「仕事も恋愛も他人に依存していた」発達障害で悩んだ過去を武器に変えたライター・姫野桂の逆転劇/大木亜希子の詰みバナ!

人生、詰んでからがスタートだ
ライター大木亜希子の詰みバナ!

フリーライター・大木亜希子。元アイドルで元会社員。こじらせたり、病んだり、迷って悩んだ20代を経て30代へ。まだまだ拭いきれない将来に対する不安と向き合うために、同じく過去に“詰んだ”経験を持つ女性たちと、人生リスタートの方法を語り合っていきます。「詰む」って案外、悪くないかも……?

こんにちは。作家・ライターの大木亜希子です。

『詰みバナ!』第6回目のゲストは、著書『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)などが大ヒット中の作家・ライターの姫野桂さんです。

大木さん・姫野さん

私と姫野さんは、会社員生活を経てフリーライターとして活動を始めた共通点があります。

姫野さんは著書のタイトルにある通り、発達障害・ADHDの当事者。それゆえに抱える「生きづらさ」に悩まされており、今まで仕事やプライベートでたくさんの苦悩を抱えてきたのだとか……。

一体どのように「詰み」から抜け出し、キャリアを積み重ねてきたのでしょうか。

ミスだらけの事務職からライターに転身。好調だったものの雲行きが怪しく

大木亜希子さん(以下、大木さん)

姫野さんはご著書のなかで「閉塞的な地方都市で育った」と書かれていますが、大学入学を機に上京したんですよね。

姫野桂さん(以下、姫野さん)

そうです。リーマンショックの影響で就活に苦戦しつつも、なんとか卒業式の2週間前に滑り込みでゼネコンの下請け企業から事務職として内定をもらえました。でも、全然仕事ができなくて……。

大木さん

というと?

姫野さん

私は発達障害の一種である算数障害(算数LD)を持っていて、数字や記号を認識したり計算したりするのが著しく苦手なんです。

だから、請求書の処理もとにかくミスが多い。表計算ソフトでグラフすらまともに作れなかったり、資料を印刷する部数を間違えたり……簡単な仕事すらこなせない日々でした。

大木さん・姫野さん
大木さん

作業の的確さが求められる事務職で、それは苦しいですね……。

姫野さん

当時は発達障害当事者だと自覚しておらず、とりあえず内定をもらえた仕事に就いてしまったのがいけなかったですね。

しかも計算だけでなく、電話でのコミュニケーションやとっさの判断も苦手。取引先からの電話も一日に何本もかかってくるのですが、うまく対応できずに怒鳴られてばかりでした。

大木さん

姫野さんの性質に合わない仕事内容だったのですね。

ということは、姫野さんの「詰み期」はこの時期ですか?

姫野さん

いえ。大変でしたが、「詰み」は25歳で会社を辞めてフリーランスのライターになってからの話です。

大木さん

「詰み」はまだこれからなのですね……!

会社員からフリーランスのライターになったのは、なぜでしょう?

姫野さん

ずっと文章を書くことは好きで、いつか仕事にしたいなとは思っていたのです。

そしてある日、雑誌で見つけた文学賞に何気なく応募したら最終選考まで通過して。

もしかすると、つらい事務職の仕事を辞めて、これで食べていけるのかも? と思ったんです。

大木さん

行動力がすごい! 私も駆け出しライター時代があるので分かりますが、最初からその仕事一本で食べていくのは難しいですよね?

当時はアルバイトと並行してたのですか?

姫野さん

それが、最初の1カ月目から出だし好調で、収入にはさほど困りませんでした。

当時は、女性向けアダルトビデオのレビュー記事や、恋愛系のコラムなど、1本数千円の仕事を何十本も抱えている感じで、とにかく過酷でしたけどね……。

大木さん

たしかに駆け出しフリーランスの時代って、とにかく忙しいですよね。

私もお金を稼ぐために“質より量”だった時代があります。

大木さん・姫野さん
姫野さん

はい。まさにプライベートを犠牲にして、仕事に打ち込む日々でしたね。

そんな中、29歳の時にとある男性とご縁があったのですが、そこで「人生最大の詰み」が始まってしまって……。

大木さん

ここで人生最大の「詰み」がくるのですね。

詳しく聞かせてください!

モラハラ男に依存し、プライベートも仕事もボロボロに

姫野さん

当時、仕事の相談に乗ってくれた男性がいて。彼の名を、仮にヨウヘイ氏としておきましょうか。

ヨウヘイ氏は、ある時から私を異性として見ていたようで、私もつい彼から向けられる行為をうれしく受け取り、好意を持つようになったんです。

大木さん

出会いのきっかけは仕事だったけど、次第にプライベートな関係にも発展したのですね。

姫野さん

はい。しかし彼は、私と正式にお付き合いはしてくれなかったのです。

それどころか、次第に私を全否定する、いわゆる“モラハラ男”に変貌してしまって……。

気付いた時には手遅れ。私はすっかり彼に依存してしまいました。

大木さん

え! 具体的にはどのようなことがあったのでしょうか。

姫野さん

ある日私に、「なんでそんなダサい服着てるの?」と言ったのがモラハラの始まりでした。

彼は元々、さげすむような言葉を女性にかけて、精神的にボロボロにすることで優越感を感じる人だったんですよね。

好きな人に外見という大事な部分を否定された私は次第に、「もしかして自分は、とんでもなく変な格好をしているのではないか?」という妄想にとらわれるようになって。

大木さん・姫野さん
大木さん

ひどい……。好きな男性から外見を否定されるのって、一番つらいですよね。私も同じ思考になってしまいそう。

姫野さん

当時の私は自己肯定感が低くて、自分のこだわりとか軸を持っていなかったのも原因でした。

だから、ヨウヘイ氏の言うことに素直に従ってしまって。ファッションや髪型も、全てヨウヘイの好みに合わせてました。今思えば、彼に洗脳されていましたね。

大木さん

目的が、自分のためではなく「彼に認められたい」という方向性にいってしまったんですね。

姫野さん

そうです。でも、褒めてもらおうと彼に見せると「本当に服装を変えるなんてドン引き」、「人の顔色をうかがって生きている姿にイライラする」という反応しかなくて。

私の努力も存在も、一切認めてくれなかったんです。

大木さん

ひどすぎる……!

姫野さん

そうして精神的に苦しめられているにも関わらず、彼のことが変わらず好きだった。

付き合っていないのに体の関係を持ち、一時的な幸福感を得ることで、どんどん依存してしまう悪循環に陥っていましたね。実はこの依存してしまう性格も、発達障害の特徴でもあるのです。

大木さん

姫野さんの性格上、特に近寄っては危険な男性だったのですね……。

しかも仕事でお世話になった人だから、そうむげに関係を断ち切ることも難しいですよね。

大木さん・姫野さん
姫野さん

はい。そんなある日、レギュラーで執筆をしている週刊誌の入稿日に、キーボードの上で手がピタッと止まり動かなくなってしまったんです。

大木さん

いきなり!? 一体なぜでしょう?

姫野さん

多分、精神的な疲労やストレスが原因だと思います。仕事をしたくてもできない状況だったので、やむを得ず週刊誌の担当編集者さんに事情を説明しました。

そうしたら、その方は怒ったりあきれたりせず、「お前は物書きなんだから、やられたら文章でやり返せ!」と私を一喝してくれたんです。

「時間がかかってもいいから」と温かい言葉でサポートしてくださり、なんとか急場をしのぐことができました。

大木さん・姫野さん
大木さん

なんと……。姫野さんがギリギリのところで周囲に助けを求めることができたから、編集者さんも「これは、ただ事ではない」と思ったんでしょうね。

姫野さん

はい。そこから、ようやく私も目が覚めたというか。もう私を救ってくれるのは、仕事しかないと思ったんです。

それからヨウヘイ氏への依存から抜けだすために、少しずつ関係性を断ち切りながら、より一層仕事に励むようになりました。

発達障害ゆえの「生きづらさ」が、今では仕事の武器に

姫野さん

発達障害だと診断を受けたのも、ちょうどその頃。

仕事で当事者の方とお話する機会があったのですが、私と重なる部分が多くて……。気になって検査してみたのがきっかけでしたね。

大木さん

会社員時代は自分の特性に気付かず苦労していましたが、診断を受けてからはどう変わりましたか?

姫野さん

何となく、ホッとした気分になりました。今まで自分を「ただ何となく仕事ができない人」だと思っていたのが、ようやく名前がついた気がして。

それだけでなく、仕事でも良い影響がありました。自分の症状や生きづらさをSNSなどで発信していると、とあるWebマガジンで当事者の方々にインタビューをする連載を持たせてもらえて。

しかも、それが書籍化したんです。自著を出版することはライターになった当初からの夢だったので、うれしかったですね。

大木さん

今まで抱えてきた「生きづらさ」が、ライターという仕事では武器になったんですね。

姫野さん

はい。しかも1冊目の発売からすぐに2冊目『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)を出版したのですが、これが大ヒットして。9刷り重版、とある書店の新書大賞では2位の快挙を成し遂げました。

その後も次々と、書籍やWeb媒体での仕事が舞い込んできたのです。

大木さん

予期せぬ出来事で、人生が大きく動いていったんですね。私も本を出しているので分かりますが、執筆に最低でも数カ月はかかりますよね。

大変ではありませんでしたか?

姫野さん

確かに忙しくはありましたが、2冊目の書籍は約1カ月で書き上げることができたんですよ。

大木さん

え! 1カ月で一冊の本を書き上げるのは相当すごいことですよ。

姫野さん

発達障害の特性の一つに「過集中」があって。

「飲食を忘れるほど1日中、一つの作業にのめり込む」状況に陥りやすいのですが、それが執筆をする上で強みになりました。

大木さん

自分の特性を、仕事に生かすことができたのですね。

大木さん・姫野さん
姫野さん

改めてフリーランスという働き方が自分に合っているとも思いましたね。会社員時代は過集中とは真逆で、広く浅くいろいろな業務をこなすことが求められましたから。

さらに私は、発達障害の二次障害の双極性障害に苦しめられることも多く、周囲の人とのコミュニケーションに支障が出ることも。

※双極性障害…気分が高まったり落ち込んだり、躁状態とうつ状態を繰り返してしまう脳の障害のこと。

姫野さん

でも、フリーランスは自分のペースで仕事ができるし、私が苦手な請求書の処理や計算などは、税理士さんなど他人に任せることもできます。

ようやく自分にあった働き方ができるようになったと実感しているんです。

「石の上にも3年」を過信しないで。苦痛なことからは逃げていい

大木さん

これまでの姫野さんと同じように、自分の働き方や仕事で悩んでいる人がいたら、どんなことを伝えたいですか?

姫野さん

まずは「自分にとって苦痛なことを仕事にしてはいけない」と伝えたいです。私もリーマンショックの時に焦り、自分の苦手なことを仕事にして大変な思いをしました。

「この仕事苦手かも」と感じていたら、それは要注意。その環境からはすぐ逃げるのも一つの手だと思いますよ。

大木さん・姫野さん
大木さん

「3年間続ければどんな仕事もモノになる」と言われることもありますが、苦手な分野に居続ける必要はないのですね。

姫野さん

そうです。そしてそれは、対人関係でも同じ。自分のことを過度に否定したり、嫌なことを強要したりする人とは、距離を取った方がいいと伝えたいです。

昔の私のように、自己肯定感の低さゆえに誰かに依存してしまう人も少なくないと思うんです。経済的にも、精神的にも。

姫野さん

それがたとえモラハラ気質な人であったとしても、頼らざるを得ない状況に陥ってしまうんですよね。

でも執着を手放して、自分で道を切り開いていくことを大切にしてほしいです。

大木さん

他人への依存を断ち切り、自分の得意分野を生かして「詰み」を脱出した姫野さんだからこそのメッセージですね。

貴重なお話をありがとうございました!

大木さん・姫野さん
姫野桂(ひめの・けい)
1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職し、25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)、『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』(ディスカヴァー21)、『生きづらさにまみれて』(晶文社)がある
■Twitter:@himeno_kei
大木 亜希子(おおき・あきこ)

1989年8月18日生まれ。千葉県出身。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演した後、10年、アイドルグループ・SDN48のメンバーとして活動開始。12年に卒業。15年から、Webメディア『しらべぇ』編集部に入社。PR記事作成(企画~編集)を担当する。18年、フリーライターとして独立。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)がある
■Twitter:@akiko_twins/■Instagram:akiko_ohki/■note:https://note.com/a_chan

取材・文/大木 亜希子 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/柴田捺美(編集部)