頑張っているのに成果が出ない…悩める「ひとり広報」が見落としているPRの基本

ひとり広報が見落としているPRの基本

ベンチャーやスタートアップを中心に、広報担当が実名・顔出しのSNSアカウントで情報発信をする機会が増えてきた。

広報は「会社の顔」になる華やかな仕事、女性の憧れ職種……などのイメージを持たれることも多い反面、情報発信の手法やステークホルダーの多様化によって業務の高度化が進んでいる。

井上さん

特にスタートアップでは、未経験から広報になった人や、他部門の業務と兼任している人が単独で広報業務を任されているケースが多く、「ひとり広報」として働く人の多くが悩みを抱えています。

そう話すのは、企業の広報活動・組織づくり支援を行う株式会社ハッシン会議代表で『ひとり広報の教科書』(日本実業出版社)著者の井上千絵さん。

各社の広報担当同士が所属の枠組みをこえて相談・学び合えるコミュニティーづくりで「ひとり広報」の問題に向き合ってきた。

株式会社ハッシン会議 代表取締役 / 広報戦略コンサルタント 井上千絵さん

株式会社ハッシン会議 代表取締役 / 広報戦略コンサルタント
井上千絵さん

元・名古屋テレビ放送株式会社報道記者。2010年から2年間、局を代表してテレビ朝日「報道ステーション」へディレクター出向。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士。企業の広報組織づくり&広報人材育成を伴走する株式会社ハッシン会議を2020年に設立し、これまで約200社を支援。 書籍『ひとり広報の教科書 知識ゼロからでも自信を持ってPR活動ができる!』(日本実業出版社)1万部突破のベストセラーに

「広報」に悩む人がつながり、学べる場が必要

学び合う広報

井上さんが広報担当者向けのコミュニティーを立ち上げたのは、今から約6年前。PR会社で働きながら、副業で広報・PRコンサルティングを行っていた時のこと。

当時、ベンチャーやスタートアップ企業の間で、広報ブームが到来。企業内に広報を置くことの必要性が、広く認識されるようになった時期だった。

そんな中で、広報担当を置きたいけれど人件費などのリソースがないと悩む経営者や、会社からの依頼で未経験から広報をやらなければいけなくなった人たちからの相談が急増。

「ひとり広報」が組織の中で孤立し、相談相手が身近にいないことに課題を感じたという。

井上さん

広報にまつわる相談が増えていく中で、私が一人で力になれることには限界があると感じるようになりました。

そこで、広報の経験やスキルをお互いにシェアできる環境と、「ひとり広報」同士がつながれる環境をつくろうと思い、立ち上げたのがハッシン会議です。

最初はコミュニティー運営から始めて、2020年以降は事業化し、企業広報や個人事業主に対する支援活動を拡大しています。

立ち上げ当初は10人程度だった広報コミュニティーは、現在(2024年12月)約100名にまで拡大。

PR・広報に精通したメンターによる個別相談や、月3~4回開催される勉強会のほか、eラーニングサービス『Learney』などを通して「広報の仕事」を学ぶ機会を提供し続けている。

「SNS炎上」で注目集まる広報、恐怖を語る人も

SNSの炎上を恐れる広報

2024年は、広報の炎上に関するニュースがSNSをにぎわせた。

スタートアップ企業の広報による「仕込む」発言や、斎藤元彦兵庫県知事から「選挙の広報全般を任された」とするPR会社社長のSNS投稿が大炎上するなど、広報の仕事に注目が集まる1年でもあった。

SNSの炎上が次々に勃発したことで、「恐怖を口にする広報担当者が増えている」と井上さんは語る。

井上さん

例えば先日、広報同士の交流会に参加した時に、「こういうご時世なので、今日の写真はSNSなどに投稿しないでください」と言われたことがあって。

交流会そのものは、「広報の仕事をみんなで勉強しよう」という真っ当なものだったので、批判を恐れすぎるのも健全ではないような気がします。

一方、こうした炎上の背景にあるのは、広報としての「想像力の欠如」。そして、炎上を余計に悪化させてしまうのは、「問題が起きたときの初動を誤る」ことだと指摘する。

いずれも、「ひとり広報」の場合はよりいっそう正しい対応をとることが難しくなり、こうした問題が起こりがちだという。

井上さん

PRとは本来、パブリックリレーションズを指す言葉。要は、ステークホルダーと「いい関係」をつくっていくためのコミュニケーション活動が、広報です。

ところが、デジタルが主戦場になると情報の受け取り手が多様になり、自分たちが発信したことを、どんな立場の人がどう受け取るかを想像することがますます難しくなります。

井上さん

そこで大事なのが、発信する内容に複数の人の目を入れて、あらゆる人の立場から受け手の気持ちや解釈を想像すること。

「ひとり広報」は、組織の中で仕事を自己完結しがちなところがあり、ここに課題があります。

井上さん

また、情報発信のリスクを回避するためには、経営層を含め社内で相談できる人をつくっておくことが大切。

情報漏洩にならない範囲で社外の人にも相談して意見をもらえるような環境をつくっておけるとなお良いと思います。

一方、広報個人のSNS投稿まで、他者の確認を入れるのは難しいケースがある。

ただ、「何かミスをしても、それだけで大炎上とまではいかない」と井上さんは言う。

井上さん

人的ミスは、どんなに気をつけていても起こり得ます。それ自体は仕方ないこともある。

ただ、何かミスをしたときに避けたいのは、初動対応を誤ること。下手にミスを隠そうとすると、火に油を注ぐ結果になってしまうことも。

初動でどう対応するかは広報担当が勝手に決めるのではなく、経営層を含めて相談し、すみやかに対策をとることが必要です。

ここで複数の人の目を入れて、対策を考えられる環境を整えておくことが「ひとり広報」にとって非常に重要なところだと思います。

広報の悩みの多くは「社内コミュニケーション」

悩む広報

今回、広報担当のSNSでの発信に注目が集まったように、広報の仕事は対外的なコミュニケーションが中心だと考える人も多いだろう。

だが、「広報の仕事において特に重要なのは、社内コミュニケーション」だと井上さんは言い切る。

同じくハッシン会議で広報PRサポーターを務める増田優子さんも、「広報コミュニティーに寄せられる悩みの多くが、社内のコミュニケーションに関するものです」と話す。

増田優子さん

増田優子さん
広報PR歴10年以上。企業広報、PR代理店、フリーランスなど各立場でのPR業務を経験。2021年よりハッシン会議で広報伴走・人材育成・PRコミュニティー勉強会企画運営などを担当

増田さん

未経験から広報になった人など、「ひとり広報」の多くがつまづくのが、社内コミュニケーションなんです。

特に多いのが、経営層との関わり方に悩んでいるケースですね。

ひとり広報の場合、広報の仕事を正しく評価できる上司がいなかったり、営業のように分かりやすい成果がなかったりすることが多く、社内でも「何をしている人なのかよく分からない存在」になりがちだと増田さんは言う。

増田さん

会社として広報をどう扱うべきか分からないまま、人事総務のような仕事を広報に依頼してしまう経営者も少なくありません。

そんな中で、多岐にわたる業務を抱えた広報担当者が、何に注力すべきか分からなくなって迷走してしまうことも多いのです。

井上さん、増田さんによれば、社内コミュニケーションが良好な広報ほど、対外的に発信すべき情報も自然と手元に集まるため成果が出やすく、リスク回避につながる環境もつくりやすくなるという。

井上さん

私たちが社内コミュニケーションに悩む広報さんたちによくお伝えしているのは、「まずは経営層とのコミュニケーション頻度を増やしましょう」ということ。

例えば、いま月に1回程度しか経営層と話をしていないなら、15分でもいいから週に1回、広報をテーマに話す機会を設けられるように働き掛けてみてほしい。

そして、これからやることだけじゃなく、やったことの成果を伝えてみてほしいと思います。

井上さん

広報の成果が出るには時間がかかりますから、毎週の報告は小さなものでもいい。

例えば、「SNSでこんなことを発信したら、こういうコメントがつきました」とか「プレスリリースを出したら、これくらいのPVでした、いくつのメディアに取り上げられました」とか。

あるいは、「自社のサービスに興味を持ってくれる記者さん何名とつながりました」ということも広報にとっては成果の一つ。

大小さまざまな反響も含めて、活動の成果を共有できるといいと思います。

増田さん

さらに、経営層だけでなく、広報の成果を社内の協力者に伝えていくことも大事です。

広報が発信すべき情報の種は社員一人一人が持っています。ですなら、その人たちが「広報に協力したい」と思えるような関係づくりをしておくことが何より重要。

いろいろな部署の社員と頻繁にコミュニケーションをとって情報収集をしたり、取材などで協力してもらったことがどんなふうに成果につながったのか共有したり。

社員に「会社を好きになってもらう」ための行動をとっていくことが、結果的に経営にインパクトを与える広報の成果につながっていきます。

「頑張っても成果が出ない」と悩む広報が見直すべきこと

仕事をする広報

また、「頑張っているのに成果が上がらず悩んでいるひとり広報が非常に多い」と井上さん。

その理由の一つが、広報活動の価値を売上貢献だけではかろうとする企業の多さだ。

井上さん

企業広報に関しては、何か情報発信をしたからといって、「商品・サービスが急激に売れるようになった」ということは、特にBtoBの企業においては、ほぼないと言っていいと思います。

ですが、意外と多くの企業が広報活動の成果を売上でとらえてしまっていて、広報担当者も「こんなに頑張っているのに、役に立っていない」と思い込んでしまうんです。

井上さん

でも、実際はそんなことはなくて。

数値化できない場合も多いけれど、広報の仕事によって、その企業や製品を好き=ファンになってくれる人や応援したいと思ってくれる人、今後の成長に注目してくれる人を社内外に一人でも増やすことに価値があるんです。

そうやって、「好き」とか「応援したい」というようなポジティブな気持ちをどんどん連鎖させていくことで、新たな化学反応が起きていく。それこそが広報の役目であり、この仕事の醍醐味だと思いますね。

増田さんも、「社内・社外のコミュニケーションのハブになれるところが広報の魅力」だと話す。

増田さん

広報の仕事は確かに、社内・社外コミュニケーションの難しさに悩まされることが多いのも事実です。

ただ、企業と世の中をつなぐコミュニケーションのハブになって情報収集をしたり、情報の伝え方を考えたりできるところこそが広報の楽しさでもあります。

さらに、未経験から広報になった人や経験の浅い人でも、経営陣と密に連携しながら働けるし、意見することができるのも広報ならではの醍醐味だと二人は口をそろえる。

広報が本来果たすべき役目を改めて考えてみることで、目標もやるべきことも明確になり、仕事のやりがいも感じやすくなるはずだ。

広報は、社内コミュニケーションが9割ーー。悩める広報担当者は、まずは経営者・社員との連携を強めることから始めてみてはいかがだろうか。

取材・文/栗原千明(編集部)