「会社まで辞めたのに、映画監督になれない」三島有紀子が“感情に従った”人生選択の先に見たもの
転職、結婚、出産……人生の分岐点が次々とやってくる28歳。どの道を選んでも、きっと少しは後悔が残る。それでも「私が選んだ」と言える人生のために。15周年を迎えたWoman typeが、識者の視点や、迷いながら自分の道を選んできた人たちの言葉を通して、“自分で決める”ためのヒントを届けます。
仕事もプライベートも一見充実しているように見えるけれど、実際は人生に行き詰まりを感じている。そんな30歳目前のイラストレーターの女性・神名の焦りや葛藤を丁寧に描いた映画『男ともだち』。
本作のメガホンを取ったのは、登場人物の心の揺れや、言葉にならない感情を繊細に描いてきた三島有紀子監督だ。もともとNHKでディレクターとしてドキュメンタリーを撮っていた彼女も、主人公と同じ年頃に、人生の大きな岐路に立っていた。
迷い抜いた末に、NHKの安定した環境を手放して映画監督の夢を追う道を選んだ三島さん。
思い切って退社したものの、なかなか監督になれないまま40代目前になっていて。
結婚して子育てしている友人と会うと、時の流れを感じて、自分だけ人生が止まっているような感覚にもなりました。
そう語る彼女だが、たとえ映画監督として芽が出なかったとしても、自分の選択に後悔はなかったはずだと言い切る。
感情に素直に従って人生を選んだ先には、何が待っているのか。 自分に正直に生きてきた三島さんがたどり着いた答えとは。
映画監督
三島 有紀子さん
大阪府出身。18歳から自主映画を撮り始め、NHKでドキュメンタリー制作に携わった後、2003年に独立。17 年『幼な子われらに生まれ』で、第41 回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、第42 回報知映画賞監督賞など国内外で多数の映画賞を受賞。『Red』(20)は第9回シアトル映画祭で最優秀作品賞を受賞。24年には、『一月の声に歓びを刻め』が、ウディネ・ファーイースト映画祭、米アジアン・ワールド映画祭のコンペティション部門に選出。その他の作品に、『しあわせのパン』(12)、『ぶどうのなみだ』(14) 、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)、セミドキュメンタリー映画『東京組曲 2020』(23)などがある
「人生に行き詰まる29歳」と一緒に、光を探したかった
29歳。職業はイラストレーター。
絵本で賞を獲り、脚光を浴びていたのは何年も前。「やりたい仕事じゃない」と思いながらも無茶なクライアントワークに神経をすり減らし、惰性や不毛な恋愛に逃げる日々──。
2026年11月6日公開の映画『男ともだち』の主人公・神名(松岡茉優)は、人生に行き詰まりを感じる女性だ。
どうしたら自分が満たされるのかも分からない。そんな神名が、「男ともだち」であるハセオ(成田凌)と再会したことをきっかけに、自分の人生と向き合い直していく姿が描かれている。
三島さんが、本作の原作である千早茜さん著『男ともだち』(文春文庫)を読んだのは、コロナ禍まっただ中の2020年だった。
人と人が寄り添い合うこともできず、また映画を作れるかも分からない。そんな中で読んでいたので、作中で出てくる「世界の終わりの日が来たら何したい?」というハセオの問いかけが深く心に響いて。
世界の終わりっていうのが、あんまり先のことに思えないというか。明日来るかもしれないし、もしかしたら今がそうなのかもしれない。
そう考えた時に、その問いかけから主人公が自分を確立していくプロセスを一緒に歩んで、その先にあるかどうか分からない光を探してみたいと感じたことが、この映画を撮ろうと思ったきっかけでした。
30歳を前に、人生に静かな行き詰まりを感じている神名は、7年ぶりに再会した「男ともだち」であるハセオと過ごす3つの夜を通して、少しずつ視界が開けていく。
自分は何をすれば満たされるのか。自分と自分の周りの関係性だけを見つめるんじゃなくて、もっと開けた世界を見たら本来の自分が見えてくる。
神名をそんなところまで導いてあげられたら、自分の作りたい映画になるんじゃないかなって思ったんです。
派手に物語が展開していく映画ではない。登場人物たちの心の動きを丁寧に撮ることを大切にしたという三島さんの言葉通り、30歳を前に揺れ動く神名の心の機微が、繊細に描かれている。
人間関係に不器用で、身勝手でわがままな神名の行動だけを見ると、共感できない部分も多いかもしれません。
ただ、その行動に行き着くまでの神名の“感情”の中には、何かしら“自分自身”と通ずるものを見つけてくださる方も多いんじゃないかと思います。
「明日死ぬなら映画が撮りたい」安定を捨ててNHKを退社
劇中で、神名のこんなセリフがある。
「大きい仕事が入ったけど、やりたい仕事じゃない。私じゃなくてもいい。一年間、からっからの雑巾を絞るみたいにして描かなきゃいけない」
やりたいという気持ちだけで仕事を選べない。周囲から求められることに器用に応えてしまう神名の葛藤に対して、自分の“感情”に目を向けることが大切だと三島さんは語る。
感情って、よくマイナスに言われることが多いですよね? 感情的になるなとか。感情で物事を判断するなとか。もちろん感情をそのまま他者にぶつけるのは良くないと思います。
でも、私はむしろ感情に目を向けることこそが大事なんじゃないかなって思っていて。目の前の選択肢が、自分にとって「快」なのか「不快」なのか。何に退屈して何を面白いと思うのか。
私自身も迷うことがたくさんありますが、そこからしか、本当に自分が満たされる道は見つからないんじゃないかなと思っています。
三島さんがそう感じるようになったのは、NHKに勤めていた頃、阪神・淡路大震災を取材した時がきっかけだった。
「明日死んでもおかしくないんだ」と思った時に、ハセオの言っていた「明日世界が終わるなら何がしたいか?」を考えたんですよね。
そしたら、映画を作りたいなと思って。このままテレビを作り続けていたらきっと後悔すると思ったんです。
NHKを退社して、映画を撮ろう。映画監督を目指そう。そう決意した彼女は、ディレクターの仕事を続ける傍らでシナリオの学校に通い、貯金をしながら独立準備を進めていった。
しかし、いざ退職となると、安定を手放し、なれるかどうかも分からない映画監督の道へと踏み出すことへの葛藤は大きかった。
NHKに居れば、それなりのお給料もいただけますし、自分が企画したものを作るフィールドも用意されています。
辞めてしまったら、食べていけるかどうかすら分からない。色んな意味で不器用な人間ですから、踏ん切りが付かずにいろんなことをグルグル考えていたある日、芝居について学ぶワークショップで出会った人にこんなことを言われました。
「組織に残った三島有紀子が撮った映画と、組織を辞めた三島有紀子が撮った映画、あなたはどっちが観たい?」って。
その時に、「退路を断って、何もない中で自分が撮ったものを観てみたいな」と思ったんです。
迷いが吹っ切れた三島さんは、11年勤めたNHKを退社した。
会社まで辞めたのに、監督になれない
NHK退社後は、助監督として映画作りを学ぶ日々が続いた。
なかなか監督として作品を撮れない中で、気付けば40代も目前に迫っていた。
監督をやりたくてNHKを辞めたのに、なかなか監督になれない。企画も通らない。なんなら、読んですらもらえない。やっと助監督として現場で学べるようになったけれど……。
そんな日々が続いて悶々としたものが溜まっていた頃に、幼なじみが経営しているレストラン「インペリアル」に行ったんです。のちにその店で短編映画も作るほど仲が良い子で。
その子は結婚していて、子どももいて。帰り際に、家族みんなで「バイバイ、頑張ってね」って見送ってくれたんです。
映画をつくる以外は自分は何もなくてもいいですと誓った日がありました。でも、結婚したり子育てしたり、好きな仕事に就いたりとみんな求める道を進んでいるのに、映画を作れていない自分を見て、「私だけ全然前に進んでいない」という感覚になって。
作りたいという行き場のない気持ちを発散するために、ボクシングジムに通ったこともあったと笑う三島さんだが、先が見えなかった当時も、NHKを辞めたことを後悔したことは一度もなかったという。
そんな状態だったのに、辞めてよかったと思っていたんです。
もう本当に「不快」が溜まっていたというか。映画を作りたいのに作れない、映画の現場に行きたいのに行けないっていう、いちばん好きなもののところに行けないストレスがずっと溜まっていたので、未来が見通せなくても、後悔は全くなかったんですよね。
その後も、助監督として映画を学ぶ日々が続いた三島さんだが、4年ほど経った頃から少しずつ監督として作品が撮れるようになっていった。
選んだ道がダメだったとしても、大丈夫
今では、国内外の映画賞を受賞し、数々の話題作を世に送り出す映画監督となった三島さん。
もしあのまま夢がかなわなかったとしても、NHKを辞めて映画の道を選んでよかったと、心から思えただろうか。
そんな問いにも、三島さんは迷うことなく「たとえ監督になれなかったとしても、この道を選んで良かったと言えると思う」と答えた。
自分の人生だから自分がいちばん好きなことに向かっていきたいなと思って。分かりやすく言うと、本命に告白しに行くかどうかだと思うんです。
スペックもいいし結婚相手として申し分がないけれど、本命じゃない相手と付き合って結婚生活を続けるか。それとも、散ってもいいから、一番好きな人に告白しにいくか。
どっちも正解だと思うんですけど、私は一番好きな本命の映画に行きたいなと。振られたら振られたで、「やっぱりダメだったかぁ」なんて言いながら、何回か挑戦してみたりして。
それでも最後まで、映画は私に振り向いてくれないかもしれないけど、「もう結果はどちらでもいい、もはや自分が映画を好きなんだから。そこに向かった自分、すごいじゃないか(笑)」と本命に告白しに行った自分のことは、多分誇りに思えると思うんです。
そう語る三島さんは、NHKを退社するか悩みに悩んでいた頃の自分に対して「大丈夫だよ、やっていけるよ」と声を掛けてあげたいと笑顔を見せる。
映画監督になれるから大丈夫だよ、という意味ではなくて。
本当に何もなくなってしまって、孤独になって路頭に迷ってしまう可能性もあるわけじゃないですか。当時はそれが怖かった。
でもね、応援してくれる人が現れたんですよ。「NHKを辞めてまでやりたかったんだ」って応援してくれる方が何人も出てきて、その方たちに育ててもらって、今なんとか映画を作れている。
私は、いろんな方の応援と運と縁があったから映画監督になれたけど、もしダメだったとしても、応援してくれている人たちがいれば、形を変えて新しい扉が開くなと思えたんです。
一つの道を捨てたら、いなくなる人もいる。けれど、新しく現れる人もいるし、得るものもある。
映画の中でも、ハセオが神名に「圧倒して進めよ」と背中を押すシーンがある。そこには、「いらないと思うものをどんどん捨てて、次へ進んでほしい」という三島さんやプロデューサーたちみんなの想い込められている。
とはいえ、正解のない人生の選択を前に、どうしても一歩を踏み出せないことはある。そんなWoman type世代の女性たちに向けて、三島さんは最後にこうエールを送った。
私も迷いながら進んでいます。今だって、来年どう生きようかななんて考えています(笑)。でも、何を選んだらいいのか分からなくなったら、「世界の終わりの日が来たら何したい?」を考えてみることにしています。
例えば「残り 1週間ですよ」って言われた時に、誰に会うのか。何をするのか。やってみてください。結構楽しいですよ。
あとは快・不快と向き合ってみるといいと思います。こっちの方が楽しそうとか。周囲から掛けられる「こっちに行った方が得だよ」という言葉って枷になるんですよね。
私自身、「絶対に組織を辞めない方がいいよ」って、もう何十人という人に言われました。組織に居てもドラマや映画を作れるよって。
でも、当時はそれがあんまりワクワクしなかった。どちらが正しいというのではなくて、生き方の選択なんだと思いますね。
どれだけ悩んでも、選んだ道の先に何が待っているかは分からない。
たとえ望んだ未来にたどり着けなかったとしても、「あの時、本当に欲しかったものに向かって走り切れた」と思えるなら。
そんな自分だからこそ応援してくれる人たちと、新しい道を歩み始められるのかもしれない。
三島さんの言葉からは、そんな希望がにじんでいた。
取材・文/光谷麻里(編集部) 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
作品情報
映画『男ともだち』2026年11月6日(金)新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
出演:松岡茉優 成田 凌 井上祐貴 中島 歩 咲妃みゆ 三浦貴大 余 貴美子 池畑慎之介
原作:千早茜『男ともだち』(文春文庫)
監督:三島有紀子
脚本:澤井香織 音楽:安川午朗
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/otokotomodachi/
公式X:@o_tomodachifilm
公式Instagram:o_tomodachifilm
(C)2026『男ともだち』製作委員会
『Woman type15周年特集 28歳からの人生の決め方』の過去記事一覧はこちら
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