07 AUG/2024

【辻 愛沙子】「これ、変じゃない?」に向き合うだけで世界は変わる。声を上げるのが怖い人への処方箋

屋外でインタビューに答える辻さん

日々働く中で、「おかしい」「理不尽だ」と感じることがあっても、それを口にすることで「面倒な人」「怖い人」と思われそう、組織の中で評価に響くかも……。

そんな懸念から、自分の本音や違和感にふたをしてしまう女性も多いかもしれない。

辻さん

声を上げることは大切だと思うけれど、どうしても怖いという人は無理をしなくてもいいと思います。

声に出さなくても意思表示をする方法はありますから。

そう語るのは、実業家・クリエイティブディレクターであり、インフルエンサーとしても世の中に意思表示を続けている辻 愛沙子さんだ。

広告や商品プロデュースといったクリエーティブを通して社会に問題提起をする辻さんは、「社会派クリエイティブ」を掲げ、女性のエンパワーメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトも発足。

また、SNSや報道番組のコメンテーターとしても自分の意見を発信するなど、常に“声をあげる”ことを大切にしている。

彼女はなぜ、恐れずに声を上げることができるのか。働く女性が「おかしいことを、おかしい」と言うためのヒントを聞いた。

辻 愛沙子さんのプロフィール写真

株式会社arca代表取締役/クリエイティブディレクター
辻 愛沙子さん

社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワーメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。19年秋より24年3月まで、報道番組「news zero」にて水曜パートナーをレギュラーで務める。多方面にわたって、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している ■XInstagram

「表面上の平等」が声を上げにくくしている

編集部

「面倒な人」と思われたら嫌だな……と声を上げるのをためらってしまう女性が多いのは、なぜだと思いますか?

辻さん

大きく二つ理由があるかなと思っていて。

一つ目は、今が時代の変化の「過渡期」にあること

編集部

過渡期?

辻さん

平等と権利を勝ち取るために闘い、道を開拓してきた女性たちのおかげで、「女には選挙権がない」「女が就業するには家長である男の許可が必要」といったような、かつて存在していた直接的な女性差別は減っているように思います。

一方で、いくら法整備や建前としての平等が進んだとしても、未だ意識の上での偏見や差別は色濃く存在しているし、賃金格差や正規雇用の比率など実態としてのジェンダーギャップもまだまだ残っているのが現状です。

辻さん

だからこそ、その板挟みの中に置かれた現代の女性たちは、そのジェンダーギャップを構造上の問題ではなく個人の意欲の問題に矮小化されてしまいがちだと思うんです。

法整備が進み、表面的には平等を掲げる企業も増えている中で、実態として目の前に “女だから”という壁が存在していても、かえって理不尽や不満を表明しづらくなっているようにも思うんです。

「いや、もう時代は平等だから」って言われちゃうんですよね

編集部

なるほど。まさに変化のはざまにいるからこその問題ですね。

辻さん

男女差別が色濃かった昭和初期を描いた連続テレビ小説『虎に翼』が多くの女性たちの共感を呼んでいるのは、まだまだ女性が置かれた境遇が変わっていないことの表れなんじゃないかな

昭和の家父長制に基づいたステレオタイプな家族観がある中でさらに「仕事も家庭もしっかりやれ!」と言われるわけで、私たち20〜30代は別のしんどさを抱える世代だなと思います。

インタビューに答える辻さん
編集部

女性たちが声を上げづらい理由の二つ目は何でしょうか?

辻さん

教育環境による影響が大きいのではないでしょうか

私は中学時代をスイスで過ごしたんですが、人種も言語も性別も宗教もまったく異なる、多様なバックグラウンドを持つ人々が集う環境でした。

辻さん

朝、必ずお祈りをしてから学校に向かうルームメイトもいたし、セクシュアルマイノリティーであることを両親や友人にカミングアウトしている友人もいました。

「人は違うのが当たり前」という環境だから、自分がどう生きたいのかを表明する必要があるんですよね

編集部

子どもの頃から、意思表示をすることが当たり前の環境なんですね。

辻さん

一方で日本の学校は、どうしても同質性が高くなりがち。制服や髪の毛の色ひとつとっても、同じことを是とする教育風土があるように思います。

その結果、ルールは自分たちで考え声を持ち寄りアップデートしていくものという考え方ではなく、「それはそういうものだから」と現状維持バイアスが働いてしまい「 “みんな”ではなく“自分”の意見を言うのはおこがましい」みたいな考えを持ちやすいんじゃないかなと思います。

辻さん

日本は調和を大切にする風土でもあるので、それ自体は平和的ですてきな部分もあると思うのですが、一方で「違い」をポジティブに捉えられないという点も影響しているかもしれません。

編集部

自分と違う意見に対して、ネガティブな感情が湧いてしまいやすいと。

辻さん

そうですね。女性が自らの権利を主張したり違和感を表明したりすると、攻撃していると捉えられて「怖い」「面倒くさい」と思われる。

「フェミニズム」は本来「男だから」「女だから」といった両方に向けられるそれぞれの規範や抑圧を無くして個々人が自由に生きられる社会であるための運動を指すのに、「男性vs女性」という二項対立で捉えられてしまう。

国連で#HeForSheと言うキャンペーンがあるように、男性も一緒に考えていくことが次のステップで必要なのではと思うんです

編集部

なるほど。

辻さん

数年前、SNSで「わきまえない女」というハッシュタグをつけて意思表示をするのが一種の運動として話題になりましたが、それだけ普段は自らの声を抑圧させられている女性が多いことの裏返しでもあると感じました。

「身近な人に意見を言う」の威力はすごい

編集部

なかなか声を上げづらい社会で、女性たちはどのように意思表示していけばいいのでしょうか?

辻さん

私は、身の周りの小さな範囲、例えば「半径5メートル」に向けて発信することから始めるといいんじゃないかと思うんです。

誰でも「社会」という得体の知れない大きな存在と闘うのは怖いし、闘い方も分からないじゃないですか。

編集部

半径5メートル、というと?

辻さん

まずは家族や友人、パートナーなど身近な人に対して「おかしい」と思ったことがあれば、伝えてみてください

「直接届く声」の力って大きくて。顔の見えない不特定多数に対する影響力が、フォロワーやインプレッションという形で可視化されがちな社会ですが、身近な人同士で直接声を届けたり対話できる関係の価値ってすごく高いんじゃないかと思うんです。

編集部

SNSで社会に向かって発信する方が影響力がありそうって、つい思っちゃいます。

辻さん

分かります。でも実は一人一人が自分の中の違和感や思いをなかったことにせず、身近な人と共有しあったり対話して共に考えていくことの連鎖こそが、社会を変えていく。

何も大きな声で社会に向けて表明しなくても、まずは自分の目の前にいる人にどうやって声を届けるのかを考えていくと、自分の声や思いを大切にしていく感覚が少しづつ養われていくように思います。

インタビューに答える辻さん
編集部

辻さんはSNSで体調不良を公表していましたが、周りの人に「体調が悪いこと」をがまんせず伝えることも「半径5メートル」の発信の一つになりそうですね。

辻さん

そう思います。私は「弱さの開示」は積極的にするようにしていて

「男女平等」と掲げられる中で、肉体的にも精神的にもタフでいなければ、という強迫観念にも似た考え方があるような気がしているんです。

「強い、マッチョな人しかこの社会で生き残れない」みたいな。

辻さん

でも、女性は生理痛やホルモンバランスの乱れなど、自分の思い通りにパフォーマンスが出せない場面って少なくないですよね。

そしてそのゆらぎはきっと女性の身体由来のものだけじゃなく、子育てや介護や自身のメンタルなど、誰にでも起こりうるものなんじゃないかなと思うんです。

だからこそ、弱さや痛みを開示できない社会って、全ての人にとって生きにくくなってしまうと思っていて。

編集部

たしかに。

辻さん

そう言いつつも、組織の中での弱さや痛みの開示って、つい遠慮したり及び腰になってしまうもの。

だからこそ、私はまず会社の代表である自分自身から、社内のメンバーにも、世間にも、自分の弱さも含めてさらけ出すようにしています。

編集部

ただ、職場となるといろいろ考えてちゅうちょしてしまう女性も多そうです。

声を上げたら評価に響くかも、生理痛でつらいって言ったら「これだから女は」と思われるかも、とか……。

辻さん

その気持ちもよく分かります。

そんな時は、声を上げたとき「どんな悪影響が出るか」「何を失うか」よりも、得られるものを考えてみるのがいいかもしれません

インタビューに答える辻さん
辻さん

私も過去には、「この発言をしたら、めちゃくちゃ大きい案件を失注するかもしれない」なんてことがありました。

でも、おかしいと思ったことを飲み込んで表面上で向き合うことは誰にとっても良いことではないと思ったので「もしこれでダメだとしても、どちらにせよいつかうまくいかない時が訪れる。であれば早めにそれがわかった方がお互い齟齬が起こらないし、その時はまた別の案件に向き合う時間が増えたということだ」って思うことにして。

辻さん

そうしたら結果的に自分のスタンスを表明することになって、逆に自分たちにとって本当に良い仕事が舞い込んでくるようになったなって思います。

編集部

結果的に、失ったものより得たものの方が大きかったんですね。

辻さん

もちろん黙っていたら生まれなかった苦労も多少あったかもしれないけれど、それ以上に大切な出会いが入ってくるようになりましたね。

編集部

声をあげたことで得られるものって、例えばどんなことでしょうか。

辻さん

例えば、セクハラがあった時に、それを笑顔で受け流す方がその場では波風立たずに済むかもしれません。

でも、それでは同じことが自分やまた別の人に起こるかも知れない。

編集部

たしかに、そうですね。

辻さん

直接相手に対して言えなくても、自分のできる範囲で声をあげることで、この人は、この環境は、それを許さないんだという空気が少しづつ出来上がっていく。

たとえすぐに環境が変わらなくても、誰かがあげた声は、決してなかったことにはならず誰かの心に残るものです

辻さん

その声が相手への意思表示になるだけでなく、心の中で同じように違和感を持っていた人と通じ合えるきっかけになることも。

何かと戦うのではなく、その場に声を残していくという感覚が大事かもしれません。

編集部

頭では分かっていても、やっぱり不利益があるかもと思うと、勇気がいるなと思ってしまいます……。

辻さん

人それぞれ抱えている背景や事情がありますからね。環境によってはそれが難しい場合もあるかと思います。

その場において声を上げることによるマイナスの影響の方が大きそうだと思うならば、無理に声をあげなきゃと自分を追い込む必要もないと思います。

大丈夫。表に出すことだけが「意思表示」じゃないですから

インタビューに答える辻さん

声に出せなくても「違和感を持った」自分を大切にできればいい

編集部

声を上げない「意思表示」とは?

辻さん

誰かが声を上げた時に、それに賛同するかたちで意思を表明できるよう心の中で「私はこう思う」と旗を立てておければ十分かなと思います。

編集部

いつか来る日のために、準備をしておくと。

辻さん

そのためにも、違和感を抱いた自分に自覚的になってほしくて。自分の心の声を無視しないであげて欲しいんです。

日常生活を送る中で「おかしい」と言えなかったり、違和感を飲み込んだり。そんな経験が積み重なっていくと、「本当の自分は何を求めているのか」を見失ってしまうこともある気がしています。

だから違和感や憤りを「なかったこと」にするのではなく、「憤りを感じた」ことをしっかり受け止めて、その感覚を大切にしてほしい

辻さん

それで、いつか口に出せるタイミングが来たら、自分からでもいいし、誰か旗を揚げている人に寄り添ったり連帯したりしてみる。そんな意思表示のやり方や闘い方もあると思っています。

そんな風に自分の心の声を大切にする女性たちを応援したいなと思って、実は今、闘う女性たちのための「スーツ」を作っているんですよ。

編集部

スーツですか?

辻さん

スーツには、仕事に向き合う自分を奮い立たせてくれる役割があると思っているんです。

でも、スーツはもともと男性の文化として生まれた起源があり、中々女性スーツの文化は育ってこなかった。今女性向けに販売されているスーツは、動きやすさよりシルエット、審美性が重視されているものが多いんです。

働くことよりも魅せることが優先されているデザインだと感じることもあります。

辻さん

ポケットの数も男性もののジャケットと比較すると少ない場合が多く、ウエストラインやヒップラインなど、過度に曲線を強調したデザインが一般的ですよね。

女性に課されたジェンダー感、いわゆる“女性らしさ”の固定観念が仕事着にも表れているように思います。

編集部

たしかに。

辻さん

だから私たちは、誰かに魅せるためのスーツではなく、女性たち自身のためのスーツを作りたいと考えているんです。

女性たちが働く上で心地良いと思える機能を備え、かつジャケットの裏地、自分にしか見えない部分に、自分をエンパワーメントしてくれるメッセージを選んで刺繍で入れられる、そんなスーツを企画開発していて。

働く女性たちが何かと向き合わなければいけない時、声を上げなければいけない時に、心を強くしてくれるお守りになればいいなと。

そして、そのスーツを着ることが、不条理な社会に対する一種の「意思表示」になればいいなと願っています

手ごたえがなくても、社会は確実に変わっている

編集部

辻さんはいつも恐れずに声を上げている印象ですが、しんどくなることはないですか?

辻さん

もちろん、ありますよ!

理不尽なことや誰かが痛みを感じているなと思うことに対してはもちろんできる限り声を上げたいと思っています。

でも、「今はその元気がない……」という時だってもちろんありますし、エネルギッシュな時もあればそうでない時も全然普通にあります。

編集部

意外です……!

辻さん

あとは、いつも声を上げているようなイメージを持たれることもあるんですけど、あんまり日常でイライラしたりすることがないタイプなので普段はほとんど怒ったりすることもなく、意外と穏やかな日々を過ごしてます。

誰かが声を上げないと、なかったことになる痛みや理不尽があるから声を上げているだけで、身の回りは結構平和な感じなんです。声を上げている人ってそれだけで怖がられたりするので、なんだかなーと思う時もありますが(笑)

編集部

そうだったんですね。

辻さん

自分の心にできるだけ素直でいたいので、自分にできることがある時は声を上げますが、今自分も弱っているなと思う時は、無理しないことも大事にしています。

社会は「持ち回り制」ですから

編集部

持ち回り制?

辻さん

自分ができない時も、他の誰かがきっと声を上げている。過度に力まず周りを見渡すと、同じ思いを持っている人ってたくさんいるんだな、一人じゃないんだなと感じるんです。周りを信じることも大事なんじゃないかなと。

代わりに、自分に心身の余裕がある時は出来る限り声を上げていく。社会はそう簡単に変わらないからこそ、全部自分一人で背負わなくていい。

周りを信じて、自分の気持ちも大事にしながら生きていくことも大事だと思っています。人生は長距離走ですから。

インタビューに答える辻さん
編集部

周りを見渡してみると、同じ思いを持つ仲間は身近にいるのかもしれないですね。

辻さん

そう思います。だから今、生活が苦しかったり、仕事や子育てで疲弊したりしている人は、まずは自分のことを大切にしてほしいです。

それも大事な役割だし、自分はできていない……と後ろめたく思う必要は全くありません。

そして自分にできる時があれば、その時立ち上がればいいと思います。

編集部

「声を上げてもどうせ変わらないんじゃないか」と感じている人もいると思います。そんな人に向けて、どんな声を掛けたいですか?

辻さん

悲観的に聞こえるかもしれませんが、差別もハラスメントも不均衡もない社会になるには、ものすごく時間がかかるかもしれません。

でも同時に、「一歩ずつ未来は変えられる」ことを歴史が証明しているから、希望も持っているんです。

辻さん

例えば女性が選挙に行き、政治に参加できているのは、過去に「婦人参政権」を勝ち取るために長い年月をかけて闘ってくれた人たちがいるから。

東京オリンピック開催時の森元首相の女性蔑視発言がきっかけで人々が声を上げ、「ジェンダーギャップ」への社会的関心がより一層高まったように、一見ネガティブに見える出来事が、社会を前に進めることもあります。

編集部

何も変わっていないように見えて、後から振り返ると転換点になっていることもありますよね。

辻さん

そうですね。だから、その時手ごたえがなかったとしても、声を上げることは決して無駄じゃない

何かを変えることだけでなく、誰かが「一人じゃないんだ」と思えることも、声を上げることの大きな意味だと思います。

表に出れば誹謗中傷を受けることも多少ありますが、一緒に旗を立ててくれている人たちがたくさんいるので、一人で闘ってる感覚も全くないんですよ。

編集部

先ほど話に出た「自分から声を上げられないけれど、心の中に旗を立ててる人たち」ですね。

辻さん

そう。だから、実は全然しんどくなくて。同じように、自分のちょっとした声や応援が、誰かを支える力になれたらいいなと思って続けている感覚です。

編集部

辻さんを勇気づけているのは、まさに「先頭に立って声を上げる」以外の闘い方をしている人たちなんですね。

辻さん

本当に。

今、職場や社会の理不尽や納得いかないことにモヤモヤしている人たちも、違和感をごまかさず、自分の中に持ち続けていれば、いつか必ず意思表示できるタイミングが来るはず。

そしてそれは、未来を変えることにつながると思います。あなたは決して一人じゃないから

屋外での撮影、笑顔の辻さん

取材・文/安心院 彩 撮影・編集/光谷麻里(編集部)