医療業界で「市場価値が上がる職場」とは? “異色の研修”で注目のクリニック医師&看護師に聞いてみた【てらお耳鼻咽喉科】
医療業界で働く道を選んだものの、ワークライフバランスが取れなかったり、キャリアアップの機会が少なかったりすることで、将来に不安を感じてしまう人は少なくない。
実際、医療業界の離職率は高く、正規雇用の看護職員の離職率は16.8%にものぼるというデータも出ている(公益社団法人日本看護協会調べ)。
その不安を払拭するためには、まず自分自身の市場価値を上げることも重要だ。つまり「働きやすい環境」だけでなく、「成長できる環境」でもある転職先を選ぶことが必要になるだろう。
そこで今回は、「ビジネススキルが身に付くクリニック」としてホワイト企業認定を取得し、注目を集めている『てらお耳鼻咽喉科』を訪問。理想の環境を実現した同クリニック院長・寺尾 元さんと、現場で働く看護師の堤 愛美さんに、「市場価値の上がる職場選び」について聞いた。

医療法人社団元亨会 てらお耳鼻咽喉科 理事長・院長 寺尾 元さん(写真左)
看護師 堤 愛美さん(写真右)
転職先選びは“結婚”と一緒。条件よりも「価値観」に共感できるか
同クリニックの院長・寺尾さんは、「最高の医療の提供と優秀な人財の創出」を目指し、働きやすく成長できる環境づくりに注力してきた人物だ。その取り組みが評価され、2023年には『ホワイト企業認定GOLD(一般財団法人日本次世代企業普及機構)』も取得している。
そんな寺尾さんに、「市場価値を高める」「長く働く」という二つの条件を実現する職場を探すためには、どのような視点を持つことが必要なのかを聞いてみた。
「まず給与や休暇、残業時間などの条件面だけで転職先を探してしまう人がいますが、それだけでは長く働き続けることはできません。どんなに良い条件を提示されても、人はすぐに慣れてしまい、それが当たり前になると働くモチベーションも感じられなくなってしまうものです」(寺尾さん)

ここで働いていて楽しい、成長できている実感がある、などのやりがいや働きがいを感じることができなければ、働くこと自体が苦しくなってしまうのだと寺尾さんは続ける。
「働く楽しさや喜びを感じられる職場を探すためには、企業理念に着目することがとても重要です。企業理念、つまり会社の価値観が自分と似ていて、共感できる部分があれば、それは心地よく長く働ける環境にもつながるはず。またそこに納得感があれば、前向きに仕事に取り組めますから、自然とスキルやキャリアアップにも目が行くようになるでしょう。
転職先選びで重要な視点は、『結婚の相手選び』と一緒だと思います。お金や肩書きで結婚相手を選んでも、愛情は長くは続きませんよね。それよりも『この人と一緒にいて心地がいい』といった価値観ベースで相手を選べば、何があっても一緒にがんばろうと思えたり、前向きに結婚生活を楽しんだりできるはずです。それは働く環境も同じですよ」(寺尾さん)
転職は、結婚と同じ。そう考えるからこそ、てらお耳鼻咽喉科では、内定後に職場見学と1週間のインターンを経験するプログラムを用意し、お互いに納得した上で入社する仕組みをつくっているそうだ。
「研修」で注目を集めるクリニックに生まれ変わったワケ
てらお耳鼻咽喉科では、医療事務や看護師などのスタッフ向けに独自の研修を設けて「個人の市場価値を高める」ことにも重きを置いている。その内容は経営やマーケティングなど多岐にわたるビジネス研修で、専用のセミナールームまで設けているというから驚きだ。
「スタッフには、どこに行っても求められ、成果の出せるような優秀な人材に育ってほしいと考えています。それこそ“いち看護師”ではなく、“いちビジネスパーソン”として市場価値を高めてもらいたいのです」(寺尾さん)
看護師をはじめとするスタッフが成長できる環境を重視するのは、かつて「クリニックの業績を上げることに注力するあまり、スタッフのケアに目が届かなくなっていた」という寺尾さんの苦い経験から来ている。
「当院は開業してすぐに、数多くの患者さんに来院していただけるようになりました。しかし患者さんが増えれば増えるほど働くスタッフに負担をかけており、その結果、コロナ禍には多くのスタッフが離職。そこで初めて、経営者である私自身に原因があることに気付き、改めて組織づくりについて見つめ直す機会となったのです」(寺尾さん)
そこで寺尾さんは、組織運営を一から学び直しながら考えを改め、「企業の価値は、いくら稼いだかではなく、どれだけ優秀な人材を輩出したかにある」ということに気付いたという。
「どんなに業績を上げても、それはただの数字でしかありません。それよりも、優秀な人材を創出することにこそ、企業としての喜びがあると考えるようになりました。
どんなに優秀な人材であっても、適切な教育を施さなければ、ダイヤの原石もただの石ころです。そこで人材輩出企業を目指すためには、教育・労働環境における抜本的な改革が必要だと考え、働く環境を見直し、教育に力をいれることにしたのです」(寺尾さん)

そもそも医療業界の専門職において、ビジネス視点を育む教育環境は非常に稀だ。現場の業務に追われがちな仕事の特性上、個々の考えた企画を実現したり、その成果を評価したりするような環境はほぼないだろう。
それでも寺尾さんは、マーケティングやマネジメント、リーダーシップなど、ビジネスパーソンとして必要なことを学べる研修を用意したり、AIカメラやWeb予約・問診システムなどのITツールを導入することで残業時間を削減したり、さらには、スタッフの意見をベースにした評価制度をつくったり、さまざまな施策にチャレンジした。
こうした取り組みによって、スタッフたちの意識を変え、それぞれが自分の実現したいことに取り組める環境を整備。ここ数年で離職率も圧倒的に下がってきたと言う。
「誰もが働くやりがいや喜びを感じながら、仲間と一緒にお互いを高め合える楽しさを味わえる。そんなプロフェッショナルな人材が集まる組織に一歩近づけたと感じています。
今後も個人のスキルやキャリアアップに目を向けていきたいですし、これから入社される方にもビジネスパーソンとしても成長してもらいたい。そのために、失敗を恐れずにチャレンジできる環境づくりや、より手厚い研修制度などを整え続けていきたいと考えています」(寺尾さん)
「自分にできること」を考え、チャレンジし続ける大切さ
では実際に入社したスタッフは、どのように市場価値を高めているのだろうか。まずはなぜ、てらお耳鼻咽喉科を選んだのかを、2022年に入社した看護師の堤 愛美さんに聞いた。
「私は新卒で基幹病院に入職し4年勤務した後、看護師としての成長、ワークライフバランスを求めて転職活動を始めました。てらお耳鼻咽喉科を選んだのは、条件面だけではなく、企業理念の中の『縁ある人を幸せにする』という院長の言葉に引かれたからです。
その中には『まずは家族、そしてスタッフを本気で幸せにしようと思っている』と書かれていて、患者さんや社会に対する理念だけではないところが、表面的な言葉ではないと感じました」(堤さん)

入社3年目となる現在は、思ってもいなかったほど自分自身の成長を感じていると話す。
「実は、『ビジネス研修で成長できる』ということに対して、当初あまりピンと来ていなかったんですよ。でも今は、マーケティングやビジネスとしての考え方を学んで、自分の仕事に活かすことの楽しさを感じています。
研修で学んだマーケティングの考え方を活かして、スタッフ全員で患者さまへの提案プランを考えることもあるんですよ。例えば、アレルギー検査の項目追加について『金額は高いけれど、手厚い検査ができますよ』と患者さまの選択肢を広げるような提案をして、結果的にクリニックの売上が上がったこともあります。
医療サービスをビジネスとして捉えて、工夫を重ねていく仕事の仕方は、前職では経験がありませんでした。自分が成長していく実感も楽しいですし、数字で目に見える結果を出すことに大きなやりがいを感じられています」(堤さん)
自分自身のビジネスパーソンとしての価値を高めながら、長く働く。その二つを両立するには、「自分にできることを考え続けることが大切」だと、堤さんは続けた。
「自分に何ができるのか、組織のためにできることはないか。そう考えて取り組み続ければ、看護師という枠を超えて、社会人として成長していけるのだと感じています。
転職する前は、看護師として目の前の業務に追われていましたが、今はより広い視野を持てるようにもなりました。そうやって自分のアイデアを形にして、組織や患者様に貢献する経験の蓄積が、やがて自分の市場価値の高さにつながるのかもしれませんね」(堤さん)
取材・文/上野 真理子 撮影/赤松洋太 編集/大室倫子(編集部)