30代での “もう少し”の積み重ねが仕事への意欲を生んだ――迷いなく子育てと仕事の両立を決断できた理由

20代後半の女性たちがよく口にする、「30歳になっちゃう」という言葉。なぜ私たちはこんなにも30代になるのが怖いのだろう?
これからの人生について、一人であれこれ悪い想像をしてしまうから? それなら、少し先の未来を歩く先輩たちが、何に悩み、何に喜びながら30代を過ごしてきたのかを知れば少しは不安がなくなるかも。すでに30代を乗り越えた“40’sウーマン”たちが語る等身大の言葉に耳を傾けてみよう。

30代での “もう少し”の積み重ねが仕事への意欲を生んだ――迷いなく子育てと仕事の両立を決断できた理由

株式会社LIXIL
サッシ・ドアGBU 企画事業グループ
主幹 古藤照代さん(47歳)
1990年、トーヨーサッシ(現LIXIL)入社。サッシ開発部門で新商品企画などを担当。1996年、商品本部に異動。開発部門全体の開発計画策定やルール作りに携わる。29歳で結婚。2007年より産休・育休を取得し、2011年より現職。サッシ・ドア事業の経営計画策定および業績管理を担当する

30代での “もう少し”の積み重ねが仕事への意欲を生んだ――迷いなく子育てと仕事の両立を決断できた理由

私がLIXILの前身であるトーヨーサッシに入社したのは、ちょうど25年前。ものづくりに興味があったことと、身近な存在である住宅やインテリアが好きだったことから、就職先にこの会社を選びました。入社後はサッシの開発部門に配属になり、新商品の企画を担当することに。希望通りものづくりに携われることになったのはうれしかったのですが、大学時代は法学部でしたし、建築や住宅に関する専門知識はゼロ。先輩たちの仕事を見よう見まねで覚えながら、とにかく必死で勉強しました。

実は私、就職したころは安定して長く働こうという考えはなかったんです。それよりも「面白そうな会社に入りたい」という気持ちの方が強かった。私が入社した1990年はバブル時代で、住宅の着工数も飛躍的に伸びていた時期でしたから、これほど勢いのある業界に身を置けばきっと面白いだろうなと。だから正直、将来のキャリアについては真剣に考えていなくて、「嫌になったら辞めればいいや」くらいに思っていました(笑)。でも実際に働き始めて、自分が企画した商品が形になる手応えを知ると、仕事がどんどん楽しくなって、「ずっと商品企画の仕事をしていきたい」と考えるようになりました。

ところが30歳になる直前に、商品本部という部署へ異動になったのです。ここはサッシだけでなく、キッチンやお風呂など各商品の開発部門を統括し、開発計画の策定や商品開発のための社内ルール作りなどを行う部署。つまり私は、自分で直接ものづくりをするのではなく、ものづくりをする人たちを取りまとめるスタッフの立場になったわけです。今までは自分が担当する商品のことだけ考えて、がむしゃらにやっていればよかったのが、今度は人に動いてもらう仕事になった。仕事内容の変化に戸惑いを感じていました。

例えば、部門全体の開発計画を策定するには、まずは各部署から計画書を提出してもらい、報告会を開かなくてはいけない。全ての部署に提出の締め切りを守ってもらうだけでもひと苦労です。また、社内ルールを変えたら、それを現場できちんと守ってもらうように働き掛けなくてはいけない。もちろんルールを変える際は、社員の皆の意見も聞きますが、全てを反映できるわけではありませんから、中には「前のやり方の方が良かった」と考える人も出てきます。大勢の人から合意を引き出し、その通りに動いてもらうのがいかに難しいか身に染みました。うまくいかないことも多くて仕事が辛くなり、本気で会社を辞めようと思ったこともあります。

「次はもう少しうまくできるかもしれない」
その小さな欲を積み重ねてここまで来た

30代での “もう少し”の積み重ねが仕事への意欲を生んだ――迷いなく子育てと仕事の両立を決断できた理由

それでも結局辞めなかったのは、「中途半端なまま終わりたくない」という気持ちがあったからでしょうね。どんな仕事でも、最初は知識や経験がないから失敗やミスもする。「もっとこうすればよかった」と反省もします。その一方で、「次はもう少しうまくできるんじゃないか」と欲も生まれるのです。そして「だったら今度はこうしてみよう」と工夫しながら、また挑戦してみる。それで前よりうまくいくと、「もう少しだけこの仕事を続けてみよう」と思って頑張れる。こうして“もう少し”を積み重ねていたら、いつの間にか今に至るという感じです。いきなり高い理想を掲げなくても、ちょっとだけ上を見るようにすれば、たとえ本意ではない仕事や自分には向いていないと思う仕事でも、少しずつ欲が出てくるものです。

それに、30代でさまざまな部署や人と関わる経験したことは、自分の視座を上げて全体を俯瞰する目を養ってくれました。社内の人脈も広がったし、会社のどこで何が動いているのかという組織の仕組みを知ったのもよい勉強になりました。40代になった現在は、サッシ・ドア事業の経営計画策定や業績管理を手掛ける事業企画の仕事をしていますが、当時の経験が生きる場面は多いですね。サッシの市場環境や販売動向などのデータを収集・分析するのは私の仕事の一つですが、商品本部のころに社内の誰がどんな情報を持っているかを掴んだので、他の部署と連携しながら信頼できる情報を集められる。これも“もう少し”の積み重ねがあったからこそだと思います。

私生活では、29歳で結婚しました。子どもができて産休に入ったのが、40歳になったころです。「子どもより仕事を優先しよう」と考えていたわけではなく、自然に任せていたら、結果的にこのタイミングになりました。子どもができた時も、「両立が大変そうだから、仕事を辞めよう」とはまったく考えませんでした。ただ、これが20代の時だったら辞めていたかも。やはり「もう少し、もう少し」と積み重ねてきた仕事への欲が、自分でも気付かぬうちに大きくなっていたんでしょう。

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