得意だった英語もビジネスの場では通用しなかった! 日本の教科書英語とビジネス英語の違い―関谷英里子さん×藤井佐和子さん対談・前編


【今回のゲスト】株式会社プレミア・リンクス 代表取締役 日本通訳サービス 代表 関谷英里子さん
慶応義塾大学経済学部卒。伊藤忠商社でのブランド・マーケティング、日本ロレアルのプロダクトマネジメントを経て独立。現在は通訳者および翻訳家として活動。アル・ゴア元アメリカ副大統領や、ダライ・ラマ14世、Facebook CEOマイク・ザッカーバーグなど、一流講演家たちの同時通訳を手掛ける。NHKラジオ講座『入門ビジネス英語』出演中

幼少期は海外で過ごし、高校時代に留学も経験
英語には自信があったはずが……
藤井さん(以下、藤井):通訳のお仕事を始めてから、どれくらいになりますか。
関谷さん(以下、関谷):私は通訳者の派遣を手掛ける『日本通訳サービス』という会社の代表でもあるのですが、この会社を立ち上げてからちょうど5年になります。この会社のマネジメントをしながら、私自身も通訳者として、講演会やカンファレンスで同時通訳の仕事をしています。「一流講演家」と呼ばれる企業経営者や政治家、ベストセラー作家の方たちの通訳をする機会が多いですね。
藤井:すごいですね。独立するまでは、どんなお仕事を?
関谷:大学卒業後、新卒で就職したのは伊藤忠商事です。繊維部門のブランド・マーケティング事業部に配属されて、主に海外ブランドとの事業提携を担当していました。海外ブランドが日本でビジネスを展開するに当たって、輸入独占権などのさまざまなライセンスを取得するための営業活動などが中心でしたね。そこで3年間勤めた後、外資系メーカーの日本ロレアルに転職して、『メイベリン』ブランドの商品企画開発に携わった後、友人たちと起業をしたんです。バイリンガルの家庭教師を派遣するビジネスだったのですが、そのリソースを使って通訳者や翻訳者を派遣するサービスも始めようということになり、私が中心となって新しい部署を立ち上げました。その会社から独立して新しく『日本通訳サービス』を立ち上げました。
藤井:英語にはもともと馴染みがあったんですか?
関谷:そうですね、6歳から9歳まで家族でイギリスに住んでいましたので。それに高校の時、1年間イギリスに留学もしています。だから英語は得意科目だし、大学時代もそれなりに自信を持って勉強してきたんですが……。
藤井:ん?(笑)
関谷:新卒で商社に入ってすぐ、自分が学生時代に勉強してきた科目としての英語の正しさは、必ずしもビジネスの現場における正しさではないことに気付きまして(笑)。入社1年目から海外出張に出されたのですが、最初は随分と苦労もしました。
「話す」という文脈で「share」を使う
目からウロコの体験を通じて生きた英語を知る

藤井:どういうところが違うんですか。
関谷:直訳的な英語を話さないんです。例えば私がプレゼンをする際に、冒頭で「これからお話します」と言いますよね。「話す」のだから、「talk」や「speak」や「tell」を使うと思うじゃないですか。「I want to talk about~」とか「I will tell you ~」とか。ところが、海外の人たちが同じ場面で何を使うかというと、「share」なんです。
藤井:へえ~。shareなんだ!
関谷:「Let me share with you ~」って言うんです。つまり、「あなたと共有させてください」という言い方をするんですね。すると聞く側も「自分たちと何かを共有しようとしてくれているんだ」と思うから、ちゃんと話に耳を傾ける。私のように「I will tell you ~」と言うと、「あんたたち聞きなさいよ!」みたいなニュアンスに受け取るらしいんですよ。
藤井:確かにこれは、実際に現場で使ってみないと分からないことですよね。
関谷:あるお客様のところで、「新しい担当者です」と紹介されたので、「I will do my best.」って言ったら、「あなたのベストなんてどうでもいいから、ちゃんと仕事して」って返されたこともあります。
藤井:ええ~っ、厳しい!
関谷:ですよね、私も「ええ~っ」ってなりました(笑)。「I will try.」といった表現もダメですね。「try」だと、「試してみるけれど、できなかったらごめんねなさい」というニュアンスが含まれるんです。日本だと「精一杯頑張ります」といった挨拶をするのは、むしろ感じがいいですよね。でも海外では相手の気に障る表現になってしまう。この場合は「try」を「aim」と言い換えて、「私はこれを成功に向かって努力します」という意志を示すのが適切です。
藤井:単語1つで、そんなに変わってくるんですね。
関谷:使う言葉によって、相手の聞く態度も全然違ってくるし、1つの言葉の重みも違う。それまで受験勉強で学んできた英語とは決定的に違うことを痛感しました。それからは現場で他の人が使っている言葉や表現をよく聞いて、「こういう言い方があるんだ」と思ったらメモしておいて、次は自分でも使ってみる。それで相手が良い反応を示してくれたら、自信を持ってそれを使い続ける。そうやってビジネスの現場で本当に使える英語を身に付けていきました。
大企業を辞めて独立したのは
「自分で意思決定をしたい」という思いから

藤井:じゃあ、最初はかなりご苦労されたんですね。
関谷:でも、商社で仕事をしたのは、とても良かったと思っています。営業として実際のビジネスをどう作り上げていくのかを現場で学ぶことができたし、最後までくじけないで頑張ることの大切さなども学べましたから。
藤井:そのころから、いつか起業をしたいという目標があったんですか。
関谷:いえ、全く。起業したのは、自分で意思決定をしたいと思ったことが一番の理由でした。商社でビジネスの戦略作りに携わるうちに、「1つの商品にもっと深く関わりたい」と思うようになり、化粧品メーカーへ転職したのですが、やはりグローバルで展開するような大企業の中では、自分の意思が会社にインパクトを与えられるようになるまでには、かなりの時間がかかるんです。当時はまだ20代だったし、キャリアも浅いから当たり前の話なのですが、その時は「自分が決めたことをやりたい」という気持ちが強くなってしまって。
藤井:大企業を辞めて起業することに迷いはありませんでした?
関谷:周囲からは言われましたけどね。「もうちょっと頑張ったら?」とか「もったいないよ」とか。確かに、会社に残る選択肢もあり得たと思います。ただ、一度決めたのなら、自分が選択した方をやるしかない。私が通訳を担当した、ある一流講演家の方にこう言われたことがあるんです。「Don’t try to make the right decisions, make the decisions right.」、つまり「正しい決断をしようとするな。あなたのした決断が正しいのだと思えるようにすればいい」と。
藤井:確かにそうですね。「あの時、あっちの道を選んでおけばよかったな」なんて思うと、腹をくくって目の前のことに取り組めないですから。
関谷:どの選択肢が正しかったかを考えても意味がない、選んだ今の道を一生懸命やっていけばいいのだ。私も常にそう考えるようにしています。
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取材・文/塚田有香 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)