【てぃ先生】世間がどんなに「給与を上げるべき」と叫んでも、保育士が報われない理由

【てぃ先生】世間がどんなに「給与を上げるべき」と叫んでも、保育士が報われない理由

保育職の低賃金問題は、たびたび社会で話題を呼んでいる。

今年2月にも、滋賀県大津市で「保育士との給与水準を統一するため」と、幼稚園教諭の給与を引き下げ条例案が提出され、物議を醸した。

「責任があるから」「やりがいがあるから」「途中で投げ出せないから」──。

そうした責任感ややりがいゆえに、報酬が見合っていなくても辞められない。結果として、待遇も見直されない。

そんな“やりがい搾取”がはびこる保育の現場に対して問題提起をするのは、大人気保育士のてぃ先生だ。

なぜ保育職は“やりがい搾取”から逃げられないのか。保育士や幼稚園教諭が、自分たちの身を守るためにできることはあるのか。

てぃ先生と共に考えていきたい。

てぃ先生のプロフィール写真

てぃ先生

現役保育士18年目。SNS総フォロワー数は200万人を超え、保育士としては日本一の数を誇る。テレビをはじめとする多くのメディアに出演し、「いま一番相談したい保育士」として紹介されることも。著書に『子どもに伝わるスゴ技大全 カリスマ保育士てぃ先生の子育てで困ったら、これやってみ!』(ダイヤモンド社)など ■X

保育士の仕事は「子どもを預かること」だと思われている

編集部

今年2月、大津市における幼稚園教諭の賃下げのニュースが話題になりました。

てぃ先生もSNSで意見を発していましたが、現場で働いている幼稚園の先生や保育士さんたちからは、どのような声が届きましたか?

てぃ先生

「自分たちがこれまで頑張ってきたことが社会に認められていないんだ」と、悲しさや悔しさを口にする声がたくさん届きました。

特に、勤続年数が長い方ほど、「これだけ続けてきたのに」という思いが強く、無力感を抱いていた印象です。

また、「どれだけ保護者が『ありがとう』と言ってくれても、待遇改善にはつながらないんだと改めて実感した」という声も多く聞かれました。

編集部

保護者からの感謝の声が、待遇改善に結びつかないのはなぜなのでしょうか。

てぃ先生

「保育士さんのおかげで働けています」とか、「もっと待遇を良くするべきだ」といった声を上げてくださる保護者の方は、たくさんいらっしゃいます。

ただ、「保育士の給与を上げるために、保育料を上げます」となると、話は変わってきますよね。一人の保護者が負担できる金額には限りがありますし、待遇改善はそもそも個々の家庭が背負うべきものではありません。

だからこそ、ここは国の補助金で対応してほしい――そう考える保護者の方が多いのも、自然なことだと思います。

てぃ先生

しかし、国が対応するとなるとまた別のハードルが現れます。

大前提として、保育はサービス業ではなく「福祉」です。保育士だけでなく介護士なども当てはまりますが、社会のセーフティーネットとなる福祉職の給与は、全般的に低い傾向があります。

社会的に正当な対価を支払うという意識が、どうしても希薄になりやすい分野なんです。

編集部

皆が感謝をしていて、絶対に必要な仕事なのに、なぜ正当な対価を払う意識が希薄になってしまうのでしょうか。

てぃ先生

保育士の専門性が理解されていないことが、大きな要因だと思います。

たとえば、園庭を走り回る活動も、単に楽しいだけではありません。子どもの発達段階を踏まえて、順番を守ったり、友だちと力を合わせたりといった社会性を育んだり、バランス感覚や空間認知能力、体幹の発達を促したりと、身体機能の成長を支える目的があります。

子どもの年齢や発達度合いに合わせてこうした活動を組み立てるには、子どもの発達心理学や運動発達理論、さらにはリスクマネジメントに関する専門知識が不可欠です。

てぃ先生

こうした一つひとつの関わりの意味を、保育の専門家として保護者の方に伝えていかなければ、なかなか社会には理解されません。

結果として、「子どもと遊ぶ仕事に、そこまで高い給与は必要ないのではないか」という見方は変わらないでしょう。

始まりつつある「教育崩壊」の行く末

編集部

保育士の専門性を一番理解していて、保育士たちを守るべき立場にいる園の経営層たちは、待遇改善に向けて動くことはないのでしょうか。

てぃ先生

課題意識を持つ園は増えてきていますが、それを給与に反映させるのは、やはり構造的に難しい部分があります。

保育の現場は慢性的な人手不足で、一人を採用するだけでも、求人広告費や人材紹介の手数料で100万円前後かかります。

そのため、既存の保育士への給与還元と、新たな職員を確保するための費用をどう両立するかで、園側も悩みやすい構造になっているんです。

編集部

なるほど。企業側の優先順位も関係してるんですね。

このまま保育職における“やりがい搾取”が続くと、どのような問題が起こるのでしょうか。

てぃ先生

まず、子どもに関わる仕事を選ぶ人が減っていくと思います。

先のことを冷静に考える人ほど、 状況を冷静に見極めています。この業界に将来性を感じられないと判断すれば、保育職を離れたり、子育て支援に力を入れている自治体へ移ったりすることもあるでしょう。

経験を積んだ先生から先に抜けていくと、子どもと向き合うための知識や技術が現場に蓄積されにくくなり、不適切保育などの問題も起きやすくなります

てぃ先生

大津市の一件も、きっと財政的な事情があったのだと思いますが、自治体が子育て政策にしっかり力を入れていかなければ、教育そのものが揺らいでしまいます。

幼児教育の土台が崩れると、その後の学びや人との関わりの基礎が育ちにくくなります。長い目で見れば、社会に出てから力を発揮するための土台そのものが弱くなってしまう

これは、少しずつ進み続けている教育崩壊の行く末だと思っています。

編集部

教育崩壊の行く末……!

“やりがい搾取”に留まらない、社会全体の大きな問題に発展してしまうリスクがあるんですね。

“やりがい搾取”されないために、現場でできる二つの行動

編集部

では、保育士の“やりがい搾取”を解決する方法はないのでしょうか。

てぃ先生

やはり、保育士個人に負担をかけすぎない形で、園や法人として、保育の専門性をもっと保護者に伝えていく必要があると思います。

日々の保護者対応や連絡帳のやり取りの中でも、専門的な視点を伝えられる場面はたくさんあります。

「今日も園庭を元気に走り回っていましたよ」と伝えるのと、「今日は園庭でこういう遊びをしました。これは発達の面でこういう意味があるんです」と伝えるのとでは、保護者の受け取り方も変わってきますよね。

編集部

たしかに。専門的な視点でプログラムを考えてもらえている印象になります。

てぃ先生

多くの現場では、保育の質を高めようとかなり努力しています。ただ、園によって差があることも事実です。

だからこそ、今後変えていく余地があるのは、保護者とのコミュニケーションの部分だと感じています。

てぃ先生

保護者対応には、福祉としてだけではなく、「サービスの提供」という視点も取り入れていくことが大切です。

価値を感じる人が増えれば、「保育は子どもと遊ぶだけの仕事ではないのだから、もっと給与を上げるべきではないか」と、論理的に考える人も増えていくはずです。

「保育士さんは頑張っているのにかわいそう」という感情論だけでは変わりません。実際、それで長い間、賃金は大きく変わらなかったのですから。

編集部

保育士自身が、専門家としてサービスの価値を伝えていく必要があるのですね。

てぃ先生

そうですね。それに加えて、もう一つ大切なのは、保育士自身が納得できない環境にNOを伝え、自分を守る選択肢を持つことです。

編集部

自分を守る選択肢とは?

てぃ先生

保育園は、飲食店のような市場競争がそのまま働く仕組みではありません。地域差はありますが、園の質が外から見えにくい構造があります。

子どもを預けている保護者の方は、どの先生がどのような保育をしているのかが外からは見えにくく、優劣をつけづらい構造になっています。

すると競争が生まれにくくなり、結果として良くない保育をしている園でも残ってしまう。

てぃ先生

僕は、そこが大きな課題だと感じています。本来であれば、より良い保育をしている園が選ばれ、残っていくべきです。

そのときに重要になってくるのが、現場で働く保育士たちの選択です。

「ここは違うな」と感じる園にはまずNOを伝え、改善が難しい場合は、より良い環境へと移っていく。その一人ひとりの行動が、結果的に業界全体の質を引き上げていくことにつながるはずです。

だからこそ、自分の働く環境を選び直す勇気も、大切にしてほしいなと思います。

AI時代は、保育士の価値向上に追い風?

編集部

保育士の給与を上げるためには、キャリアアップを支援するという手もありますよね。

てぃ先生

給与は確かに現場職よりは増えますが、やりたいこととミスマッチを感じる人も増えるので、昇進を望む保育士はそんなに多くないんです。

編集部

管理職になると現場から離れてしまうからでしょうか?

てぃ先生

そうですね。現場でのステップアップは、園によってクラスリーダーあたりで頭打ち感が出やすく、その先は主任や園長といった管理職になり、書類業務やマネジメントの比重が大きくなっていきます。

子どもと関わるのが好きで保育士になったのに、頑張った結果、現場から離れなければならないという矛盾が起こるんです。

また、主任や園長まで上がったとしても、給与水準は決して高くありません。そうなると、無理に昇進を目指すよりも、現場で子どもと関わり続けたいと考える先生が多いのも自然だと思います。

編集部

保育士たちが昇進を目指したくならない構造も、給与が上がらない一因なんですね。

てぃ先生

はい。やはり、現場で子どもたちと接している保育士の仕事が評価されるようになることが大切だと思います。

編集部

今後AIが進化して書類業務を担ってくれるようになれば、現場で保育を行う保育士の価値が高まっていく……ということはないでしょうか。

てぃ先生

それについては、かなり期待しています。というのも、保育はAIと相性のいい分野だと感じていて。

たとえば、指導計画の作成をAIがサポートすることも考えられますし、将来的には保護者の同意や個人情報保護を前提に、必要な範囲で映像や記録を活用し、子ども一人ひとりの行動理解や保育計画づくりを支えることも可能になるかもしれません。

てぃ先生

また、AIを下書きや整理に活用し、保育士が最終確認することで、保護者への説明もより分かりやすくできるでしょう。

そうなれば、保育士が雑務にとらわれずに子どもとの関わりに全力を注げるようになります。保育の質は、まだまだ上げられるはずなんです。

編集部

希望の光も見えますね。

てぃ先生

そうですね。

以前は看護の世界でも、給与の低さが課題とされていました。しかし、現場団体の政策提言や制度への働きかけが積み重なり、処遇改善につながってきた面があります。

保育の世界でも、同じように影響力を持って発信し、社会や制度に働きかけていく動きが生まれれば、構造を変えることができるかもしれません。

てぃ先生

もちろん、簡単ではありません。それでも、現場の先生たちが専門性をもって発信し続けること、そして納得できない環境にはきちんとNOを伝えること

そうした積み重ねが、自分のまわりから少しずつ状況を変えていく力になるのだと思います。

取材・文/宮﨑まきこ 編集/光谷麻里(編集部)