「会社制度に左右されない」妊娠・出産の備え方って? 20代のうちに身に付けたい二つの力【矢澤麻里子】
妊娠・出産を経ても仕事を続けるのは当たり前になった。
とはいえ、その難易度や働き方は職場環境によって左右されるところも大きい。会社や部署によっては前例がなかったり、制度が整っていなかったりすることもある。
そこで注目したのが、女性起業家。
会社の代表という換えが効かない存在である彼女たちには「会社環境に左右されない、妊娠・出産の備え方」のヒントがあるのでは……?
まさに起業家が持つアントレプレナーシップ(起業家精神)がヒントになると思います。
そう話してくれたのは、会社設立前後のプレシード・シードステージのスタートアップを中心に支援を行う、Yazawa Ventures代表の矢澤麻里子さん。
数々の女性起業家を支援してきた彼女に、将来の妊娠・出産に向けて、20代のうちに身に付けておきたい力について聞いてみよう。

Yazawa Ventures Founder/CEO
矢澤 麻里子さん
ニューヨーク州立大学を卒業後、ソフトウエアベンダーを経て、サムライインキュベートに転職。スタートアップ70社以上の出資を経験後、米国Plug and Playの日本支社立ち上げおよびCOOに就任。出産を経て、2020年Yazawa Venturesとして独立
妊娠・出産の備えにアントレプレナーシップが必要な理由
会社員女性が「会社環境に左右されない、妊娠・出産への備え方」を考える上で、なぜアントレプレナーシップ(起業家精神)がヒントになるのでしょう?
前提として、妊娠・出産の準備って難しいんですよ。何が起きるか分からず、突然明日から入院することだってあるわけです。
そもそも会社によっては女性社員の妊娠・出産の前例が少なかったり、環境が整っていなかったりすることもありますよね。
そういうときに目の前の課題を解決しようとする姿勢が、まさにアントレプレナーシップなんです。
具体的には、どういう力でしょうか?
アントレプレナーシップにはさまざまな要素がありますが、妊娠・出産への備えという意味では「精神力」と「実行力」を意識するといいですね。
それぞれ詳しく教えてください。
20代で身に付けたい力1. 精神力
タフな精神力は、自分を幸せにする力でもあります。妊娠・出産に限らず、20代で鍛えられるといいですね。
仕事も子育ても落ち込むことはたくさんあるけれど、自分を責めすぎない。楽観的に考えることが大切です。
そのためには「悩まない」こと。悩むのではなく、「考える」ことをしましょう。
「悩む」と「考える」は何が違うんですか?
「悩む」は「どうしようかな」と思っているだけの状態ですが、「考える」は状況を見極め、どの選択肢がベストか検討する行動です。
悩んでいる時は、ひとまず自分の中で答えを出す。違ったら後から修正すればいいですから。
それを繰り返していくうちに、「悩まない」ができるようになっていくと思いますよ。
「不安だな」と悩むのではなく、「不安の原因は何か」「どうすれば解決するか」と考える方向に切り替えるわけですね。
私自身、授乳中にSNSを見て「みんなすごいな」と焦ったり、「あれがやりたい」と脳みそだけ回るけれど手が動かなかったりすることがすごく不安で……。
近視眼的になるとできないことに目がいきやすいので、長期的な視点を意識して「今は仕方がない」と割り切ったり、SNSを見ないようにしたり。
そうやって自分が悩まないように切り替えるには、まさに精神力が物を言います。

精神の安定には「パートナーとのコミュニケーションも重要」と矢澤さん。「自分が望む働き方やキャリア、家事や子育ての分担、夫の働き方をどう変えるか。二人で話す時間を設け、曖昧にしないことが大切です。時間を確保するために、家事代行や、出産後であればベビーシッターをぜひ利用してください」(矢澤さん)
メンタルが弱い場合はどうしたら……?
大丈夫、鍛えられます! 信じてもらえないでしょうけど、私も若い頃はメンタル弱々だったんです。
でも、仕事で忙しい毎日を一生懸命過ごしていたら「気にしてたらキリがないな」って境地に至る日が来ました(笑)
そんな境地が……!
そう考えると、体力と時間があってむちゃが効く20代が精神力を鍛えるチャンスかもしれないですね。
自分を励ます言葉をストックして、自分を鼓舞しながら進んでいけるといいと思いますよ。
私が心によく思い浮かべるのは、「5年後はみんな覚えてない」です。
失言しちゃったかも……など、今でも落ち込みそうになることは多々ありますけど、常にそう思うことで自分を勇気付けています。
20代で身に付けたい力2. 実行力
もう一つの「実行力」はいかがでしょう?
実行力は、プロジェクトマネジメント能力とも言い換えられます。いつまでに何をやらなければいけないのか、逆算思考でプランを組み立て、やり切る力ですね。
子育て中は想像以上に時間がないですから。
どうすれば20代のうちに実行力を身に付けられますか?
目の前の一つ一つの仕事を地道にやり切ることですね。
ギリギリで動くのではなく、「この作業をこの日までに終わらせる」と自分でスケジュールを立てる。
そして「多少遅れてもいいだろう」ではなく、ちゃんとやり切る。
そうやって積み重ねていくしかないと思います。
今回のテーマは「会社環境に左右されない、妊娠・出産の備え方」ですが、自分が働きやすい環境をつくる意味でも、実行力は鍵になりそうですね。
まさにそうです。
「この人に先に話して、根回しをしてからあの人に話そう」「このタイミングでチームに妊娠のことを伝えるから、それまでにここは整理しておこう」
こういった逆算思考は実行力のたまものであり、それを支えるのが精神力です。

もし妊娠・出産の前例がない会社にいるのであれば、諦めるのではなく、自分が前例を作る意気込みを持っていただきたいですね。
より良い環境を求めて転職したとしても、仕事と子どもの両立問題は続きます。どの会社でも、大なり小なり同じ課題に直面するもの。
そこに対して、リーダーシップを発揮して環境を自ら改善した経験は、どの会社でも通じる普遍的な力になります。
前例をつくるのは大変だけど、長期的な自身の成長や働きやすさにつながるわけですね。
ただ、申し訳ない気持ちになっちゃいそうな気もします……。
よーく分かりますが、その気持ちは子どもが生まれたらもっと強くなります。妊娠中の申し訳なさは序の口かもしれません。
前例をつくり、環境を整備することは、結果として組織や他の女性社員のためになります。自分のためだけではなく、会社にとって必要なこと。
そう言い聞かせてやり抜くことで、実行力に加え、組織を動かすリーダーシップも身に付いていく。それは今後のキャリアの大きな武器にもなるはずです。
迷惑がられたらどうしようって不安もあるなぁ……。
これはぜひ覚えておいてほしいのですが、皆さんが考える以上に、会社は皆さんに長く働いてほしいと思っているんですよ。
成果を出している人はもちろん、仕事を滞りなく進められたり、周囲と関係性を構築できていたりする人には辞めてほしくないんです。
「自分がいなくても大丈夫だろう」「必要とされていないかも……」と自分を過小評価している人もいますけど、そんなことはありません。
仮に上司やチームの先輩から嫌な顔をされたと感じることがあったとしても、会社全体という視点で見たらそうではないと。
今は各社がダイバーシティを意識していて、上場企業であれば人的資本の情報開示が求められています。
女性比率や産休・育休取得率なども重要な指標であり、大半の企業は妊娠・出産後に戻ってきてほしいと思っている。
それは誰が見ても明らかな時代の流れですから、自信を持っていいと思いますよ。もし経営層が嫌な顔をするようであれば、転職を考えてもいいくらいです。
将来子どもを持ちたい20代女性は「不安で当たり前」
「将来子どもがほしい」のタイミングがいつになるか分からない中、今何をすべきか考えるのも逆算思考ですね。
その通りです。将来的に妊娠・出産を考えているのであれば、「ひとまず3年後だとしたら」など、仮置きで一度考えてみるといいと思います。

加えて「婦人科系検診や妊孕性(にんようせい)の検査を必ずしておきましょう」と矢澤さん。「その上で、お金に余裕がある人は卵子凍結の検討もおすすめします。30代半ば以降妊娠しづらくなるのは、統計値から分かっている現実ですから」(矢澤さん)
前提として、将来の妊娠・出産の可能性を踏まえてキャリアを考えるのは非常に難しいんです。
いつ結婚、出産するか分からず、しかも相手によって結婚、出産後の働き方も大きく変わる。あまりにも曖昧ですよね。
ある意味、妊娠後の方がスケジュールがはっきりする分楽なところもあるなと、自分が出産を経験して思ったくらいです。
不確定要素が多すぎですよね。
予期せず半年後に妊娠することもあれば、結局子どもを持たずに生きることだってあるわけで……。
不安で当然ですよ。今の社会で女性が働くのは本当に大変だと、心から思います。
先行きが不透明な分、むしろ20代の方が将来を考える難易度は高いかもしれません。
20代女性が「キャリアと子ども」の問題で悩むのは当たり前。少し安心します……。
きっと不安を楽しめるマインドを持てるといいのでしょうね。妊娠・出産に限らず、生きている以上不安は付きものですから。
その力もまた、働きながら培えると思います。別のインタビューでお話しましたが、自分が何が好きで、何が嫌いかを理解し、美学を磨くことにも通じますね。
美学と精神力を軸に、自分の望む働き方やキャリアをかなえるためのプランを考えて、実行する。
その力さえあれば、どんな会社であっても、仕事と妊娠・出産・育児を両立する道は見つけられるはず。
本当に大変だと思いますが、応援しています!
企画・取材・文・編集/天野夏海 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)