18 JUN/2015

過去の自分を断ち切る勇気ーー全米唯一の日本人漫画家ミサコ・ロックスが語る、30代からの起死回生術

何か新しいことに挑戦したい。そう思ったとき、多くの日本人女性にとってネックになるのが“年齢”ではないだろうか。「30代になったら失敗は許されない」「自由に何でもできるのは、20代まで」。気づいたら、そんな社会の刷りこみにがんじがらめになってしまっている人も多いのでは? でも、世の中には30代から新しいことにチャレンジして夢をかなえた人もいる。「ニューヨークで活躍する日本人女性」に選出され、安倍首相夫妻の懇親会にも招かれた全米唯一のコミックアーティスト、ミサコ・ロックスさんもその一人だ。しかし、ミサコさんがコミックアーティストとしてデビューを果たしたのは30歳のこと。漫画を描き始めたのも28歳からだという。アラサーからのチャレンジでアメリカンドリームを掴んだミサコさんの生き方から、人生を自分の手で切り開くために大切なものを学びたい。

仕事なし、男なし、お金なし
どん底だった20代後半に訪れた転機

過去の自分を断ち切る勇気ーー全米唯一の日本人漫画家ミサコ・ロックスが語る、30代からの起死回生術

漫画家
ミサコ・ロックスさん

コミックアーティスト。NY在住。法政大学在学中に奨学金派遣留学で渡米。卒業後、単身アメリカに渡り人形師、中学校の美術講師、ホームレスなどを経て、30歳で漫画家デビュー。自身の初恋・留学体験を綴った『Rock and Roll Love』がNY公立図書館ベスト・ティーンズ・ブックの1冊に選ばれる。その後、英国漫画誌に連載されていた 『Peach de Punch!』がアジア向けの英語教科書に採用。全米各地で講演やワークショップを開き、その活躍がNHKドキュメンタリー、BBCドキュメンタリー、NYタイムズなどテレビ、新聞、雑誌で多数紹介される。日本では『もうガイジンにしました』、『理由とか目的とか何だっていいじゃん! チャレンジしなくちゃ後悔もできない』(共にディスカヴァー21)を出版

ミサコさんが初めてアメリカへやってきたのは、17歳のとき。父親と一緒に行った卒業旅行だった。再び渡米したのは大学生時代の留学。小学生のころに映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマイケル・J・フォックスに恋をして以来、ずっとアメリカ留学がミサコさんの夢だったのだ。一度は日本で就職活動をしようと思い帰国したものの、アメリカの自由でクリエイティブな空気に心を奪われたミサコさんは、23歳で再度日本を離れることを決意。舞台芸術で身を立てようとニューヨークでアートを学んだ。しかし、その道は甘くはない。一時は住む場所を失い、ホームレス状態で公園暮らしも経験する。その後、中学校での美術講師や美術館の受付バイトをしながら何とか食いつないだ。迷走に迷走を重ねたミサコさんが、漫画家という職業に出会ったのは28歳のときのこと。そのとき、彼女は人生のどん底にいた――。

「当時、私は貧乏ミュージシャンの夫と国際離婚の真っ只中にいたんですよ(笑)。周りには友達も誰もいないし孤立無援の状態。そんなとき、バイト先だった美術館の受付で、現地の子どもが“『ドラゴンボール知ってる?』”って話し掛けてくれたんです。それまで私は日本の漫画がニューヨークで人気だっていうことも全く知らなかった。だけど、よく見たらいろんなところに日本の漫画が置かれている。それで、『これだ!』って自分も漫画家になることを決めました」

突拍子もない選択にも思えるが、「ニューヨークに来ていろいろな仕事を転々としてきたけれど、いつも共通していたのはクリエイティブなことと、若者と接する仕事であることだった」と語るミサコさん。アメリカにおけるコミックがティーン世代を中心とするカルチャーの一つであることを鑑みても、この選択は彼女にとっては理にかなったものだった。

だが、アートに関連する仕事はしてきたものの、漫画を描いたことは一度もない。30歳を目前にして無謀過ぎるチャレンジ。そこにあったのは、「このまま、自分の人生に納得できないままで終わりたくない」という女の意地だった。

「私の実家はもともと公務員一家。親は娘の私にも公務員という安定した道を歩ませたいと思っていました。その反対を押し切ってニューヨークまでやってきたのに私は何も達成していない。そう気付いたら、こんな恋愛や結婚ごときの問題で立ち止まっていられるかって思った。仕事も男もお金もない私には失うものは何もない。だったら恥をさらしたっていいじゃんって気持ちで、何も分からないまま、自分が実際に経験したアメリカ人である元夫との恋愛期を漫画で描き始めました」

これまで散々迷走を重ねてきた分、こんなに面白い人生を歩んできたアジア人は他にいないという自負だけはあった。仕事も男もお金もない自分にとって、今までの人生こそが唯一にして最大の武器になるはず、そう確信していた。

負け犬からの逆転劇!
自分自身で勝負することで道が開けた

過去の自分を断ち切る勇気ーー全米唯一の日本人漫画家ミサコ・ロックスが語る、30代からの起死回生術

だが、道のりはそう甘くはない。はじめは何を描いたらいいのかも分からない状況。収入もすぐには得られない。バイトを6つ掛け持ちし、「自分にしか描けない漫画」を模索しながら、とにかく描き続けた。

デビューを目指して来る日も来る日も出版社に企画を持ち込むも、「NO!」と一刀両断される日々。「自分の分身」とも言えるような大切な作品を否定され、プライドはズタズタに引き裂かれていった。「これしかない」と思って選んだ漫画家への道だったが、「本当にこれで良かったのだろうか」と不安に苛まれる日もあったという。

出版社にオファーをかけ始めてから約1年が経過。その間、デビューの話は1度も出ず、エディターからのきついダメ出しも続いた。しかし、そこでミサコさんの心が折れなかったのは、ある発想の転換法を体得したからだ。

「最初は、『これじゃ出版できない』『全然面白くない』とエディターに言われる度に、自分の人生が否定されたような気がしてしまって、『何てひどいことを言うんだろう』と夜な夜な泣きじゃくっていました。でも、何度も何度も“否定されること”を経験していくと、だんだん自分も開き直ってきて(笑)、私自身と自分の作品とを切り離して考えられるようになったんです。『私の作品がその出版社のスタイルに合わなかっただけ』『私自身が否定されたわけじゃない』。そう考えられるようになったころから、風向きが変わり始めました」

以前は「NO」の言葉に怖気づき、何も言えずに引き返してしまっていたミサコさん。発想の転換ができるようになってからは、自分の作品の何が悪いのか、課題をとことん聞き出し、その後の改善につなげていった。

「漫画家になろうと決めた時から自分なりに研究を重ねて、日本人である私自身の自伝的な作品が絶対にウケるっていう確信はあったんです。アメリカは移民の国だから、海外からやってきた私がアメリカで恋をつかむという元夫とのラブストーリーは、多くの人に希望を与えるはずだって。でも、それを漫画として上手く形にすることができずに、散々ダメ出しをくらっていました。でも、出版社の人から言われたことを素直に受け入れて、作品を直して、また見てもらえるように自分からガンガン連絡して……。その繰り返しで、『これならいけるね』って言ってもらえるくらいまで作品を成長させることができたんです」

「漫画家になろう」と決めてから約2年。ディズニー系列の出版社で、ようやくミサコさんのデビューが決まった。

「このまま何もせずに日本に帰ったら、私はただの負け犬になる。それだけは絶対に嫌だった。だからとにかくカタチにしようって。これがダメだったら他の道なんて保険は、あのころ、一切考えてなかったですね」

今や国内外で講演を開くミサコさんを、自分とは違う選ばれた存在だと思う人もいるかもしれない。けれど、ミサコさんも最初からスーパーレディだったわけではない。私たちと同じように悩みもがき苦しんだ20代があって、今がある。迷走の中でも決して捨てなかった“あきらめない気持ち”――それが道を開く突破口となった。

何かを始めるのに年齢は関係ない
空気を読まず「今までの自分」を立ち切る勇気を!

過去の自分を断ち切る勇気ーー全米唯一の日本人漫画家ミサコ・ロックスが語る、30代からの起死回生術

30歳で漫画家としてデビューを果たしたミサコさんは「何かをチャレンジするのに年齢なんて関係ない」と言い切る。「世間体」や「安定」という言葉に足をとられ、踏みとどまっている人にこそ、その言葉が深く突き刺さる。

「新しいことにチャレンジするときに大事なのは、空気を読まないこと。『アラサーで1からスタートするなんて格好悪いよね』とか、『いい年齢なのに恥ずかしい?』とか言いながら躊躇するのはもったいない。チャンスなんてその間に人にとられちゃいます。私は10代のころに大事な友人をふたりも亡くし、9.11も体験して、“明日がどうなるかなんて誰にも分からない”ってことを悟った。だから、何かやりたいことやチャンスがあるなら、自分からすぐに掴みにいかないと! って思ってるんです」

そしてもう一つ大切にしてほしいのが「断ち切る勇気」。

「30代になると、これまでの仕事で築いた安定した生活もある。それなりに心地いい人間関係もある。でも、とどまってぬくぬくしていると、いつまで経っても自分のやりたいことはできないし、納得のいく人生を送ることができない。新しいことにチャレンジしようというときには、今までの自分を切る勇気が必要なんです。自分勝手にやれば傷つけちゃう人もいるかもしれない。でも、敵をつくることを恐れちゃダメ。敵がいるってことは、それだけ自分の能力が高い証拠。気にせずにやりたいことをやればいいんです」

「これまで築いてきた地位を捨てるなんてダメ」「無謀に思える挑戦は若いうちに」――。私たちが当然のように思っている価値観は、世界基準でみれば決して当たり前というわけではない。そんな狭い常識に縛らず、ワールドワイドに物事を考えれば、視界は一気に開けるだろう。最後にミサコさんは自らがモットーにしている言葉を贈ってくれた。

「“ If you put your mind to it, you can accomplish anything(真剣に頑張れば絶対に達成できるよ)”」

それは、ミサコさんが大好きな映画『バック・トゥ・ザ・フィーチャー』の台詞の一つ。ただ、「納得のいく人生をつかみたい」という素直な気持ちをエンジンに突き進んできたミサコさんらしい座右の銘だ。

何かを始めるときに重要なのは年齢でも経験でもない。信じた道を踏み出すための行動力と、今あるものを無くすことを恐れない勇気。それが自分の人生を納得感のあるものへと変える第一歩となるということを、ミサコさんの人生は教えてくれる。「自分の人生、このままでいいのかな……」そんな漠然とした不安を抱えている人は、まずは自分の固定観念を捨て、やってみたいことを少しずつでも始めてみよう。刺激的で学びに満ちた、新しい世界が待っているはずだ。

過去の自分を断ち切る勇気ーー全米唯一の日本人漫画家ミサコ・ロックスが語る、30代からの起死回生術

【著書紹介】
理由とか目的とか何だっていいじゃん! チャレンジしなくちゃ後悔もできない! ニューヨーク流 自分を解き放つ生き方

著・ミサコ・ロックス/出版:ディスカヴァー21/価格:1,404円(税込)
ミーハーな理由だって、何だって、関係ない!単身NYに渡り、ついには「ニューヨークで活躍する日本人」の1人に選ばれ、安倍首相と面談したコミックアーティスト、ミサコロックスが教える、自分を解き放ち、人生を自由に生きる方法。人生をドラマチックにする 35 のブレイクスルーポイント
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取材・文/横川 良明 撮影/赤松 洋太