なぜやるのか)」を言語化してみる。そして、自分の軸と会社が掲げるミッションがフィットする環境を選べば、おのずと自分らしいキャリアが手に入るのではないでしょうか。

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取材・文/安心院 彩 撮影/小黒冴夏 編集/光谷麻里(編集部)
『D&I先進企業「メルカリ」大解剖』の過去記事一覧はこちら
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