過信せず、おごらない。柿澤勇人が“謙虚かつ大胆”な役者として躍進するワケ
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
「ライオンキングに出たい」という思いを実現すべく劇団四季に入団し、夢の舞台を踏んだことが柿澤勇人さんの役者人生の始まり。
退団後は舞台をはじめ、ドラマ、映画などの映像作品にも活動の幅を広げ、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や『真犯人フラグ』(NTV)『不適切にもほどがある!』(TBS)など、数々の話題作に出演している。
初舞台から16年。舞台では主演を務め、着実にキャリアを積んできた柿澤さんだが、自身のことは「俳優」ではなく、役を演じるただの「役者」だと話す。
自分を過信せず、おごらない。
なぜ柿澤さんは、その姿勢を崩さずに仕事と向き合い続けているのだろうか。
僕は「俳優」ではなく、ただ役を演じる「役者」
柿澤さんの人生をガラリと変えたのは、高校生1年生の時の課外授業で見た、劇団四季の舞台『ライオンキング』だった。
この時に、「役者を仕事にしたい」と思ったわけではないんです。純粋に、『ライオンキング』をやってみたかった。舞台から感じるエネルギーと、日常では味わえない感動がすさまじくて。
それまではサッカーしかやってこなかったので、大学入学と同時に18歳で養成所に入り、歌や芝居、ダンスやバレエを始めました。そこからオーディションを受けて、劇団四季の研究生になりました。
劇団四季のオーディションを受けると周囲に告げた時、実は反対されたという。周囲の反対を押し切ってまで突き進めたのはなぜなのだろうか。
理由はよく分からないです(笑)若かったから、根拠もなく「何でもやれる」と思っていたんでしょうね。
その後、21歳で劇団四季を退団。そこからは、ミュージカルだけではなく、ストレートプレイ、映像作品にも活動の幅を広げていく。
転機となったのは、三谷幸喜さんが作・演出を手掛けた舞台『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』。
その後も、『鎌倉殿の13人』や『オデッサ』など、三谷さんとの仕事は続いている。
三谷さんの現場は、『鎌倉殿の13人』をはじめとして、スタッフ、キャストがお互いリスペクトし合いながら、自分が持っている最大限のものをぶつけ合える。そんな環境に身を置くと、自然と「自分も負けていられないな」というやる気が生まれてくるんです。
三谷さんだけでなく、多くの演出家からのラブコールを受け、主演俳優として舞台に立ち続けているが、「いまだに職業欄に〝俳優〟とは書けません」とほほ笑む。
「俳優」という言葉には優れているという文字が入っているからか、なんだかカッコいいイメージがあって。(笑)「役者」はただ役を演じる者だから、僕は「役者」の方がいいかなと。
ごくたまに訪れる「本心から演じられる瞬間」を増やすことが僕の仕事
舞台上からの圧倒的なエネルギーで多くの観客を魅了する姿からは意外にも感じるが、「自分には自信がない」と、柿澤さん。
作品を積み重ねるごとに求められるもののハードルが上がっていくのも、「毎回つらいです」と苦笑する。それでも、この仕事を続ける理由はどこにあるのだろうか。
僕らの仕事って、やっていることの1割くらいしか表に出ないんですよ。残りの9割は地味な作業の積み重ねです。
ドラマの現場だったら、早朝から集まって、メイクして衣装を着て、夜中まで撮影する。でも撮影した素材を編集する過程で、自分のシーンがカットされることもあります。
舞台は1カ月半近く、演出家とキャストがああでもないこうでもないと話しながら、試行錯誤を繰り返す泥臭い稽古をして、時にはけんかすることもある。稽古中は、「もう二度とやりたくない」と毎回思うんです。それでも、本番が幕を開けて、カーテンコールが無事に終わると、「またやるか」という気持ちになるから不思議ですよね。
もちろん、観客からの拍手やファンの方からの声援も大きな力になるが、柿澤さんのモチベーションを上げるのはそれだけではない。
芝居は虚構で、セリフも自分の言葉ではありません。僕はハムレットじゃないし、デンマーク人でもなければ16世紀に生きた人間でもない。
それでも「自分がデンマーク人だ」と、とにかく信じて演じていると、たまに「本心からセリフが言えた!」と思う瞬間があるんです。でも、その瞬間がいつ訪れるのかは僕自身もまだ分かっていなくて。
9時間たっぷりと寝て、しっかりウオーミングアップして、体調が良い日に訪れるかというと、そうでもない。逆に一睡もできずにフラフラの状態なのに言えることもある。
同じ芝居をやっているはずなのに毎日違うから、その瞬間を再現しようと思ってもできないんですよね。すべてのセリフを本心で言えたと思えたら、僕はおそらく世界一の名優になれます(笑)
そういう、ごくたまに訪れる瞬間を増やしていくのが、僕の仕事なのかなと。正解が見えないからこそ面白いし、やめられないんでしょうね。
自分の役割をまっとうし、できる範囲でやれることはすべてやる
柿澤さんにとって「プロとして仕事をすること」とはどういうことかと尋ねると、「プロとして、とはあまり考えたことがないんです」と、少し首をかしげる。
自分の役割をまっとうする。当たり前のことを当たり前にやるだけです。セリフは絶対に事前に覚えて、役にまつわることは調べていく。自分のできる範囲でやれることはすべてやります。
最近は主演をやらせていただいて、立場は座長かもしれませんが、これまでご一緒させていただいた先輩方が引っ張る力のある座長ばかりだったので、同じやり方は僕には無理だなと。
だったら自分ができることをと。とにかく役と芝居のことを考えて、一生懸命な姿を見せることが、僕の座長としてのあり方。言葉で言うよりも、恥ずかしい姿も特異な姿も全部稽古場でさらけ出すしかないんです。
そんな柿澤さんの魅力が堪能できるのが、今回発売となった初の写真集『untitled』(宝島社)だ。鍛え上げられた肉体は、特別なトレーニングをしたわけではなく、日々の稽古で鍛えられたそうで、役と向き合う過酷さと覚悟が写真から伝わってくる。
舞台『スクールオブロック』『オデッサ』『ハムレット』というハードな三作品に密着してもらったのですが、こうして並べてみると、毎回、違う表情をしているんです。ただ、この時は目の前のことしか考えられず、常に必死でした。ラクだった日は1日もなかったですね。
実は「写真集を出します」と言われて、最初は「嫌です」と断ったんです(笑)「カッコいい表情で」とか、「キリッとした感じで」とか言われてもできないですし、恥ずかしいじゃないですか。
でも、舞台裏やプライベートを密着して撮影するラフな感じだからと言われて、「それならいいかな」と思って。スタジオで撮影した写真以外は、「いつの間に撮ってたの⁉」という感じで、撮られている感覚はなかったです。
役者を仕事に選んだのは自分。ラクしたくても地獄で踏ん張るしかない
プロフェッショナルな仕事をするために普段から意識していることを聞くと、「プロフェッショナルですか……」と少し考えながら、こんな答えが返ってきた。
オフの時間も常に役に引っ張られたり、感情の変化について考えたりしてしまうのは、職業病かもしれません。
例えば、僕にはおいっ子が2人いるのですが、一緒に旅行に行っても、なんでこいつらはこんなに素直なんだろうとか、ついつい観察してしまうんですよ。2人のことを僕はなんでかわいいと思うんだろうとか、沸き起こる感情についてつい考えてしまう。
劇団時代に、浅利(慶太)先生が言っていた「観る天国、やる地獄」という言葉があるんです。「やる側は天国に行こうとするな」とよく言われていました。お金を払っているお客さまを楽しませて天国に連れて行くのが僕らの役目だと。
当時は20歳そこそこだったのでボーッと聞いていましたけど、今はその言葉の意味がよく分かります。「役者」という仕事を選んだ以上、地獄で踏ん張るしかない。ラクをしたいと思うときもありますが、まだまだラクできそうもないですね(笑)
■書籍紹介
柿澤勇人1st写真集『untitled』(宝島社)
柿澤勇人初の写真集。23年夏に上演されたミュージカル『スクールオブロック』から24年の舞台『オデッサ』『ハムレット』と、過酷な主演作に挑み続けた怒涛の1年間の舞台裏に密着。
稽古中や本番前後の貴重なカット、そしてチャーミングなプライベートまで多数収録。
鍛え抜かれた肉体を惜しみなく披露するスタジオカットも盛り込んだ全128ページ。
取材・文・編集/石本真樹(編集部) 写真/黒沼諭(aosora)
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/work/professional/をクリック