16 NOV/2016

この国で、女性たちが心地よく働くには?――「誰かの期待に応えながら生きなくていい」/首相夫人・安倍昭恵さんインタビュー【前編】

5周年記念

Woman typeが実施した読者アンケートによれば、働く女性の8割以上が現状の日本社会に“生きづらさ”を感じている。世界各国のメディアでも、日本社会で女性が働いていくことのしんどさについては度々取り上げられてきた。何となくこの国に蔓延しているしんどさの原因は何なのだろう……? どうすれば、私たちはもっと心地よく働き、生きていくことができるのだろうか――。「時代の常識を変える」パワーを持つ、各界の識者たちにその答えを聞いた。

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本特集第一弾に登場するのは、日本のファーストレディー、安倍昭恵さん。首相夫人という立場から、国内外のさまざまな女性たちを見てきた安倍さんは、今の日本における働く女性たちの現状をどう見ているのだろうか――。かつて会社員だったこともあるという自身の過去を振り返りながら、安倍さんは語り始めた。

安倍昭恵さん

1962年東京都生まれ。聖心女子専門学校英語科卒業。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修了。電通を経て、87年、安倍晋三氏と結婚。2006年および12年、安倍氏の第90代、第96代内閣総理大臣就任に伴い、ファーストレディーに。近著に『「私」を生きる』(海竜社)などがある

先日、電通の新入社員の女性が長時間労働やパワーハラスメントが原因で自殺してしまうという悲しい事件がありましたね。私も大学卒業後、電通に務めていた時期があったのですが、当時の電通は短大卒しか採用しない時代で、女性は男性の補佐的な役割でした。縁故入社も多く、私も「スポンサーの娘」ということで採用してもらい、とても大事に扱ってもらっていました。なので、仕事をしているというよりは、社会人としての経験をさせてもらっていたような状況でした。

当時は倒れるほど忙しく働いた経験もないし、精神的にもきつかったというわけではなかったけれど、私はすぐに会社を辞めました。結婚したからです。将来何かになりたいとか、何を成し遂げたいとか、そういった夢は一切なく、自分の母や叔母がそうしたように、結婚したら主婦になるのが当たり前だと思っていたのです。

私が初めて仕事らしい仕事を始めたのは、2012年、50歳になってからのことでした。誰かに生かされるのではなく、「自分の力で何かを成し遂げたい」という想いから起業をして、東京・神田で『UZU』という飲食店を始めたのです。最近では別会社も立ち上げて、山口県下関市でゲストハウスの運営も行っています。

当時、店を始めるにあたって、私は銀行でお金を借りました。そこでびっくりしたのは、周囲から「普通は50歳を過ぎた女性が銀行からそう簡単にお金を貸してもらえないものだ」と言われたこと。その言葉がどうも腹落ちせず、「事業計画はしっかり書いたし、信用保証協会にも行って面接も受けたのよ」と主張していました。会社を立ち上げることができたのは、自分の努力の結果なのだ、と。

安倍昭恵さん

でも、後になって、銀行から融資を受けられたのは「夫の信用」や「元首相夫人」という私の特殊な立場によってなのだと分かりました。ある程度の年齢になった女性が一念発起して何かを新しく始めようとしたとき、この国ではなかなかそう簡単にはいかない。若いうちから築いてきた確固たる社会的信用がなければ、やりたいこともできないのか、と初めて思い知りました。

人生を変えたいのに、変えられない――。そこには相当な生きづらさがつきまといます。時代や社会はこんなにも目まぐるしく変わっているのだから、これまでのやり方が通用しなくなる時が来るのは当たり前のこと。だからこそ、女性でも男性でも、何かをやり直したい人、チャレンジしたい人を支える社会ができればと切に思います。

他人の期待に応えて生きる方が実は簡単。でも、その後で絶対に後悔する

若い世代の女性たちに目を向けてみると、今はいろいろな選択肢があって、私が20代だった時よりももっと人生は複雑ですよね。私は、結婚して会社を辞めて、主婦になることに疑いを持たなかった。でも、これはきっと今の常識とは違っているでしょう。

それに、経済的に自立している女性が増えた今、「結婚する意味って何だろう」という疑問を感じる人も多いと思います。子どもがほしいから? 一緒に暮らすパートナーが欲しいから? 親が結婚しろとうるさいから? やっぱり1人の方が楽……?

選択肢がたくさんあるからこそ、自分で選ぶのは難しい。他人の期待に応えて生きる方が実は簡単です。でも、自分の意思が伴わない選択を重ねていくと、絶対に後悔することになります。人からの評価や、どう見られるかよりも、まずは自分自身がどうしたいかということを一番大切にしてほしい。

安倍昭恵さん

ちなみに、私の周囲で幸せそうに働き、生きている女性を思い浮かべてみると、共通しているのは「守りたい何か」を持っている女性ということでしょうか。

必ずしも結婚という形でなくてもいいのですが、仕事だけじゃなくて、家族や恋人、身近に大事な人がいるということは女性の人生を輝かせるものです。

以前、ゴールドマン・サックス証券副会長のキャシー松井さんも、「女性が輝くためには何が必要か」というテーマのディスカッションで、「いいパートナーがいること」とはっきり断言していらっしゃいました。女性が生き生きと仕事をしていく上で、「家事や育児に積極的であり、精神的にも支え合えるパートナーの存在は欠かせない」と。重要なのは、お互い依存しあうのではなく、助け合えるという点。本当にその通りだと思います。

夫が私に何を望んでいることは分からない。でも、それでいい。過度な期待は夫婦関係を息苦しくするだけ

また、国際的な観点から見れば、日本人女性は真面目過ぎるほど真面目。周囲の人から何かを期待されると、その期待に自分を合わせようと努力してしまうところがありますよね。会社の中でも、「組織や上司から望まれている自分」を無理して演じてしまうところもあるのではないでしょうか? そんなことは実は些細なことで、もっと女性たちは自由に生きていいはず。

夫婦間でもそう。パートナーが望む自分になろうとしていませんか? 私の場合、主人が私に何を望んでいるかはよく分かりません。実際、私は主人が望んでいるような奥さんではないかもしれない。でも、それでいいと思っています。お互い違う人間なのだから、それを認め合って生きる方がずっと楽です。

それに、相手の期待に応えようと、家事も育児も完璧にして自分自身を「良い奥さん」だと思っている人は、相手にも自分の頑張りと同レベルのものを求めてしまいがち。すると、善意でやってきたことが、夫を息苦しくさせてしまっていた、なんてこともあります。

私たち夫婦は、来年で結婚生活30周年、交際期間も含めたら30年以上の付き合いです。それだけ長い年月を一緒に過ごすと、2人にしか分からない関係性ができてきます。他人からは「あの夫婦は変な関係で、うまくいっていないんじゃないか」と見られることがあっても、本人たちにしか分からない「いい形」があるものです。だから、人から言われることはあまり気にしないようにしています。

異質なものを排除したい人たちは一定数いる。でも、絶対に自分がそちら側の人になってはいけない

安倍昭恵さん

ここまでお話してきて、改めて日本の働く女性たちに言いたいことは、もっと自分に自信を持ってほしいということ。会社の上司やパートナー、家族など、周囲の人の期待や意見に振り回されて自分の人生を生きられないのは非常に生きづらい。だからこそ、「私は私」と思える自信や、芯のようなものを持つ必要があると思うのです。

女性に限らず、日本人の自信のなさは、文化的な背景に加えて、国内の学校教育の問題にも一因があるかもしれませんね。決まった回答を覚えるばかりで、「自分はどう考えるか」ということがあまり議題に上がらない……。

そう考えるようになったきっかけの一つに、『全国高校生未来会議』というイベントがありました。そこでは、全国から集まった高校生たちがいろいろなテーマの社会問題を話し合って、ワークショップ形式で解決方法を話し合って発表しています。参加している子たちはとても問題意識が高くて、会議の場では積極的にそれぞれが意見やアイデアを発言します。でも、学校へ戻ると「意識高い系」として嘲りの対象となるそうで、政治や社会問題の話ができないどころか、いじめられることもあるそうです。それっておかしいですよね。

とてもおかしなことだけれど、自分と違うものを排除したい、多様性を認めたくないという人たちは必ずいるものです。でも、異質なもの、多様なものが集まって、真のダイバーシティーが広がらない限りは、今の世の中が変わっていくことはありません。その足を引っ張る側に、絶対に自分がならない意識だけは持っておいてほしいと思います。異質なものを排除して一瞬気持ちよくなったように思えても、絶対に、それは望ましくない形で自分に返ってきますし、よりいっそう生きづらい社会になってしまいます。

心地良く働き、生きていくためには、「自分の人生を自分で選びとっていくのだ」という自信、そして多様性を受け入れる広い心が何より大切だと言えるでしょうね。


自身の経験も交えて、現代の女性たちを取り巻く環境を考察してくれた安倍昭恵さん。後編では、生きやすい日本をつくるために、女性たちが自ら実践できることについて具体的に教えてもらいました。

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取材・文/柏木智帆 撮影/竹井俊晴

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