
LDH女性初の執行役員が明かす、町田啓太・鈴木伸之らを育てた「心を動かす」マネジメントの極意【近藤奈緒】
国や企業が取り組むダイバーシティー推進の追い風を受けて、管理職に挑戦する女性がますます増えている。
そんな中、どうすれば後輩・部下の能力を伸ばしてチームの成果を最大化できるのか、頭を悩ませたことがある人も多いはず。
そこで話を聞いたのが、20年以上にわたってタレントマネジメントの道を歩み続けてきた近藤奈緒さん。
EXILEを筆頭に多くのアーティストを擁するLDH JAPANにおいて、町田啓太、鈴木伸之ら俳優部門の部長を務め、2022年にはLDHで女性初の執行役員に就任。
現在は独立し、LDH所属俳優の他に、水上恒司、齋藤潤、増子敦貴ら人気若手俳優のエージェント(タレントに代わって仕事獲得のための営業活動や、ギャラやスケジュールなどの条件交渉を行う代理人のこと)業務を担当している。
「人の魅力・才能を引き出すプロ」である近藤さんに、マネジメントの極意を聞いた。

近藤奈緒さん
2002年、東宝芸能に入社。約300人のダンサーのマネジメント業務に携わる。2010年、LDH JAPANに転職。立ち上げ間もない劇団EXILEのマネジメントを担当。2018年、俳優部門の部長に昇格。2022年に同社初の女性執行役員に就任する。2025年、独立。現在は業務委託としてLDH所属俳優の営業窓口を担当しながら、水上恒司、齋藤潤、増子敦貴ら若手俳優のエージェント業務を行っている
マネジメントは、コントロールすることではない
今日は近藤さんにマネジメントの極意を聞きにきました!
マネジメントの極意なんてとんでもない。私もずっと失敗ばかりしてきましたから。
マネジメントがどういうものかを分かってきたのは30代後半になってから。それまではうまくいかないことの方がずっと多かったです。
うまくいかなかった時期と今では、何が違ったのでしょうか?
若い頃は「コントロールしなきゃ」ということばかり考えていました。
タレントたちに対しても「これをさせなきゃ」「あれをさせなきゃ」というマインドで接していましたから、当然ぶつかってばかり。なかなか信頼関係を築くことができませんでした。
マネジメント=管理ですから、つい「コントロールしなきゃ」と思う気持ちも分かります。
そうなんですよね。確かにタレントは商品という側面もあります。けれど、やっぱり人間なので一人一人感情がありますから、まずちゃんとそこと向き合わないと、良いマネジメントなんてできないと思います。
その気付きを得て、近藤さんのアクションはどう変わったのでしょうか。
シンプルですが、まずは相手の話を聞くことですね。
意見がぶつかったときは、一旦相手の話を聞いてみる。何か主張してくるということは、本人なりの理由があるわけですから、それを無視して押さえつけても、良いパフォーマンスなんてできるわけありません。
本人がどういうことを考えているのかをしっかり聞いてみた上で、思うところがあれば伝え、お互いが納得のいく着地点を探るようになりました。
例えばどういったことを聞くようになりましたか?
例えばAとBの仕事があって、どちらかしか受けられない時、最終的には、本人に決めてもらうようにしていました。
意外です。もっとマネジメント側の意向が強いのかと思っていました。
結局、本人がやりたくないことをさせても、あまり良いものにはならないんですよね。
それに自分で決めたなら、本人も腹を括れる。覚悟を持ってもらうという意味でも、私の場合、最終的には本人ジャッジが多かったです。

そのためにもAを選んだときのメリット/デメリット、Bを選んだときのメリット/デメリットを全部正直に話すようにしていました。
俳優の意志だけに任せると、本人のやりたい/やりたくないという判断だけになりがち。でも、仕事ってそれがすべてではありません。
俳優であれば、露出のタイミングも大事です。ずっと出続けていると飽きられるし、露出が途絶えると印象が薄くなる。
Aの放送時期はいついつで、その頃は他の案件の公開もないし、露出のタイミングとしてはちょうどいいと思う……といった戦略面まで伝えた上で、本人がどうしたいかを引き出すようにしていました。
そもそも、それだけタレントさんに信頼してもらうのも大変ですよね。
そこはもう結果を出すことが全てですよね。いくら口で上手いことを言っていても、仕事を持ってこないマネージャーをタレントは信用しません。だからとにかく仕事を持ってくることは大事にしていました。
LDHというと、一般的には歌やダンスのイメージが強いです。初期はどうやって俳優の仕事を持ってきたのでしょうか。
もちろん一番大きいのは、俳優たちが頑張ってオーディションで役を勝ち取ってくることです。それを大前提とした上で、私がやっていたことは本当に地道な営業活動の積み重ね。
私、飛び込み営業が大っ嫌いなんです(笑)。でも、はじめのうちは飛び込み営業もいっぱいしました。

あとは作品が決まったら、とにかく現場に顔を出すことですね。
そこでプロデューサーさんやAP(アシスタントプロデューサー)さんとこまめにコミュニケーションをとる。そうやってお付き合いを続けていると、次の作品のお話をいただけたりするんです。
一つの仕事が、また別の仕事を生む。そのチャンスを逃さないようにしていました。
人に何かを求める立場なら、まず自分が手本となること
社内でのポジションが上がる中で、部下の指導や育成に携わる機会も増えたと思います。そのときに気を付けていたことはありますか。
部下に求めることは、まず自分が率先してやるということですね。
例えばLDHでは、毎日の業務報告が社内のルールとしてありました。でも、仕事が忙しいと、こういう細かい業務ってどうしても優先順位が下がってしまうんですよね。
そんな時にいくら日報を出せと口酸っぱく言っても、なかなか腰が上がらない。だから、まず自分がちゃんと日報を書くようにしていました。上の人がやっていれば、メンバーたちは「自分もやらなくちゃ」という気持ちになるじゃないですか。
人に何かを求める立場である以上、まず自分が手本とならなければいけない。
だから、細かいところでは、部下からのLINEを既読スルーしないようにも気を付けていましたね。
既読スルー?
忙しいと、つい返事をしたつもりで既読スルーしてしまいがち。でもそうやってコミュニケーションをおろそかにされると、もう報告も相談もしたくなくなりますよね。
だから、部下からの質問や問い合わせには必ず即レスするようにしていました。
完璧を目指すのは、他人の人生を預かる仕事だから
近藤さんは14年勤めたLDHを退社し、2025年に独立されました。きっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、知人のヘアメイクさんから相談を受けて、俳優・水上恒司のエージェント業務を業務委託で担当するようになったことでした。ありがたいことに水上が軌道に乗るにつれ、「この子もお願いしたいです」とお話をいただくようになったんですね。
そこでLDHと話し合い、社員ではないかたちでLDHの俳優の面倒も見ながら、私は私で自分の会社を立ち上げ、ご相談いただいた俳優たちのエージェント業務をやらせていただくことになりました。
齋藤潤さんも増子敦貴さんも所属の事務所はそれぞれある中で、なぜ近藤さんにエージェント業務をお願いしたいというお話が来たのでしょうか。そこに近藤さんの仕事の極意がある気がするのですが……。
私が自分から「やらせてください」と宣伝しているわけではないので、自分でもよく分からないのですが、紹介をくださる方は皆さん何かしらお仕事で関わっている相手なんですね。
そういう意味では、日々の仕事を見て、私ならと任せてくださってるのかもしれません。
近藤さんは日々のお仕事で何を一番大切にされているのでしょうか。
当たり前のことを当たり前にやることですね。
一番は、レスポンスです。中にはなかなか連絡がつかないマネージャーさんもいるそうなのですが、私は必ず1日の終わりに自分の受信ボックスを確認して、返事漏れがないかチェックするようにしています。
自分を完璧だと思っていないからこそ、少しでも完璧に近づけるよう努力するというのはあると思います。

あとは、この仕事が他人の人生を預かる仕事だから、ですかね。私のほんの些細な失敗が、俳優のキャリアに影響を与える。そう思ったら、凡ミスは絶対にしたくないんです。
私が一生懸命頑張るのは、自分のためではなく、俳優のためなんです。
もしかしたらそういう意識の持ち方が、当たり前のことを当たり前にやるという行動につながっているのかもしれません。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太