「普通の女として見られたい」と我を失った過去。“女らしさ”の初期設定に無理がある 【ジェーン・スー×山内マリコ】
2019年3月20日、同時期に発売されたジェーン・スーさんの『私がオバさんになったよ』と山内マリコさんの『あたしたちよくやってる』の刊行記念トークイベントが開催された。
『私がオバさんになったよ』は対談集。ジェーン・スーさんが「過去に対談したことがあって、もっとじっくり話したい」7人と、「まだじっくり話したことはないが、どうしてもお話してみたい」1人の合計8人と語り合った内容がまとまった一冊だ。その8人のうちの一人が、山内マリコさん。記事の前半では「結婚」と「女らしさ」に関する、お二人のトークの一部を紹介する。

ジェーン・スーさん(写真左)
1973年東京生まれ。コラムニスト/作詞家。著書に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)などがある。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のパーソナリティを務める
山内マリコさん(写真右)
1980年富山県生まれ。作家。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」で読者賞を受賞。12年のデビュー作『ここは退屈迎えに来て』(ここは退屈迎えに来て)、『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)が映画化される。『あのこは貴族』(集英社)など著書多数。新刊は短編&エッセイ集『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)
「尊敬できる人と結婚したい」は自分の立場が下だと宣言するようなもの
ジェーン・スー:山内さんはご結婚されて4年ぐらい経ちますけど、どうですか?
山内マリコ:同棲をずっとしていて、その頃の方が喧嘩は派手でしたね。一緒にいる時間の長さもあって、今は割と穏やかです。スーさんはおじさん(スーさんの同居人)と喧嘩しますか?
ジェーン・スー:するようになりましたね。「バーカ」って送ってからLINEブロックしたりします。これ、超オススメですよ。仲直りしたらブロック解除すればいいわけですから。でも、こんなに喧嘩する人は初めてですね。
山内マリコ:喧嘩ができるのは、対等だっていうことですよ。男女の関係に上下があったら喧嘩にはならないですから。「どういう人と結婚したいですか?」という質問に対して「尊敬できる人」って答える女性は多いですけど、それは相手を仰ぎ見たいっていうことでもある。その時点で、自分が下につきますって宣言しているようなものですからね。
ジェーン・スー:「尊敬できる人」と「お互いが敬意を持って付き合える人」は違いますよね。
山内マリコ:はい、相手についていくのが好きって人はそれでもいいんだろうけど、私はちゃんと喧嘩できる対等な相手の方が、長く一緒にいられると思います。
「旧来型の女らしさを兼ね備えたリーダー」は“黒い白馬”的な矛盾を抱えている
ジェーン・スー:山内さんの新刊『あたしたちよくやってる』の中に、元々パンクだった女の子が結婚を視野に入れてお付き合いをする中で、既成の“女の子らしい女の子”に擬態するお話があるじゃないですか。あの感じって何なんでしょうね。
山内マリコ:実は私にもそういう時代がありました。昔、彼氏がいない20代後半の頃に、『mixi』でコミュニティを作って遊んでいたんですが、「ミヤコ蝶々コミュニティ」の管理人もやっていて(笑)。
でも彼氏が欲し過ぎておかしくなっていた時、「もしいい感じの人と出会って、その人に私がミヤコ蝶々コミュニティの管理人やってるのがバレたらやばくない?」って話に友達となって、コミュを消してしまったんです。「普通の女として見られたい」と思うあまり、自分が何者かも分からなくなる時期があるんですよね。自分を隠したり、偽ったりするうちに、本来の自分を失ってしまう。無敵に若い時は、「変わってるね」って褒め言葉だったのに。
ジェーン・スー:なんなら「変わってる」って言われるために、ちょっとした奇行をしましたもんね。そこから「いかに皆と一緒になれるか」っていう方向にある時から変わる。私は“女らしさ”の擬態が遅くて、35歳ぐらいの時に「一発逆転しないとダメだ」と思って、ワンピースを着てゆるふわパーマのロングヘアにしたことがあるんです。当時の写真を見ると、別人みたいですよ。
その頃はまだ結婚したい気持ちがあったし、結婚することでしかまともな人間になれないと思っていたんですよね。その時に付き合った彼は学歴も仕事もバッチリだったけど、後から考えると、単純に私とは合わなかったんだと思います。そういう事実に目をつぶって、結婚式場の仮押さえまでしましたけど、ダメなものはやっぱりダメでしたね。
山内マリコ:自分の心に正直になってよかったですよね。私も大学を卒業した後、就職もしていない中で、後ろ盾も肩書きも何もない時、現実から逃げるように「結婚したい!」と思ったことがありました。あの時うまくいかなくて本当によかったなぁと、今は心から思います。

ジェーン・スー:“女らしさ”の設定って、昔から変わっていないんですよね。時代は変わって、今は共稼ぎじゃないと食べていけないし、専業主婦は憧れのセレブの職業みたいになってるじゃないですか。仕事の場での「旧来型の女らしさを兼ね備えたリーダー」っていうのも、“黒い白馬”みたいなもんで、ありえない存在なんですよ。控えめでよく気が付くサポート役っていう“女らしさ”と、皆を引っ張っていくリーダーは全くの逆じゃないですか。そもそもの初期設定に無理があるんですよ。
そういうのって若いうちは全然わからなかったし、私も仕事を頑張れば頑張るほど、女らしさを失い、女としての幸せがなくなっていくような、女性として罰を受けている気分になった時期もあって。かといって30〜40代になれば社会から求められる“女らしさ”の圧力がどんどん弱くなって、こちら側が「もういいや」ってなる(笑)。そうやって“女らしさ”という重りを手放したら、「まぁなんて漕ぎやすいの!ものすごく船が進むじゃない!」みたいなね。
守りに入ってつまらない気がしてしまうのなら、髪の毛の内側を全部刈り上げよう
会場からの質問:年齢的にも仕事的にも、守りに入ることが多くなりました。家事があるから仕事を切り上げるとか、体力がなくなったから徹夜しないとか、ちょっと寂しい気持ちがあります。
ジェーン・スー:私は仕事を切り上げることを守りとは思わないですね。「頑張ってる」と「無理してる」を履き違えることもあるんじゃないかな。家族がいるから仕事を早めに切り上げるっていうのは、守りに入ってるんじゃなくて「守るものができた」っていう話だし。
山内マリコ:70点でいいですよね。スーさんの新刊の中でも酒井順子さんがそうおっしゃっていて、すごくいいなと思いました。
ジェーン・スー:それが大人の仕事のやり方なんですね。あとね、宇多田ヒカルさんの全国ツアーにこの間行ったんですけど、後日Instagramに「今回のツアーの個人的ハイライトの一つ」ってコメントとともに、自分の顔が映るぐらいのメタリックな銀色の足の爪の写真をアップしていたんですよ。
ジェーン・スー:ライブ中に足の爪の話なんて一言もしていないし、足先が出る衣装でもないんですよ? そんな中で「10万人の観客は知らないでしょうけど、私の足の爪はメタリックなのよ」って秘密を持ってライブをするだなんて、なんて素敵なんだろうと思って。そうやって自分が人目にさらされるような場面でも、自分のプライベートを密かに保つ方法ってあるんですよね。
家族に侵食されて自分の居場所がなくなるような気持ちになったり、守りに入ってしまってつまんなくなったような気がしてしまったりするのであれば、「髪の毛の内側を全部刈り上げる」みたいなことをすればいいと思います。「足の爪だけ真っ黒に塗る」とか「ブラジリアンワックス行って下の毛を全部抜く」とかね。それだけで守りに入っちゃいないでしょ? 「お前は私のことを何も分かっていないな?」
みたいな感じで、秘密を持つのは楽しいんですよ。
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取材・文・撮影/天野夏海 開催場所:青山ブックセンター本店
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『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)
人生、折り返してからの方が楽しいってよ。先行き不透明であたりまえ。ネガ過ぎずポジ過ぎずニュートラルに。ジェーン・スーさんと、わが道を歩く8人が語り尽くす「今」。ジェーン・スー、光浦靖子、山内マリコ、中野信子、田中俊之、海野つなみ、宇多丸、酒井順子、能町みね子。

『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)
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