日本初のインティマシー・コーディネーター浅田智穂が全うする使命「“新しい仕事”を広めることで変化を起こしたい」
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります

ハリウッドの性暴力を告発するために始まった「#MeToo」運動以降、日本でも映像業界のセクハラや性暴力に声を上げる人が出てきている。そこで注目を集めているのが、「インティマシー・コーディネーター」という仕事だ。
映画やドラマなどで性的な描写をする際、俳優や制作スタッフが安心して作品づくりに取り組めるよう、肉体的、精神的にサポートするこの仕事。近年、日本の映像作品でも起用されるケースが増えている。
浅田智穂さんは、日本初のインティマシー・コーディネーター。2020年にNetflix映画『彼女』に参加して以降、テレビ業界のタブーに迫ったドラマ『エルピス』や、カンヌ国際映画祭で脚本賞とLGBTQを扱った映画に与えられるクィア・パルム賞を受賞した映画『怪物』など、数々の話題作で手腕を奮っている。
日本の映像業界の第一線で活躍する浅田さんが、プロとして全うする使命とは。
まだ日本になかった、新しい仕事に挑戦した理由

インティマシー・コーディネーターの仕事は、受け取った台本を読み込み、物語の中の「インティマシー(親密な)シーン」を抜粋していくところから始まる。
台本を丁寧に読み、ヌードや性的な描写を中心に気になるシーンを抜粋します。ト書きだけでは分からない状況や動きなどを監督に聞いて、どのような描写のシーンなのかを確認します。
その後、俳優の皆さんに描写を細かく説明して、できるかどうかを確認して同意を得る。この確認を丁寧に行なって、シーンに関してしっかり理解していただくことが、スムーズな現場につながるので、時間をかけてお話をするようにしています。
監督に言われた通りにやらなくては、と思い込んでいる俳優も多く、浅田さんの親身なヒアリングに、「こんなことまで聞いてくれるんだ」「自分の意見を言ってもいいんだ」と驚く人もいるという。
監督のビジョンと俳優のできることに齟齬(そご)があった場合は、慎重にすり合わせていく。
「俳優がやりたくないことはやらない」が大前提ですが、ゴールにある「いい作品を作る」ためには、監督のビジョンを尊重すべきところもあると思います。
俳優さんがダメだと言っていることを全てなくすのではなく、どこまではできて何ができないのか探っていくと、「これだったら監督の要望がかなえられる」という落としどころが見えてくる。きちんとコミュニケーションを取りながら進めていくことが大切です。
実は、浅田さんがインティマシー・コーディネーターになったのは、自らの意思ではない。
水原希子さんとさとうほなみさんがW主演したNetflix映画『彼女』の撮影に、インティマシー・コーディネーターが採用されることに。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時、エンターテインメント業界で通訳をしていた浅田さんだった。
私の仕事ぶりや人となりを分かった上でお声がけいただけたことはとてもうれしかったのですが、すぐには浸透しない、厳しい仕事だと思ったので、正直、悩みました。
ただ、以前から、映画業界は大好きだけれど、ブラックな部分があるというか、職場環境はあまり良くないと感じてもいたんです。変えたいと思いつつも、一歩が踏み出せずにいました。
インティマシー・コーディネーターという仕事が日本でも広まっていけば、何か変化を起こせるかもしれない。そう思い、1週間ほど悩んでお受けすることにしました。
作品を作る人と見る人、両方を守るために必要な仕事

インティマシー・コーディネーターになるためには、資格を取得する必要がある。浅田さんは、アメリカのIPA(Intimacy Professionals Association)のトレーニングプログラムをオンラインで受講した。
無事資格を取得した浅田さんだったが、本当の試練はここからだった。
明確なルールに従ってコーディネートしていくアメリカとは違い、日本には何一つルールが存在しない。進め方は、全て浅田さん自身に委ねられた。
インティマシー・コーディネーターの意見をバックアップしてくれるルールが何もないので、言葉を尽くしてお願いするしかなかったんです。たとえ従ってもらえなかったとしても、制作サイドにペナルティーはありません。
ルールがないのであれば、自分で作るしかない。浅田さんは、インティマシー・コーディネーターとしての役割を遂行するために、俳優とスタッフ、作品を守るためのガイドラインを設けた。
「インティマシーシーンの内容は事前に俳優に同意を得ること」「性器の露出がないように前張りなどを着けること」「必要最小限の人数で撮影を行うクローズドセットにすること」この三つです。
これさえ守ってもらえれば、俳優の安全は担保できるかなと。このルールを一緒に守っていこう、という意思のないプロダクションのお仕事はお断りしています。
俳優が安心できることは良いパフォーマンスにつながり、さらに良い作品につながる。そのことは常に忘れないようにしています。
インティマシー・コーディネーターという「新しい仕事」が「必要な仕事」として認知されていったのは、浅田さんの地道な努力による力が大きいだろう。しかし、浅田さん自身はいたって謙虚だ。
そう言ってもらえるのはありがたいのですが、時代に求められたんだと思います。
どの業界でもそうですが、新しい仕事やルールはなかなか認められません。映像業界も例外ではありませんでした。特に一年目は、「インティマシー・コーディネーターなんて聞いたこともない」という方がほとんどでした。
ここ数年でインティマシー・コーディネーターが入る現場が増えたことで、今では映像業界内ではだいぶ知られて来ました。少しずつですが、制作側の意識の高まりを実感しています。
浅田さんは、インティマシー・コーディネーターが入ることによって、制作側だけでなく、見る側も守られると語る。
作品を見たファンから、「安心して見られた」「推しを守ってくれてありがとう」という言葉をいただいて、びっくりしたんです。今の時代に必要な仕事であることを改めて確信しました。

多様性の時代、インティマシー・コーディネーターに求められる範囲は幅広い。
浅田さんは、性的マイノリティーが描かれる時に、違和感などがないように監修する「LGBTQ+インクルーシブディレクター」とチームを組んだり、トラウマ(心的外傷)を呼び起こしかねない描写があることを事前に伝える「トリガーウォーニング」を用いたりと、作品・俳優とスタッフ・視聴者を守るための働きかけを重ねている。
「責任」と「使命感」を持って対話を続けていく

プロフェッショナルとして、インティマシー・コーディネーターの重要性を業界に知らしめてきた浅田さん。「プロ」として意識していることを問うと、こんな答えが返ってきた。
一緒に仕事をする人と信頼関係を築くことは、決して簡単ではありません。
特にインティマシー・コーディネーターの場合、初めてお会いする俳優の方々にプライベートなことを話してもらう必要があるので、短期間で信頼を得なければならないんです。
どうすれば話しやすいか、心を開いてもらえるかを第一に考えて、相手の立場になって考える姿勢を大事にしています。
プロフェッショナルな方は世の中にたくさんいますが、その中でも自分にしかできないことがあると思うので、相手の期待に応えつつ、それをさらに超えていきたいです。

前例のない仕事だけに、ギャランティーの交渉に苦労することもあるという。
声を上げにくい駆け出しの俳優が多い現場にこそインティマシー・コーディネーターが必要だと考え、低予算な作品の相談に乗ることもある。
ギャランティーが安いから手を抜くということはありません。
「いずれ大きな作品をやるときにまた使ってくださいね」と冗談を飛ばしながら、全ての作品に同じ熱意で取り組んでいます。
パイオニアとして道なき道を歩いて来た浅田さんだが、ニーズの急増によって今までになく多忙な日々を送っている。
現在は、新たなインティマシー・コーディネーターの育成に取り組んでいると明かす。
私が最良のパフォーマンスを出すためには、もう少し気持ちと時間の余裕が必要なので、次の世代が育ってくれたらいいなと思っています。
昨年、トレーニング受講者の募集をしたところ37名の方が応募してくださって、その中から2名の方にトレーニングプログラムを受けていただいています。
今後は、お二人がきちんと仕事をできる環境を整えていきたいです。
「後進のインティマシー・コーディネーターが仕事に100%の力をつぎ込める環境を作りたい」という思いから、2023年11月に株式会社Blanketを立ち上げた。
「ずっとフリーランスでやってきた私が会社を設立するのは別次元の大変さで、今も勉強中」と言いつつも、未来の展望を次のように語る。
現時点での私の使命は、一本でも多くの作品にインティマシー・コーディネーターが導入されるように、この職業を広めていくことです。
そのために、私がこの仕事のプロであり、どれだけの責任と使命感を持ってやっているか、生半可な気持ちではないことを知ってもらうための対話を続けていこうと思っています。

浅田 智穂(あさだ・ちほ)さん
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。帰国後、東京ディズニーシー建設・オープン準備時の通訳に従事。その後、2003年、東京国際映画祭の審査員付き通訳として参加したことをきっかけに、日本のエンターテインメント界に関わるようになる。20年、IPAにてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。IPA公認のもと活動開始。Netflix映画『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。最近作に、映画『シティーハンター』(Netflix)、ドラマ『燕は戻ってこない』(NHK)など。25年度のNHK大河ドラマ『べらぼう』への参加も決定。■X/HP
取材・文/石本 真樹(編集部) 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/秋元 祐香里(編集部)
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