水上恒司「お山の大将になりたくない」成功体験に縛られていた彼が“正解”を捨てるまで
経験を重ね、成果を出すほど、「このやり方でうまくいった」という成功体験は増えていく。
それは自信になる一方で、いつしか「これが正しい」という思い込みに変わり、新しいやり方を受け入れる妨げになることもある。
そんな“正解にとらわれる危うさ”を考えるヒントをくれたのが、2026年10月2日公開の映画『本当にあった話 (の話)』で主演を務める俳優・水上恒司さんだ。
自らも成功体験に縛られてしまった過去があると話す彼が、自分の中で築いた「正解」を手放せるようになったのはなぜなのか。変わり続けるために、水上さんが大切にしていることを聞いた。
水上恒司さん
1999年5月12日生まれ、福岡県出身。2018年、ドラマ『中学聖日記』(TBS系)で俳優デビュー。以降、NHK大河ドラマ『青天を衝け』(21年)など数々の話題作に出演。映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(23年)、『九龍ジェネリックロマンス』(25年)でW主演、『火喰鳥を、喰う』(25年)、『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』(25年)、『TOKYO BURST-犯罪都市-』(26年)、ドラマ『シナントロープ』(テレビ東京系/25年)、Prime Original ドラマ『犯罪者』で主演を務めるなど、映画・ドラマを中心に幅広く活躍している。主演映画『本当にあった話 (の話)』が26年10月2日公開 ■X / Instagram
「明確な正解が分からない」作品への挑戦
映画『本当にあった話 (の話)』は、世間を震撼させた〈配偶者入れ替え連続殺人事件〉から数十年後の「今」を舞台に物語が始まる。
事件を元にした禁断の舞台が作られることになり、水上さん演じる、演技経験のない夛田(ただ)が主演を射止める。役柄に自身の経験を重ねるうちに、次第に芝居へとのめり込んでいく夛田。やがて、虚構と現実の境界さえ見失っていき──。
登場人物たちが掲げる「正しさ」と、その裏側に潜む欲望がむき出しになっていくさまを描いたディストピア映画だ。
これまで数々の話題作に出演してきた水上さんだが、本作は、これまで携わってきた作品とは一風異なるものだったという。
これまでは、いわゆる商業的な映画に参加させていただく機会が多かったんです。
もちろん作品によってさまざまですが、商業的な作品には、観客に届けたい具体的なテーマやメッセージ、いわゆる“大義”があることが多くて。僕自身、戦争映画やラブストーリーなどさまざまな作品に携わってきましたが、どれもそうでした。
一方で今作は、分かりやすいテーマやメッセージを提示するというより、観る人それぞれに解釈を委ねる余白が大きい作品で。「こうあるべき」という明確な大義がなくてもいいんだ、と感じさせられる作品でした。
映画には、分かりやすいメッセージを届ける作品もあれば、今作のような作品もある。その両方があるからこそ、表現の幅は広がっていくんだと思います。
だからこそ、一つの娯楽として、そして表現の自由として、こういう映画があってもいいと思いました。
明確な答えを提示しない作品だからこそ、演じる側にも「これが正解」と呼べるものが見えにくい。
その“正解のなさ”は、水上さんにとって面白さであると同時に、大きな挑戦でもあった。
どの作品も芝居の正解はないし、表現の手法は無数にあります。でも、商業的な作品だと、心のどこかで「これが求められている正解だろうな」と、合わせにいってしまうことがあって。これは僕の良くない傾向なんですけど。
でも今作は、これまで以上に正解が分からなかった。だからこそ、極めて自由に演じることができました。
夛田の中に潜む「人間の異常性」を自分なりに解釈し、その泥くささや人間味をどう表現するのか、一から模索していった水上さん。
これまで無意識に探していた「求められる正解」から離れ、自分自身で表現を探っていく。本作では、そんなこれまでとは真逆ともいえるアプローチが求められた。
僕自身が提示するものによって、現場全体が左右されていく要素が大きかったので、これまでとはまた異なるチャレンジができたように思います。
新たなアプローチで芝居に挑んだ本作は、水上さんにとって、これまでとは違う芝居の回路を開き、俳優としての引き出しをまた一つ増やす作品となった。
お山の大将にはなりたくなかった
本作では、夛田をはじめとする登場人物たちが、それぞれ自分なりの「正しさ」を持っているが、それがいつしかエゴや思い込みへとすり替わっていく危うさも描かれている。
これは、仕事にも通じる話かもしれない。
経験を重ね、成果を出すほど、「このやり方でうまくいった」という成功体験は増えていく。それは自信になる一方で、いつしか「これが正しい」という思い込みに変わり、新しいやり方を受け入れる妨げになることもある。
2018年の俳優デビュー以来、数々の作品で経験を積んできた水上さんもまた、過去の成功体験に縛られてしまった経験があると明かす。
作品によって正解は異なるので、「前回正解だったから今回も」とは限らないんですが、かつては一度評価されたアプローチに固執して、アップデートできなくなってしまったことはありました。
その反省があるからこそ今は、そういう執着を絶対に持たないように意識しています。
意識していても特有のクセが出てしまうことは多いんですが(笑)。
作品ごとに演技や表情、声色、価値観まで完全に変えることができたら理想ですけど、僕にはまだそこまでの技量も素質もありません。なかなか難しいものですね。
そう笑顔を見せる水上さん。彼が「自分の正解」に固執する危うさを意識するようになった背景には、同じ世界で働く人たちの姿を間近で見てきた経験があった。
同じ役者や、表舞台に立ってスポットライトを浴びる立場の人の中に、「こうはなりたくない」と思うような振る舞いをしている人を見たことがあったんです。
俳優という立場は、良くも悪くも周囲から持ち上げられやすいんです。「お山の大将」になろうと思えば、誰でもなれてしまう。
本来なら僕より年上の方や、過度に謙遜したり頭を下げたりする必要のない立場の方まで、僕に対してそう接してくださることがあります。
そこで勘違いしてしまったら、簡単に足をすくわれる。そういう危うさは常に感じています。
けれど、水上さんが見てきたのは、反面教師だけではない。「こんな人になりたい」と思える背中とも、たくさん出会ってきた。
幸いなことに、憧れるような素晴らしい方々にも、たくさん巡り会えました。
僕自身も、小さな慢心や勘違いはあったかもしれません。でも、さまざまな先輩たちの背中を見てきたので、 大きな痛手を被る前に、自分の思う正解にとらわれないことの重要性に気付けたのだと思います。
「変わりたい」と思っている時点で、もう一歩を踏み出している
会社員であっても、過去の正解や成功体験を捨てて自らをアップデートすることは、口で言うほどたやすくない。
水上さんが周囲から寄せられる評価や、過去の成功体験に呑み込まれず、自分をアップデートし続けるために大切にしていることの一つが、「自分は何のためにここにいるのか」と、仕事の原点に立ち返ることだ。
自分が何のためにその現場に立っているのか。なぜこれだけ多くの人が集まって、一つの作品を作っているのか。
そこに立ち返ることができれば、周囲の甘やかしに呑まれずに済むんじゃないかと思っています。もちろん、それを実践し続けるのはすごく難しいですけどね。
そしてもう一つ、水上さんが意識しているのが、仕事をルーティンにしないことだ。
僕は「現場ごとに仕事は毎回全く異なるものだ」と意識するようにしています。前回の現場と今回の現場は、全くの別物なので、必ずリセットするようにしていて。
毎回ゼロから積み上げ直すのは、正直大変です。ある程度ルーティン化してしまった方が精神的には楽だと思います。
でも、僕にはそのやり方が合わない。もちろん、ルーティン化した方が高いパフォーマンスを出せる人もいるでしょうし、そこも人それぞれ正解は違うと思います。
同じ仕事を繰り返しているように見えても、関わる人も、置かれた状況も、その日の自分も、全く同じではない。
だから水上さんは、過去の成功を再現することより、目の前の状況に合わせ、その都度自分を変えていくことを選ぶ。
そんな水上さんの仕事への向き合い方には、俳優になる以前、学生時代に打ち込んだ野球の経験も影響しているという。
野球って、毎回同じ試合展開にはならないんですよね。対戦相手も投手も違えば、自分自身のコンディションも毎回違う。あらゆる要素が常に変化しています。
だから、その時々の状況に応じて、目標を達成するために自分をアジャストしていく。その訓練をずっと重ねてきたことが、今にもつながっているのかもしれません。
「過去の成功にとらわれてはいけない」。頭では分かっていても、実績を積み重ねてきた人ほど、それを手放すのは怖い。
焦りと実践する難しさの狭間で悩む人に向けて、水上さんは「僕もできていないことが多いので、偉そうなことは言えないですけど」と前置きした上で、こんな言葉を贈る。
「成長したい」「自分を変えたい」と悩んでいる時点で、すでに十分前進しているのではないでしょうか。
成長が鈍化してしまうのは、「今のままで十分だ」と満足して、現状に疑問を持てなくなってしまった時だと思うんです。
実際に変われるかどうかは、その時の環境や巡り合わせ、タイミングもあります。
だから、変化を望む意思や志さえ失わなければ、それでいいんじゃないかと思います。
「変わりたい」と願い、今の自分に疑問を持つことができている。その時点で、人はもう前へ進み始めている。
自分自身も迷いながら、それでも「ゼロ」に戻ることを繰り返す水上さんの言葉は、変わりたいともがく人の背中をそっと押してくれるようだった。
作品情報
映画『本当にあった話 (の話)』2026 年 10 月 2 日(金)よりテアトル新宿 ほか 全国ロードショー
キャスト:水上恒司 黒木華 山下美月 大東駿介 山本浩司 / 小池栄子 / 佐々木蔵之介
原作:鴻池留衣『本当にあった話(の話)』(文藝春秋)
音楽:Maika Loubté
監督・脚本・編集:武井佑吏
製作:石井紹良 岸善幸 髙橋紀行 太田和宏
プロデュース:中村優子
企画・プロデューサー:杉田浩光
撮影・編集:渡邊雅紀
照明:志村昭裕
録音:豊田真一
美術・装飾:遠藤善人
製作委員会:murmur テレビマンユニオン KDDI 東京テアトル
制作プロダクション:テレビマンユニオン
配給:東京テアトル/murmur
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Ⓒ鴻池留衣/文藝春秋 /2026「本当にあった話(の話)」製作委員会
取材・文/光谷麻里(編集部) 撮影/笹井タカマサ スタイリスト/藤長 祥平 ヘアメイク/Kohey
『Another Action Starter』の過去記事一覧はこちら
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