上白石 萌音「意見を伝えるのが苦手」だった彼女が仕事のコミュニケーションで意識していること
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。
取材中、一つ一つの質問に対して適切な言葉を探し、丁寧に回答するーー。穏やかな口調の中に、芯の強さも感じさせる俳優・歌手の上白石 萌音さん。

2024年には舞台『千と千尋の神隠し』で主人公・千尋役を務め、国内ツアーと並行して英・ロンドンでも公演を実現。現地でも大いに話題を呼んだ。
映画・ドラマ作品での主演が続くだけでなく国際舞台で活躍する機会も増え、俳優としての実力もますます磨かれている。
そんな上白石さんにプロとして働く上で大切にしている心掛けについて聞くと、「自分の意思をうまく伝えられる人であること、自分の機嫌を自分でとれる人でいること」という回答が。
20代後半になった今、よりいっそう「一緒に働く人とのコミュニケーションを大事にするようになった」と話す彼女に、その理由を聞いてみた。
相手を思いやる言葉で、自分の考えを伝えられる人でいたい
上白石さんが出演する新作映画『35年目のラブレター』は、妻にラブレターを書くために読み書きの練習に奮闘する夫・西畑保(笑福亭鶴瓶)と、彼を支えた妻・皎子(原田知世)の人生を描く実話をもとにしたヒューマンドラマ。
上白石さんが演じるのは、皎子(きょうこ)の若かりし頃。過酷な幼少期を過ごしたせいで読み書きができないまま大人になってしまった保に寄り添いながら、タイプライターの講師として働いている。

皎子さんは言葉を扱う仕事をしているだけあって、日常会話でも言葉選びがとてもすてきなんです。
相手のことを思いやりながらも、自分の考えていることがちゃんと伝わるように、シンプルで温かい言葉を選んで手渡せる人。
そういう皎子さんの姿から、私自身も学ぶことがたくさんありました。
本作の脚本も務めた塚本(連平)監督からは「自由に演じてと言っていただけたので、自分なりに準備して挑みました」と撮影の舞台裏を明かす。
本読みの時、現代の皎子さんを演じた原田知世さんの声を意識して読んだバージョンと、全く意識せず、自分が思うように読んだバージョンを二つ準備して行って現場でやってみたんです。
それで、監督に聞き比べていただいて、どちらの方がいいか相談しながら役づくりをしていきました。
要求されたことにすぐ応えられるようにしておくために、自分が出せる手札を増やして撮影に臨むのが上白石さん流のスタイルだ。
私は不安になりやすい性格なので、考えつく限りのパターンを自分の中で想定して現場に持っていくようにしています。
今回は奈良が舞台の作品なので関西弁にも挑戦したのですが、最初は慣れずに苦戦もしました。
でも、現場に入る前にもたくさん練習して、撮影を重ねるごとに上達していけたんじゃないかなと思います。
また、本作の撮影現場では、夫婦役を演じて共演した重岡大毅さん(WEST.)から刺激を受けたという。
現場の雰囲気を盛り上げてチームの一体感を醸成しながらも、自分が伝えるべきことは遠慮せず伝えるーー。そんな重岡さんの姿勢から、学ぶことが多かったと撮影当時を振り返る。
言うべきことをしっかり伝えているのに、印象が全く悪くならない。
それは、重岡さんが持つ天性の才能なのかな……とも思うのですが、相手に何か改善点を提案するにしても、言葉選びがすごくすてきで思いやりにあふれているんです。
私もそんなふうに相手を尊重しつつ自分の意見をちゃんと伝えられる人になれたらいいなと心から思いました。

あと、もう一つ感動したことがあります。
重岡さんがあるシーンの撮影で「全力で頑張りたいから、いま集中させてください」っていう宣言をしていたんですよ。
私はこういう時、少しかっこつけてしまうタイプで(笑)
心の中ではドキドキしているんだけどすかしてしまって、「何でもないです」みたいな顔をしてしまうことがあるんです。
でも、重岡さんみたいに「頑張りたい」って素直に言える人って、すごくすてきじゃないですか?
「人知れず頑張る」ことも一つの美徳ですが、こうやって自分の気持ちをみんなにオープンにしてくれると、「一緒に頑張りたい」「みんなで頑張ろう」と思えるようになる。
一緒に仕事をするチームのみんなを巻き込んで一つにしていくコミュニケーションって、こういう飾らないスタンスが大事なのかなと学びました。
ロンドンで学んだ、相手を肯定するコミュニケーション
上白石さんが俳優としてデビューしたのは、2011年。芸歴はすでに14年以上になる。27歳になったいま感じているのは、現場で意見を求められることが増えたこと。
どうすればより良い作品ができるか、どうすればもっとチームワークを生かせるか。「あなたはどう思う?」キャリアを重ねるごとに、そう問われる機会が増えてきた。
自分の意見が周囲の人に与える影響力が増す一方、「もともと、自分の意見を伝えるのは苦手なんです」と上白石さんは打ち明ける。

良い作品をみんなで作っていくために妥協はしたくないから、自分の意見をちゃんと伝えなきゃ、とは思うんです。
それに、意見を求められるようになったこと自体は責任を伴いますが、とてもうれしいですね。これまで頑張って仕事をしてきてよかったなと思います。
でも、大勢の人が関わる現場で自己主張をするのは、もともと苦手なんです。特に「NO」を伝えるのって、難しいですよね。
だから最近は、「あなたはどう思う?」と聞かれたときにちゃんと自分の考えを言葉にできるように普段からイメージトレーニングしています。
頭の中で繰り返し、相手を尊重しつつ自分が言いたいことを言うためのシミュレーションをしてから現場に向かっています。
上白石さんが仕事仲間とのコミュニケーションの大事さを見つめ直す大きな転機となったのは、24年に英・ロンドンで『千と千尋の神隠し』の舞台に立ったこと。
多様なバックグラウンド・価値観を持つ多国籍なメンバーと一緒に仕事をする中で、自分の考えや気持ちをはっきり伝えることの大切さを学んだ。
お互いの「当たり前」がまるで違うからこそ、言葉にしなければ伝わらない。「言わなくても分かってくれるだろう」が全く通用しない。そんな環境だからこそ、誰もが自分の考えをストレートに伝える。
でも、それによって摩擦が生まれるどころか健全な議論やメンバー同士の信頼関係が生まれ、作品のクオリティーが上がっていくのを感じられたという。

ロンドン公演でご一緒した皆さんは、相手を肯定する言葉をたくさん持っている人が多くて、それも見習いたいと思ったことの一つです。
例えば、ちょっとしたことでもすごく褒めてくれるんですよ。それも、多彩な表現で。
日本人だと「はい、OKです」の一言で終わってしまいそうなところを、「beautiful(ビューティフル)」「lovely(ラブリー)」「wonderful(ワンダフル)」「great(グレート)!」など、いろいろな誉め言葉を使って全力で肯定してくれるんです。
そう言ってもらえるとうれしくなってもっと頑張ろうと思えるし、慣れない環境で感じていた緊張もほぐれました。
私もそういう言葉を人に渡せるような人になりたいです。
3年日記、自宅でゆったり…自分をご機嫌に保つルーティン
また、海外の大舞台を経験して感じたのは、自分を「ご機嫌」に保つことの大切さだ。
日本と海外を行き来する多忙な毎日が続く中、仕事で成果を出すためには「セルフコントロールが欠かせない」と上白石さんは言う。

ロンドンで出会った人たちは、プライベートを大事にしていてオンオフをしっかり分けている人が多かった印象です。
休むときはちゃんと休んで、現場に入ったらいいパフォーマンスを出せるように集中する。それでいて、ご機嫌な状態で仕事をする。
そういう人たちと一緒に働いて、私自身もすごく心地よくいられました。
しっかり休むことに意識的に取り組めるようになったのは、ここ最近のこと。それまではとにかく「がむしゃらに働いてきた」のだという。
いまは定期的に、家でゆったり過ごす時間を持つようにしています。
以前までの私は「家には寝に帰るだけ」っていう感じだったんですけど(笑)
家を片づけたり、お気に入りの家具を置いたりして過ごしやすい空間に変えて、だいぶリラックスできるようになりました。
さらに、心をしっかり休ませることができるように始めたのが、「3年日記」をつけること。
短い文章の中に今日の出来事、自分の感情を書き出すことで気持ちが整理され、夜もゆっくり休めるようになったという。
適度にお休みしつつですが、一つの節目として、30歳までは思いっきり働くと決めています。
それ以降も仕事は続けていきたいけれど、30代以降の人生についてはまたゆっくり考えていきたい。
いずれにしても、自分の思いを言葉にして伝えること、いつもご機嫌でいるために自分のためにできること、この二つを意識して楽しく働き続けていけたらと思います。

上白石 萌音(かみしらいし・もね)さん
1998年1月27日生まれ、鹿児島県出身。2011年に第7回「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞を受賞し、同年の大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』(NHK)でデビュー。14年、映画『舞妓はレディ』で映画初主演を飾り、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。ドラマ、映画のみならず、舞台『千と千尋の神隠し』では主人公・千尋役を務め海外公演も成功させる一方、歌手としても全国でライブツアーを行う。近年は、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(NHK)や映画『夜明けのすべて』(24)で主演を務めた
作品情報
映画『35年目のラブレター』 2025年3月7日(金)全国ロードショー

戦時下生まれの西畑保は、読み書きができない。保は最愛の妻・皎子への感謝を手紙で伝えようと、定年退職を機に夜間中学に通い始める。5年以上が経過し、皎子との結婚35年目を迎えていた。ラブレターが形になろうとしていた頃、皎子が病魔におかされるーー
監督・脚本:塚本連平
出演:笑福亭鶴瓶、原田知世、重岡大毅、上白石萌音、安田顕、江口のりこ、笹野高史ら
配給:東映
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©2025「35年目のラブレター」製作委員会
取材・文/根津香菜子 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)編集/栗原千明(編集部)
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
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