一流講演家の通訳者に必要なのは語学力とビジネスの当たり前―関谷英里子さん×藤井佐和子さん対談・後編
≫≫前編 得意だった英語もビジネスの場では通用しなかった! 日本の教科書英語とビジネス英語の違い
通訳として必要な言語能力はもちろん
人との関係性を築けることも大事
藤井さん(以下、藤井):学生時代から英語が好きで、通訳者や翻訳者になれたらいいなと考える人は多いと思うのですが、関谷さんのように多くのクライアントからご指名で仕事が来る方と、なかなか仕事をもらえない方では、どこに差があるのでしょうか。
関谷さん(以下、関谷):1つはスキルですね。通訳として業務を遂行できるだけの言語能力があるか、あるいは翻訳してきちんとした作品を残せるか。それに加えて営業マインド、つまり人との関係性をちゃんと築いていけることが必要だと思います。
藤井:人との関係性というと?
関谷:例えば通訳の場合、仕事を依頼するクライアントとの間に、私が代表を務める日本通訳サービスのようなエージェントが入ることが多い。ですから、まずはそのエージェントとの関係を良好に保つことが大事です。1つ例を挙げるなら、メールの返信の速さ。わたしたちエージェントが「何月何日のスケジュールは空いていますか」と問い合わせた時に、すぐに「大丈夫です」とか「その日はNGです」などと返事をくれれば、こちらもクライアントをお待たせしなくて済むので気持ちがラクだし、「この人は対応が早いから、また依頼があれば真っ先に問い合わせてみよう」と考えます。
藤井:なるほど。どんな業界にいても仕事をしていく上で大事なことですよね。あとは現場で会う方たちとの関係作りも必要になりそうですね。
関谷:現場で信頼を得るためには、自分の業務を落ち着いて遂行できることが条件になります。よくあるのは、本番で焦ってしまい、手元の資料を床にドサッと落としたり、資料をめくるカサカサという耳障りな音がマイクに入ってしまったりすること。また通訳は非常にシビアな世界なので、スピーカーを不機嫌にさせてしまったら、次のオファーはまず来ません。
目の前の仕事できちんと成果を出せば
営業をしなくても次の仕事につながる
藤井:その中で関谷さんは、著名な方たちから「次もお願いします」と指命されるわけですよね。相手の信頼を得るために、どんな努力や心掛けをされているんでしょう?
関谷:目の前の仕事できちんと成果を出すことに尽きると思います。そうすれば、自然と次につながるんですよ。私も会社を立ち上げたころは、事業を拡大しようと考えて、色々な企業様へ足を運んで営業活動をしたこともあったのですが、それよりも私自身が現場で高いパフォーマンスを出したほうが、次の依頼をいただけることに気付いたんです。例えば企業間の会議があって、私が一方の企業の通訳として行ったとします。そこで良い仕事をすると、相手側の企業からもオファーが来るようになる。一つ一つの仕事できちんと成果を出していれば、それを誰かが見ていて、次のオファーをくださるものなんです。
藤井:でも、すべての仕事で毎回必ず成果を出すのは大変ですよね。やはりコツコツ努力できるタイプが向いているということでしょうか。
関谷:まさにそれだと思います。よく通訳は、講演や会議の場に行って、本番の2時間や3時間をやり遂げればいいのだろうと思われがちですが、通訳の仕事のうち、本番が占めるのは1割くらい。残りの9割は、そのための準備と日々の勉強なんです。例えば講演会の依頼が来たら、事前に資料をもらって読み込み、その日のテーマについて予習をして、スピーカーが出している著作を読んで、Youtubeでその方の過去の講演の映像を見て……。
藤井:そんなにやることが多いんですか?!
関谷:こうした特定の仕事のための準備だけでなく、日ごろから英語のボキャブラリーを増やす勉強も必要だし、よく依頼が来るテーマについては、その分野の最新情報を仕入れておくことも大事です。私はITをテーマとする講演や会議で通訳をすることが多いので、今話題の技術やサービスについてもインプットを怠らないようにしています。自分が依頼を受けていない講演やカンファレンスに聴衆として参加することも多いですよ。机の上での勉強だけでなく、現場に足を運んで吸収することはかなり大事だと思います。
藤井:自分の時間を使って現場に足を運ぶのって、正直言って面倒ですよね。
関谷:でも、こうして現場でインプットをしておくと、次にクライアントにお会いした時、「先日のカンファレンスで、こんなことをお話されていましたね」って言えるんです。すると相手も嬉しいですよね、「この人はちゃんと自分のことを勉強してくれているんだ」って。するとそこに信頼関係が生まれるんです。
グローバルで活躍できる人材を育てる
教育事業も手掛けていきたい
藤井:これだけの努力が必要なんですね……。実は私のところにも、通訳者や翻訳者になりたいと相談に来る女性は結構多いんです。「専門の学校に通ってスキルを身に付けて、将来は家庭や育児と両立しながら細々とやっていけたらいいな」と言うんですが、今の話をお聞きすると、とても片手間な気持ちでできる仕事ではないと思いました。これから相談に来る方には、ちゃんとアドバイスしておきますね(笑)。関谷さん自身は、今後のキャリアをどのように考えていますか?
関谷:実は私、将来の自分をなかなか思い描けないタイプなんです。だから先ほど言ったように、今の仕事を一つ一つ一生懸命にやっていれば、色々な機会をいただけるようになるんじゃないかと思って。実際に、今はNHKの『入門ビジネス英語』で講師をしたり、高校や大学で授業をしたりする機会もいただけるようになりましたので、いずれはグローバルで活躍できる人材を育てるような教育事業をやれたらいいなと考えています。
藤井:最後に、世界の一流と言われる方たちと間近で接していて、学んだことがあれば教えてください。
関谷:ノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世の通訳をした時、印象に残る言葉がありました。聴衆の一人が「自分にはやりたいことがあるのに、それを邪魔されたり、悪口を言われたりしてつらい。これほどつらいということは、私の進むべき道ではないということでしょうか?」と質問したんです。それに対してダライ・ラマさんはこうおっしゃった。「でもあなた、その道を信じているんでしょ? だったらどんなにつらくてもやりなさい。歴史上に大きな功績を残した人たちは、迫害されたり、命の危険にさらされたりしても、それをやり抜いたから名を残したのです。反対されるということは、あなたが試されているということ。だからやり抜いてください」と。誰にでも、ちょっとした逆風を感じる時ってありますよね。そんな時、私はいつもこの言葉を自分に言い聞かせるようにしています。
お話を聞いて、通訳は想像以上に大変なお仕事だと感じました。真面目にコツコツ勉強することも大事だけれど、人との関係を築くのがうまくて、営業センスがあって、さらには現場に足を運ぶだけの行動力もなくてはいけない。そのための努力を続けられる人でないと、関谷さんのように活躍できるレベルにはなれないんですね。商社で働いた経験も、現在に活きていると感じました。シビアなビジネスの世界で鍛えられて度胸もついたし、現場での経験もある。だからこそ、本番でも成果を出せるし、現場から必要とされる通訳者になれたのではないでしょうか。(藤井)
取材・文/塚田有香 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)